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世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
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17.告白

『おい、ドグ! わかった、離せ!』


 明朝、ドグに引っ張られていくジェイクを見送ると、学人は宿へ戻った。

 この宿はオサが手配してくれたもので、学人達の他に宿泊客の姿は無い。

 そもそも、この街に宿がある事自体が驚きだった。外界との接触を好まない街だ。これは商人の利用する宿で、一般の客などいないのだろう。


 竹岡と北泉は衰弱しきっているものの、命に別状はない。鉱山を出て、少し食事を口にしたあと、泥の様に眠っている。

 急に湧いて出た二人の処遇には鉱石族(ドワーフ)も戸惑っており、今後どうなるかはまだわからない。

 学人、ジェイク、ヒイロナの三人は、ドグの救出という功績で都市での自由を許可された。

 ハンマーの件に関してはドグの進言もあり、偵察に協力するという形で不問にしてもらう事ができた。

 あのハンマーは対スライムに効果を発揮する、魔法の武器だった。

 数百年前、一人の鉱石族(ドワーフ)がこの地に巣食う魔獣を退けたとされている。なるほど、と納得した。


 ドグと一緒にキャラバンの偵察に出たジェイクは、数日は戻って来ない。たった数時間前まで鉱山に閉じ込められていたというのに、タフなものである。

 学人も疲れ果ててはいたが、興奮が冷め切らず眠れそうになかった。

 ヒイロナはぐったりとして寝込んでいる。

 一瞬だったとはいえ念話を使った上に、百メートルを超える氷の道を二回も張ったのだ。かなりの疲労だったのだろう。

 二回というのは、ジェイクが一度あのビルの最上階から外に出てきていた。

 岩肌にいるジェイクに気付いたヒイロナが、機転を利かせて氷を張ったのだ。

 地上に降りたはいいが、ドグが自力で帰ってくるどころか、学人まで中に入ってしまった事を知る。それで、また同じ場所から引き返していたところで、学人達と鉢合わせたというわけだ。


 日が高くなっても眠れずにいた学人は、一階にある酒場でのんびりとしていた。

 一階が中央が吹き抜けの酒場になっていて、二階が

 客室だ。廊下が吹き抜けに面していて、酒場全体を見下ろす事のできる構造になっている。

 大きなあくびをしたヒイロナが自室から出て来た。


「大丈夫なの?」

「おはよ、だいじょぶ」


 そうは言っているものの、足取りはふらふらとしていて、着衣も少し乱れたままになっている。目のやり場に困る。

 学人の対面に座ったヒイロナが改まり、


「はなし、ある」


 眠たい目を擦りながら言った。勉強会だろうか。


(寝起きに?)


 それとも、何か改まって話すような事があっただろうか。心当たりがない。

 会話をするなら本があった方がいいと思い、ザックに移し変えておいた図鑑と絵本を引っ張り出した。


「ここ、んー……」


 ヒイロナが言い淀む。言いにくい話なのか。ただ単に言葉を探しているのか。その表情からは読み取れなかった。

 絵本を手に取り、何冊かめくっていく。

 その手が止まると、ある一枚の絵を指さした。神様の絵だ。


「これは神様って言うんだよ」

「かみさま? ジェイク、かみさま」

「ぶふっ!」


 学人は思わず飲んでいた水を噴き出した。

 ジェイクが神様。大きく出た上に意味がわからない。

 続けて、ヒイロナが親指を立てて喉をかっ切る仕草をする。

 つまり、“ジェイクが神様を殺した”。

 ヒイロナにしては面白い冗談だ。学人は軽く笑い飛ばすが、その顔はいたって真面目だ。


「えーと、本当に?」

「ガクト、きた、ごめん」


 謝られてしまった。

 ジェイクが神様を殺したせいで、この異変が起きた。本気でそう思っている様子だ。

 ヒイロナがつまらない嘘を言うとは思えない。だからといって、その話を信じられるかと言えばそれはまた別の話だ。

 いきなりそんな突拍子のない話を言われても、はいそうですかとはいかない。

 神の存在もそうだが、百歩譲っていたとして、人間に殺せるような存在なのだろうか。

 ここで学人は思い直す。ファンタジーの世界だ、いたとしても不思議ではないかもしれない。

 仮に、もし仮にジェイクの神殺しが本当だとしたら、余程の事情があったとしか思えない。その事情が何なのかは学人には計り知れないが。

 それでこんな事態になるとは、一体誰が予想できるのだろうか。


 この件に関しては、もっと会話ができるようになってから改めて聞いた方がよさそうだ。

 しかしなぜ今、学人にその事を話したのか、だ。


「ジェイク、いう」


 ジェイクの判断らしい。

 どちらにせよ、今二人を責めるのは間違っている。そもそも、今の話を真に受けたわけではない。「いいよ」とだけ返しておく。

 ヒイロナは本当に申し訳無さそうにしていた。

 二人が学人の事を助けたり、家族を一緒に探すと申し出たのも、きっとその責任を感じているのだろう。


(馬鹿馬鹿しい)


 話を終えると二人は食事を摂った。

 せっかくなのでと、このまま勉強会に入る。



 今日は魔法について訊きながらの勉強会だ。


 魔法は魔力を操作する事によって生み出される。

 魔力とは、大気中に漂っている酸素みたいなものだ。

 その大気中に漂っている魔力を身体に取り込み、ストックしておく。貯めていられる量には個人差があり、RPGでいうMPと言っても差し支えないだろう。

 ただ、取り込むと言っても、自分の意思とは関係なく自然に入ってくるもので、無くなったからといって一気に取り込むような事はできない。

 眠っている時が一番早く入ってくるようだ。


 大気中に存在する魔力は“名の無い魔力”と呼ばれる。これは原石みたいなもので、そのままでは使う事ができない。

 魔法として使うには、魔力を使える状態にしてやらなければならない。プログラムがそのままでは使えないのと似た様なものだ。

 少量ならすぐに変換できる。大量になると相当の時間を要する為、詠唱による変換を行う。

 声帯から発せられる言葉は体中を駆け巡り、魔力を強制的に操作する事ができる。


 変換された魔力は“無色の魔力”になる。魔法には“色”があって、これは無色の魔法として使う事ができる。

 無色の魔法は、別名基礎魔法。肉体強化や魔法補助、照明といったものが代表的だ。普段の生活で活躍するのがこの種の魔法となる。食料の保存にも使われるそうだ。


 ジェイクは魔法が得意ではなく、無色の魔法を少し使えるだけらしい。

 煙草に火をつけていたのも無色魔法の一種だ。

 ただ、無色魔法による魔法補助が異常に得意で、あの正確過ぎる射撃技術を実現している。


 “無色の魔力”に変換できたら、次は術者の持つ性質、“色”を付ける。

 この“色”とは個人の性格のようなもので、欲しいからといって新たに身に付ける事はできない。

 ヒイロナが持つのは“水の色”だ。

 なので、ヒイロナが色を付けると“水の魔力”になる。

 普段は色を付けるまでが流れ作業なので、意図的に止めないと“無色の魔力”はできないのだそうだ。


 魔力の変換ができたら、今度は魔法の生成になる。

 これも魔力の変換と同じで、小規模なものや単純なものであれば詠唱は必要ない。このあたりはもう才能だ。

 大規模なものや複雑なものになると、それは詠唱や魔方陣といったもので行う事になる。

 詠唱には決まったものがない。

 一応、多くの人に幅広く使われる定型文も存在する。ただ、魔力操作とは術者の感覚による曖昧なもので、千差万別過ぎてそこまで多くは存在しない。

 自分で研究し、自分だけの詠唱を持つのが一般的だ。

 ヒイロナの詠唱で、他人が同じ魔法を使えるという保証はないらしい。

 ちなみに、魔力変換の詠唱は効率のいいものが既に確立されていて、ほとんどの人がそれを使っているそうだ。


 全体的に例えると料理に近い。

 魔力を取り込む……食材を集める。

 使える様に変換する……食材の下ごしらえ。

 魔法を生成する……食材を調理する。

 魔法を発動させる……料理が完成する。


 生成した魔法には名前を付けてあげる。そして、その名前を呼ぶ事によって発動するのだ。

 この世界での名前とは、識別する為の単なる記号ではなく、特別な意味を持つもののようだ。


 一見、便利なものだが、当然デメリットもある。一番のものは、術者への負担だ。

 使った魔法によって身体に負担がかかり過ぎると、いくら魔力が残っていても魔法を使う事はできない。最悪、気を失う事になる。

 その逆もまた然りだ。

 つまり、体力と魔力の両方があって、初めて魔法を使う事ができる。


 色は先にも言った通り個性なので、ひとつしか持っていない事が多い。中には複数の色を持つ人間もいるそうだが。

 魔力の色は一般的なもので光、火、水、木、風がある。他にも例外の魔力があるらしいが、今は置いておく。

 特殊な魔力として代表的なもので、瘴気の魔力というものが存在する。

 これは大気中に漂うもので、魔法に使うようなものではない。

 死体などを通して無色の魔力が瘴気の魔力となり、大気中を漂う。その漂った魔力を死体が再び吸う事で、“生ける屍”ゾンビへと変貌してしまう。

 ゾンビの時は頭を潰せばそれで終わる。だが、そのまま白骨化してしまうと、瘴気の魔力に保護された骸骨(スケルトン)となってしまい、かなり面倒な事になってしまう。



 ここまで聞いたところで、外はすっかり日が暮れていた。

 勉強会を始めたのは太陽が真上にあった頃なのに、たったこれだけの事を話すだけでもう夜だ。

 部屋のドアが開く音がし、そちらに目を向ける。竹岡が起きた。


「竹岡さん、具合はどうですか?」

「あー、オレは大丈夫っす。あと、淳平です。竹岡淳平。淳平って呼び捨てで構わないっすよ。ていうか、オレ達もうマブでしょ! 幼馴染っしょ!」

「そっか、よかった。じゃあ僕の事も学人って呼び捨てで構わないよ」

「ガクト?! カッコいいっすね! それで、そちらの綺麗なお姉さんはどちら様? 学人の知り合い?」


 フランクに話しかけてくる。見た目通りに軽い。


「あぁ、彼女はヒイロナ。森林族(エルフ)だよ」

森林族(エルフ)? すっげええ! オレ淳平! 彼女募集中です!」


 何を普通に受け入れてるのだろうか。順応力が高すぎるだろう。

 雰囲気で面倒くさいと感じたのか、ヒイロナが笑顔で口を開いた。


「こんにちは、わたし、ヒイロナ。くさい、きえろ、ぶたやろー」


 さっき相手を罵倒する言葉を教えてほしい、とせがまれて教えた言葉だ。

 ヒイロナは結構男に言い寄られるのだろう。早速役に立ったようで何よりだと学人は思った。


「いいっすねー! ドストライクっす!」


 淳平には逆効果だったが。

 軽い表情が消えて、淳平が尋ねる。


「ここどこスか?」

「それは……北泉さんが起きてきたら改めて話すけど……日本じゃない事は確かかな」

「はぁ?!」


 何と言えばいいのだろうか。ありのままに伝えるしかないのだが、学人が頭を抱える。

 しばらくして北泉も起きてきた。今わかっている範囲での説明をする。

 ヒイロナの言っていた神殺しの件は伏せて、原因はわからないと。実際にわかっていない事だ。

 二人は当然信じられないといった顔をしたが、既に色々と経験済みだ。少し無理矢理ではあったが、すぐに受け止めた様子だった。

 北泉はかなり暗い顔をしていた。

 淳平は「マジっすか、すっげええ!」と、なぜか喜んでいた。

 あのビルがどこにあったのか訊いたところ、学人のいた町の隣の市だった。

 距離的にありえない。どうやらバラバラになって転移してしまったようだ。それに、出現に時間差も見られる。

 二人が部屋に戻ったあと、学人がヒイロナに向き直る。


「ヒイロナ、お願いがあるんだけど」

「なに?」

「魔法を教えてほしいんだ」


 この世界に来れば、誰もが一度は考える事だろう。

 自分にも魔法が使えるんじゃないかと。

 もし、学人が魔法を使えたなら、門脇は死なずに済んだのかもしれない。

 これから旅をするにしても、使えた方が足手まといにならないですむ。


 ヒイロナは少し逡巡したあと、夜が明けたら手解きをする約束をした。

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