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世界混合  作者: あふろ
第五章 パレード
137/145

137.裏切り者

 山田学人は、今自分が行っている行為が無意味であることを自覚している。

 ととめを刺すのが救いになるとは思えないし、自信の気が晴れるわけでもない。そもそも放っておいてもじきに天に召されるのだろう。その証拠に呻き声は学人が叩き割るスピードよりも速く、数を減らしていっている。

 それでも無感動に、作業として、まだ生きている顔を割って回る。

 他に何ができると言うのだろう? 最期に言い残したい事を聞いて回る? 遺族を見つけ出して、どんな最期だったかを伝える? ありえない。

 こんな最期だったら、いっそ知らない方がいいに決まっている。この場所に救いなどありはしないのだ。


 ……でも、割られて安らかな顔を見ると、こう思う。

 これでいい。


 ザットたちの方を窺うと、周囲を警戒しているものの、こちらを怪しんでいる様子は感じられない。

 それを確認してから、学人は魔樹の裏手に回った。


 森の外から見えた船だ。

 廃墟と化したモールに乗り上げている。一目でそれがフェリーだという事と、もはや使い物にならない事がわかった。船体が折れ曲がって、船底が裂けているのだ。

 このフェリーはどこへ向かうはずだったのだろうか。四国か、あるいは九州か――今となってはどうでもいい事だ。

 あまり失望は無かった。

 心の中ではこう(・・)なっていると思っていたからだ。むしろここまではっきりと原形を留めている方に驚きだった。


 船への興味はすぐに失せ、魔樹の亡骸に振り返る。

 思った通り。ザットたちの死角、魔樹に背を預ける人物がこちらを見つめていた。

 黒く澄んだ肌は、ほんの数日前に黒焦げだったとは到底思えない。鋭い眼光をかざしているように見えるのは、単に目つきの問題だろうか……。

 肌とは真逆とも言える純白の髪を押し退けて、二本の角がヘッドギアのように湾曲している。羽こそ無いものの、何も知らなければ悪魔か何かと勘違いして、悲鳴を上げて逃げ出してしまうところだ。

 しかし、やはりこちらに敵意は無いらしい。学人は向こう側を気にしながら、声をかけた。


『一応人払いはしてある。でもザットの耳を誤魔化せるとは思えないけど』

『察しが良くて助かるよ。声くらいならわたしの魔力だけで十分』


 彼女――シャルーモも学人との対話を望んでいたのだろう。だから用が済んだあともすぐに立ち去らずに、こうして待っていた。


『とりあえずお礼を言った方がいいのかな? みんなを解放してくれたんだろう? 正直な話、僕らだけであんなに大きな――』

『礼を言われる筋合いはない』


 遮ったのは冷たい言葉だったが、表情が翳り、目線だけが地に落ちる。

 学人から逃げるようなこの瞳の動きは……そうだ、負い目を感じている時の仕草だ。少なくとも学人にはそう映った。

 シャルーモは続ける。


『貴方がたに隠し事はしない。もうわかっていると思うが、これは生命の暴走だ。つまり、少なからず生命の魔力を宿している。虹姫と戦う羽目になったせいで、もうわたしにはほとんど残されていない。ほんの僅かでしかないけれど、でもわたしにはまだ必要な物だから、補充に来た』


 シャルーモは枯れた巨木を撫でて、目を細めていた。

 まるで大切な物を愛でるように。


『生命の魔力が無くっても、どっちにしてもここには来たんだろう? だからお礼を言うよ。ありがとう』


 シャルーモは答えない。そのまま押し黙ってしまった。

 この話題はここでおしまいだ。今日も前回と同様、ゆっくりとおしゃべりに興じる時間はないだろう。

 それにしても奇妙な関係だと思う。おそらくは彼女もジェイクと同様、助けを求めれば自身の危険を顧みずにきっと助けてくれるだろう。嵐の夜や、さっきのトンネルでのように。

 だから扱いに困る。なにせ彼女はジェイクの首を欲したのだから。


『僕らがここに来たのは、そう、君たちが女神と戦った結果なんだっけ?』

『そうだ。随分と物知りじゃないか』

『ノットから聞いて大体は理解してる。女神の力が強大で歯が立たないから、女神の魔力に似たものを作って横やりを入れたんだろう?』


 その横やりというのが、創世の魔力……亜空間に干渉できる力で異世界を結び付け、引っ張るという行為だ。当然莫大な力量を要し、女神の力の大半がそちらに向けられた。

 そうして弱体した女神を討ったのが、ジェイクとヒイロナというわけだ。

 しかし……


『重要なのはそこじゃない。僕はそれが真実だっていう、明確な根拠を提示されていない』

『根拠……気持ちはわかるが難しい。再現する以外に方法が無い。そしてその方法が無い』

『だったら思い違いって可能性もあるわけだ』

『やけに突っかかるな』

『でも百歩譲ってそれが本当だと仮定するよ。こうなる危険性は知っていた、で間違いないね?』

『片隅にはあった。可能性としては限りなく低いと思っていた。わたしが始末さえきちんと付けていれば、限りなくゼロに近いはずだった。しかし甘く考えていたのは確かだ』

『そう。じゃあこの事をジェイクは知っていた?』


 決して疑っているわけではない。しかし引っ掛かりがあった。

 いつの日だったか、ジェイクは言っていた。二つの世界が合わさるという冗談みたいなこの事態は、女神との戦いに原因があったと断定しているのだ。

 しかしシャルーモの口からは、学人の望む答えが出された。


『ジェイクが許すと思う? いくら可能性が低くても、危険が少しでもあるのだから彼が賛同するはずがない。計画を知っていたのはごく一部の者だけだ。わたしとノット、数人の魔術研究者。そして現国王、リナディア・ド・ヴァーレス・アイゼルハイム』


 その名を聞いた学人は、無意識に反復していた。


『国王……リナ……』

『どうかしたのか?』

『いや、なんでも』


 それもそうか。亜空間などという不明瞭で、わけのわからない謎の空間に手を出そうと言うのだから、当然一大プロジェクトだっただろう。それに国王が関与していないと考える方が難しい。


『わたしは裏切り者だ。ジェイクや皆に黙って計画を押し進めて、その結果が、このざま』


 これは懺悔だろうか。本人にはそのつもりは無いのかもしれない。

 最善だと考えた行動の結果が、世界を想った裏切りの代償が、何百年を共に生きた仲間の暗殺なのだからやりきれない。

 銀色の瞳はしっかりと学人を捉えている。しかし映してはいない。きっと遥か昔、まだジェイクを、ヴァリハを、サンポーニャを友人と呼べた頃の情景を見ているのだろう。


『でも……』


 ゆっくりと。


『わたしは決して貴方たちを裏切らない』


 優しく。


『だから、わたしは貴方の望む答えだけを喋ることはできない』


 幼い子供に言い聞かせるように。


『思い違いかもしれない。そうかもしれない』


 シャルーモは語りかける。


『いいえ、違う』


 やめろ。


『それは、貴方の、そうあって欲しい。……ただの願望』

『やめるんだ。それ以上言うんじゃない』

『どうして? これはわたしの思い違いかも(・・・・・・)しれない』

『君はこう言いたいんだろう? 本当は僕らは、この世界に怨みを持ってもおかしくないって。だとしたら思い違いもいいところだ。この話は僕しか知らない。でも、皆が知ったところでたぶん……誰も怨んだりしないよ。僕の勝手な意見だけど。どうしてだかわかるかい?』


 とは言ったものの、実際どうだかなんてわからない。

 矛先が明確になれば、心の奥底で燻らせている感情を爆発させるかもしれない。多くの人が肉親や友人、そして財産など持っていた物を失い過ぎた。

 それでも――


『真実味が無いからだ。僕らは魔法を使えないから余計に、ああそうですか、って受け入れられないんだよ。僕らが空を飛び越えて、その先の世界へ羽ばたけるって言ったら君は信じるかい?』


 それに加えて、事実を知らないにもかかわらず、中継都市は非常に良くしてくれている。もちろん利益も視野に入れているだろう。しかしそこに関しては罪悪感などではなく、完全に善意だ。多数の死者を出してまで庇ってくれたのだ。

 そんな人々をどうして怨む事ができようか。

 やや考えて、シャルーモが返した。


『空の先……つまりxxxxか。信じられない』


 知らない単語だ。

 しかし話の流れで何を言ったのかが想像がつく。宇宙。彼女は今たしかにそう言ったのだ。

 この世界で宇宙の存在は一般的に知られていない。実際ヒイロナから言葉を教わっている時も、彼女は知らなかったし単語も出てこなかった。

 少し気になるが、正直今はどうでもいい。くすぐられる好奇心を抑え込む。


『でも貴方だけはわかっているだろう?』

『ああ、そうだね。君が嘘を言う理由も、僕を懐柔する理由も、仲間を殺す理由も、何もかもが見当たらない。要するに君は嘘を言っていないし、一番信憑性があるのも君の話だ。そうじゃないと全部の辻褄が合わない』


 ちょうど今しがた目の前の現実を受け入れたところだ。

 自分の妹が、母親が化け物になっているかもしれない。いっそ、このまま見つからなければとすら願ってしまう。知らない方が幸せなこともあるのだ。

 しかし現実を見ないままでは、目を覆ったままでは手を伸ばせないから。


『兄弟、どうかしたのか?!』


 ふいに、向こう側からザットが呼びかけてきた。動きを見せない学人を不審に思ったのだろう。

 あまり心配をかけるわけにもいかない。


『残念ながら今日はここまでのようね』

『そうみたいだね。君も僕に用があったんじゃないの?』

『いいや、これといって無い。ただ、わたしと貴方の間には対話が必要だと思った。きっと、まだ足りない』

『それはつまり、また会いましょうってお誘いかな? 次は花束でも用意して、素敵なお店を手配しておくよ』


 学人の言葉に、シャルーモは初めてクスリと唇を曲げた。


『殺し損ねてすまなかった、とジェイクに伝えておいてくれ』

『それは……』


 今度はこちらが押し黙る番だった。

 完璧に隠せているつもりだったのに、実はまったくの筒抜けだったらしい。


『身構えなくていい。虹姫に続いてメルティアーナの相手をするほど命知らずではない。迂闊に手は出せないよ』


 そう言い残すと、シャルーモは魔樹の影に滲むように姿を消した。




――またいずれ。

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