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世界混合  作者: あふろ
第五章 パレード
136/145

136.魔樹の森 4

 学人とエヴリーヌ、二人が穴に落ちたあと、ザットはしばらく様子をうかがっていた。

 エヴリーヌは仕方ないにしても、学人は言い逃れができないほどマヌケだ。これでは先が思いやられる。よくもまあ、今まで生きてこれたものだと感心する。もっとも、“これから先”があればの話だが……。

 侍女ながらにエヴリーヌは戦えるようだし、きっと一緒なのだからしばらく放っておいても死にはしないだろう。転落死していない限りは。

 どちらにせよ、今慌てても意味が無い。


 穴は何の変化も見られず、中から声が聞こえるわけでもない。

 追いかけて飛び込むのはまずい。何か縄になる物を探したが、見える範囲にそれらしい物は無かった。

 蔓を集めて何重にもして捻じれば、代替品として使えるかもしれない。だが、それも悪手だ。完成まで一体どのくらいかかるというのか。


 そこで目を付けたのが、異世界の遺物だった。

 二つの世界の文明は歩んだ道が全く異なるものなので、どちらが優れているとは一概には言い切れないとザットは考えている。しかし、あちらの方が優れた生産技術を持っているのは、遺物から見てとれる。

 となれば質の良い縄の一本や二本、すぐに見つかるだろう。

 そう考えた。

 考えは甘かった。

 簡単に見つからない。

 折れた石柱に繋がっている黒い縄は、強度に関しては申し分ない。そのかわり意外と重く、穴に垂らすには長さに不安が残る。おまけに切り離すのが困難だ。

 これでは使えない。

 早々に見切りを付けて他を当たる。


 そこから進んだ先々で、魔樹が行く手を阻んだ。二本の手斧を振り回し、多少の相手ならさして問題はない。厄介なのは硬い幹をまとった、文字通り“樹木”だ。

 致命傷を与えるにはかなり骨が折れる。

 樹木をなるべく避けて進むが、魔樹の攻撃は緩まない。エヴリーヌの案内が高品質であった事実を思い知らされた。


 この調子では一旦森を脱出して、増援を要請するのもままならない。

 ふと、疑問が浮かんだ。

 エヴリーヌの案内はさておき、それにしても襲われ過ぎである。先ほどから興奮している――というか、気性が荒くなっている気がする。今までは素通りできた種までもが襲ってくるのだ。

 森の異変が次の段階に進んだように思えてならなかった。


 静かだった森が、ざわつき始めていた。


『嫌な感じだぜ……』




 探索を諦めて、ザットは瞑目している。神経を耳に集中させる。闇雲に動き回っても無駄と判断しての事だ。

 遺物を漁るうちにかすかではあるものの、ある物を検知した。今度は明確に検知しようとしている。

 しばらく待つとまた感じた。魔力笛だ。この波長はエヴリーヌで間違いない。

 微小な強弱で発信源の当たりをつける。どうやら移動しながら、定期的に発しているらしい。

 それと同時に、ザットの耳はまた別のものも拾っていた。何十……いや何百という人間の声だ。

 苦痛に悶えるような、聞くに堪えない酷い声。こんな場所にそれだけの人間がいるはずがない。


 さらにしばらくして、またエヴリーヌの魔力が伝わってくる。それを頼りに追跡を始める。まだ動き回っている。それだけの元気は余っているらしい。

 二度、三度繰り返して魔力を感じ、おおよその位置は把握できた。ゆっくりと、やや蛇行しているものの、しかし確実に正体不明の声の方へ向かっている。


 魔力を辿るうちに、異世界の建築物に当たった。図太く背丈のある建物だが、自重に負けて根元が圧し潰されている。本来は今見ているよりも高い物だったのだろう。

 この付近で鳴ったのを最後に、笛は途絶えている。様子をうかがって一周するうちに、地面に潜り込む道を発見した。


 入口はほとんど崩れていて、僅かに残った隙間は、変形した銀の格子で塞がれている。

 触れると軽い音を立てた。あまり強度はないらしい。

 これほどの生産技術を持ちながら、こんな貧弱な格子しか作れないのか。ザットは不思議に思いながらも、力に任せて手斧を振り上げた。



……。



 ザットと地下駐車場を這い出した学人は、二階部分まで崩壊したビルを見上げて愕然とした。入口が完全に埋まらなかったのが奇跡だ。

 どうにか中に入れないかと考えていたが、これでは危険すぎて無理だ。

 もし誰かが生きていて隠れていたら、と大声で呼び掛けた。当然のように反応はなかった。

 時間が経つにつれ、状況は悪くなる一方だ。


 悪い状況と言えばもうひとつ。

 ザットが聞いていた無数の声だ。

 地下に潜る前は呻き声だったのが、今は雄叫びや悲鳴、奇声の乱れ入った絶叫に変わっている。それだけではなく、木々の薙ぎ倒されるような轟音もしている。

 翠蓋の隙間からは、勢い良く振るわれる巨大な枝が見え隠れした。


『帰ろう兄弟。これ以上は駄目だ。エヴリーヌ、帰りの案内はできそうか?』

『え、ええ……現在地がわかりさえすれば、なんとか……』


 有無を言わさぬ判断に、元々帰りたがっていたエヴリーヌは素直に従う。


『ちょっと待って』

『おいおいおいおい、何を待つって言うんだ。まさか行くつもりか? だったらオレが一人で見て来てやる。お前は先に帰ってろ』

『そうじゃない。あれ……何かが戦ってるんだよな』


 そう、だから余計に質が悪い。

 先行調査で把握しきれていない魔樹なのだ。当然討伐隊が派遣されているはずがないし、そんな話自体が持ち上がっていない。

 ここからは推測でしかないが、魔樹はおそらく巨大だ。張り巡らされた穴、それに届く根。極めつけは先ほど垣間見えた枝だ。小さいと決め付ける方が難しい。

 普段から誰も寄り付かないような森で、一体誰があの強大な敵に立ち向かっているというのか。

 全てが正体不明である。


『それからたぶん……たぶんだけど、勢力が三つあるんだと思う』

『どうしてそう思った?』

『ひとつは魔樹。ひとつはそれを狩る何か。最後のひとつは――』


 低音の断末魔と、高い歓声が巻き起こった。二つの陰陽が木々をすり抜けて、森に波及していく。

 決着がついたようだ。

 余韻を残して森に静けさが戻る。


『それで、もうひとつは何だ?』

『行こう。行けばわかるはずだ』




『うわ、なんなんですかこれ』


 辿り着いた先では、酷い腐敗臭が出迎えた。

 多くの木が倒されて、広い林冠ギャップが出来上がっている。へし折られた木片や、粉砕されたアスファルトが巻き上げられたのだろう。それらに撃ち抜かれて廃車と化した車が多く転がっている。

 視線を奥にやると、こちらも同じく被弾の爪痕を大きく残した、二階建ての長い建物が横たわっている。色々な店舗が軒を連ねるモールのようだ。

 学人と建物に挟まれた位置、そこには朽ち果てた巨木が倒れる事もできずに佇んでいた。


『なんだこりゃあ。腐ってやがる……』


 ザットが唖然として呟いていた。

 これが正体不明の魔樹で間違いないようだ。世界樹と比べると小さなものだが、大型トレーラーを二台並べられそうな図体を持ち、朽ちてなお、その巨大さにただただ圧倒される。

 細かく波打つ表皮、そこに魔樹である証拠が残されていた。凸凹のひとつひとつ全てが人の顔なのだ。絶叫をあげた時のまま、真っ黒な液体を流して固まっている。

 おぞましい光景はそれだけに留まらない。

 学人の足元で木片が蠢く。魔樹の破片だ。朽ちる前に剥ぎ取られたのか、木片に付いた顔がまだ生きている。

 悲壮に満ちた表情で、眼球は無いがこちらをすがるように見ている気がした。

 学人は腰から銃を引き抜くと、無言で銃口を向けた。


「古橋さん、お疲れさまでした。古橋さんのさらなるご健勝とご活躍を祈念しております」




 直接吸い込む硝煙は鼻に刺さり、漂う腐敗臭を一瞬だけ忘れさせた。

 薬包を開けて銃口から火薬を流し込む。次に弾丸を込めて、その上にさらに薬包だった紙を押し込んで栓をする。

 練習のおかげで、片腕でもスムーズに装填が可能になった。撃ち抜いた木片は既に動きを止め、静かに転がっている。

 本当はあの時から(・・・・・)薄々感付いていた。

 城内でシャーウッドとノアが変異したのを見て、それは確信に変わっていた。なのに目を逸らしていた。

 それなのに――


『ザット、悪いけど斧を』


 学人は受け取った斧を肩に担ぎ、少し覚束ない足取りで歩き始めた。

 そして、まだ息のある木片を見つけると――一気に振り下ろした。重油のようなドス黒い返り汁を浴び、仕留め損ねたと見ると、もう一度。

 まるで夢の中にいる気分だった。のぼせた感覚で思考がはっきりとしない。実感が無かった。


『二人とも、ここで待っていてくれないか。まだ生きている人がいたら、送ってあげたいんだ……』

『いやいやいやいや、待つって……お一人でやる気ですか? この量を。それにこれをやった何者かが、まだ潜んでいるかもしれないのに』

『これは僕がやらなくちゃいけないんだよ、エヴリーヌ。理由なんてわからないけど――無いのかもしれないけど、僕らがやらなくちゃ。本当だったら全部……』


 二つに割れた顔は、口端をわずかに上げて、穏やかだった。

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