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世界混合  作者: あふろ
第五章 パレード
135/145

135.魔樹の森 3

 逃げ続けて足を止めた時、二人は汗にまみれていた。

 途中でいくつもの別れ道を過ぎた。あの無数の根が追いかけて来る気配は、今のところない。

 後方を警戒しながら呼吸を整える。

 このまま進んで、一体どこに繋がるのだろうか。良くて同じ場所をループ、最悪は行き止まりだ。こんな窮屈な場所で、追い詰められてしまってはもうどうしようもできない。


『念のために訊くけど、あれは?』

『わかりません。あんなのがいるだなんて、記録には一切ありません』


 予想通りの返答だったが、うんざりした。


『またか……』


 無意識にぼやいていた。

 エヴリーヌはそれに興味を示す。


『また?』

『ああ、ペルーシャと出会った時もそうだったんだけど……いや、その前の中継都市でもか』


 そう遠くない過去を思い返す。

 病院に籠城する青木たちの救出に向かった際、見た事のない魔獣に、傭兵たちは少なからず動揺していた。

 国境都市で誘拐されたあの夜、大蜘蛛を見たペルーシャは驚愕していた。


『それって……間違いなく異界の召喚が原因ですよね? 嵐の夜にハーネス家も襲撃されました。見た事のない魔獣に』


 考えるまでもなく、『だろうね』と学人は返した。あの根の持ち主も、おそらくは同じ類だろう。

 だとすれば、エヴリーヌの事前情報に無いのも無理はない。


『あれ? ちょっと、怪我してるじゃないですか!』


 一息ついて、ようやく学人の脇腹に気が付いたようだった。あれでもない、これでもないと自分の服をまさぐり、そうして取り出したのは片手に収まるくらいの小瓶だった。


『水ください。傷口が汚いので洗い流さないと』


 本来ならきちんと消毒したいのだが、こんな場所では仕方ない。学人は言われるがままに水を手渡す。

 染み込む痛みに、学人は呻いた。

 次に小瓶の液体をふりかける。


『それは何? ポーション的なやつ?』

『? ……なんですかそれ。ほら、見てください。中に魔石が入っているでしょう。止血と消毒、あと多少の鎮痛効果があります』


 空になった小瓶をカラカラと見せつける。

 痛みは本当に少しひいた程度だが、傷口に薄い膜が張り、たしかに出血が止まっていた。

 エヴリーヌは小瓶に水を補充しながら、


『ワタシは再生魔法を使えませんので。これ最上級の魔石で、とっても高価なんですよ。お嬢様が持たせてくれたんです』


 手当てが終わると無言になった。考えている事は二人とも同じだった。

 おかしい。追撃がこない。

 このトンネルを掘ったのは、あの魔樹で間違いないだろう。森全体に張り巡らせて、獲物がかかるのを待っている。

 そんな能力を持っているのに、たかだか小規模の崩落に手間取るだろうか?

 もちろん手強いと見て諦めたか、もしくは疲弊を待っているという線もある。しかし、エヴリーヌの魔樹に対する評価から、そんな知能を持ち合わせているとは考えにくい。


 黒く塗り潰された闇の向こうを注視するあまり、二人は足元がお留守になっていた。無音でゆっくりと忍び寄る存在を見落としていた。

 気が付いた時には既に遅く、学人は足首を掴まれていた。


『え? ちょっと!』


 咄嗟に学人の腕を取ったエヴリーヌと共に、猛スピードで引きずられていく。

 柔らかい土の上だからいいものの、途中で岩が突き出たりしていたらと思うと気が気でない。

 やがて先ほどの崩落現場まで戻ってきた。上部の僅かに空いた隙間から這って出たらしい。土の山で引っ掛かる。

 速度は著しく落ちたものの、それでも確実に引っ張られている。どれだけもがこうとも、自力で外すのは無理だ。せめてもの抵抗に、崩落で顔を出したであろう、別の木の根に縋る。

 しかし脆い。かろうじて耐えてはいるが、そう長く持ち堪えそうにない。なにより引っ張る力が強く、片腕だけでは木の根よりも先に力尽きそうだ。


『もう少し頑張ってください!』


 エヴリーヌが叫ぶ。

 何か妙案でも思い付いたのか、円環が握られている。


『今足を切り離しますので! 絶対に動かないで! 手許が狂うと綺麗に切断できませんから!』

『ごめん、何言ってるかわからない! 足?!』

『死ぬよりはまし(・・)でしょう! せーのっ!』


 円環が赤みと熱を帯びて放たれる寸前、足に伝わる力が急に抜ける。足が解放された。

 切断されたわけではない。確認すると、根の先端が絡みついたままだ。

 耐えきれずに千切れた? そんなはずがない。触ってみると、あんなにうねりを見せていたのにもかかわらず、とても硬い。

 切断面は……逆に柔らかい。というよりもまるで溶けたかのような、腐った野菜のようなぬめりがある。

 這いずる気配は既になかった。




 忽然と消えた魔樹に首をかしげながらも、二人は出口を求めて彷徨った。

 縦穴を登ろうと試みたが、土が崩れて案の定失敗に終わった。

 歩けど歩けど視界は変わらない。進んでいるのか、同じ場所を巡っているのかすらもわからない。


 エヴリーヌは首から下げた小さな笛を口に咥え、時折息を吹きかけている。犬笛そっくりのそれは、音の代わりに魔力を飛ばして反響させる。

 ザットに自分たちの居場所を伝える、唯一の手段である。もっとも、彼が二人を追ってこの中にいる保証はないので、当然期待はしていない。成果も上がらなかった。

 眼前に異物が現れたのは、それからもうしばらく彷徨って、そろそろ休憩を挟もうかという頃だった。


 行き止まり――壁だ。

 コンクリートの壁。

 おそらく何か建物の地下にでもぶつかったのだろう。地面から天井まで、一直線に貫く造形はどう見ても自然物ではない。

 大きな衝撃が加わったのか、または魔樹がこさえたのかは定かではないが、幸運にも一部が割れて穴になっている。中身の鉄筋が断ち切られているので、あるいは両方なのかもしれない。

 学人は疲れも忘れて、穴に身を潜り込ませた。

 服に引っ掛かる鉄骨に苦労しながら、やっとの思いで向こう側へ。飛び降りるとしぶきが上がり、水音が冷たい暗闇に消えていった。

 膝下まで冠水している。


『ななな、なんですかココ。随分と広いみたいですけど』

『地下駐車場みたいだね。どこのかはわからないけど』

『ちゅう……え? なんですかそれ』


 ここは人の出入りを前提とした建築物だ。つまり、必ず出口がある。

 安堵する学人とは対照的に、エヴリーヌはすっかり怯えてしまっている。そういえばペルーシャも、駐車場でビビりまくっていた事を思い出す。


『やっぱり僕じゃ不満?』

『何がですか?』

『……ほら、ペルーシャの……』


 話しかけたのは、エヴリーヌの気を紛らわせるためか、それとも自分がそうしたかったのか……。

 膝下とはいえ闇の中で水に浸かるのは恐怖でしかない。普通とは違い、何が潜んでいるかもわからないのだから。

 水の抵抗に逆らいながら、重い足を進める。


『まさか。お嬢様が選んだ方なのですから、ワタシは全力で応援します。できる事があるなら、力添えも惜しみません。ワタシの望みはお嬢様の幸せですので』

『こんな場所で足なんて切ったら、どっちにしろ死ぬと思うんだけど。そうは思わない?』


 不満を口にする学人に合点がいったように、


『あ、ひょっとして、もしかしなくても怒ってます?』

『別に』

『大丈夫です。綺麗に切ったら止血も簡単です! それにシオ爺が近くで待機してますし!』

『誰だよそれ……』

『今日、御者をしてくれていたお爺さんですよ。あの方、ハーネス家の誇る治療師なんです』


 それでも納得がいかない。しかし学人はそれ以上追及しなかった。会話は無駄だ。

 数台の車を横切る。

 この駐車場はそれなりの収容数を持っているらしいが、停まっている数は知れている。軽トラック、白いバン、社名の入った普通車。他にも遠くでランタンの灯がいくつか反射している。これらは全て、海水で駄目になっているだろう。

 学人が目指しているのは、闇の先に浮かぶ明かりだ。電気が点いてるわけではなく、反射するランタンの灯のひとつだ。

 体の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。他と違うのはその位置。少し高い場所のようだ。光が一切差し込まないので、車道出口がどこなのかわからない。

 他に目指せるものがなかった。


 ようやく辿り着いた先で、反射の正体がわかった。ガラスだ。

 数段の階段を登った先に、おそらく警備室なのだろう。入館手続き用の窓ガラスと、その隣には建物に通じる扉。手前には赤い防水バケツが転がっている。喫煙所も兼ねているらしい。

 そうだ。ここは以前に来た事がある。

 この建物にはサーバールームがあって、自分の担当ではないが自社から三人のエンジニアを派遣している。つまり客先だ。

 リーダーは古橋という。学人の親と同世代の男だが不思議と馬が合うので、彼が帰社した際にはよく夕食を共にしていた。

 水から出て、学人は硬直した。


『どうしたんですか?』

『なあ、エヴリーヌ。正直に答えてほしい。本当に誰も見つからなかった(・・・・・・・・)んだよな?』

『はい、そうですけど……なにか――』


 柱の陰に、服が落ちていた。

 紺色の作業着で、靴下や靴までもが、中身だけがすっぽりと抜け落ちたような状態で。

 ならばその報告が嘘なのでは、と考えをよぎる。しかしこれは似ている。ショッピングセンターで起きた事と。

 だとすれば魔樹にやられたと考えるのが自然か――。


 学人が息を吸い込み、言葉を発しようとしたその時、どこからか金属を叩く音が響いた。

 ノックの類ではなく、破壊しようとする音だ。

 車道出口のシャッターが下りているのかもしれない。それを何かがこじ開けようとしている。

 二人は息を殺し、柱に隠れた。

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