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世界混合  作者: あふろ
第五章 パレード
134/145

134.魔樹の森 2

 休憩を終えた一行は、さらに森を進んだ。

 単に船を見たいだけであれば、助けを待っている者が誰もいないのであれば、後日仕切り直してもいいのかもしれない。

 が、学人にその選択肢はなかった。十日後に控えた決闘の前に、どうしてもこの場を探索する必要がある。

 しつこく説明を求めるエヴリーヌだったが、学人が譲る気がないと見るとしぶしぶ承諾した。一応学人に従うようにとペルーシャから言いつけられているらしい。


 それにしても……不気味だ。様子がおかしいと気付かされることで、より一層不気味に思えてくる。


『なあ、兄弟。オレを代理に立てろ。決闘は代理を認められている。そりゃそうだろ? 戦えない奴は泣き寝入りだ』


 ザットが前触れもなく話題を出した。その話は今すべきものなのだろうか? 学人は言葉とは違う、別の意図を感じていた。

 というのも昨晩、既にこのやりとりをしているからだ。

 ザットにちらりと目を向けると予想通り、彼の意識はエヴリーヌに向けられていた。当の本人はきょとんとした顔で、


『いや、逆にまだ代理を決めていないんですか?』

『決めるもなにも、今初めて(・・・)知ったよ』

『ふうん。でもザット様なら安心ですね! 闘技場ではあの“狂犬”を襲名された方ですし』


 咄嗟にザットの調子に合わせ、その上で昨晩と同じ言葉を返す。


『いや、代理は立てない。貴族のせがれは戦闘に秀でてるわけじゃないんだろ?』

『えっと、意味がわかりません。たしかにゴードン様は戦闘を得意としていません。ですがそれでも、冗談抜きで死にますよ? それに向こうだって代理を出すに決まってます!』

『そうかな? 仮に本人が出てきたとして、君の率直な意見を聞かせてほしい。僕の勝率は?』

『瞬殺されますね! 一年分のお給金を賭けてもいいですよ』


 エヴリーヌの見立ては正しい。

 戦闘に特化していないとはいえ、貴族は一定の年齢まで訓練を叩き込まれている。もちろんゴードンも例外ではない。たとえば格闘技経験者に運動不足のサラリーマンが挑んだところで、結果は火を見るより明らかだ。


『とにかく、ザット様にお願いする事を強くおすすめします。ワタシはっ!』

『これは僕の予想なんだけど、たぶんゴードン本人が出てくると思うよ』

『どうしてですか? 根拠は?』

『だってカッコ悪いじゃないか』

『はぁ……わかりました。アナタが阿呆だってことが』




 進むにつれ、度々こんな注意を促されるようになった。


『あれ、魔樹ですけど害は無いので、枝や葉っぱが伸びてきても驚かないでくださいね』


 魔樹といってもそこらの植物と見た目はなんら変わらない。言われなければ気が付かないほどだ。魔樹の大半は大人しい性格で、肉食で好戦的な物はむしろ珍しい。

 しかし危険を察知すると襲いかかってくるので、刺激するのは禁物だ。


『随分と遠いね。外側からは結構近そうに見えたのに』


 もう随分歩いている。崩れた人工物が時折顔を覗かせているものの、どこも風景に代わり映えがない。同じ場所をぐるぐる回っているのではないかと、不安になってくる。

 学人の問いかけに返事がない。


『エヴリーヌ?』

『……やっぱりこの森、おかしいです! 見てください、気が付きませんか?』

『おかしいって言われても……』


 ザットと顔を見合わせる。学人からすれば魔樹という存在がある時点で、十二分におかしい。

 あとは――


『木が不自然に傾いているんです』

『木が?』


 湾曲した木が多いものの、言われてみればたしかに。それも一方ではなく規則性がまるでない。まさに“気の向くまま”。

 草をかき分けて身近な木の根元を観察してみる。土が盛り上がって、根が押し出されてしまっているようだ。


『帰りましょう! 今す――』


 唐突にエヴリーヌの声と姿が消えた。

 地面に飲み込まれるように、忽然と。


『エヴリーヌ?!』


 学人は慌ててエヴリーヌのいた場所に駆け寄った。ザットが止めようとするのも聞かずに。

 学人がもう少し冷静な男だったならば、こうはならなかっただろう。周りの状況もわからないままに、感情に任せてただ動いてしまう。

 深い茂みに隠れた穴を、学人は踏み抜いてしまった。




 暗い穴ぐらで災難に遭うのはこれで何度目か? 鉱山、迷宮、これで三度目だ。

 長い時間をかけて転げ回った学人は、そんな事を考えていた。不幸中の幸いか、穴は落ちるにつれて段々と傾斜がゆるくなり、どうやら紐無しバンジーは避けられたようだ。


「痛――ッ!」


 起き上がろうとして、脇腹から伝わる鈍痛に顔をしかめた。一寸先も見えぬ暗闇の中、痛みの源に手をあてる。

 どうやらシャツが破けているようだ。ぬるりとした生温かい感触もある。転がり落ちているうちに、何かに打ち付けてしまったらしい。

 学人は大事に抱えたザックをまさぐる。中に入れている物はある程度の水と布、そして電球式のランタン。必要最小限に抑えておいた。

 咄嗟に抱えて庇ったおかげか、あるいは布地に包んでいたおかげか。ランタンは優しく闇を照らした。今通って来た道の他に、左右に二本続いているのがわかる。


 穴はかなり深いが、そこまで大きくない。学人が立った状態で少し余裕がある程度なので、高さは一メートル九十センチくらいだろうか。横幅も同じくらいだ。

 天井からは細い木の根の先端が力なく垂れ下がっていて、時折土がこぼれ落ちてくる。円形に近いここは、洞窟というよりも――。


 そこまで考えて、学人は我に返り光を振り回した。先に落ちたはずのエヴリーヌの姿が無い。ザットが後から追いかけて来る様子もない。

 落ちている時は身体とザックを守るのに必死でわからなかったが、ここに到達するまでに何本にも枝分かれしていたのかもしれない。


『誰かそこにいるの?』


 愕然とした時、望んだ声が聞こえた。

 期待半分、警戒半分といったところだろうか。姿は見えないが、緊張のこもった呼びかけが飛んできた。


『エヴリーヌ、僕だ!』

『――ッ!』


 返事の代わりに土を蹴る音が鳴った。やがて足音と、金属のこすれる音は侍女服を纏った娘の姿となり、学人に飛びついてきた。

 助けに来てくれたんですね、素敵! という風な感動の再会にはならず、エヴリーヌは勢いを殺さずに掴みかかり、


『どうしてアナタまでここにいるんですか! 阿呆なんですか! というか、だから帰りましょうって言いましたよねワタシ! どどど、どうするんですかコレぇっ!』


 滅茶苦茶取り乱していた。


『えっと、この穴は?』

『知りませんよ! 知ってたらそもそも落ちませんよ! ああもう、服がドロドロ……最悪ですッ!』


 半べそのエヴリーヌを落ち着かせつつ、この丸い空洞に目を走らせる。案内役すら知らない場所だ。

 普通であれば新しい発見があったと言いたいところだが、今回はおそらくそうではない。土が柔らかい。手で触れただけでもボロボロと崩れ落ちる。

 こんな軟弱な地層の上に、森が横たわっているのだ。地質学者でもないのではっきりと言い切れないが、岩盤の見当たらないトンネルがずっと以前から存在できるだろうか? 無理だ。それとも張り巡らされた木の根が、強固な屋根の役割を果たしているとでも言うのだろうか……。


 そして一番考えるべきは、ここが一体どうやって出来上がったのかだ。何者かによって、つい最近作られたのではないだろうか。それが一番しっくりとくる。

 たとえば、巨大なモグラだとか。


『何か来ます! 下がってください!』


 エヴリーヌが腰にぶら下がっている円環に手を伸ばした。焼けた鉄のように真っ赤な色を孕みはじめ、視線の向こう側からは地鳴りのような音が迫る。


『やあっ!』


 投擲された二つの円環は火の粉を散らし、闇を駆け抜けて行く。何かを裂いた。

 が、しかし……。どうやら手数が足りないようだ。火で明るみになったのは、無数の触手が怯む姿だった。

 円環がブーメランの如く、エヴリーヌの手に返る。


『もっと下がってッ!』


 再び放つ。今度は戻って来ずに、主人に手の動きに呼応して踊り狂っている。

 四方八方に散る火花が綺麗で、空中に咲く鼠花火のようだった。


 どうにか侵攻を食い止めているものの、このままでは埒が明かない。次から次に触手は伸びてくる。今は減った分だけ補充されるような感じだが、もしも一気に数が増えればとても防ぎきれない。

 どうしよう……。これからの事を考えるのは学人の役目だ。

 エヴリーヌを誘導しつつ、ゆっくりでもいいから後退するか。しかしそれでどうにかなるのかと問われると、疑問しか残らない。

 思考にふけっていると、学人の額に何かが当たって落ちた。屈んで拾い上げる。


「根っこ?」


 それは木の根の破片だった。

 熱を持っており、黒ずんでいる。

 つまり、あれらは触手などではないという事になる。おそらく魔樹の一種なのだろう。


「うわっ」


 突然襟首を掴まれ、うしろに引っ張られた。予期せぬ事態に踏ん張りも取れず、学人はあっさりと引きずり倒される。顔を起こして、血の気が引いた。

 元いた場所に円環が突き刺さり、土を焼いている。エヴリーヌが受け取り損ねたのか、危うく足首を持って行かれるところだ。

 助けてくれたのは――


『ザット?』


 そう思って振り返る。

 誰もいない。


どうぞ召し上がれ(パンニーハ・ムハサム)!』


 エヴリーヌの魔法が炸裂した。振動と轟音を響かせて、爆発が巻き起こる。飛ばされた熱と砂埃が降りかかった。


『さあ、今のうちに逃げましょう!』

『あ、ああ!』


 トンネルが崩落したおかげで少しは時間稼ぎになるだろうか。二人は逆方向へと駆け出す。

 縦穴は使えない。足場が悪く、上からロープを垂らしてもらわなければ、楽しい滑り台をもう一度体験する羽目になる。


『戦ってもらって、文句を言うのも、なんだけど!』

『はい、なんですか!』

『流れ弾で! 足が斬られそうに、なったんだけどッ!』

『だから! 下がってって、言ったじゃないですかぁ! 外れてくれて、安心しましたぁ!』


 喚きながら無我夢中で走っていく。方角もわからずに。











 ……ちっ。

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