表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界混合  作者: あふろ
第二章 リスモア大陸
13/145

13.黒い水

「ぃ――ってぇ……」


 なんとか生き埋めになる事だけは免れた。少し違う意味で生き埋めだが、ランタンも無事だ。

 完全に埋まった坑口を見上げる。


「どうするんだよこれ」


 これではジェイクを見つけても、脱出する事ができない。状況を考えると他に出口が無いか、全て埋まってしまっているのだろう。

 中には彼らの大切なハンマーがあるのだ。危険を顧みずに掘り返してくれる事を期待するしかない。


 岩の欠片が崩れる音が響く。

 この場に留まっていれば、今度こそ崩落に巻き込まれてしまう。とりあえず進んでみるしかない。

 先へ光を向けると、暗闇に坑道の様子が浮かび上がった。


 怯えながら坑道を歩く。かなり大きな坑道だ。高さは三メートルを超え、幅も同じくらいありそうだ。

 壁や天井は、木材や金属でできた支保工で満面なく補強されている。

 全て消えてしまっているが、等間隔で刺さっている松明も確認できる。

 道の中央には、丸太をキャンプファイヤーの様に積み上げ、中に屑石を詰め込んで作った柱も見えた。

 ひんやりとした気持ちのいい、冷たい空気が坑道の中を満たしている。


 学人が鉱山の中に入るのは、もちろんこれが生まれて初めてだ。松明の数がどれだけ必要かだなんてわからない。そもそも、現代で松明を使う事などないだろうが。

 それでも、素人目に見ても松明の数が異様に多い。これだけの数を焚いても大丈夫なのだろうか。酸素的に。

 恐怖を誤魔化そうと、どうでもいい事を考える。


 進んで行くと、枝抗や竪抗が目に入るようになってきた。

 おそらくこの太い坑道を通洞抗とし、周りを掘り進む構造になっているのだろう。

 ツルハシや排水用と思われる、木製のバケツがいたる所に転がっていた。

 念の為にと持って来た包丁だったが、ここは毎日人の出入りがある現役の鉱山だ。必要無かったかもしれない。


 さらに進むと、今度は横に大きな横穴が口を空けていた。

 この通洞抗が二手に分かれているのだ。坑道は一本道ではなく、迷路の様になっている。一番深い場所では何キロもの距離があってもおかしくはない。

 内部構造を知らない者が、ランタンひとつで歩き回るのは無謀だ。


 岩盤が剥き出しの、狭い枝抗にはジェイクも入らないだろう。ならば、このまま進んでいればいずれ会えるはずだ。

 学人はそう踏んでいたのに、これでは思惑が大外れだ。


「ジェイク、どこだ! 聞こえたら返事をしろー!」


 大声で叫んでみるが、呼びかける声が闇に吸い込まれていく。


「はぁ……。あいつ、日本語全然わからないしなぁ」


 ジェイクが喋れるのは、“煙草”と“くれ”の二言だけだ。

 途方に暮れていると、水の流れ落ちる音が坑道を通り抜けた。


「なんだ?」


 枝抗の奥に湧き水でもあるのかとも思った。しかし、それにしては音が近い。

 目をつむって耳をすませ、音の出所を探る。また音がした。自分のすぐ後ろだ。

 光を向けてみるが、特に変わった所は無いように見える。


「あれ?」


 周囲を見回し、最後に地面へ視線を移す。線路の枕木の間に水たまりがあった。


(おかしいな。通った時には水たまりなんか……)


 不思議に思い、ランタンを近付けてみる。水たまりは墨汁をぶちまけた様な、真っ黒な色をしていた。

 天井を見ると、支保工が破れて岩盤が顔を覗かせていた。

 おかしい。

 他の場所は何ともないのに、水たまりの真上だけが不自然に破れている。

 裂け目を見ても、割れているのではなく、綺麗にぽっかりと穴を空けていた。

 意図的にそうしているとは考えにくい。


 水たまりに視線を戻す。すると、かすかに動いた。

 目の錯覚かと思い、顔を近付けてよく観察してみる。

 その時だった。急に独りでに波打ったかと思うと、水が跳ねた。


「うわっ! きたなッ!」


 咄嗟に足を引っ込めて水滴をかわす。

 枕木にかかった水は、ジュウジュウと音を立て始めた。


「……え?」


 溶けている。

 理解が追い付かず、その場所に目が釘付けになる。

 これは水ではない。強力な酸か何かだ。

 固まる学人をよそに、次から次に新たな液体が垂れてくる。支保工を溶かしながら。

 二歩、三歩と後退りすると、液体が一箇所に集まり始めた。

 合体を繰り返して、徐々に大きくなっていく。うねりを見せるそれは、粘液である事がわかった。

 スライムだ。

 誰がなんと言おうと、これはスライムだ。

 日本人がスライムと聞くと、玉ねぎの形をした最弱のイメージを浮かべる者が少なくないだろう。

 だが、学人は違った。スライムほど厄介な相手はいないという認識だ。

 打撃、斬撃、突撃。馬鹿な、そんなものが液体の体に通用するわけがない。手に持っている包丁など、糞の役にも立たない。

 不用意に近付けば、十中八九痛い目を見る。むしろ、それで済めばかなり運がいい方だと言えるだろう。


 スライムから目を離さずに、静かに距離をとる。今は大人しげだが、急に走り出したりすると刺激してしまうかもしれない。

 じりじりと下がりながら、ポケットに入っている物を取り出す。予想が正しければ、こいつは火に弱いはずだ。

 自分が喫煙者でよかった、と思ったのはこれが初めてかもしれない。ランタンとジッポーを右手に持ち、残った左手を壁に刺さっている松明へ伸ばす。


(なるほど。それで松明がこんなに)


 これは照明であると同時に、スライム避けの役割を担っているのだろう。


「あれ? なんだこれ?」


 引き抜いたそれには、火を灯す部分が無かった。それどころか、木ですらない。

 材質はわからないがすべすべとした肌触りで、先端には宝石の様な物がはめ込まれている。

 学人が松明もどきに視線を逸らした隙をついて、スライムが動いた。


「うわっ!」


 かろうじて飛ばされた粘液をかわす。こうしているうちにも、スライムはどんどん垂れてきていた。

 結局、学人には逃げる以外に選択肢が無かった。


 スライムを踏みつけたり、頭上に降ってこようものなら、確実に命は無い。

 上下を警戒しながら坑道を走り抜ける。

 スライムは見た目通りに、動きが鈍い様子だ。ある程度離したら、そうそう追い付かれる事はないだろう。

 後ろを振り返り、スライムの姿がない事を確認すると、走る足をゆるめた。


 今のうちに何か燃やす事のできそうな物を探す。倒せなくても、追い払う事ができればそれでいい。

 立てかけられているツルハシの柄など、木製の物が目につくが、さすがにジッポーだけで火をつけるのには無理がある。

 少し先に、白い何かが散乱しているのが見えた。細長い物や綺麗な弧を描いている物、少し大きめの丸い物まで。

 鉱石だろうか。


 後方を気にしながら、さらに進む。

 白い棒を踏むと、明らかに石とは違う音を立てて折れてしまった。


「なんだ?」


 拾い上げてみるとそれは軽く、硬い外殻の中は細かい網目状になっており、中央は赤くドロっとしていた。

 次に目がいったのは、坑道の隅に落ちていた物だった。

 長方形で、折りたたまれた状態でそれは転がっていた。


 財布だ。

 それも、誰もが知っているような、世界的に有名なブランド品だ。

 震える手で開いてみると、中には見慣れた紙が入っていた。日本銀行券。壱万円と書かれた物が五枚ほど。

 免許証やキャッシュカード、どこかの会員カードなども入っている。


「そんな……じゃあ、これは」


 人骨だ。

 落ちていた物と、その中身を見ればどんなに鈍感な人間でも気付く。これらは全部、日本人だ。

 スライムにやられたのだろう。白い骨だけが残され、辺り一面に散らばっていた。

 ふいに、目玉の無い頭蓋骨と視線がぶつかる。歯の欠けたその顔は、学人を嘲笑う表情にも感じられた。


「ああああああああ!」


 ショックと恐怖に耐えきれず、財布を放り投げて走り出す。知らずのうちに、涙があふれていた。

 あの中に知っている人間がいたわけではない。なのに、涙が止まらなかった。

 あの町だけでなく、やはり他の場所も異変に巻き込まれていた。

 この暗闇の中で、全員が状況を理解する事もなく死んでいったのだろう。


 カーブを曲がった所で、学人は足を止めた。行き止まりだ。

 不自然に垂直の壁が目の前に現れた。

 支保工を破り、周囲を崩落させて道を塞いでいるそれは、ビルの一部だった。


「ああ……ああぁ……」


 下半身から力が抜け落ちた。鉱山崩落の原因はこれだ。

 建物に圧迫され、行き場を失った岩盤が崩れたのだろう。

 呆然とビルを眺めていると、悪寒が走った。


「あ……」


 いつの間にか、スライムがすぐ後ろまで忍び寄っていた。

 何度合体を繰り返したらこうなるのだろうか。

 ……巨大。

 それはあまりに巨大だった。学人の何倍もあろうかというスライムが、今まさに覆い被さろうとしていた。

 頭が回らない。体も動かない。

 もはや溶かされて、養分にされるのを待つだけだ。


『まだ生きてる奴がいたのか!』


 どこからともなく上がった声と共に、火のついた松明が投げられた。

 突然の事にスライムが怯む。


『来い!』


 襟首を掴まれて、窓からビルの中に引きずり込まれる。無理矢理に手を引かれて、建物の奥へと連れて行かれる。

 ヒイロナから少し言葉を教わったおかげで、二言目は理解する事ができた。“来い”と言っていた。

 学人の窮地を救ったのは、モヒカンで糸目の大男。鉱石族(ドワーフ)だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ