12.宝物
『よー、ドグ。しばらく見ないうちに老けたなー。お前まだ三十過ぎだろ? ハゲて髭まで生やしちゃって。自慢のモヒカンはどこにいったんだあ?』
ジェイクがわざとらしく、目の前の鉱石族におどけて見せた。
散々待たされた挙句、出て来たのが全く知らない人物だったのだ。少し頭に来ている様子だ。
オサのスキンヘッドをペシペシと叩く。
『無礼なッ!』
女隊長レベッカが腰にした剣に手をかける。……が、オサがそれを制した。
『いや、まずはこちらの非礼を詫びよう。申し訳ない』
オサは謝罪をすると、そのまま続けた。
『さっきの質問なんだが、その怪しい男はなんだ? まずは答えてほしい』
ジェイクは心底面倒臭そうに舌打ちをする。
『ここから北西にわけのわからん町が現れてる。そこで拾った』
『意味がわからん』
大雑把な説明に、オサが首をかしげる。見かねたヒイロナが詳しく補足をする。
『こことは違う、別の世界……か』
オサは懐疑的だ。いきなりそんな話をされても信じられないのは無理もない。学人やヒイロナですら、まだ実感が無いのだ。
顎をいじりながら考え込むオサに対して、ジェイクが言う。
『もしかしたらあの戦争のせいかもな。どうなったのか情報は届いてるのか?』
『ふむ……二年前のか。お前たちは愚かだ。素直に死を受け入れるのが運命だったのだ』
その言葉に、ジェイクとヒイロナの顔色が変わった。
『おい、二年前ってどういう事だ!』
『何を急に。二年前の女神大戦の事を言っているのだろう?』
『二年前……』
深刻な話をしているであろう事は、雰囲気から学人にも伝わる。
同時に、内容がわからないのが不安になった。
「ヒイロナ……」
「あと、いう。ガクト、ちがう」
ヒイロナはその不安を察して、学人の話ではない事だけを伝える。
『女神様の力が原因だとしたら、有り得ない話ではないかもしれんな……。もしかしたら、それが何か関係しているのかもしれん』
オサが話を変える。
『何かあったのか?』
『五日前に到着する予定だったキャラバンが来ない。この都市の食料を供給するキャラバンだ』
この都市は自給自足ができないのだろう。
それを、他の都市から来るキャラバンに頼っていた。それが途切れてしまうと死活問題どころの話ではなく、都市の滅亡を意味する。
関係の無い方向に話が向くが、ジェイクは黙って聞く。
『昨日、偵察隊を編成して様子を見に行くはずだった』
『だった? 出発していないのか』
『出発前日、つまり二日前だ。鉱山で落盤が起きた。何の前触れも無く、突然にだ』
『鉱夫でも埋まっちまったか? 救出活動で出発ができないと?』
『違う。落盤があったのは幸い夜だ。鉱山は無人だった』
『なら、それが偵察隊の出発と何の関係がある?』
『偵察隊の指揮をする者が、なぜか崩れていく鉱山の中に飛び込んで行ってしまったのだ。そこでだ、外から来たお前達に頼みがある』
『断る』
大方、代わりに様子を見て来いとでも言い出すのだろう。
ジェイクは内容も聞かずに、にべもなく断る。引き受ける義理は無い。
『他の奴が指揮して出発すりゃあいい。俺達には関係ねえ』
『皆、この都市から出た事が無いのだ。危険だ。引き受けてくれた暁には、この都市での自由を許可しよう』
『もう一度言う。断る。どうしてもってんなら、鉱山に入った奴を助け出してから出ればいい』
『無理だ、救出には時間がかかる。また崩れる恐れがあるのでな、手を出せていないのが現状だ。もう間に合うまい』
つまり、自分達は引きこもりで、外に出るのが怖いから初対面の人間にお願いする。
(どういう了見だよそりゃあ……まてよ……)
偵察隊のリーダーがいなければ、外に出るのが怖い。その事から考えると、鉱山に閉じ込められた人物に思い当たった。
『まさか……その鉱山に入ったっていう偵察隊のリーダーは……』
『唯一都市の外を知る者、ロウェルスターだ』
『馬鹿野郎! これ借りるぞ!』
『あ……ッ! 馬鹿者、それはッ!』
ジェイクは怒鳴り声を部屋に響かせ、飾ってあったハンマーを手に、外に飛び出して行ってしまった。
オサとレベッカも血相を変えてジェイクの後を追う。
言葉がわからず、状況を飲み込めていない学人が、恐る恐るヒイロナに尋ねた。
「ヒイロナ、何が……」
「ジェイク、ともだち、やま!」
ヒイロナは少し逡巡をし、前に見せた念話をしてきた。
(ジェイクの友達が鉱山で生き埋めになってる。それを聞いて飛び出して行っちゃった、わたし達も追いかけよう!)
学人とヒイロナも建物を飛び出し、線路を頼りに鉱山へ向かう。
先を行った三人の姿は既に無かった。鉱山までは直線で行けそうにない。道に迷う事を考えれば、遠回りでも街を囲う坂道を行った方がいいだろう。
坂道を走っていると、屋根伝いに飛び跳ねる影が見えた。ジェイクだ。
軽い身のこなしで街を真っ直ぐに突っ切り、鉱山に到達する。
鉱石族の二人は近道があって、それを行ったのかもしれない。
「なんだよあれ、ずるいだろ!」
ジェイクは中央の入口へと消えて行った。
もうだいぶ日が沈んだとはいえ暑い。大量の汗が顔を伝う。運動不足のサラリーマンが坂道をずっと走り続けれるわけもなく、とうとう立ち止まってしまった。背負っているザックも重い。
肩で息をしながらヒイロナに言う。
「ヒイ……ロナ……ちょ……まって……」
「ガクト、いそぐ!」
ヒイロナは一度止まって振り返ったが、すぐに前を向いて走って行ってしまう。これ以上走れない学人は、歩きながらゆっくりと後を追った。
「元気だなー……みんな」
そう呟きながら鉱山を見上げると、入口よりももっと上。山脈の岩肌に不思議な物を見つけた。
「なんだあれ?」
人がとても登れそうにない所に、なにか建物の一部にも見える人工物があった。とはいっても、建物にしては小さすぎる。
坑道が上に向かって掘られていて、あれも鉱山の一部なのだろうか。
学人は不自然な部分に疑問を覚えるが、今はそれどころではない。棒になった足を引きずって鉱山へ向かう。
入口に到着すると、今度はヒイロナが鉱石族の二人と揉めていた。
揉めているというよりは、ヒイロナが一方的に怒鳴られているようだ。
嫌な予感を感じながらも、近付いてみる。
話を聞いてみると、原因はジェイクが勝手に持ち出したあのハンマーだった。
何百年も昔、一人の鉱石族があのハンマーでこの地に巣食う魔獣を退け、鉱山都市を作ったという言い伝えられている。
つまり、伝説のハンマーだ。
連帯責任でお前達が取り戻して来いと、怒り心頭というわけだ。
行かざるを得ない。放っておけば何をされるかわかったものではない。
学人が崩れた坑口を覗いてみる。
入って少しした所から崩れていて、天井付近にはまだ少しスペースがあった。人一人ならなんとか通れそうだ。ジェイクもそこから潜り込んで行ったのだろう。
かなり狭いので、体格の大きい鉱石族には無理かもしれないが。
転がっていた空っぽのランタンに、ヒイロナの周囲を照らす魔法の球を入れてもらう。
照らす範囲はかなり小さくなってしまうが、これならば術者の後にしか付いて来ない球も、自由に持ち運べる。
念の為にとザックから包丁を取り出す。
さすがに女の子に先を行かせるなど格好が付かない。
「僕が先に行く、合図したら続いて入って来て」
ヒイロナにジェスチャーでそう伝え、ザックを放り出して土砂をよじ登る。
隙間から中の様子を窺うも、奥まで光が届かず、どうなっているのかがわからない。
匍匐前進でゆっくりと進んで行く。道のりは長く、かなりの規模で崩落してしまっているようだ。
とりあえず土砂が途切れるまではと、どんどん奥へ進んで行く。
あと少しという所まで来ると、何かが聞こえてきた。心臓に悪い嫌な音、地鳴りだ。
『ガクト! 危ない!』
『また崩れるぞ! 下がれ!』
後方からヒイロナとオサの遠い声が届く。
(崩れるっ!)
そう察した学人は、急いで先に進む。戻っている時間なんてない。
「うわあああああ!」
間一髪だった。学人が瓦礫を転げ落ちると同時に、再び落盤が起きた。
入口は完全に塞がってしまった。




