表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
119/145

119.記憶の残香

 目を覚ますとベッドの上だった。

 ジータは眠気眼をこすりながら身を起こした。

 いつの間に寝てしまったのだろうか……思考がふわふわとしていてすぐには思い出せそうにない。

 視線を巡らせる。天井が近く、どうやら自分は高い場所にいるようだ。開かれたままの本が枕元に転がっているのを見て、ようやく最後の記憶が呼び覚まされた。

 そうだ。昨日は遅くまで本を読んでいて、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

 読んでいた本はどんな内容だったか……それも思い出せない。


『セティ、起きてる?』


 ベッドがら身を乗り出して下を覗く。

 “蜂蜜の香”の屋敷は広く、ここルーレンシア領でも一、二の大きさを誇る。だがそれでも部屋数が足りないため、基本的に二人で一つの部屋を使っている。

 ジータはルームメイトの姿を探した。下段のベッドはもぬけの殻で、一足先に起きてしまっていたようだった。

 二段式のベッドからは部屋の様子がよく見渡せる。

 机の上には描きかけの魔法陣が無造作に放り出されている。新しい魔法を考えていたものの、途中で飽きてしまって投げ出した物だ。その横に並ぶ机はそれとは対照的で、散らかしっぱなしのジータとは違い几帳面に整頓されている。


 それにしても布団がとても気持ちいい。

 どんな英雄でも、絶対に勝てない怪物がこの世には存在する。それは天気の良い朝の布団だ。

 この魅惑的とも言えるふかふか具合には、どれだけ力を振り絞っても抗えない。

 ジータは早々に抵抗を諦め、自ら怪物の胃袋に収まった。


 しばらくすると、扉の向こうから荒々しい足音が近付いて来た。

 この乱暴さはマコリエッタではない。おしとやかなセティミアでもあるはずがないし、ティファニとも違う。となるとリーザだろうか。

 消去法で絞っていくと一人の男に行き着いた。サイレントだ。

 ジータが魔力を送ると枕が独りでに浮き上がる。

 この至福の時を邪魔する者は万死に値する。もっとも、これはサイレント限定だが。


『起きろ、ジー――うわっ!』


 ドアが開いた瞬間、枕は発射された。予想通りサイレントだ。

 ジータの手に掛かれば枕ですら凶器と化す。だが向こうも殺気を感じ取っていたのか、盾持参だった。

 衝撃で倒れ込んだサイレントが声を張り上げる。


『俺を殺す気かッ!』

『ちっ……』


 本当に死ねばよかったのに。


『早く降りて来い。マコちゃんが待ってる』

『んー……マコちゃんが? なんで?』

『俺は置いてけって言ったんだけどな! ジータが来るまで待つって』

『あれ……今日ってどこか行くんだったっけ?』


 思い出せない。

「早く支度しろ」と言い残すと、サイレントの気配は遠ざかって行った。

 この幸せ空間が名残惜しいが、マコリエッタが待っているのならお別れをしないといけない。

 ジータはやっとのことでベッドから這い出ると、手早く身支度を整え始めた。

 マコリエッタとのお出かけなら絶対に忘れるはずがないのに……腑に落ちないまま、壁に掛けられたローブを引っ掴んだ。


 部屋を出ると、陽の光が優しく屋敷を満たしていた。結晶窓が光を反射させていて、ほのかに樹木が香る。

 目を閉じれば新緑に揺れる木漏れ日に抱かれているようで、鳥の囀りすら聞こえてきそうだ。

 ジータは胸いっぱいに空気を吸い込むと、扉の並ぶ静かな廊下を歩いた。


『おかしいなぁ……』


 大所帯ゆえに、いつもなら朝は慌ただしい。なのにどうだ、今日はしんと静まり返っている。

 そんなにも寝坊をしてしまったのだろうか。

 不思議に思いながらも、ジータは橋梁に差し掛かった。


 この屋敷は少し変わった造りになっている。

 四階建てで、上下を繋ぐ階段は一つ。その階段に辿り着くには、必ず橋を渡らなければならない。

 一階から屋根までを吹き抜けるエントランスを横切る橋だ。手すりから見下ろすと、ジータの起床を待つマコリエッタの姿があった。

 こちらに気付いたマコリエッタが手を振っている。


 橋を渡ると水場を横切り、そして階段だ。

 顔くらいは洗っておきたいところだが、これ以上待たせてしまうのも悪い。後ろ髪を引かれながらも素通りして一階に急ぐ。


『ごめーん、おまたせー』


 言いながらローブを纏う。


(あれ?)


 いつも羽織っているローブなのに、なぜかとても久しぶりのような気がする。

 マコリエッタに買ってもらった桃色のローブは、ジータ一番のお気に入りだ。外出する時は必ず身に着けている。裏地にもちゃんと名前が刺繍されている。


『ひめー!』


 小首をかしげていると、弾んだ声を共に小柄な少女が抱きついてきた。

 まだ少しあどけなさの残る半森族(ハーフエルフ)の顔には見覚えがある。


『……ヒナ?』


 そうだ。彼女の名前はヒナだ。

 大切な人の一人なのに、咄嗟に名前が出てこなかった。ここにいるはずがないと思い込んでいたせいだろうか。

 そもそも、ヒナがサイレントと一緒にいる事自体が有り得ないはずだった。二人はいつの間に仲良くなったのだろうか。決して埋められない深い溝があったはずなのに……。


『なんだ、まだ寝惚けてるのか? 顔くらい洗って来たっていいんだぞ?』


 そう言ったのはティファニだ。

 ジータはきょとんとしながらも、抱きついて離さないヒナの頭を撫でる。


『揃ったね、じゃあ行こっか!』


 微笑を浮かべるマコリエッタが門口を開く。

 逆光になっているのか、日射しが強すぎて外の様子が見えない。

 向こう側は、白い光に溢れていて、あれはまるで……。


『待って……』


 ジータの唇から弱々しい言葉が漏れた。


『ひめ? どうしたの?』


 ヒナが心配そうに見上げている。

 その表情は、あの時とそっくりだ。


『ヒナ……どうして、あなたがここにいるの?』


 ここには居ていいはずのない人間が居る。


『ほら、行こう?』


 マコリエッタの声に我に返ると、いつの間にか一人取り残されていた。

 ジータの頬を涙が伝う。

 ヒナは死んだ。サイレントに口封じのために殺されたのだ。

 マコリエッタも。

 ティファニも……。


『だめ……マコちゃん、だめなの。あたし、一緒に行けない』


 マコリエッタは一瞬困った表情を作るが、


『そう。じゃあ、もう少し待っててあげるから、行ってらっしゃい』


 笑顔でそう言った。




 意識が浮上する。

 薄い瞼を通して太陽の光を感じる。

 体はまるで自分のものではないかのように動かない。

 一定のリズムで僅かな鼓動を感じる。

 この匂い、気配。間違えるわけがない。

 自分は今、ジェイクの胸に抱かれている。


『ジェイクさん……』


 アシュレーの声だ。

 ジェイクが泥に沈むジータを見つけ出したのは、完全に朝日が差した頃だった。



――彼を見つけたら、その胸に飛び込んじゃおう。それで、泣きじゃくって彼の匂いを堪能するんだ。

 そのあとは……泣き疲れて寝たフリをしよう。彼が困った顔をして、でも、ベッドまで運んでくれるんだ。

 ここまで来たら、もうこっちのもんだね。



 このまま寝たふりをしていれば、きっとジェイクがベッドまで連れて行ってくれる。手順は少し狂ってしまっているが、“にゃんにゃん大作戦”を決行するには絶好のチャンスだ。

 でもジェイクも大怪我をしている。さすがに襲うのはまずいかもしれない。

 それ以前に、体を動かせる気がしない。

 ジェイクが瞳に映り込んだら、初めに言う言葉は決まっている。




――愛してる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ