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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
118/145

118.門

 城内一階ホール。ここに残ったソラネとワッツは、魔獣と化したシャーウッドとノアを相手に健闘していた。

 兵士たちの加勢のおかげもあったが、しばらくするとそれが裏目に出た。

 上階からさらに加勢しようと雪崩れ込む兵たちに、シャーウッドが目を付けたのだ。人垣を薙ぎ払い、階段を駆け上がって行く巨体を止める術は無かった。

 ノアの相手に手一杯で、二手に別れられてしまうとどうしようもない。結局、ノアが動きを止めたのは、六度目の絶命を迎えたあとだった。


 息をつく暇も無く、一人の男が城内の惨状を確認しながら現れた。

 領主ヴォルタリスだ。

 ヴォルタリスは状況を説明するでもなく、全員に避難命令を飛ばした。

 そこからはあれよあれよという間だった。

 半ば無理矢理に連れ出され、避難民の濁流に呑まれる。

 大半が手荷物すら持たず、着の身着のままで逃げ出してきたのだろう。外套を体に巻き付けて、寒さと不安に震えながら行進していた。

 行列の外からは怒声や戦闘音が響く。腕に自信のある者たちが加勢に名乗り出るものの、拒絶されて避難を促される場面も見受けられた。

 行き先の伝えられない大移動だったが、特に大きな混乱も渋滞も無い鮮やかな手際だった。


 城外に逃れたあと、列が少しずつ枝分かれして脇道に逸れていく。

 “とりあえず”の移動ではなく、きちんとした目的地があるようだ。大通りを埋め尽くしていた人の河は、進むにつれて人数を減らしていった。


 河の終着点。そこでは武装した兵が壁を作っている。その先に広がるのは戦場だ。

 おびただしい死体と死骸の上で、さらなる殺し合いが繰り広げられている。

 脇道に逸れた所でふと、ソラネは振り返った。ざわめきの中に声が聞こえた。


『……ガクト様?』


 かろうじて見えたのは、兵士と言い争う学人だった。


『ガクト様!』


 声は届かない。


『あ、おいソラネ、何を!』


 流れに逆らおうとするも、狭い路地では人一人分のゆとりも無いため、なかなか進めない。

 人並みを掻き分けて逆行するソラネに罵声が飛んだ。



『だから! ここを通してくれ!』


 学人と兵士の言い争いは平行線だった。

 左手の紋章を見せても少し戸惑っただけで、結局何の役にも立たない。


『駄目だ、指示に従って速やかに避難するんだ! あまりしつこいと力尽くで避難させるぞ!』


 守る対象に凄んでいては世話がない。だが、それは兵士にも余裕が無い証拠だった。

 彼らからすれば、学人は聞き分けのない厄介者でしかない。対応に人員を割かれればほんの少しとはいえ綻びが生じる。

 最も簡単な解決方法……つい武力に頼ってしまうのも仕方のない事だと言えた。


『さっさと行け!』


 業を煮やした一人が学人に手を伸ばす。

 迅速に場を収めたい兵士は急くあまり、つい腕に力が入り過ぎてしまった。突き飛ばされて尻餅をついた学人が睨み上げる。

 すると、兵士の後頭部に、すらりと白い脚が伸びるのが見えた。


『ガクト様に赦しを乞いなさいなッ!』


 脚に絡められた頭が地面に叩き落とされる。

 金属の打ち付ける音と、避難民の列からは悲鳴が上がった。


『貴様ッ!』


 空気が張り詰めたものへと一変した。剣と敵意がソラネに向けられる。

 遅れてワッツが到着した。


『何やってんだよソラネ!』

『ガクト様に売られた喧嘩をわたくしが買っただけですわ!』

『ああ、クソ!』


 乱闘はすぐに始まった。何人もの兵士がソラネとワッツに飛び掛かる。


『ありがとう、ソラネさん! すぐにどこか高い場所に逃げて!』

『おい、俺は?!』


 ソラネとワッツによって開かれた穴に飛び込んだ。阻止しようと伸びる無数の手をくぐり抜けて、全力で駆け抜ける。


『待……ぐあっ!』


 制止の声はすぐに遠ざかった。

 剣戟が響く。

 怒声、悲鳴、奇声が飛び交う。

 乱戦の合間を縫って進む。

 足の踏み場が無いほどに広がる死体は、どれが人間でどれが魔獣なのか、暗さも手伝ってもはや見分けが付かない。

 何度も足を取られては転び、それでも死体を踏みつけてでも進む。


――ニャんやねん、どうせ死体やろ? ええやんか別に。


 ショッピングセンターでペルーシャが平然と言い放った言葉が脳裏によぎる。

 今ならその気持ちがよくわかる。そうしないと生きていけない。そうでもしないと冷たくなった彼らの仲間入りをする事になる。

 仏を足蹴にする罪悪感など、この時既に学人の中には無かった。


『うッ!』


 学人は銃口を振り回し、咄嗟に引き金を引いた。

 視界の端で兵士がやられ、そのまま魔獣が襲いかかってきたのだ。

 頭から背にかけて鋭いヒレが伸びる、二足歩行のトカゲだ。腕にもヒレが這っており、赤い血痕がこびり付いている。

 銃撃音が雑踏を貫き、半魚人の頭が爆ぜた。


 運が良かった。

 頭に命中したのはたまたまだ。

 突然の危機は脱したものの、喜んでばかりもいられない。門まではまだ遠く、先に目を凝らしても、見えるのは深い闇だけだ。

 まだ半分も進んでいない中で、早くも“切り札”を切ってしまった。


 歩を再開しようとして、学人は身の毛がよだった。

 この場にあるはずの無いユニークな音、銃声が目立ってしまったのだろう。片手に死体を引き摺る半魚人が立ちはだかっていた。

 思わず銃口を向けるが何の脅しにもならない。

 半魚人は死体を手放すと、ゆらりとその距離を詰め始めた。


 後退る学人の踵が金属を蹴った。

 感触でそれが細長い形状の物である事を悟る。持ち主はその辺で冷たくなっているのだろうか。

 銃を棄てて拾い上げるか、それとも全力で引き返すのか。迷った末、学人は足元に視線を移した。


 その一瞬の迷いが命取りになった。

 学人の手が剣に触れるよりも早く、半魚人が飛びかかってきた。揉み合いになりながら死体の中を転がる。

 片腕の使えない学人はあっさりとマウントポジションを許してしまう。勝ち誇ったかのように、半魚人が空に向けて咆哮を上げた。

 殺し合いの真っ最中に自らの力に酔うとは、人と姿は似ていても知能は残念らしい。学人の手が剣を掴んでいた。


 新しい主の手に渡った剣が半魚人の胸を貫く。それと同時に首がねじ切られ、青黒い血が噴出する。

 一体どんな体の構造をしているのか。体内にバネでも仕込まれていて、どこぞの海賊よろしく“当たり”に突き立てれば吹っ飛ぶとでも言うのだろうか。

 学人が唖然としていると、首の無い死骸が払い除けられた。


『チッ! テメエかよ、こんな所で何してやがる』

『君は……』


 息を切らせながら死角に立っていたのは、犬の獣人族(ウォルフ)――番犬ザットだった。

 たてがみは血に濡れてへたり、そのまま固まっている。怪我をしているのか、それとも返り血なのか。いや、その両方だろう。


『あの野郎はどこだ! 今度こそこの手で引き裂いて――』


 答える隙も与えずにザットが捲し立てる。だが、学人の左手を見ると言葉を詰まらせた。

 ザットが注目したのは、手の甲に描かれた六芒星だ。鼻を近付けて匂いを確認すると、大きい溜息を吐いた。


『どこへ行く気だ?』

『え?』

『テメエがどこに向かってるのか聞いてるんだ! さっさと答えやがれ!』

『も、門だけど……』

『門だな! クソが!』

『うわっ!』


 学人の体が宙に浮いた。

 かと思えば、湿り気を帯びた毛の上に落ちた。少し固まった毛がチクチクと肌に刺さる。


『振り落とされないようにしっかり掴まってろ!』


 すぐ近くになった声で、学人はようやく自分がザットの背に乗せられた事に気が付いた。

 慌ててザットの首に腕を回すと、景色が急激に後ろへ流れ始めた。

 ちょっとでも気を抜くと振り落とされそうなほどの激しい振動。縦揺れだけでなく、時折横にも揺さぶられる。

 冷たい向かい風が顔を叩き、乗り心地ははっきり言って最悪だ。

 進路上にいる魔獣をザットの爪が薙ぎ払う。


 やがて風が止んだ。

 乱暴に背中から降ろされる。


『次は!』


 喧騒は既に後方遠い。目の前には巨大な両開きの門が佇んでいた。

 周囲では多くの門兵が警戒態勢を敷いている。

 どうしてザットは何も訊かずに学人を助けたのか。心当たりは左手の紋章しかない。

 余計な問答は無用と言わんばかりにザットが次の指示を待っている。ならば、学人も何も訊かずに次の指示を出すだけだ。


『門を開けてくれ!』

『聞いたか野郎ども! 開門だ!』


 門兵は全員ザット直属の部下たちである。疑問を口にする事無く、威勢の良い返事が飛ぶ。

 命令は伝言ゲームのように伝えられ、門の隅にある監視塔にまで伝達される。きっとあの中に門を操作する設備が置かれているのだろう。「開門!」という言葉が漏れ、あとは門が開くのを待つのみとなった。


『何してやがる、開門だ! 急げ!』


 しばらく経っても門が開かれる気配が無い。不審に思ったザットが怒鳴ると、すぐに答えが返ってきた。


『駄目です! 扉が凍り付いていて開きません!』

『関係あるか! 根性で何とかしろ!』

『ハッ!』


 伝令に来た門兵が踵を返す。

 監視塔からは依然として掛け声が響いているが、やはり門は微動だにしない。

 あとどのくらいの猶予が残されているのだろうか。気が焦るばかりだ。

 学人は右腕のスリングを解いて門に歩み寄った。


『門に触るんじゃねえ!』


 これは落とし門ではなく、外側に向かって開く両開きの物だ。ならば、見ているだけでなくできる事はある。たとえそれが無駄であるとわかっていてもだ。

 学人はザットの警告に耳を貸さず、両手で門を押し始めた。


『皮が剝がれるぞ!』

『うるさい! 手伝う気が無いなら黙って見ててくれ!』


 凍るまでに冷やされた金属に触れるのが、どういう事なのか学人も十分に理解している。接触した皮膚は張り付き、掌を犠牲にしなければ解き放たれないだろう。

 扉は重く、動く様子は一切感じられない。

 それでも、学人は力の限り押す。


『クソが。手の空いてる奴は手伝え!』


 号令と共にザットが隣に並んだ。


『押せ! 押せーっ!』


 数十人で一斉に力を込める。

 屈強な兵士の力が加わっても結果は同じだ。学人には、もはやこれがただの壁にしか見えなかった。

 扉と同じく、地面も降りしきる雹によって凍り付き滑りやすい。

 バランスを崩した学人が足を滑らせて転倒した。ベリっという皮膚が持って行かれる音とは別に、バキっという何かが折れたような、割れたような音が鳴る。

 氷が割れた音か。

 学人が期待を胸に見上げると、手を付いていた辺りから何か木の幹のような物が突き出ているのが見えた。


「あ……」


 腕だ。

 骨折して、あまり血の通わなくなった右腕は既に壊死し始めていたのか。切断面は黒く変色し、凍っているのか出血も無い。


「あああああああ!」


 肘のあたりから途切れた腕を見て、それが自分の腕である事を突き付けられる。

 ショックは大きかったが、それよりも別の感情が学人を支配していた。


 無力だ。


 結局何もできやしない。

 仮に門を解放したところで、何かが変わるのかと言われても、確信を持ってうんとは頷けない。ただ何もしないよりはマシといった程度だ。

 そんな事すら満足に成し遂げられない。

 色々な物が複雑に混じった激情が爆発した。


「畜生ッ!」


 蹴った。

 その行動は何の意味も成さないのに、怒りの限り門を蹴った。

 金属音すら鳴らない。ゴスゴスと重く乾いた音が立つだけだ。

 遠く、闇の中から悲鳴混じりの轟音が背を叩き始める。どうやらタイムリミットだ。召喚が終わり、海が雪崩れ込んでいるのだろう。

 もうできる事は何も無い。逃げ場も無い。


「ああああああああッ!」


 奇跡とは、唐突に姿を見せるものである。

 学人が最後に蹴りを入れた丁度その瞬間、それ(・・)は門を直撃した。

 ジータが放った空間魔法。シャルーモに躱されて暴走した魔法は、学人の絶叫に呼応したかのように、門に大きな衝撃を与えた。

 破壊音が轟き、鉄壁の門は周辺の城壁を道連れに吹き飛ぶ。

 その様子に誰もが目を丸くした。端から見ると学人が蹴破ったようにしか見えなかったからだ。


『最後の命令だ! 総員退避! 必ず生き残れ!』


 後方から迫り来る、ただならぬ気配を感じ取ったザットが叫ぶ。


『掴まれ!』


 門兵が周辺街に向かって、一斉に駆け出す。

 大洪水が門に到達する。穴の空いた城壁はその水圧に耐え切れずに崩壊を始める。

 ザットに抱えられた学人は、その様子が小さくなっていくのをただ茫然と眺めていた。




…………。




『はぁ……はぁ……』


 大洪水を免れたノットが周辺街の入り組んだ路地を行く。

 幻影魔法で自分の分身を創り出し、死んだ風に見せかけたまではよかった。生命の魔力があったからこそできた芸当だ。

 意識を分身に乗り移し、本体は城近くの建物に置いていた。死の直前で分身を乗り捨てるはずだったのだが、少し手間取ってしまい、結果として分身のダメージが本体にも反映されてしまった。予想外の出来事だ。

 意識が朦朧とし、とうとう膝を付いてしまう。

 限界が近い。

 肩で息をして、呼吸を整えていると、何者かの気配を感じた。

 見れば、一人のシルエット佇んでいた。


『なんだ、シャモやんか。ふふ……そっちも随分とやられちゃったみたいだね』


 人影の正体に気付くと、ノットは安堵して顔を綻ばせた。

 全身黒焦げで生きているのが不思議な有様だ。

 シャルーモは返事をせずにノットを見下ろす。


『今の君にお願いするのも気が引けるんだけど……少し手を貸してくれないかな? もう立っているのがやっとで、すぐにでも気を失いたいくらいなんだ……』


 ノットは、シャルーモが差し伸べた手を受け取った。


『恩に着るよ……』


 異変を感じたのはその直後だった。

 視界が二つに割れ、片方だけが下を向いて、徐々に地面が迫って来る。

 強烈な腐臭が鼻を突き、空気が抜けたような音が聞こえた。


『え……あれ?』


 ノットの眼球が零れ落ちた。

 皮膚がみるみるうちに黒く変色し、体を支える足が崩れ落ちる。


『シャモやん……どうし――』


 困惑するノットに浴びせられたのは、冷たい言葉だった。


『好き放題してくれた貴様を私が見逃すとでも思ったか。あれは貴様のような下衆が触れて良い物ではなかったのだ』

『そん……な……シャモ……』


 後に、ノットを発見した人々は首を捻る事となる。

 どうして腐乱死体が転がっているのかと。


 シャルーモが空を仰ぐと、僅かに白みがかり始めている。

 長い夜が終わりを告げようとしていた。

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