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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
117/145

117.魔女の宴 2

 しまった、と思うよりも先に体が動いていた。

 ジータが咄嗟に使ったのは、一番使い慣れた爆発魔法。振り払うように腕を薙ぎ、その通過点で何度も小さな爆発が巻き起こる――はずだった。

 満天の星にも似た火花が刹那の輝きを発する。

 不発。

 霧によって魔力が腐敗したにしては様子が違う。それならば火花すら散らないはずだ。

 言いようのない違和感を覚えながらも、今一度、次は過剰な魔力を練り上げる。そうやってできた爆発は貧弱なもので、やはり失敗と言っても差支えない。


 ジータの膝が崩れた。

 熱に浮かされたような感覚……視力、聴力が弱い。手足に力が入らない。


『なんで……!』


 魔力の枯渇による症状だった。

 この女は戦い方を知っている。

 間違いなくジータの特性を知った上での攻め方だ。

 ジータは自ら魔力を生み出す。これは自分にしか知り得ない事実だと思っていたし、知っていてもその膨大さ故に、その部分をどうこうしようだなんて普通は考えない。小さなバケツ一杯で広い湖の水を全て掬い上げようだなんて、一体誰が考えるだろうか? そのくらいに有り得ない。

 生み出される魔力が腐敗していくのを感じる。シャルーモは魔力の根源を叩いたのだ。

 ジータの魔力は消費された分、補充される形で生成される。その限界がどこにあるのか本人ですら想像も付かないが、その量は実はあまり多くない。

 生まれた魔力は体内で爆発的に増殖する。これがジータの、何百何千人分にも匹敵する魔力量の秘密だった。その根元から腐らされては、増殖のしようもない。

 そのせいで急性的な魔力枯渇を引き起こしている。


『待ちなさい! どこに行くの!』


 背を向けたシャルーモに怒鳴り散らす。

 今なら簡単に息の根を止める事ができるだろう。なのに、この場から立ち去ろうとする行動が理解できなかった。

 記憶を腐らせてしまえば脅威でも何でもないという事か……。


『安心しなさい。お前の始末は()が付けるわ』


 悪寒。

 振り返ると散らばる亡者を踏みしめて、鋭い眼光を向ける男がいた。

 元は白銀だったであろう甲冑は、返り血で真っ赤に染まっている。羽飾りのある兜、豪華なプルームヘルムを被っているところを見ると、位の高い人物であると予想が付く。

 手にしている剣は小振りだが、その分巨大な盾を携えている。

 生気の失われた顔に覚えがあった。

 ディス・シェイファード。通称、鉄亀(てっき)のディス。

 亀とは鈍足を揶揄した名ではなく、災害鉄亀(アイアン・トータス)と称えられたものである。文字通り守備に関しては一級品だ。

 ジータの魔法もその自慢の盾で退けたのだろう。ボロボロになった甲冑とは対照的に、大盾だけはその輝きを失っていない。


 こちらが身構えるよりも早く、ディスは大盾と共に突撃を始めた。

 仲間の遺骸や瓦礫を跳ね除け、踏み潰し、迫る盾はもはや武器とも呼べる。鉄亀の名に恥じない突進だ。

 もう、少したりとも魔力を無駄にできない。でなければ、人工嵐と同時進行で進めていた魔法が未完成のまま終わってしまう。

 ジータに成す術は無い。


 壁の残骸と盾に挟まれ、圧迫される。骨の軋む音がジータの耳に轟いた。


『う……ああああぁぁ!』


 このまま押し潰されるのが先か、壁が砕けるのが先か。必死の思いで盾の向こう側へ腕を伸ばす。


『ごめんね、悔しいよね?』


 ジータから漏れたのは謝罪の言葉だった。

 一体彼がどんな最期を迎えたのか。それはわからないが、きっと信じる者のために最後まで戦い抜いたのだろう。

 死体となったのをいい事に、醜態を晒させてしまっている。この屈辱は如何なるほどのものだろうか。筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。

 唯一の救いは、もう自我なんて欠片も残っていないところだろうか。

 ジータの手は、プルームを鷲掴みにしていた。


『……だから、あたしに力を貸して!』


 渾身の力を込めて引っ張る。パキパキと割れるような音を立て始めた。


『逃がさない! シャルーモ!』


 シャルーモは自分に投擲された“何か”を手で払う。

 金属部分は魔力でひしゃげ、中身が粉々に砕け散った。ジータの悪趣味な悪あがきに、さすがのシャルーモも眉をひそめた。

 投げられたのは人間の頭だ。

 高級素材とはいえ死体は死体。自我を失ってしまっては生前の活躍など期待できない。

 やはり自らの手で始末を付けておかねばならないのか。ジータと関わりたくないシャルーモは、うんざりとした気持ちで踵を返した。

 そして、投げつけられた頭に魔法が込められていた事に気付く。


『どういう事……これは……!』


 魔力が急速に抜けていく。


 シャルーモは二種類の魔力を持つ。瘴気、そして生命。

 生命の魔力が本来の魔力を、肉体の再生を……全てを極限以上に高めている。万物における力や摂理の増幅。これが生命の魔力の正体だ。

 そしてそれが“借り物”の力である事もジータには見えていた。

 ジータもシャルーモも考えた事はあまり変わらなかったらしい。根源さえ潰してしまえばいいのだ。

 頭部に込められた魔法は時の魔法。魔力の自然発散を加速させた。

 体に取り入れられた魔力は古い物から新しい物へ、空気を入れ替えるように循環する。

 ならば供給源の無い物はどうなるのか。当然消費されてしまえばそれっきりである。


『貴様! 何をした! 今すぐに止めろ!』


 シャルーモが豹変した。

 焦燥を通り過ぎて取り乱した様子で、冷静な思考を保てていない。癇癪を起したような奇声を発した。


『さあ? 色々と緩くなっちゃうお年頃なんじゃない、オバサン?』


 残り少なくなった魔力を練り上げる。


愛は寛容じゃないマティーロ・パラ・リガー!』


 圧縮された空間の砲弾が発射された。

 目に見えないにもかかわらず、寸での所で身を躱したシャルーモの手がジータの首に伸びた。

 砲弾は雹を弾き飛ばしながら、喧騒のあふれる、しかし闇に沈んだ領都に消えて行く。

 混濁した意識で抵抗ができない。両手が首を絞め上げる。呼吸を妨げられ、ジータの顔はたちまち鬱血して赤く染まった。


『死ね死ね死ね死ね死ね死ね!』


 理性など微塵も感じられない。

 ジータは最後の気力を振り絞る。

 あまり大きな魔法は必要ない。爆発魔法を空間ごと圧縮。自分も巻き込まれてしまうが、もう僅かな魔力ではこの方法を取らざる得なかった。


『――二人の行く末に祝福を(ベンディット・パレハ)


 シャルーモの胸元で魔法が爆ぜた。

 空間の解放と爆発。二つが合わさった時、破壊力は凄まじいものとなる。

 爆音が聞こえたあと、全身に鋭い痛みが走る。耳鳴りが酷い。自分がどこに、どんな状態でいるのかわからない。

 もう、何も考えられない。

 爆風に飛ばされたジータが目にしたのは、同じく吹き飛ばされて、煙を吹きながら倒れるシャルーモの姿だった。

 その体が僅かに動くのを確認した所で、ジータはとうとう意識を手放してしまった。

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