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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
116/145

116.魔女の宴 1

 この世界において微生物という存在は、一般的に認知されていない。一部の魔術研究者のみが辛うじて発見に漕ぎつけているだけだ。

 その彼らでさえ、「肉眼では捉えられないほど極小の生物がいた」と認識する程度で、その研究はまだ少しも進んでいないのが現状だ。

 例えば造酒などは微生物の働きを利用したものだが、微生物の存在と重要性を知らない彼らは感覚任せで行っている。

 過程の原理なんてこれっぽっちも理解していない。

 有機物の腐敗。これは瘴気の魔力によるものであり、常識とされている。

 この世界では完全に否定はできない。なぜなら腐敗の原因は二つあるからだ。ひとつは腐敗菌による不完全分解。もうひとつは前述した瘴気の魔力である。

 腐敗とは不可逆的な現象で、これを元の状態に戻すのは科学技術の域では不可能とされている。しかし、魔法はそれを可能のものとした。

 条件さえ整っていれば、“腐敗”は治せるものなのだ。


 ジータは腐って落ちかけた自分の腕を見た。滲み出る体液が、骨を露出させた指先から滴り落ちる。


――失敗した。


 壁の面影を残す瓦礫に身を隠し、ジータは自分の失敗を反復した。接近戦に持ち込もうとしたのが完全に間違いだった。

 シャルーモは逃げ回るばかりで反撃の素振りを見せなかった。

 ジータにとっての敗北はシャルーモを取り逃がすこと、ジェイクを死なせてしまうこと。シャルーモはただ逃げ切るだけで、それが勝利なのだ。圧倒的に不利な立場だった。

 きっと逃げる隙を作り出そうとしているのだろう。そんな隙は与えない。ジータの怒涛の攻めが続いた。

 城の上層部の形が崩れるにつれて、徐々に追い詰めていく。

 そうしてとうとう逃げ場を失ったシャルーモに、圧縮された空間の砲弾が直撃したかのように思われた。

 “あの夜”の再来だ。

 魔法は直前になって消滅してしまった。


 結局、ジータの魔法はそれ以降ひとつも届かなかった。シャルーモの周りで瘴気の魔力が霧掛かっている。ジータの魔力は霧によってことごとく腐ったのだ。

 魔力が腐る。そんな現象は聞いた事はもちろん、今まで想像だにしなかった。

 魔法が消滅していく様は魔力喰らい(マナイーター)を思い出させる。知ってか知らずか、唯一のトラウマを執拗に突かれている。


 ヒイロナたちではジェイクを助けられない。

 自分が駆け付けないといけないのに、ダラダラと戦闘を引き延ばすシャルーモは全てにおいて嫌らしい。

 業を煮やしたジータは、攻撃の方向性を変える事にした――。



 その結果、思わぬ反撃を受けてしまった。変色した腕が光を帯びる。

 腐敗再生の条件は“対象が生きていること”。もちろん壊死しているのだが、命と繋がっていれば問題ない。

 もうひとつに“瘴気の魔力によるものであること”。腐敗菌はその存在が知られていないため治療法が確立されておらず、長年ウィザードたちの頭を悩ませている。

 もしこの世界で微生物学が進展し、その知識を魔法に結び付けるに至れば、魔法社会は飛躍的な発展を遂げるだろう。今はまだ、その一歩手前の段階である。

 ジータの腕はみるみるうちに血色が良くなり、本来あるべき姿を取り戻していた。


 ジータは考える。

 勝算はあったのに。シャルーモは決して不死者というわけではなく、死ぬ前に、死なないように肉体を再生し続けているだけだ。

 疑惑が確信に変わったのは空間魔法で叩き潰そうとした時だった。圧し潰されてしまうと再生もへったくれもないのだろう。焼かれても刻まれても平然としていたのに、だから避けたのだ。

 次に、魔力を腐らせるなんて芸当ができるのに、なぜ最初からそうしなかったのか。簡単な話だ。準備が必要だった。

 あれは魔力喰らい(マナイーター)のように無意識で、無差別に分解しているのではない。特定の波長を持つ魔力にだけ効果を発揮する、あくまでも魔法(・・)だ。

 どうやら今まで魔力を解読する材料と、時間を提供してしまっていたらしい。


 シャルーモの魔力が尽きるまで、また魔法を撃ち続けるのか。それまでに一体どのくらいかかる? 下手をすれば夜が明けても終わりが見えないかもしれない。そうやって遊んでいる間にもジェイクは死ぬ。


 ジータは身を隠しながら、眼下に視線を飛ばした。

 一度は流入していた人々が今は逆流している。ジータが派手に暴れたせいで、安全ではないと判断したのだろう。ヴォルタリスの指揮下で避難が進められていた。

 伸びた列を辿っていくと、あと一息で全員の脱出が完了しそうだった。

 その光景を見てジータの頬が緩む。準備をしていたのはジータも同じだった。巻き込む者がいなければ、今までよりも存分に暴れられる。


 シャルーモは周囲を警戒するだけで、無理にジータを探そうとはしない。二人を繋いでいた鎖は既に断ち切られている。

 逃げるにしても、それでも脅威に背を向けたくはないのだろう。

 やがて兵士たちも含めて全員外へ。城門が固く閉ざされた。


 魔法が駄目なら物理的に攻めればいい。

 どれだけダメージを与えても、瞬きもしないうちに再生してしまう。しかし諦めずにやり続けるしかない。

 大小の区別なく、無数の瓦礫が竜巻に巻かれたように舞い上がる。城を囲むようにして高速回転を始め、内部を包み隠す。

 それらの速度が最高潮に達した時、シャルーモに牙を剥いた。


 弾き出されるように、瓦礫が四方八方から飛来する。全てを躱すのはもちろん、防ぐのも到底不可能だ。

 瓦礫を動かす魔力は腐り落ちてしまうものの、慣性までもが死ぬわけではない。正確な射撃ではないが、数えきれない弾丸は確実にシャルーモの肉体を削り取る。

 空を切った一部の物はそのまま地上に着弾し、庭園や隊舎を壊滅させていく。地鳴りが城外へと波打っていった。


 シャルーモは転げ回り、おびただしい血肉を飛び散らせながら踊っている。だが無傷だ。

 舞っている瓦礫がそろそろ底を尽きそうだ。狙撃が緩んだせいか、シャルーモが身を起こそうとしている。

 逃がさない。ジータは足元に残しておいた岩を撃ち出す。

 顔面に直撃を受けたシャルーモは再び転げる。その顔は依然として綺麗なままだった。

 嫌になる。

 普通なら、元が誰だかわからない肉塊と化しているはずなのに。


 弾切れを起こす前に、第二陣の準備に移る。

 一度に全て使ってしまうと瓦礫同士の衝突が起こってしまうので、まだまだ使える瓦礫が残っている。

 “弾薬庫”である聖堂跡に顔を向けた。

 その時だった。妙な視線を感じたのは。


『誰かいるの?!』


 もしかして逃げ遅れて、取り残された人がいるのか。

 いや、それにしてはおかしい。一人や二人ではない。もっと大勢から見られている気がする。

 気のせいだ。

 ひび割れて崩壊寸前の屋内からは、やはり人の気配など微塵も感じられない。


 気を取り直して魔法の準備に取り掛かる。

 先ほども使ったこの魔法は、極小ではあるものの人工の魔力嵐と呼んでもいい。荒れ狂う魔力の中で生成するのは至難の業だ。

 さすがのジータでも詠唱もせずに、というわけにはいかなかった。


 上級ウィザードが半日を費やす詠唱だとしても、ジータはそれを短時間で、下手をすれば殆ど無詠唱で終えてしまう。他人から見れば一瞬でも、ジータには酷く長く感じられた。嵐のせいでいつもより長引いているので尚更だ。

 苛立ちを抑えながら魔法を生成していく。

 無防備になった一瞬の隙を衝くように、一本の腕が足元から飛び出した。


『黙ってて!』


 突然の出来事に驚くでもなく、反射的に魔力をぶつける。腕は瓦礫と共に圧し潰され、砕け散った。

 見れば聖堂跡には、いつの間にか大勢の人影があった。穏やかではない雰囲気をぶつけてくる。


(敵? どこから)


 すぐに思い至った。聖堂にはこの度の騒動で出た、多くの死体が転がっていたのだろう。ジータに知る由もないが、ここは床を埋め尽くすほどの死体で溢れていた四階だ。もちろん、五階から落ちてきたものもある。

 甲冑を着込んだ者や、身なりの良い者。関係なく瓦礫の下から這い出てその数を増やす。どれも部品が欠損していて、一目で生きた人間ではないのがわかる。

 また、その欠落した部品の数々が地面でもぞもぞと蠢いていた。

 まるで地獄のような光景に嫌悪感を覚える。

 亡者に対してではなく、これを生み出したシャルーモに対してだ。死者を冒涜している。それが許せなかった。

 ジータにとってさしたる脅威ではないものの、無視を決め込むわけにもいかない。身構えると、断末魔とも取れる咆哮を上げて、堰を切ったように雪崩れかかってきた。


『邪魔ッ!』


 苛立った声がそのまま衝撃になり、亡者どもを一掃する。凍り付いているせいでバラバラになって弾け飛ぶ。

 少し。少し。積み重なったその“少し”が、ジータに隙を作り出していた。


『あらあら。酷い事をするのね。彼らも好き好んでああなったわけじゃないのに』


 シャルーモが肉迫していた。

 “死”が、目の前に迫っていた。

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