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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
114/145

114.約束

 カイルが喋らなくなるまで、そう時間を必要としなかった。

 苦痛は無かったのだろうか。その表情は歓喜に満ちたままで固まっていた。

 学人は言葉も出ない。自分のせいで知り合いが死んだ。そう思うと、どういった顔でアシュレーを見ていいのかがわからなかった。


『駄目だ、体が冷え切ってる! あの男はまだなのか!』


 アシュレーが叫んでいる。

 それは目の前で家族を失った悲痛なものではなく、彼にしては珍しく苛立ちのあるものだった。学人がそちらを見ると、アシュレーはその場から一歩も動く事なく、視線はジェイクだけに注がれていた。

 冷血な風にも見える。しかしカイルは誰が何と言おうと死んでいる。もしまだ息があったとすれば、救う方法を模索するよりもむしろトドメをくれてやらなければならない。そんな彼の元に駆け寄りたいのは、誰よりも家族であるアシュレーだ。

 既に死んだ者か、正に死にかけている者か。アシュレーは無念を押し殺してジェイクを優先している。

 自分だけが嘆いているわけにもいかない。学人は心で感謝を示し、自分にできる事を探す。


 ここはどこなのか。見回すとまず目に付いたのは建物の形状だ。

 大きな円を描く壁に沿って階段が伸びている。階段の行き先を辿るも、闇に阻まれていて終点どころか天井すら見えない。立てる物音は壁を反響しながら吸い込まれていく。相当の高さがあるらしい。


「ここは……塔?」


 ここはおそらくアルテリオスの部屋から見えた、庭園中央にあった塔だ。実際に中に入ると思っていたよりもずっと巨大である。

 ヒイロナとアシュレーが必死でジェイクを助けようとしている。それを見守るメルティアーナ。ヴォルタリスと侍女二人の姿は無い。聞いていた話では一緒に逃げて来ているはずだったが。

 彼には彼にしかできない仕事が山ほど積まれている。自分のするべき事のためにこの場を離れたのだろう。

 ジェイクを覗き込む。アシュレーが魔法の生成を試みて、ヒイロナは衣類で傷口を圧迫している。

 真っ赤に染まった布越しでも、そこに鈍い光が帯びているのがわかった。

 容態が知りたいが、とても口を挟める雰囲気ではない。ただ黙って眺めていると、メルティアーナが声をかけてきた。


『傷口を障壁が覆っている。そのせいで出血が止まらない』


 障壁が何を指すのかはわざわざ訊かなくてもわかる。

 ろくに医療設備の無いこの場所で、しかも魔法も無いとくれば状況は絶望的だった。

 仮に病院に当たる場所へ搬送したとして、一体どれほどの治療が施せるというのだろうか。魔法に頼りきったこの世界で、できる事なんてたかが知れているとしか思えない。

 魔法結晶を砕いたノットの最期の行動は、実に効果的だったわけだ。


 ふいにヒイロナが顔を上げた。涙こそ流していないものの、真っ赤に腫れた瞳は諦めで満たされている。

 “もう助からない。”

 声にはしないものの、そう訴えていた。

 果たしてそうだろうか。“助からない”のか、それとも“助けられない”のか。結果が同じだとしても意味が全く違ってくる。


『魔法さえ使えたら何とかなりそう?』

『わからない。でも可能性が無いわけじゃない。幸い内臓は傷付いてないみたいだ。咄嗟に避けようとしたのか、奇跡だね。だから障壁さえ取り除ければ……』


 詠唱を中断したアシュレーが答える。

 可能性が無いわけではない、そう聞けただけでも十分だ。


 重い扉が開いて冷たい風が入り込んできた。どこかへ行っていたヴォルタリスと侍女が戻って来たのだ。何人もの兵士たちを引き連れて。

 彼らは皆一様に雹を積もらせていて、異世界の召喚がかなり進んでしまっているのが窺える。だが、これから何が起きようとしているのかを知る者は誰一人としていないのだろう。

 ヴォルタリスは部下に命じて毛布、木のバケツいっぱいに入った炭、それから拷問器具にも見える禍々しい医療道具の数々を持ち込んで来た。

 兵士たちは事前に聞かされていたのか、天使族(エンジェル)であるメルティアーナを見ても平然としている。


『塔を上がるんだ。天守の間ならなんとか部屋を温められるだろう』

『駄目だ、ここは水であふれる!』


 ヴォルタリスは激しく反対する学人に面食らう。

 唐突に水がどうと言いだしているのだ。錯乱していると誤解されても仕方がない。


『ノットは僕らの世界の海を召喚しようとしているんだ』

『海を……? うん、そうか。この寒さを除いても、石材が敷き詰められて壁に護られた領都に水攻めは効果的だ』

『だから早く――』

『いいや、ならばこそだ』


 学人の訴えを両断する。


『俺たちが城を攻める時にいつも考えるのは何だと思う?』

『……何の話だ?』

『“城壁の中が水で満たされて、全員溺れて死なねーかな”だ。戦士なら、絶対に一度はそんな事を考える。情けないと思うか? だがそれが現実だ』


 冗談なのか本気なのか。含み笑いを交えてそんな事を言う。


『この塔はあらゆる攻撃を想定して建てられている。理解したか?』


 ここ以上に安全な場所なんてない、という事だろう。


『領主様、貴方の言う事は正しい。でも……』


 アシュレーが割り込んできた。拒絶の言葉だ。

 いくら安全と言っても、ジェイクがそこまでもたないかもしれない。


『今、いく……オ……ア』


 何か夢でも見ているのだろうか。うわ言がジェイクの口から吐き出される。

 蚊の鳴くような小さな声だったが、“オリビア”と確かにそう言った。

 今までに聞いた事の無い名前だ。シノやアリスティアのように関わりの深い人物であれば、何かしら名前くらいは聞きそうなものなのに。

 同じく聞こえていたであろうヒイロナも怪訝な顔を見せている。


『悪いけどジェイク、それは無理だ』


 こういった時に出る名前なんて、大抵が死者であると相場が決まっている。


 魔法は通常、術者の体内で生成されて放出される。嵐の中ではそれができないがために、ノットは学人の魔力を封印した結晶を使う手段を取った。だから、結晶が無くとも自分さえいれば、理論上は同じ事ができるのではないかと学人は考えた。

 もっとも、学人には魔法の理論などわかっていないが。

 つまり、学人自身が結晶代わりだ。


『馬鹿げてる……』


 その案を聞いたアシュレーとヒイロナが渋い表情を作る。他人の体内で魔法の生成なんて聞いた事がない。

 ヒイロナとしては特に反対だった。身の丈に合わない魔法は、時に術者をも破滅させてしまう。以前、中継都市で使った氷河の星屑エンハンブレ・グレイシャが良い例だ。

 一度で魔力を使い切ってしまうのに加えて、ヒイロナには身体への負担が大きく、ひとたび放てば昏睡状態に陥ってしまう。それどころか魔力の配分を間違えてしまえばそれだけでは済まないだろう。

 魔法とは、卓越したウィザードであっても危険なものなのだ。


 やるべきではない。そう思いながらも、ヒイロナは言葉に出せずにいた。

 今何もしなければ、きっと学人は自分を許せないだろう。できる事はあったのに、黙って見殺しにした。その後悔はいかほどのものか。

 学人の目を真っ直ぐに見る。迷いのない眼差しだ。

 ヒイロナは覚悟を決めて、学人の頭に手を当てがった。詠唱が始まる。


「……ッ!」


 しかし一秒と持たず、悲鳴にもならなかった。

 頭痛、吐き気、眩暈。酷い二日酔いの上でベーリング海の蟹漁船に丸一日揺られた気分だ。

 ミクシードの薬が効いていてもこの結果である。それとも“痛覚遮断”では抑えられない感覚なのか。


『ガクト、やっぱり……!』

『いや、もう一回だ! 今度は何があっても途中で止めないで!』


 学人に圧されて、ヒイロナは口を結ぶしかない。

 一呼吸を置いて再び挑戦が始まる。



……。



――あたしじゃなかったら、他の誰かだったならよかったの?


 ジェイクの頭の中では、女の声が響いていた。

 夢であって、決して夢ではない、遠い昔の記憶だ。

 “オリビア”は呆れた様子でジェイクを見ていた。生命の魔力を生成するための、人柱の中心になった女だ。彼女無くして魔力の生成はあり得ない。

 あの時、自分はどう答えたのだったか。嫌な記憶というのは年月と共に薄れていくものだ。


『そんな顔をしないで。大丈夫。あたしの想いは“次の”誰かに受け継がれるから。だから、あなたがこれから何百年と生きていく中で、もし出会う事ができたらその娘を大切にしてあげて』


 魔女オリビア。

 唯一、自ら魔力を生み出せる人間。


――次の誰かって誰だ? そいつはオリビアなんかじゃあない。代わりでもない。


 ジータを見る度にぶつけようのない苛立ちが込み上げてくる。だがそれとは裏腹に悪い気分だけでもなかった。

 少し面影があったのだ。全くの赤の他人であるにもかかわらず。


 ジェイクは声のする方へ精一杯手を伸ばす。

 その先には婚約者がいるのだ。自然と顔が緩んでいるようだった。


「おええええええぇぇぇッ!」


 ノイズは突然だった。しかも臭う。

 これは知っている。一気に白けてしまった。



『そう言えば……ゲロの吐き方を教えてもらう約束だったっけか?』


 目を開けたジェイクの第一声はそれだった。

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