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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
113/145

113.今まで空気だった奴が活躍する話

『あ、寒っ!』


 ペルーシャは元々、寒さに強い種ではあったが、父がハーフで自分がクォーターともなるとその恩恵は薄れていた。

 地形を何度も確認して、何度もシミュレーションを繰り返す。どう動けばいいか、想定される状況に何通りも選択肢を用意しておく。

 気配がかなり接近してきた。

 鉤爪は収納しておいた。動き回るには邪魔になるし、傷を負わせるのが目的ではない。運良くダメージを負わせたところで、また傷口から何かが飛び出してはたまらない。


 煙突の中心にある、階段が取り巻く支柱の陰から姿が見えると、ペルーシャはそれに向かって飛び込んだ。

 意表を突かれた魔獣(シャーウッド)は何をするでもなく、自分を飛び越えて行く背中を見送る。

 すぐに追おうとするも、長い胴が邪魔をして思うように振り返れない。


 このまま階段を駆け上がるか。

 ペルーシャは一瞬そう考えたが、今はまだその時ではない。煙突を抜けたところで、そこでバテてしまっていては話にならない。できれば少しでも時間をかけて登って、体力の温存を図っておきたい。


(やっぱり眼か)


 潰し損ねた片目だ。

 ダメージを与えるのはあまり気が進まない。しかしあの視野の広い複眼は厄介だ。

 転回した魔獣(シャーウッド)が襲いかかってくる。捕脚を振りかぶってペルーシャを掴もうとするが、その下をくぐり抜けて、再び背後に回る。

 思っていたよりも余裕だ。

 壁を踏み台に背中へと跳躍する。ペルーシャの腕から鉤爪が飛び出した。


 ここで魔獣(シャーウッド)は思いもよらない行動にでた。身体を大きく曲げて飛び跳ねたのだ。

 後ろにいるペルーシャの位置を完璧に把握している。やはりあの眼は潰しておかなければならない。

 さっきの事で学習し、上に乗られるのを嫌ったのだろう。ペルーシャは迫る背を蹴り、弾かれるようにして後方へと下がる。

 しかし滞空時間が長く、意図しない跳躍にペルーシャは無防備な姿を晒してしまっていた。


 魔獣(シャーウッド)はこのチャンスを見逃さない。

 折りたたまれた捕脚がペルーシャに向けられる。


『ニャめんにゃ!』


 ペルーシャは素早く太腿のナイフを引き抜いた。延長上の動作でそのまま投擲する。

 ナイフが眼球を射抜くと、咆哮とも呼べる悲鳴が上がった。

 よし。そう心の中で確かな手応えを誇示すると同時に、次の一手の思案に移ろうとする。

 だが、ペルーシャの優勢はここまでだった。


 魔獣(シャーウッド)の捕脚による一撃が繰り出された。

 それは崩れた体勢で、狙いなどろくに付けられていない、苦し紛れの行動にしか見えなかった。

 避けるまでもなく当たらない。軌道を目測して回避行動は取らない。

 ペルーシャの感は当たり、一撃は風切り音を伴って、身体ひとつ分ほど横に逸れた。


 次の瞬間、信じられない事が起こった。

 壁が独りでに動き、ペルーシャを殴り付けたのだ。

 実際には、繰り出された捕脚が爆風を生んだ。ペルーシャはそれに巻き込まれて壁に叩き付けられたのだが、本人の目にはそう映った。

 身体が弾丸のごとく回転させられてしまったため、平衡感覚が奪われる。状況を理解できずにいると、脇腹に激痛が走った。


『うッ……!』


 先端の尖った、魔獣(シャーウッド)の脚に身体を縫い止められている。

 魔獣(シャーウッド)が胴体を曲げて、ゆっくりと接近してくる。

 視界の中で鎌が揺らめいた。


(あ……死んだ)


 甲冑を着込んだ人間を軽々と粉砕する、城の壁をも破壊するパンチだ。生身でそれを受ければ跡形も残らない。

 助けも期待できないだろう。もっとも、今来たとしてもこいつをどうにかできるとは思えない。

 身動きの取れなくなったペルーシャは、生きる道を模索する事もなく、早々に死を受け入れてしまっていた。

 どうしようもない。

 仕方がない。

 むしろこれでよかったのかもしれない。家に呼び戻されたり、コソコソと隠れて一生を過ごすくらいなら。


 ペルーシャは絶望の中で、しかし奇妙な安息に包まれていた。


 爆音が狭い階段に反響して、ペルーシャの耳を貫いた。

 光が見える。

 相変わらず脇腹は痛いが、ただそれだけで他に苦痛は無い。

 “死”とはこういうものなのか。

 おそらく自分の身体は原形を留めていないのだろう。あまりに一瞬の出来事でそれを認識できずに、刺された痛みだけが残っているのか。


 痛みの元に目を向ける。

 そこには見慣れた自分の腹があった。


(あれ?)


 魔獣(シャーウッド)は動きを止めて、至るところから煙を噴き出している。


「ペルーシャに何やってんだ、クソ野郎!」


 聞き慣れた声。だが、何を言っているのかはわからない。

 倒れゆく魔獣(シャーウッド)のうしろから、姿を見せたのは学人だった。腰に提げたランタンが目に染みる。

 学人は甲殻の隙間に差し込んだ銃を抜くと、そのまま地面に打ち捨てた。

 ペルーシャは意思とは関係なく、涙をこぼしていた。


 腕が折れている学人に代わり、ミクシードがペルーシャを支える。

 魔獣(シャーウッド)を放置してトンネルを走り始めてからしばらく。背後で何かが動く気配を感じた。魔獣(シャーウッド)が蘇生したらしい。

 思っていたよりも早い復活に、焦燥感が駆り立てられる。

 まだ先は長く、逃げ場も無い。

 少しでも前に進まなければいけないとわかっていながら、ついつい後ろを振り返ってしまう。

 学人とミクシードの目には暗黒しか映らないが、ペルーシャは確実にその姿を捉えていた。魔獣(シャーウッド)が追い始めていた。

 だが、ダメージが蓄積しているのか、あるいは魔力が尽きかけているのか。先ほどまでよりも動きが鈍いようだ。


「来たみたい、学人!」


 時折、壁面に体や脚をぶつけて火花が散る。黒板を引っ掻いた時のような、不快な音を撒き散らしながら。

 ペルーシャを支えるミクシードが銃を寄越してきた。その表情は険しい。

 学人が勢いで投げ捨てた物を拾い上げ、弾丸の装填も済んでいる。

 撃鉄を起こす。

 トンネルが明るく照らされ、銃撃音が反響した。

 発砲の反動で学人が大きくぶれ、あわや転倒寸前にまでなってしまう。

 通路のほとんどを塞ぐ巨体なら、そんな不安定な射撃でも十分に命中させる事ができた。


 だが無意味だ。

 小さな火花をひとつ増やしただけで、銃弾は甲殻に弾かれていた。


「駄目だ、少しも止まらない! 何か良い手は無いか?!」

「そうね、じゃあ、死んでも頑張って死なないっていう作戦はどう?」


 ミクシードが不毛な返答をする。

 つまり、走る以外に方法は無いという事を意味していた。


 闇の先、天井に四角い穴があり、そこから光が差し込んでいる。うっすらと階段らしき物も確認でき、どうやらあれが出口のようだ。

 正確な距離は測れない。

 ただ、あそこに辿り着く前に、魔獣(シャーウッド)の餌食となる事だけは確実だった。


「くそ、あと少し!」


 本当にあと少しだ。

 ペルーシャはナイフで、ミクシードも淳平からもらった自分のマスケットで応戦するが効果は無い。

 ふと、薄い光の中を濃い小さな光が動いているのが見えた。

 光は下まで落ちてくるとその位置で止まり、不規則で細かな動きを見せている。

 声が聞こえた。


『身をかがめろ!』


 次に火の玉が飛来した。

 滑らかな放物線を描いて、天井すれすれの、三人の頭上を通り過ぎる。火矢だ。

 銃弾の通用しない相手に、たかが燃える矢で何ができるというのか。


 そんな学人の思いとは違い、矢は着弾と同時に小さく爆発した。

 魔獣(シャーウッド)は悲鳴を漏らし、その速度を落とす。……が、それも気休め程度だ。逆に怒りを買ってしまったらしく、学人たちを咆哮が追い抜いていく。

 第二、第三の矢が続けて魔獣(シャーウッド)に襲いかかった。


『カイル!』

『もう少しだ、がんばれ!』


 カイルの援護のおかげで魔獣(シャーウッド)との距離が少し空いた。

 学人たちが通り過ぎたあとも、カイルは二本三本と矢を射り続ける。

 階段まで到達した。下から見上げる限りでは、どこかの建物に通じているようだ。


『カイルもはやく!』

『ああ、すぐに行く!』


 爆発するとはいえ、魔獣(シャーウッド)を仕留めるとまではいかない。侵攻を遅らせるのが精々だ。

 最後に矢を一本放つと、カイルは踵を返した。

 階段を上がるとそこには横たわるジェイクと、必死に介抱するアシュレーとヒイロナがいた。だが状況は芳しくないらしく、手も足も出せないでいる様子だ。

 魔獣(シャーウッド)がもうすぐそこまで迫っている。介抱は諦めて逃げなければならない。


『ヒイロナ!』


 ヒイロナは声も、手も震わせている。泣きそうになるのを必死にこらえている状態だ。学人の声を聞いて安堵した顔になるも、その姿を見ると曇ったものに変わった。

 酷く息を切らしていて、ペルーシャも怪我をしている。さっきの爆発音も考えて、ここが安全ではない事くらい聞かなくてもわかる。


『カイル、何してるんだ! 早くこっちに!』


 アシュレーが大声を上げた。

 カイルは階段に立ち塞がり、矢を番えようとしている。


『この矢は一味違うぞ、任せとけ!』

『カイル、やめろ!』


 カイルは聞く耳を持たず、トンネルに矢を向ける。それは矢筒に入っている他の物とは違い、不自然なほどに長い矢だ。

 めいいっぱいに弦を引き、折れてしまうのではないかと思うくらいに弓がしなる。

 視界に魔獣(シャーウッド)の頭が映った瞬間、矢は射られた。

 この矢尻は金属の他に、“風の石”と呼ばれる特殊な石が用いられている。小さな穴の開いた奇妙な矢尻は、受ける風を何倍にも増幅して噴出、加速する。

 非常に高価な物だが、カイルの切り札だった。


 矢は甲殻の頭を砕き、脳をかき混ぜながら通り抜ける。魔獣(シャーウッド)は三度目の絶命を迎えた。

 しかし、慣性は死なない。

 赤い霧が舞った。

 死の間際に放たれた魔獣(シャーウッド)の一撃が、カイルを直撃した。

 肩から上と足を残して、他は粉砕されて肉片となる。


『どうだ、見たか! これが俺の実力だぜ!』


 転がったカイルの首は、嬉々とした表情で叫んでいた。

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