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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
111/145

111.学人とペルーシャ

 学人とジェイクが屋上へ向かってからしばらく、ペルーシャは苛立ちを覚えながら腕を組んでいた。

 扉から漏れ出る死臭がきつい。人間族(ヒト)だったならあまりわからないだろうが、獣人族(ウォルフ)には酷い悪臭だ。まだ獣だった頃と比べて、獣人族(ウォルフ)の嗅覚は退化してしまっているものの、他の種族に比べれば桁違いに優れている。

 とても不快な臭いをペルーシャは捉え続けていた。

 苛立ちの原因はこの悪臭か。違う。


 ぽつりぽつりと魔獣が現れる。

 虚空から音も無く、滲み出るように姿を現す。

 鼻が使えないので常に気を張っていなければならない。

 また一体現れた。始末しに行くのも面倒だ。

 ペルーシャの投擲したナイフが、魔獣の後頭部らしき箇所に突き刺さる。魚に手足が生えただけの不気味な魔獣だ。

 ナイフは脳にまで到達できずに止まってしまう。魔獣はペルーシャを視認すると一直線の突撃を見せた。


『きっしょ……』


 何て事は無い。少し身を翻すだけで簡単に躱す。足だけを出していれば、それに躓いて盛大に転んでくれた。

 あとはピチピチと藻掻く魚を締めるだけの簡単なお仕事だ。別に食べるわけでもないので、身がどれだけボロボロになっても構わない。

 異世界召喚の前兆が落ち着いてきたのか、出現する魔獣は一度に一体、多くても二体だ。不意を突かれでもしない限り、ペルーシャの敵ではない。

 苛立ちの原因は醜い魔獣か。違う。

 魔獣を始末する度に、“原因”である二人の侍女が心配そうに寄って来る。


『お怪我はありませんか?!』


 あるわけがない。魔獣は成す術も無く一方的に殺されたのだ。

 その一部始終を目にしていながらも、いちいち怪我の有無を確認してくる。暗がりとはいえ、その目は節穴かと問いただしたくなってしまう。


――お怪我はございませんか、お嬢様。


 二人の侍女は家を思い出させる。

 執事ジーニアスの指導は実に厳しいものだったが、何かをする度にそう気遣ってくれていた。別にジーニアスが嫌いなわけではない。それでも仮初めとはいえ自由を手にしてからは、家を思い出すと不愉快になる。

 それはいずれ来る日への恐怖か、それとも嫌悪か。

 今回のこの騒動は全く想像していなかったほどに規模が大きい。なにせ領都全体がパニックなのだ。一体誰がこんな事態を予測できただろうか。

 混乱に乗じて死を装って、どこかへ逃げてしまおうかとも考える。

 あるいは父が死んでくれていれば……。


 一瞬想像して、その妄想を振り払った。それだけは絶対に無いと言い切れる。

 ハーネス家の屋敷は領都から少し離れた場所にある。

 全くの無傷ではいられるとは思えないものの、混乱と言うには程遠いだろう。それに、屋敷には私兵やジーニアス、母親のプルミエールもいる。

 どちらかと言えば魔獣の被害よりも、むしろ彼らが暴れた後の心配をするべきだ。


 ペルーシャの耳が頭上からの音を拾った。

 音の正体を探り当てると、警戒を解いて壁に背を預ける。


『ふんっ』


 ヴォルタリスだけが戻って来た。侍女の二人はさっそくヴォルタリスを支える。

 肩を落とすその姿を見れば、屋上で何があったかを聞くまでもない。

 領主は侍女を宥めてその場に座り込む。そして、重い重い溜息が吐き出された。

 項垂れるその男はとても小さく見える。威風堂々としていた姿と比べるとまるで別人である。


『あの男は、一体何なのだ?』

『は?』


 ふいに、ヴォルタリスが独り言のように呟いた。

 頭を抱えて俯いたままだったが、間違いなくペルーシャに対しての言葉だった。

 質問の意図を図りかねる。


『あの異人……ヤマダガクトだ。異人というのは、皆ああなのか?』

『知らんがニャ』


 ペルーシャにとっても困る質問だ。学人以外の異人と出会った事がない。

 ヴォルタリスの質問は続いた。


『貴様はなぜ、あの男の肩を持っている?』


 普通では飛び出さない言葉だ。

 それを言うならジェイクの方が当てはまる。なぜペルーシャに対してその質問をしたのか。

 ゆっくりと会話をする暇があるから? 違う。


『さっきから何が言いたいねん』

『命令に背いてまで、あの男の肩を持つ理由がどこにあると訊いている。ペルーシャ・ハーネス・セントレイア』


 答えは簡単だ。ペルーシャの正体などとっくにばれていたのだ。

 ペルーシャの存在はハーネス家によって隠されているし、外でその名を名乗った事も無い。あるのは、学人との出会いでうっかりと口を滑らせてしまったくらいだ。

 どんな情報屋でも自分の素性を知る者はいない。にもかかわらず、ヴォルタリスは知っている。大した情報力である。


『……ペラペラとやかましい領主様やな。何やったら今ここで、いてもうたってもええんやで』


 怒気を放つと、侍女の二人が小さな身体を盾にしてヴォルタリスを庇う。

 寒さと緊張でわかりやすいほどに震えている。


『大丈夫だ。その女は俺を殺せない。違うか?』


 全く動じないヴォルタリスが笑いを漏らした。

 だが、侍女は決して離れようとはしない。


『阿呆らし……』


 興が削がれた。


『ガクトね、はいはい』


 ペルーシャは煙草に火を点けると思いを馳せた。

 ヴォルタリスの言う通りだ。なぜ自分が学人の肩を持っているのかがわからない。

 友達だから? 違う。

 それだけでは命令に反する理由としては弱い。そうは考えつつも、口から出たのはこうだった。


『アタシとガクトは友達や。何も難しい事ニャんかあらへん』

『そうか』

『ところでや、領主様はガクトにでっかい借りがあるっちゅうこっちゃ』

『そうだな、彼がいなければ俺は愚かな指導者として名を残していた』

『つまり仲間であるアタシにも借りがあるっちゅうわけや』

『褒美か? できればお手柔らかに頼みたいな。見ての通り、これから出費が嵩みそうだ』


 望みは証言だ。

 黄金の爪ペルーシャはこの騒動の中で死んだ。そう言ってくれるだけでいい。

 盗賊がヘマをして命を落とした。別段珍しい話でもないし、多くの死体が出ているこの状況で、全部まとめて埋葬されてもおかしくはない。

 それどころかマヌケな盗賊の死体をゴミと一緒に焼却してしまったとしても、誰もが納得する。


――騒動が治まる前に、こっそりと領都を脱出しよう。


 リスモアの辺境でひっそりと生きていけば、そうそう見つかる事もないはずだ。

 学人とはこれで縁が切れてしまうが仕方ない。少し寂しい気もするが、元々はノットの元に連れて行くまでの縁だったのだ。


『大した事あらへん。ちょっと――』


 言いかけて、ペルーシャの耳が異常を検知した。


『その前に一個提案があんねんけど……とりあえず屋上に行けへん?』

『奇遇だな、俺も同じ事を考えていた』


 ヴォルタリスが立ち上がる。

 そこにはもう小さく情けない男の背中は無い。


『あのアバズレ! 何が“ここは引き受けますわ”やねんッ!』


 硬い物が激突する音と僅かな振動が伝わる。

 すぐ下の踊り場に一階ホールにいた甲殻類、シャコの魔獣が姿を現した。長い胴体を丸めるようにして、器用にターンを決める。

 元の肉体であるシャーウッドは引き摺られていて、もはや誰であるか判別するのが難しいくらいに損傷していた。


『はよ行けやハゲッ!』


 侍女の尻を叩きながら上に逃れる。

 屋上の前室が見えてきた。

 扉の前には誰かがいる。ヴォルタリスは気配を察知するにとどまるが、夜目の効くペルーシャにはしっかりとその姿が映った。


『うニャあーっ!』


 咄嗟の攻撃行動だった。忌まわしき天使族(エンジェル)の姿が見えたのだから。

 だが、メルティアーナは反射的にペルーシャの腕を掴まえ、突進の勢いを利用して受け流す。


『ペルーシャ?! 違うの、敵じゃない!』

『ヒイロナか! ニャんやそいつは!』


 そう交わすのが精いっぱいだった。

 次の瞬間には魔獣が前室の壁にぶち当たり、鈍い音を立てる。城の壁はそうそう簡単に崩れない。


『このまま真っ直ぐだ! 進め!』


 間一髪屋上へ逃れると、ヴォルタリスの怒声が飛んだ。



……。



「で、君だけが置いて行かれたと」

「うん、本当にたまたまだったんだよ」


 これまでの経緯を聞きながら、屋上まで学人は戻って来た。

 ジータの放つ魔法が大気を震わせている。日本太鼓に囲まれて、一斉に打ち鳴らされた気分だ。


「この穴だよ」


 ミクシードに案内されたのは屋上に出てすぐの、謎の小屋だった。

 さっきは真っ暗でよく見ていなかったのでわからなかったが、中は床の代わりに巨大な井戸のような穴が口を空けている。

 ただ、穴と言っても階段が巻貝のように渦を巻いているため、これが井戸なんかではない事がわかる。

 ヒイロナたちは魔獣、シャーウッドから逃れてこの中を降りて行った。


「なるほど、“煙突”か」

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