11.鉱山都市
――松明の炎が途絶えた事は無い。
中にある、全ての松明を灯すために、三十人がかりで火をつけて回る。
鉱山が閉鎖される夜中でも、それは例外ではない。
『――以上だ。名前の呼ばれなかった者は、オレと一緒に中央だ』
この日もいつも通り、それぞれに担当が割り当てられて、鉱山の中へ入っていく。
鉱山は広い。これだけの人数でやっても、かなりの時間がかかってしまう。
内部を知り尽くした鉱石族にとって、鉱山は庭の様なものだ。緊張感のかけらも無く、誰もが雑談に花を咲かせながら歩く。
『何か聞こえなかったか?』
『何かって?』
『悲鳴のような』
『まさか、誰も残……』
『みんな止まれ!』
響き渡る雑談の声が遮られた。
坑道が水を打ったように静まり返る。
続いて、深い所から湧き上がってくるような、嫌な音が伝わってきた。
鉱山を支える支保工が悲鳴を上げる。
『地鳴りだ! 全員退避しろ!』
鉱石族の誇る鉱山が崩れるとは思っていない。だが、万が一の事を考えて、作業リーダーが避難指示を出す。
皆が引き返す中で、一人だけ動こうとしない者がいた。
『ドグ、何してる! 早く出るんだ!』
『悲鳴が聞こえた!』
そう言うと、鉱山の奥へと走り出してしまった。
『崩れるぞ!』
坑口は、轟音と共に崩れ落ちてしまった。
…………。
リスモア大陸。
これはジェイク達の住む世界にある大陸の名だ。
ジェスチャーを交えながら、少しずつ情報を引き出していく。
二人が住むのはこことは違う、エルゼリック大陸にあるアイゼル王国だという。その隣にあるのがリスモア大陸だ。
二つの大陸がぶつかり合って形成された巨大な大陸で、蝶の様な形をしている。
西がエルゼリック、東がリスモア。その二つを総称してエルゼリスモアとも呼ぶ。
これから向かうのは鉱山の街だ。住人全員が鉱石族で、主な産出品は鉄鉱石と、ゼルメタルというこの地特有の金属だ。
ジェイクが言うには、よそ者をあまり受け付けない閉鎖的な街らしい。
それを聞いた学人は落胆を隠せなかった。せっかく街があるのに、入れるかどうかがわからない。
怪物……魔獣に警戒しながら夜を過ごすのは、もううんざりだった。
心配はそれだけではない。
ジェイク達の世界での状況が全くわかっていない。もしかすると、日本の様に街が壊滅しているとも限らない。
『ねえ、ジェイク。本当に大丈夫なの?』
ヒイロナも学人と同じ不安を抱えていた。
ジェイクは二人の不安などどこ吹く風で、余裕の態度を見せている。
『あそこは知ってる奴がいる。あいつの名前を出せばなんとかなるはずだ』
ここがリスモア大陸だとわかってから、ジェイクとヒイロナの口数が極端に減っていた。何かを考え込んでいる様子だった。
自分達の世界に妙な異世界の町が出現していたのだ。ショックと不安があるのだろう。
学人はこの時、二人がそう考えているのだと思っていた。
草原が終わり、森の中に入った。
視界全体に杉の様な木が立ち並ぶ。道幅は森の中であるにもかかわらずかなり広く、地面にはいつの間にか車輪の跡が走っていた。
かなり山脈に近付いたが、街らしき物は全く見える気配はない。
森をある程度進んだ所で、大きな岩を見つけた。
街の人間に自動車を見られれば面倒な事になりかねない。そう判断した学人は岩陰に車を隠し、ここからは徒歩で行く事にした。
車を降りると、木の香りと森の澄んだ空気を肌に感じる。
ここでようやくある事に気付いた。
森には雑草が殆ど生えていない。背の高い木に日光を遮られて育ちにくいのかもしれないが、それを考えてもやけに少ない。所々には切り株も見える。
つまり、この森は人の手が加えられているのだ。おそらく街が近い。
さらに進んで行くと、今度は森の中からレールが姿を見せた。左右から一対ずつ出てきて、道の端っこを走っている。
レールを見ると、それは日本の物と比べても遜色のない見事な出来だ。鉱石族の技術の高さが窺える。
学人にひとつ疑問が浮かんだ。
この線路はおそらく、木材を運ぶ為の鉱車の物だろう。なら、道の真ん中にできた車輪は一体何なのだろうか。
線路を見るまでは、これが木材を運んでいる跡だと思っていた。
答えの出ないまま進んでいると、道が僅かに傾いてきた。山脈はもう目の前まで迫っている。
森が終わると景色は一変し、ゴツゴツとした岩肌が三人を迎えた。
大きく蛇行を繰り返しながら山脈を登り始める。すると、ようやく街の姿が見えた。
山脈の窪んだ所を切り崩して整地したのだろう。
山脈に食い込む形の街は階段の構造になっていて、奥に行けば行くほど段々と高くなっている。
前面は城壁で守られており、周りは山脈が包み込んでいる。自然と融合した堅牢な守りは、外界との接触を拒絶しているかの様にも見えた。
全体的に低く造られた建物からは、大小の様々な煙突が突き出している。奥の方に大きな煙突が多い。
街の最深部に突如として現れる絶壁には、いくつか大きな穴が空いていた。あれが鉱山の入口だ。
入口から伸びる坂道は二手に分かれていて、傾斜を和らげる様にして街をぐるっと囲む。線路の敷かれたその道は、採掘した鉱石を運ぶ為の物だろう。
近付くにつれて、金属を叩く音が聞こえてきた。いたる所から鳴り響く音が山脈を反響して、まるで街が楽器を奏でているかの様な錯覚を生む。
煙突から立ち昇る煙と、金属の音が街の無事を知らせていた。
『ジェイク、これって……』
『あぁ?』
『都市じゃない! 本当に入れるの?』
ヒイロナの不安が爆発した。
ジェイクの口振りからして、少し大きめの街かと思っていたら、想像を遥かに上回る規模だ。
一人の名前を出したくらいで、まともに取り合ってもらえるとは思えない。ジェイクの知り合いとはよほどの権力者なのだろうか。
『いや、ただのおっさんだ』
ヒイロナはがっくりと肩を落とす。絶対に無理だ。
門の近くまで来ると、三人の姿を認めた衛兵が二人近付いて来た。
どちらも全身が銀色に輝き、威圧感のあるプレートアーマーに身を包んでいる。身長が二メートルを超える大男だ。
顔を覆うクローズヘルムのせいでその表情を窺い知る事はできない。
一人が声を荒げた。
『何の用だ!』
『ドグ・ロウェルスターに繋げ。ジェイクが来たと伝えろ』
『そんな話は聞いていない! 帰れ!』
とりつく島もない。
『下っ端じゃあ話にならねえ、どけ』
『帰れと言った!』
ジェイクが押し退けようとするよりも早く、衛兵が槍を突きつける。
一触即発の空気が流れたところで、沈黙していたもう一人が割って入った。
『待て、本当にロウェルスターの知り合いか? どういう関係だ?』
『騎士団の戦友だ』
『フム……では、後ろの怪しい男はなんだ?』
言って、学人に目を向ける。
スーツ姿の学人はこの世界の人間からすると、不審者以外の何者でもない。
『ありゃあ今王国で流行りの服装だ。気に入ったんだったらやるよ。好きに剥ぎ取っていけ』
『ほう、アイゼルの人間は戦争好きな蛮族しかいないと思っていたぞ。まさか身なりに気を使う人種がいたとはな。少しここで待っていろ』
そういい残し、二人の衛兵は踵を返した。
『おい! どういうつもりだお前!』
『よく考えてみろ。本当にロウェルスターの知り合いなら好都合かもしれん』
『そうかもしれんが……なんだあの後ろの男は! アイゼルの流行だ? 嘘に決まっている、怪しすぎるだろ!』
『嘘だろうな。だが、とりあえず隊長に報告する』
『お前の判断だからな! 俺を巻き込むなよ!』
揉めながら門の方へ戻って行く衛兵を見て、学人がため息を吐く。「やっぱり僕のせい?」とジェスチャーで訊くと、ヒイロナは苦笑いをしながら指でちょこっと、と作った。
(服……なんとかしないとな……)
それにしても、警備に他の種族でも雇っているのだろうか。城壁の上にいる兵士もやはり皆大きい。
しばらくして、先ほどの二人が誰かを連れて戻って来た。
二人と同じくプレートアーマー姿でヘルムは被っておらず、ドレッドヘアの様に髪を編み込んだ女性兵士だ。やはりその身長は二メートル近くある。
女性兵士は真っ直ぐにジェイクを見つめ、自己紹介を始めた。
『鉱山都市トロンボの警備隊隊長のレベッカよ。はじめまして、えーと……?』
『ジェイクだ。後ろの女はヒイロナ。怪しい奴はガクトだ』
『その格好は?』
『かっこいいだろ? やるよ、中身ごと。友情の証だ』
『遠慮しておこう。見るからに貧弱で使えなさそうだ。で、何の用だ?』
先ほどの説明を女隊長にもう一度する。
『いいだろう。少し待っていてくれ』
そう言って、街の中へと入って行ってしまった。
結局門を通されたのは、日が暮れ始めた頃だった。
鋼鉄の門をくぐるとすぐに広場に出た。
鉱山から伸びた線路が広場で無数に広がり、まるで電車の車庫の様になっている。
しかし鉱車の中身はどれも空っぽで、作業をしている者の姿はどこにも見当たらない。日が暮れ始めているのだ、今日の作業はもう終わってしまったのだろう。
広場の奥にある、一際大きな建物に三人は案内された。
『代表がお会いになる。粗相の無いように』
言って、女隊長レベッカが扉をノックする。
『オサ、先ほど話した森林族二名と怪しい者一名を連れて参りました』
通された部屋にはやはり身長二メートルほどの、ガタイのいい男が座っていた。
それを見て、学人はようやくこの大きな種族が鉱石族なのだと知る。
学人の想像していた、小さく老けた外見の鉱石族とは大違いだ。
『はじめまして。我輩が鉱山都市トロンボの代表である。気軽にオサと呼んでくれてかまわない。それで……その怪しい男は?』
本日三回目だ。見るからに怪しい男を、よく通したものである。




