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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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107.マコリエッタに捧げる

 空中遊泳、瞬間転移。数多のウィザードが夢見た魔法だ。何百年の歴史の中で数えきれないほどの研究が行われた。

 どちらか一方でも実現できれば、戦争において圧倒的有利に立てる。ジータも御多分に漏れず、幼い頃に開発を試みたことがあった。

 もっともジータは戦争に興味など無く、歩くのが面倒だとかそういった動機からだった。

 だが、長年苦悩を重ねるウィザードたちを嘲笑するかのように、早々に見切りを付けてしまった。

 空中遊泳については疑似的なものであれば再現できる。風の魔法で自分を持ち上げればいいのだ。ただ、必要とする魔力は莫大で、ジータ以外に使える者はいない。周囲への影響も考えるととても現実的ではない。

 転移魔法に関しては完全にお手上げだった。現存する材料では不可能であると結論付けた。空間魔法を用いればそれらしい再現はできるものの、転移と呼ぶには程遠い代物だ。

 必要な魔力量はジータであれば十分に確保できる。問題は基盤となる魔力そのものだった。オムレツを作るにしても卵が無い、そんな状況である。

 魔法とは自然の理法に干渉する力であり、それを無理矢理に捻じ曲げる。転移などという不自然極まりないものが存在するはずもなかった。


『転移魔法の準備を進めている』


 平然とそう言ってのけるメルティアーナに、ジータは一人のウィザードとして興味を持った。

 自分が不可能であると断定した魔法は生成可能だと言うのである。よくよく考えれば女神は巨大な宮殿と共に忽然と姿を現した。あれこそが転移魔法なのだ。

 出発の準備を整えに行ったミクシードたちを見送り、ジータはその過程をじっくりと観察する。周辺一帯に漂う異質の魔力を集め、メルティアーナは魔法の生成を進めていく。

 ところが少し眺めただけで興味を失ってしまった。

 “亜空間の魔力”つまり創世の魔力はジータであっても操作できない。魔力の波長があまりに違い過ぎる。

 メルティアーナは自分の波長を創世の魔力そっくりに変化させる事で操作を可能にしていた。といっても速度はかなり遅く、苦戦している様子だが。

 相手の波長を一瞬乱す事はできても、自分の波長を自由に変える事などできない。女神大戦で天使族(エンジェル)と戦った経験から、これは彼女特有の能力のようだ。全員がこのような能力を持っていたとすれば、負けていたのは王国である。


『興味があるのか?』


 ふいにメルティアーナが手を止めた。


『別に。もう、どうでもよくなっちゃった』

『そうか。転移魔法だと言っておいてなんだが……実際のところ魔法と呼べるほどいいものではない』

『どういう事?』

『イメージで言えば、渦潮に糸を垂らすようなものだ。完璧な転移魔法など女神様以外に生成できる者などいない』

『うん。ちょっと何言ってるかわかんない』


 詳細を丁寧に教える気は無いようで、メルティアーナは会話を打ち切ると作業に戻るのだった。


……。


 それからしばらく、ミクシードとヒイロナが戻ってきた。

 ヒイロナが見慣れない物を重そうにして持っている。形状から鞄なのだろうと想像できる。おそらく異人たちの持ち物なのだろう。


『発動する。どこに出るかわからない、注意しておいてくれ』


 転移する時が来た。メルディアーナが魔法を発動すると、既に体は落下を始めていた。

 叩き付ける暴風と荒れ狂う魔力。生命の魔力が渦巻いていると聞いていたが、これが魔力嵐であると瞬時に判断した。


 ジータはすぐさま魔力の操作を始めた。

 宵闇が深くて何も見えない。“真実の眼エル・ヴェルダデーロ・アモール”――光の魔法で、昼間のように物を見る事ができる。一般的には高等魔法の部類に入るのだが、ジータにとっては赤子の手を捻るよりもたやすい。

 無尽蔵の魔力で力尽くに荒れ狂う魔力を黙らせる。

 眼下には石造りの建物が迫っていた。かなり大きな建物で、どうやらそれは屋上らしい。

 そこに四人の人影が確認できる。どうやら争っているらしく、そのうちの三人は知らない人間だ。


『放り出されるなんて聞いてないんだけどっ!』


 ミクシードが悲鳴を上げる。

 どのくらいの高さから落下しているのかはわからない。だが、このまま地上に叩き付けられればただでは済まない事だけはわかる。

 少し離れた場所で慌ただしい動きを見せる火の光。照らされているのは豆粒大の、大勢の人間だ。


 それだけの距離がありながらも、ジータの目はジェイクを捉えていた。二年間探し続けた、夢にまで見た想い人の姿だ。たとえ小さな点にしか見えない距離でも、ジータには見分ける自信があった。

 そのジェイクが刺されている。喜びを感じる間もなく、怒りがジータを満たしていた。


猛々しく盛れ、万物を(我こそは破壊者、摂理)飲み込め、全て薙ぎ払(を打ち砕き神をも滅ぼ)え、満ち足りて煉獄の(さん。流動よ我に従え)光を。森羅万象を我は(。悪魔の目覚めを皆に)跪かせる――(報せよ――)


 ジータの肉声が重なる。時の魔力による同時詠唱、それは記憶を呼び起こしたものなのか、あるいは本当に同時に発声しているのか。実際のところは本人にしかわからない。


『え? ジータ?』


 すぐ隣にいたミクシードが驚いたのはそれではなかった。

 ジータの詠唱は、どれも愛を謳うものばかりだった。なのに、明らかに異彩を放っていた。飛び出す言葉はどれも憎悪に塗れていて、何か悪い物でも憑りついてしまったかのようだった。

 やがてジータの周りに七色の光が灯り始める。実際に見た事は無くても、大陸に生きる者ならほとんどが知っている。それはジータが虹姫と呼ばれる由縁になった魔力だ。

 屋上に激突する寸前、強い突風が突き上げて四人を持ち上げる。

 着地するや否や、ジータは駆け出していた。


右手に愛を、(エル・アモール・)左手にも愛を(ラスドスマノーズ)!』


 二重の詠唱が続く中で、三つ目の声が重なる。

 名前こそ違うものの、アルテリオスが使う空間魔法“不等価交換エル・インテルカンビオ・デシグアル”と全く同じ魔法だ。


 何も無い空間とジェイクのいる空間が瞬時に入れ替わる。終止符を打たんと振り下ろされた剣は、空を切って石床に叩きつけられた。

 何も知らない学人の目には、剣が当たると共にジェイクが消滅してしまったように映った。魔法か何かで骨すらも残さずに殺されたのだと、そういう風にしか見えなかった。


 呆気に取られる学人の脇を七色の光が駆け抜けて行く。

 上空から見た感じ、ジェイクの他にいるのは男が三人だと思っていた。しかしそのうちの一人、老人の姿は霧散して女に変わる。

 頭に二本の角を持ち、発展途上のジータとは違う豊満な肉体。雌の匂いを撒き散らしたような、妖艶な容姿には見覚えがある。女神との最終決戦で行動を共にしていた。


『シャルーモオォォォォォッ!』


 怒りに任せて名前を叫ぶ。


『見ちゃ駄目!』


 ジータに目を奪われていた学人の視界が遮られる。

 しばらく聞いていなかった声、ヒイロナだ。その直後にジータから魔法が放たれる。


その首をマコち(デディカ・エル・)ゃんに捧げる(マコリエッタ)!』


 音は無かった。

 その代わりに太陽がすぐ近くに出現したかと思うような、強烈な閃光が放たれたのが掌越しにもわかった。

 範囲こそ狭いものの、だからこそ最強の威力を誇る魔法。パンプキンフォーセスの戦いでサイレントを焼き尽くした、ジータだけの魔法だ。

 七色の魔力がぶつかり合い、融合の摩擦で高熱を発生させる。サイレントの場合、魔法の外に出ていた足の一部以外は瞬時に蒸発した。至近距離で直視して失明する者も多く出た。

 存在そのものを無かった事にされる。現場にいた戦士たちはそう怖れ慄き、大陸全土にその話は広がった。


 七色の魔力を見て、咄嗟に目を庇ったノットが見たのは、綺麗な円を描いて抉れた石床だった。

 そこに今まで誰かが立っていただなんてとても信じられない。魔法の標的となったシャルーモの姿は跡形も無くなっていた。


 ジェイクに直接手を下したのが自分ではなくてよかったと安堵する。

 もし標的にされていれば、間違いなくノットは自分が死んだ事すらも認識できなかったのだから。


 ジータはノットには目もくれず、ヒイロナに向かって叫んだ。


『ジェイクを安全な所に! 誰かを犠牲にしてもいいから絶対に助けてッ!』

『え……何がどうなって……』


 たまたま学人がいるのに気付き、咄嗟に目を塞いだものの、ヒイロナには状況が飲み込めていない。

 ヒイロナから解放された学人も、突然の登場に困惑を隠せない。何の前触れも無く一変した状況に、全員がただただ混乱していた。

 戸惑う空気をミクシードの声が破った。


『ロナちゃん、この人がジェイク?! 酷い怪我!』


 ミクシードの腕の中にいるジェイクを見て、ヒイロナの血の気が引く。

 みぞおちが鈍い光を帯びていて、おかげで暗がりでも出血している事がわかる。おそらく魔法による傷だ。

 ヒイロナは慌てて駆け寄ると、怪我の具合を診ようと魔力を練り上げた。


『あれ? あれ……?』


 操作した魔力がすぐに乱れてしまう。

 これでは治療どころか、どういった魔法でどう進めるか、その方針すら定まらない。


『何をしてるの!』

『駄目……駄目なの! 魔法が使えないのっ!』


 急かすミクシードに怒鳴って返す。

 気が焦るばかりで、たまらずに大粒の涙が頬を伝う。

 急に寒い所に放り出されたかと思えば、目の前には重傷を負った幼馴染みだ。悪夢としか言えない。


『ヒイロナ、まずはジェイクを城の中に。ここは寒いから』


 学人が肩に手を置いて、気を鎮めるように優しく声をかける。

 ついさっきよりも絶望的な状況ではない。それが学人に少しばかりの余裕を持たせていた。

 寒さも腕の痛みを大して気にならない。


『ジェイクとヒイロナをお願いします。ええと……』

『ミクシードよ』

『……メルティアーナだ』


 初めて見る二人に会釈をすると、学人は踵を返した。

 これが夢なのか現実なのか、正直にいってもう曖昧だ。死ぬ寸前に夢を見ているのかもしれない。

 ジータの姿が無く、目の前にはノットしかいない。

 それでも学人は自分のするべき事がわかっていた。一歩、ノットに向かって足を踏み出す。

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