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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
105/145

105.亀裂

――あの若造は、もしもの時の人質じゃ。


 アルテリオスはあえてその単語を口にした。

 全ては山田学人の身の安全を確保するためだ。ヴォルタリスもそれがわかっていた。

 人質など決して許されない。ジェイクの一件が片付くまでは、一切手出しができなくなってしまった。もし拷問にかけたとすれば、人質として傷付けたのと同義になってしまう。それどころか存在そのものが脅しの手段になってしまう。

 ヴォルタリスは仕方なく、尋問もする事なく離れた地下牢に学人を押し込めた。

 どうせ何もできはしない。今は居ない者として考え、全てが終わったあとに焼くなり煮るなりすればいい。

 そう考えていた。


 扉の向こうから姿を見せた時、目を疑った。

 ジェイクは想定の範囲内だ。領都での発見報告を聞いて、自分とノットを殺しに来るかもしれないと思っていた。

 しかし、学人までもが一緒だとは思いもしていなかった。それどころか、ジェイクを引き連れて戻って来たのだ。

 一度は一笑に伏した警告を言いに。


 危険を冒してまでわざわざ戻って来た異人に、何のメリットがあるというのだろうか。ヴォルタリスの思い付く範囲では一つも無い。

 もう異人の戯言で済ませられる話ではなくなった。必死な姿勢が伝わってくる。きっとそれが真実なのだろう。

 頭でそう認めても、心のどこかでは“何かの間違い”である事を願っている。

 他に黒幕がいて、お互いに誤解をしているだけなのだ。


『屋上には何が?』


 ヴォルタリスに肩を貸す学人が尋ねた。


『先生がいる』

『何のために……?』

『嵐の観測だそうだ』


 ジェイクはもはや目を合わそうともしない。ヴォルタリスと行動するのが不本意なのだろう。

 部屋を出ると、死体と死骸の中で立ち尽くす部下の姿が目に入る。

 後退しながら戦っている時はよくわからなかったが、篝火によって浮かび上がる範囲だけでもかなりの有り様である。


『ディス、これから屋上へ行く。まだ動けそうなら付いて来い』


 返事は無い。


『そうか……』


 眉根を寄せて唇を噛むものの、ヴォルタリスから追弔の言葉は出なかった。


『外はどうなっている?』


 近衛兵が大勢いる城内ですらこんな状態だ。城外だとこれよりもずっと酷い事になるのは想像に難くない。

 仮に隊舎にいる兵たちが独断で動いていたとしても、守り切るには領都は広過ぎる。魔法に頼れない以上、自分たちの身を守るだけでも精一杯かもしれない。


『わからない……』


 学人はそう答えるしかなかった。ジェイクも何も言わないところを見ると、現状どうなっているのかわからないのだろう。

 嵐の間、召喚は無いと踏んでいたのは楽観過ぎた。今更悔やんでもどうしようもない。今できる事を全力でやり遂げるだけだ。


 階段まで戻ってくると、先導していたジェイクがそこで足を止めた。


『屋上へ行ってどうする?』


 振り返らないままに疑問を投げかける。


『真偽をはっきりさせる。お前たちの言っている事は……多分正しいのだろう。最悪の場合は先生と剣を交える心づもりでいる。だが、それでもだ。両者の言い分が正しいとも限らない』


 すれ違いであって欲しい。言葉にはしなかったが、そんな願望が込められていた。

 返答に対してジェイクは悪態をつく。どう見ても冷静に物事を見ようとしている風には見えなかった。


『テメーの踏ん切りが付いたらすっこんでろ。邪魔だ』


 ジェイクは冷たく言い放つと、さらに続けた。


『その時点で、ノットの始末は俺らに任せてもらう。テメーは委嘱状でも書いてろ』


 学人は城に忍び込んだ時、策と呼べるものは持っていなかった。

 なんとかして魔法陣を見つけて破壊する。なんとかしてヴォルタリスを説得し、ノットを捕縛する。そんな漠然とした行き当たりばったりなもので、結局のところ、どうしていいかだなんて思い付かなかった。

 投獄されている間、アルテリオスから得た情報を加味した上で、考える時間は腐るほどあった。そこで初めて、召喚を止めるだけでは足りない事に気付く。

 領都を救えても、日本人の排斥はおそらく止まらない。

 ジェイクにその相談をする暇なんて無かった。なのに、


『これでいいんだろ、ガクト』


 全てを見透かしていた。


『あ……ああ、僕としてはそれで……』


 しどろもどろになりながら頷く。

 領主公認で動く以外に方法は無いだろう。それでも、頭の中を覗かれているような気がして、学人は少し寒気を覚えた。

 学人は後ろを振り返る。ペルーシャ、アルテリオス。そして気がかりなのは侍女の二人だ。

 彼女たちを置いて、屋上に出ても平気なのだろうか。またいつ魔獣が湧いて出るかわからない。それにヴォルタリスも手負いで、退避した際には心細い。


『ペルーシャ、ヴォルタリスさんとメイドさんの護衛をお願いしてもいいかな?』

『はぁ?! ニャんでアタシがそんニャんせなあかんねんッ!』


 ペルーシャがあからさまに拒絶する。

 戦力を割くのは痛手だが、どうしても必要な役割である。

 嵐で魔法が使えないのでアルテリオスを、というわけにはいかなかった。召喚阻止のためにも、彼の知識が必要だったという事もあるが。


『君にしか任せられないんだ。頼む』


 頭を下げる学人に、腕組みをして唸る。


『……一個貸しやで』

『ありがとう』




 ペルーシャと侍女を残して屋上を目指す。

 階段を昇りきると、そこはあまり広くない空間で、灯りなど無く真っ暗である。やけに天井が高く手に持っている火では照らしきれない。

 城内とは違い何の装飾も無い殺風景な場所だ。部屋の隅にはスコップやバケツなど、園芸用と思われる道具が無造作に置かれている。

 壁を伝って、まだ上へと伸びる小さな階段が目に入るが、それを無視してジェイクが扉に向かう。


『警戒はしておけ』


 そう言うと、ゆっくりと押し開けた。

 地上でも相当の風だった。遮蔽物が無い分、身体が持って行かれそうになるほどの強風が吹き荒れる。当然寒さも厳しい。防寒具を突き抜けて、芯から凍えてしまいそうだ。あまり長い時間屋上に出ているのは危険だろう。

 雷で一瞬だけ視界が明るくなった。

 行く手を阻むかのように、何か小屋のような建物が建っている。こちら側には壁が無く、真っ暗で中の様子もわからない。

 小屋を回り込んで奥に視線を飛ばす。


 暗闇の中を注意深く探さなくても、渦中の人物は一目で見つかった。

 魔力でそこだけが光輝いている。強風を物ともせず、寒さなど感じていないかのように、両手を天に掲げるノットの姿があった。

 まるで見えない何かをその手で捏ねているかのような、ゆっくりとした仕草をしている。


 隠れて様子を窺う気など毛頭無かったのだろう。学人の腕を払い退けてヴォルタリスが声を上げた。


『先生ッ!』


 振り向いたノットは意外そうな表情を浮かべるも、すぐに笑顔へと変わった。


『丁度よかった。迎えに行かないとって思ってたところだったんだよ』

『迎えに?』

『ところで……ジェイクと仲直りしたの? 一緒にいるって事は、そっちが正しいと判断したんでしょ? じゃあもう隠す必要も無いよね。どっちにしても、もう隠す必要なんて無いんだけどね』


 言い逃れをするでもなく、何も訊かないうちから自分の主張が正しくない事を肯定する。

 失望と絶望に沈むヴォルタリスの様子が、後ろ姿からでもよく伝わってくる。

 期待通りの反応だったのだろう。ノットは嬉々として続けた。


『領都が崩壊していく様をここで一緒に見ようかなって。ここならどこよりも良く見えるでしょ?』


 その煽りに頭に来たのは学人だった。自分を慕っている人間の信頼を踏みにじって、本当に嬉しそうにしている。もし学人がヴォルタリスの立場だったらどうしていただろうか。きっと逆上している。

 これはノットとヴォルタリスの問題で、学人が関与する余地は無い。それでも自分の事であるかのように、許せない感情が沸き上がっていた。


『だ――』


 学人がノットを遮ろうとすると、ヴォルタリスは視線だけでそれを黙らせた。敵意の無い睨みだが、声を出させない凄みがあった。


『ジェイク、約束通り先生の始末は任せよう』

『あぁ、とっとと帰れ。テメェが死ぬとガクトが困る』


 それ以上言葉を交わす事も無く、ヴォルタリスは城内へと引き返して行く。アルテリオスも声をかけずにその背中を見送る。

 意外だったのはノットだ。てっきり何かをしてくるのだと構えていたのに、その様子をじっと静観している。


『追わねえのか? テメエの可愛いヴォルタリスが逃げて行くぞ?』

『させてくれるならそうしてたよ、ジェイク』


 学人は二人の会話を聞いて、追わなかったのではなく、追えなかったのだと理解する。

 その時、顔に冷たい何かが当たった。強風に乗って、いくつも極小の何かが頬に当たり、思わず手で拭う。


(なんだ? 雨?)


 チクチクとして液体の感触ではない。だが、触れた指が僅かに濡れている。つまり小さな氷が降っているのだ。

 雨はまずい。

 そう思って空を仰ぐ。また雷鳴が轟いた。

 初めて光の(ほとばし)る暗雲をまともに見る。ジェイクも少しだけ頭を動かし、それを見た。

 光と共に巨大な幾何学模様が浮かび上がる。魔法の知識が全く無い学人でも、今何が起きているのか想像できた。


『それで、どうするのかな? 私を殺してみる? もう私自身でも召喚は止められないよ』


 嵐そのものが魔法陣になっていたのだ。アシュレーたちが血眼になって探しても見つかるわけがない。

 学人にとって“魔法陣の破壊”というだけでも雲を掴むような話だったのに、文字通り天に手が届かなければ何もできない。

 アルテリオスに懇願の目を向ける。しかし無言で首を横に振るだけだった。


 止められない。

 学人は自分の無力さを改めて突き付けられた。

 物置きでノットを殺していれば召喚を阻止できただろうか。いや、牢から出た時点で既に手遅れだっただろう。

 ノットの頭上だろうか、距離感がわからない。鳴り続ける雷に照らされて、何もない空中に大きな亀裂が入っているのが見えた。全てが遅過ぎたのだ。

 無音で徐々に広がっていく亀裂を、半ば放心状態で見守る。降り注ぐ霰が口の中に入ってくる。

 舌で冷たい感触を味わうと止まった思考が動きを再開し、学人はようやく戦慄を覚えた。

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