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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
104/145

104.ツルギ

 最上階は今までとは打って変わって綺麗なものだった。戦闘の痕跡が無ければ死骸も転がっていない。ここだけが別世界であるかのように、扉だけが静かに佇んでいる。

 急ぐ思いとは裏腹に足取りは少し重い。不自然に開いた向こう側から飛び出すのは鬼か蛇か。仏でない事だけは間違いない。


『待て』


 廊下を進みだした学人を、再びジェイクが止める。


『忘れ物だ、阿呆』


 ジェイクが一振りの剣を押し付ける。それは森でもらった、イーストウッド家の剣だった。別に忘れたのではなく、潜入の際に邪魔になるので宿に置いて来たのだ。

 手に取った瞬間、不思議な感覚に包まれる。嵐の中でも問題なくその力を発揮するらしい。


『ごめん、ありがとう』


 下で剣を失ってから丸腰のままここまで来てしまっていた。剣を扱えるわけではないが少し心強い。

 扉からは臭気が漏れている。四階も相当なものだったが、こちらはさらに酷い。嘔吐感に抵抗しながら取っ手に手をかける。

 この先に死体があるのは明らかだった。

 学人はここが領主の部屋なのだと思っていた。しかしその予想に反して、通路はまだ先へと続いていた。少し行った所で十字に分かれており、様々な部屋に繋がっているようだ。

 兵士の姿は無く、代わりに転がっているのはやはり死骸の山だった。

 四階と比べれば数は少ない。しかし狭い空間で臭いが籠ってしまい、いくらか悲惨な光景に映る。学人は先頭に立って足を踏み入れる。

 踏みつけた肉片や血溜まりから硬い感触が伝わる。パキパキと音を立てて、既に凍り始めている。


『ヴォルタリスの部屋は一番奥じゃ。見ろ、死体もそっちに続いておる』


 言われてみればたしかに、脇に逸れる通路には死骸が少ない。おそらく戦闘の衝撃で飛ばされたのだろう。

 通路を覗きこんだ学人は、壁にもたれ掛かる侍女の死体と視線がぶつかった。防戦一方のまま、じりじりと後退していったのだろうか。どうやら彼女は守り切れなかったらしい。


 進んで行くと今度は道が二手に別れた。直線ばかりだったこれまでとは違い、ここだけは急に曲線を描いている。

 巨大な柱が鎮座していて、それに沿って回り込んでいるらしい。


『これは柱なの?』


 平時ならさほど気にしなかったのかもしれない。凄惨な空間から目を逸らして、少しでも気を紛らわせようとするかのように、ふと気になった事を口にする。


『煙突だよ、煙突』

『煙突?』


 答えたのはアルテリオスではなくジェイクだった。

 学人の頭上に“?”が浮かぶ。厨房に繋がっていたとしても、この柱――煙突はあまりにも大き過ぎる。

 深く尋ねてみようとするも、学人にそんな猶予は与えられていなかった。

 進むにつれて氷の感触が無くなり、ぬるっとした感じと、血液の臭いが濃くなってくる。つまり、入口よりも死骸が新しい。

 反対側から伸びてきた通路と合流すると、その先では死骸が折り重なって足の踏み場がないほどだった。

 ここに来て一向はようやく、自分の足で立つ人間を目にする事になった。

 おそらく領主の部屋であろう扉の前には、近衛兵の死体がいくつも転がっている。その中でたった一人だけ、剣を杖にして立ち塞がる男の姿があった。


『ディス……? お前ディスか?』


 ジェイクが呼びかけても、男は俯いたまま微動だにしない。

 甲冑は所々が砕けていて、中の防寒具まで引き裂かれている。元は白銀であったのだろうか……しかし魔獣のものか仲間のものか、血を浴びて殆どが赤く染まっている。

 足元で横たわる死体は損傷が激しく、革の鎧が無ければそれが人間であるとは判別しにくい。想像を絶する激闘の末、最後に立っていたのは彼だけだったのだろう。


 会話をする意思は無いという事だろうか。何も言わず立ち尽くす男に、警戒をしながら歩みを進める。彼が喋る気になるまで待つ、だなんて悠長な事は言っていられない。

 ある程度まで近付くと、ジェイクから肩の力が抜けた。そして無防備に歩み寄り、


『お疲れさん。ゆっくり休暇でも貰え』


 男の脇をすり抜けた。

 学人も慌てて続く。すれ違いざま、不審に思って男の顔を覗き込む。

 彼は何も喋らなかったのではなく、喋れなかったのだ。焦点が合っていない。既に絶命していた。

 学人は数舜の黙祷を捧げると、最後の扉を開いた。



 部屋からは女の短い悲鳴が上がった。

 怯える侍女二人と、傷を負ったヴォルタリスだ。どうやら手持ちのナプキンを使って応急手当をしていて、突然の乱入者に驚いたらしい。

 何体か入り込んでしまったようで、ここにも死骸が転がっていた。執務に使うのだろうか、大きな机に寄り掛かるヴォルタリスは、荒い息のままこちらを睨み付ける。

 その視線は学人をすり抜け、奥のジェイクに突き刺さった。


『これもお前の仕業か? よくもノコノコと顔を出せたものだ。それとも命を狙って来たか』

『あ? 今更テメーの命に興味あるかよ。自意識過剰か、ぶっ殺すぞボケ』


 顔を合わせるや否や、一触即発の雰囲気が流れる。


『ちょっと!』


 すぐさま割って入る。喧嘩をしに来たのではないのだ。

 ヴォルタリスの視線は学人に移ったあと、アルテリオスに向けられた。


『テリー、どういう事だ。お前もそっち側だったのか?』

『それは少し違うのう。儂はどちらとも敵対しておらぬ』

『お前もだ、異人。大人しく隔離されていればよかったものを』

『隔離……? それはどういう……』


 言い方に少し引っ掛かる。


『ヴォルタリス、俺はお前に用はねえ。興味もねえ。顔も見たくねえ。でもガクトがどうしてもって言うんでな』

『先生がどうとかいう話か? 馬鹿馬鹿しい。どうして先生がそんな事を』


 ヴォルタリスが学人を睨む。

 学人は黙ってスマホを取り出した。


『ですから、本人の言葉を直接聞いてください』


 そう言って画面をタップすると、二人の男の会話が流れ始めた。


『ノット、お前は何をするつもりだ!』

『君は頭が弱いのかな? ジェイクから聞いているんだろう? 異世界を召喚して、領都にぶつけようって言ってるの。あ、ついでに中継都市も今頃は壊滅してるはずだよ。馬鹿な領主様が軍を差し向けたからね』


 会議でたまに使っているアプリだった。シャーウッドとノアに警戒してちゃんと録音できているのか確認ができず、不安はあったのだが、少し音質が悪いくらいで十分に聞き取れる。

 ヴォルタリスは目を見開いてわなないていた。


『それはお前たちの魔法か……? 何が目的だ』


 本人の声を聞いても信じようとしない。これにはさすがに学人も呆れるしかなかった。

 何か呪いでもかけられているのではないか。そう思わせる信頼の寄せっぷりであった。


『僕の目的はノットの凶行を止める事。貴方たちを助ける事だ。貴方に弓を引くつもりだったら、今この場でとっくに殺しています』


 あとは感情に訴えるしかない。これで駄目ならもうどうしようもない。

 ヴォルタリスという男は自分の信じたいものだけを信じる、愚かで情けない男だという事だ。


『四階はみんな殺されていた。邪魔だったんだと思う。この魔獣の出現は異世界召喚の副産物で、こんな状況で召喚されてしまえば全員死ぬ。貴方がこれでも信じないのなら仕方がない。貴方抜きでも領都の人々を守ってみせるよ、馬鹿な領主様(・・・・・・)


 しばしの沈黙。

 ヴォルタリスは瞑目し、言葉を咀嚼しているかのようだった。


『屋上だ。屋上へ行く。ジェイク……こんな事を言える立場に無い事は重々承知の上だ』

『なんだ? 借金の申し込みなら他を当たれ』

『お前が貧乏なのはわかっている。俺に力を貸してくれ』




 異世界の召喚を止める。これは最優先事項だ。

 しかし学人は同時に一抹の疑問と不安も抱いていた。もし召喚されなかったら、そこにいる人々はどうなるのだろうかと。

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