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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
103/145

103.死の階層

『アシュ、もう行こう! 城の様子が変だ』

『いや……もう少し』


 塔から見下ろせば、庭園で大勢が慌ただしい動きを見せている。

 城門も開け放たれ、離れにある隊舎から一般兵が出撃する様子が見て取れる。何か大群を想定した動きのようで、松明の火が勢いよく城門へ雪崩れ込んでいる。

 アシュレーは頭をフル回転にして手掛かりを探る。

 打ち捨てられた資料はどれも魔力嵐に関する記録で、それらしい物は一向に出てこない。


『ここには何も無い! みんなと合流しよう!』


 再度カイルが急かす。

 そんなはずがない。アルテリオスはここで確かに何かを見つけた。でなければ、こんな所で殺される理由が見つからない。


『アルテリオス……貴方はここで一体何を……』


 彼の死も伝えなければならない。焦りばかりが募っていく。

 残念だが諦めるしかない。ここでこれ以上時を浪費するわけにもいかない。アシュレーは最後に、焼死体に目を向けた。

 目玉の抜けた暗い眼窩は何も語らない。ふと、違和感を感じた。

 指だ。

 死体が転がる前は気付かなかったが、明らかに何かを指さしている。示す先を辿る。


『水晶?』


 燃えてしまった物も多いが、資料を見るにここで観測が行われていた事が想像できる。あの水晶はおそらくそのための魔法具なのだろう。

 何のために? その疑問が浮かんだ。

 魔力が乱れていて水晶を起動する事はできない。ただなんとなく、どういった用途で使用するのかくらいはわかる。きっと魔力の動きを映し出していたのだろう。

 一瞬、白い閃光が走り、空から轟音が叩き付けられた。


『雷か……雨が降ったら厄介だな。いや、この寒さだったら雪か?』


 カイルに釣られて空を見上げる。

 また光った。


『カイル……まずい』

『は? 雷が?』

『そうじゃない! 召喚魔法はもう止められないかもしれないッ!』






 腹の底にまで響く雷鳴は、一瞬だけ城内の喧騒をさらっていく。だが、それを気に留める者はおらず、鎮まる事は決してない。

 二階と同じく三階も大乱闘状態になっていた。その混乱に乗じてまんまと四階まで一気に駆け上がる。


 四階に到達すると、今までとは打って変わって何もかもが停止した光景だった。足の踏み場が無いくらいの死骸の山。メデューサの他にも巨大なムカデのようなもの、貝殻を大破させて中身が露出したものまでバラエティに富んでいた。

 壁にも亀裂が走り、装飾品も原形を留めていない物が多い。それらが激しい戦闘があった事を物語っている。

 魔獣でも死体は死体だ。ある程度慣れたとはいえこれはきつい。学人は食道を逆流しようとする胃液を必死に我慢する。中には近衛兵の無残な死体も混じっていた。

 三階の乱闘騒ぎを突破できなかったのか、あるいは参加したのか。追手は無い。

 ふいにジェイクが言った。


『テリー、連絡も寄越さずに今までどこで何をしていた?』


 惨状を前に足を止めて、ようやくできた質問だった。


そやつ(学人)を助けに行っての、そこで丁度あの二人と会ったんじゃ。もっとも、シャーウッドに救出された後じゃったがの』

『そうじゃねえ、その前だ。四階(ここ)にいたんじゃねえのか?』

『ふむ……儂も驚いとる。降りる前はこんなじゃなかったんじゃが』


 言葉を交わしながらジェイクは辺りを見回す。

 ペルーシャも怪訝な顔で死骸を調べていた。


『二人ともどうしたの? 早く行かないと!』


 ここには何も無い。領主の間に続く階段は目の前にあるのだ。はやる気持ちを抑えきれず、学人は単身階段を昇ろうとする。


『いや、駄目だ』

『ジェイク、どうして!』

『見ろ。気付かないか?』

『気付くって何を……』


 冷静を保っていられなければ大きな異変ですら見落としてしまう。

 なぜ下階には下っ端しかいなかったのか。いたとしても、臨時で小隊を指揮するのが精々な者だ。

 ここは役職者の居住区である。全員が戦闘に長けているとは言わないが、誰も彼もが一筋縄ではいかないような曲者揃いだ。それなのに誰の姿も無いのはおかしい。

 死体を調べ終えたペルーシャが顔を上げた。


『魔法や』


 魔獣も近衛兵も、皆魔法で殺害されている。

 この場に生きた者がいない事から、ノットに与する者が大勢いるとは思えない。いたとすれば、今ここで襲われているからだ。となると、これは少数……もしくは単独犯である可能性が大きい。

 少ない人数で、しかも嵐の中で魔法だ。犯行は間違いなく魔獣が出現してからである。こんな短時間で、このおびただしい数の死体を作るのは現実的ではない。

 ここで学人からようやく、物置きでの出来事が説明された。

 拒絶の魔力を利用した魔法の生成。生命の魔力で増幅され、無干渉の特性を得た魔法でなら、この結果が納得できた。


『どっちにしろちょいと調べた方がいい。これはノット一人の仕業だ。まだいるかもしれん』


 ジェイクはそう言って角から廊下を覗いた。学人もその後に続く。

 明かりが無く、真っ暗で何も見えない。ペルーシャが階段近くにあった篝火で照らすと、異様な光景が浮かび上がった。


「うっ!」


 今度ばかりは我慢できそうになかった。

 そこには人間だった物が大勢散らばっていた。

 紅い絨毯は血を存分に吸収して真っ黒く変色し、壁の血飛沫は天井にまで到達している。肉片や潰れた内臓は既に凍っているのか、霜が降りてうっすらと白く化粧をしていた。

 各部屋の扉はそのほとんどが開いたままになっている。中は確認するまでもないだろう。どうやら役職者は皆殺しにされたらしい。


 学人の魔力を奪う前なのか後なのか。はっきりとは断定できないが、おそらく後者だろう。

 これのために、ノットは魔力の補充に来たのだ。目的は指揮者の排除。これから行われる異世界の召喚に邪魔であると判断されたのだろう。


――もし、あの時刺していれば……。


 学人に押し寄せたのは後悔だった。

 自分たちのこれからを考えれば、そうせざる得ないと思った。だが、犠牲者を増やすだけの形になってしまった。


『ヴォルタリス……』


 最悪の事態が学人の頭をかすめる。

 領主も殺されているのではないだろうか。指揮をする者がおらず、パニックに陥ってしまえば被害は格段に増す。

 そんな状態で魔獣の出現が領都全域に広がってしまえば、いよいよ全滅が現実味を帯びてきた。召喚を阻止できたとしても、魔獣が姿を消す保証はどこにもない。


『ヴォルタリスが心配だ、急ごう! 彼がいなくなったら本当に終わってしまう!』

『おい、ガクト! 待て!』


 ジェイクの制止を振り切り、学人は最上階へと駆け上がった。

 領主を含め領都は壊滅。唯一の生き残り(・・・・)であるノットはこう証言すればいい。「異人と手を組んだジェイクがやった」

 ノットの悲願は達成され、中継都市の他にもいるかもしれない日本人も根絶やしにされることだろう。


 五階、領主の間。最上階のはずなのに階段はまだ上へと伸びている。

 真っ直ぐに前を見れば一本道の突き当りに豪華な扉があり、少し開いた状態になっていた。

 追い付いてきたジェイクに肩を掴まれる。


『おい、狙いはノットだろ。ほっとけ』

『その前にヴォルタリスなんだ! 彼に真実を知ってもらわないといけない!』

『無理だな。あいつはノットを崇拝してる。いっそ死んでてくれた方がせいせいするぜ』


 はっきりとは口にしないが、ジェイクは個人的にも顔を合わせたくないのだろう。


『言ったろ、僕には僕のやり方がある! 嫌ならここで待っててくれ!』

『アタシも器用貧乏に賛成や。一回やってあかんかったのに、どニャいする気やねん』


 続いてペルーシャとアルテリオスも追い付いてきた。

 一度目の説得はあっさりと失敗。その結果、地下牢に投獄されてしまった。再び同じ事をしたところで結果は見えていた。

 学人は三人を見据え、力強く言った。


『僕には勝算がある』

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