↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
101/145

101.草食動物の反撃 3

 ペルーシャは唇を噛んだ。

 予想していたのにもかかわらず、まんまと学人を人質に取られてしまった。

 何かあれば有無を言わさずに切り裂いてやるつもりだった。なのに、魔獣から逃げ切った安堵感から、気を緩めてしまっていた。

 シャーウッドは壁に背を向けて、堅牢な盾としている。少し距離を置いて、ノアが学人に弩の狙いを定めている。

 いかに俊敏なペルーシャと言えど、同時に二人を始末できる距離ではなかった。


『お前も下がるんだ!』


 ジェイクと連携が取れさえすれば、救出の芽があるかもしれない。だが、何の打ち合わせもなく以心伝心できるほどの信頼関係は無い。

 ペルーシャは仕方なく、ゆっくりと後退した。あまりシャーウッドを刺激するのは危険である。そうせざるえなかった。


『最初っからこういうつもりだったの?』


 学人は至って落ち着いた様子だった。今までを顧みればわめいていても不思議ではないのに、ペルーシャの警告が効いていたのだろうか。

 学人の問いかけにシャーウッドは答えない。

 動揺を見せたのはむしろ、ジェイクを取り囲んでいる近衛兵たちだった。


『剣を捨てろと言ったんだ、ジェイク! こいつがどうなってもいいのか!』


 再度の警告を発する。

 ジェイクは失望の表情を見せると、両手の剣を手放した。


『シャーウッド、お前がそんなにヴォルタリス大好きとは知らなかったぜ。俺はてっきり――』

『黙れッ!』


 怒声が会話を掻き消す。

 言葉を交わす意思は見受けられない。もっとも、ジェイクが口を開いたところで、軽口に付き合わされるだけだ。シャーウッドもそれがわかっている。


『おい、今のうちにやれ!』


 近衛兵に命令する。だが、彼らの矛先はシャーウッドに向けられた。


『キサマ、何をしているのかわかっているのか!』


 近衛兵は囲いを崩さないながらも、標的をシャーウッドに変えていた。

 怒りを爆発させる近衛兵に対して、学人は困惑した。第三者の視点からすれば、シャーウッドの行為はファインプレーとも思えた。

 ここまで行動を共にしたのは、無駄に抵抗されるのを嫌ったのだろう。暴れる人質を連れて歩くのは骨だ。しかも、ペルーシャという仲間もいるのだから尚更だ。

 味方であると認識させ、楽に移動ができ、ここぞというタイミングで容易に人質にできる。不意を突かれたおかげでペルーシャも手を出せずにいる。


 だが、人質を盾に、という手段は誰も望まない。

 卑劣な行為を嫌うこの大陸で、それは許されざる行為だった。

 正々堂々。武人は皆これが当然であるし、誇りでもある。盗賊やお尋ね者に対してはその限りではなく、奇襲をかける事はあれど、人質を取るという真似だけは絶対にしない。

 それは弱い者がする行為であり、矜持がそれを許さない。君主の顔に泥を塗るどころか、糞を塗り付ける行為に等しい。

 今この場には学人たち以外に部外者がいない。使用人もいなければ、役職の誰かがいるわけでもない。いるとすれば、せいぜい魔獣の死骸くらいなものである。

 始末さえ完璧にしてしまえば、この出来事が外に漏れる事は無い。しかし、一度地に落ちた誇りは取り戻せないだろう。

 事実を闇に葬ってしまったとすれば、その機会は永遠に失われる。


 シャーウッドによって掌握された空間は、誰も身動きが取れずに、完全に硬直してしまっていた。


『チッ、腑抜け共め!』


 動こうとしない近衛兵を見て悪態をつく。


『ジェイク……俺もノアも、ずっと後悔してたんだ。あの時、お前じゃなくて、ミリアンと剣を取るべきだったんじゃないかってな』

『ふーん』


 当事者にしかわからない話が始まった。

 ジェイクは興味無さげに、取り出した煙草に火を点ける。


『おい、何をしてる、やめろ!』

『なんでだ、ここは禁煙か? だったら今度からはそう書いておいてくれ』

『お前はいつもそうだ、いつもそうやって!』

『くだらねー子守歌(自分語り)が始まったんだ。一服くらいさせろ』

『な……ッ!』


 ジェイクの態度にシャーウッドは絶句する。その二人に割って入ったのは学人だった。


『お取込み中悪いけど……いいかな?』


 学人の手にはスマホが握られていた。

 タスクを素早く切り替えると、大きく数字の表示されたアプリが呼び出される。


『ジェイク、ペルーシャ、今までありがとう。逃げてくれ』


 そう告げて“開始”と書かれたボタンをタップする。

 すると、数字が動き始めた。


『なんだそれは……?』

『何って数字だよ。さっき教えたろう? 実はこれ、松明なんかじゃないんだ。僕たちは魔法を使えないし、弱い。だからこうやって、みんな奥の手を持っているんだ。これは秒読みって言ってね、ゼロになったら爆発する』


 その場にいる全員が青ざめた。

 異人の未知なる道具である。それが虚言か真言かだなんて判断する材料は無い。

 僅かに拘束を緩めたシャーウッドを、学人が逆に捕まえる。


『これ以上の足手まといはごめんだ! 君はここで僕と死ぬんだ!』

『な……離せッ!』


 踵で床を蹴って、背中で思い切り押す。急な抵抗を見せた学人と“爆発物”に動揺したのか、シャーウッドは足をもつれさせて転倒する。

 必死にしがみつく学人の顔に、拳が飛んだ。


『離せ! この野郎ッ!』


 殴打され、鼻血を垂れ流しながらも、学人は決して力を緩めない。


『に、逃げろ!』


 その姿を見た近衛兵が恐れおののく。死にもの狂いの形相は、相手を道連れに死を覚悟した者の迫力があった。

 この男は本気だ。そう察知してある者は柱を盾に、ある者は上階へ。散り散りになって退避を始める。


『ノア、ノア! 何をしてる! 早くこいつを……ッ!』


 どうやっても学人は離れない。自爆に恐怖したシャーウッドが助けを求める。

 しかし、その懇願にノアは応える事ができなかった。


『シャ……っド……』


 ノアから言葉にならない声が漏れる。胸に矢を突き立てて、力無く柱にもたれかかっていた。

 喉の筋肉が弛緩して、高い死の喉声をあげる。

 ノアからしてみれば何が起こったのかわからなかった。突然に胸が熱くなり、急速に力が失われていった。横目にジェイクを見張っていたが、弓を構え、矢をつがえ、狙いを定めてから発射する。この動作が全く認識できなかった。それほどの早射ちである。


『ノ……』


 シャーウッドは言葉を詰まらせる。視界を転じれば、いつの間にかジェイクが弓を手にしていた。

 心臓を狙っての正確な一撃。きっと何の躊躇も無かったのだろう。どんな名手でも、心に迷いが生じればここまで正確に射抜く事は難しい。

 その瞳には哀れみの色が浮かんでいた。


 忙しない動きを見せていたスマホの数字がゼロを数える。

 石造りの城内には似合わない、電子音が虚しく鳴り響いた。シャーウッドを含め、もはや誰一人として動く者はいなかった。


『お前らはどっちにしろ、あの時には死んでたのかもな』


 紫煙を吐き出しながら、ジェイクがそう呟く。

 ようやく手を離して立ち上がった学人が見たものは、既に事切れているノアの姿だった。

 殺す必要があったのか。真っ先に浮かんだのはその疑問だった。

 ジェイクに負けたのであろう近衛兵たちは、深手を負った者もいるものの、呻き声を出して転がっている。誰一人として死んでいない。

 その数は十人以上だ。それだけの人数を相手に、手加減の余裕があった。


『なぜ殺したッ!』


 ノアに対しても、無力化するに留められたはずだ。

 ジェイクに掴みかかって責め立てる。


『お前のその考えは大陸(ここ)には無い物だ。この先俺たちに必要な物は……それなんだと思う』


 障害は殺して排除する。

 女神がいなくなり、戦争も鳴りを潜めた。情勢がもう少し安定すれば、新しい時代を迎えるだろう。

 到来する新しい時代では、その思想はあってはならない負の遺産であると考える。それでは結局、また同じ歴史を繰り返してしまうからだ。

 これはジェイクの憶測でしかないが、きっと多くの人間がそう考えているのだろう。だから結果として、以前のような戦争が起きていない。

 この国は新しい思想を取り入れていかなければならない。しかし、それでも。


『もし生かしておいた奴が誰かを殺したら、それは誰が殺した事になるんだろうな。やった奴か? それとも危険を承知で見逃した奴か?』


 二人がヴォルタリスの名の下に、龍の影として取った行動だとは到底思えなかった。形振り構わずに人質を取った事から、それは明白である。

 おそらくノットに何か吹き込まれでもしたのだろう。二人の心中がどうあるのか知らないが、放っておいては何をしでかすかわかったものではない。


『いいか、ここはお前の国じゃあ、世界じゃあねえ。どんな状況でも自分の信念を押し通すお前には敬意を払う。だがな、曲げなきゃいけねえ時もわきまえろ』


 声を荒げるでもなく、ジェイクが淡々とそう語る。

 果たしてジェイクの言う状況に陥った時、本当の意味で殺したのは誰になるのだろうか。そしてその時、学人は自分を許せるのだろうか。

 学人にはその答えをすぐに導き出せずに、押し黙るしかなかった。


『簡単な話じゃ。殺したのは見逃した阿呆に決まっておろう』


 唐突にしわがれ声が横やりを入れる。


『シャーウッド、アルテリオスの名において裁きを下す。お主の罪はその命を以って償われる』


 シャーウッドの剣を手にした老人がそこにいた。


『アルテリオスさん?! 何を!』


 学人が止める暇もなかった。

 刃は無情にも、シャーウッドの喉を貫いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。