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世界混合  作者: あふろ
第一章 幻想の現実
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10.勉強会

 草原だ。

 見渡す限りに緑滴る大地が広がっている。それは、日本ではまずお目にかかれない風景だった。

 緩やかに起伏する道無き道を車で走る事一日。綺麗な湖を見つけた。

 そこでキャンプを始めて今日で三日目になる。

 湖の周りには果実を付けた植物が豊富で、それを目当てに野生動物も多く寄って来る。おかげで食料には困らず、町から持ち出した缶詰は手付かずのままになっていた。


 果実も動物も、全てが学人の見た事がないものばかりだ。図鑑を開いてもどれひとつとして載っていない。

 ここはどこなのか。日本でない事は間違いない。考えられるのはジェイク達の世界だ。

 果実の中でも、食べられる物とそうでない物を見分けていた。知っていなければできる事ではない。


「ガクト、これ?」

「あぁ、これは自由の女神って言うんだよ」

「じゆうの、めがみ?」


 ヒイロナは異常なまでに飲み込みが早く、既に片言の日本語を喋り始めている。

 車に積みっぱなしにされていた旅行のパンフレットを引っ張り出して、食い入る様に眺めていた。どうやら自由の女神が気になった様子だ。

 お互いの言葉を教え合う内に、ある事に気付いた。彼らの言語と日本語は文法が全く同じだ。

 つまり、単語さえ押さえてしまえばどうという事はない。……と思うのは簡単だが、実際にはそう上手くいかない。

 全く馴染みの無い言語を覚えるのに、学人は四苦八苦していた。


 この三日間でわかった事は、彼らも全く状況を把握できていないという事だ。

 二人は全く別の場所にいて、気が付いたらあの町にいた、という事らしい。つまり、現在地がわからない。

 二人と言葉を交わす事で何かがわかるかもしれないと思っていたのに、とんだ期待はずれだった。迷子三人組のできあがりだ。


 学人の住む世界とジェイク達の住む世界、どちらがというのはまだわからない。

 馬鹿馬鹿しい話だが、どちらかの世界が何らかの原因で転移してきたと考えられる。


(いや……おそらく……)


 日本が転移したと考えるのが妥当かもしれない。もう何日も経つのに、偵察のヘリすら見ない。

 海外から来るにしても、既に十分な時間が経ったはずだ。

 この場所は一見、二人の住む世界に見える。だが、そうだという保証がどこにも無い。

 両者が同時に全く別の、第三者の世界にという事も考えられるが、そのあたりは近いうちにわかるだろう。


「ガクト! ぼく、たばこない! くれ!」


 ジェイクがやって来た。

 彼は勉強会に参加する気が全く無い。なのに、いつの間に覚えたのか、突然日本語を喋りだした。

 いきなり日本語で話しかけられて、学人は開いた口が塞がらない。

 怪我は既に完治しかかっていて、時々動物を狩って来ては手際よく肉にしてしまう。ヒイロナが言うには、ジェイクは以前、戦士として戦場に出ていた経験を持つ。サバイバルは朝飯前というわけだ。

 躊躇無く屍人の頭を踏み潰したのも、そういう事に慣れていたからだろう。

 戦争は各々が正義を貫く為に武器を取る。学人には戦争を肯定する事はできない。だからと言って、それで人格を否定する気もない。

 ジェイクは血の気が多い面はあるものの、気の良い性格の持ち主だ。少なくとも悪人だというわけではない。

 学人は苦笑いを浮かべると、自分の煙草を投げてやった。


 ちなみに、ジェイクは自分に都合のいい言葉を少し覚えただけで、この時以外は彼らの言葉で学人に話しかけていた。




 日が沈むと、もちろん周囲は一寸先も見えない真っ暗闇に包まれる。

 月明かりがあれば多少見えるのだが、この日は生憎出ていなかった。文明の音は一切無く、聞こえて来るのは虫の音と焚き火が爆ぜる音だけだ。


 焚き火を絶やす事はできない。この辺りに生息するゴブリンが襲って来るからだ。

 ゴブリンは火を恐れていて、焚き火がある限りは近付いて来ない。ジェイクとヒイロナであれば寝込みを襲われても、ゴブリン程度なら何の問題も無い。だが、学人は違う。命に関わる。

 二人としても、襲撃の度に叩き起こされていてはたまったものではない。

 火を絶やさないために、夜は交代で寝ずの番をしていた。明るい内にかき集めた薪木が山の様に積まれている。


 車の上に寝そべり煙草に火を点ける。煙草の燃える音が聞こえるくらいに静かな夜だ。

 視界を覆い尽くす満天の星は、空気が澄んでいるおかげか近くに見える。

 いい夜だ。

 だからこそ、物思いに耽ってしまう。


 学人が心配するのは家族の事だ。地元もこの異変に巻き込まれてしまったのだろうか。

 だとすれば、妹は、両親は無事なのだろうか。あの町の惨状を見れば絶望的だった。


「ガクト」


 起きてきたヒイロナが学人に声をかけた。交代するにはまだ少し早い。

 どちらにせよ眠れそうにないのだ。交代を断ろうと体を起こすが、先に口を開いたのはヒイロナだった。


「なに、おもう?」


 見透かされたらしい。


「家族が心配でね」

「かぞく?」

「うん、妹と両親だよ」


 ヒイロナは首をかしげている。言葉の意味を教えようと、絵本を引っ張り出した。

 誰でも知っている、豚の兄弟の絵本だ。学人が丁寧に教えると、ヒイロナはすぐに理解した様で、


「かぞく、どこ?」

「どうなんだろうね。わからない」


 記憶が正しければ大学生の妹はあの日、講義は午前中だけだった。道草を食わずに帰っていれば家にいたはずだ。専業主婦の母親も家にいた可能性が高い。

 現状が把握できていなければどうする事もできない。地元が巻き込まれていない事を、今はただただ祈るばかりだ。


「たぶん、家にいたのかな……」

「さがす、ふたり、いっしょ!」


 そう言うと、ヒイロナが暴走した。

 学人が宥めようとするよりも早く、寝ているジェイクを叩き起こす。


『ジェイク、起きろー! ガクトの肉親を探しに行くの!』

『あぁ? まだ真っ暗じゃあねえか……女神もまだよだれ垂らしてる頃だぜ……』




 ジェイクの怪我の具合もよく、翌朝にこの場を離れる事になった。

 行く当ては無いが、戻ってもあの廃墟になった町があるだけだ。結局は前に進んでみるしかない。


「ガクト、あれ!」


 ヒイロナが車から身を乗り出す。何かを見つけたようだ。

 一旦車を停めて見てみると、道の様な物が走っていた。道と言っても整備された物ではなく、人が踏みしめて長い年月をかけてできたであろう道だ。

 緑の大地を縫う様にしてどこまでも伸びている。

 迷う事なく道に向けてハンドルを回す。このまま闇雲に車を走らせるのには不安があった。こんな世の中ではガソリンの補給など望めない。

 道に沿って進めば何かしらあるはずだ。


 ひたすら車を走らせて日が僅かに赤みを帯びた頃、道が二手に分かれた。

 道の股ぐらには立て札が突き刺さっている。書かれている文字を見ても、学人には読めないものだった。

 ジェイクとヒイロナが言葉を交わす。


『氷結湖とトロンボ? ジェイク、聞いた事ある?』

『たしか鉱石族(ドワーフ)の街だ。参ったな……』


 話が終わると、ヒイロナが通訳をする。


「あっち、氷。あっち、街」


 氷という単語にハテナマークが浮かぶ。ここはあの廃墟よりも幾分涼しいが、それでも汗をかくくらいには暑い。

 なのに、氷とはどういう事なのか。

 なんにせよ、街があるのならそちらへ向かうべきだろう。

 学人は街があるという方角、東へハンドルときった。


 道の続く先に見えるのは、ずっと並行に走っていた岩肌が剥き出しの山脈だ。あれはマンションの屋上からも見えていたものだ。

 かなりの標高があるらしく、山頂付近は雪をかぶっている。

 ヒイロナがぽつりと言葉を口にした。


「ここ、リスモア」

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