2.始まり
遅くなりまして、大変申し訳ございませんでした。
前回のお話は、この話から前回のお話への目標地点としています。
ぶっつけでやっていますので、短くなるか長くなるか、どう転ぶかはわかりません。
でも、見守っていてくれると嬉しいです。
「英語なんて……無くなればいいのに」
参考書はボロボロだった。
色んな意味で。
「あーもう、訳わからん!」
私は叫ぶと同時に手にしていた参考書を投げつける。
地面に。
「あ」
参考書には見事に土が着き、汚れと共にへこみや傷が出来た。
勉強をしてボロボロになっていくのであれば褒められる事であるが、私にとっては真反対である。
「よりによって雪の日に……」
投げつけた場所は、側で生い茂る木々の葉のおかげで辛うじて雪を免れていた。
だからただ土があるだけなのだが、この日雪が降っている事が問題で、雪が被っていなくても水分を吸収して湿気っている。
当然、こびり着いた土は泥となり、参考書は悲惨にも白い紙面が茶へと色づいていた。
わざわざこれを使う気にもなれず、溜息を吐いて側へ寄る。
たまたまコンビニでおでんを買っており、それを入れていたビニール袋があった。
それに入れて持ち帰ろうと、鞄の中へ手を入れた。
「袋……あれ?どこだー?」
ごそごそと鞄を探るも、中々出てこない袋に苛々する。
それもそうで、手には起毛のある手袋をしている為に手の感覚が鈍い。
何を触っているのかよくわからないまま、これだと思って引っ張り出してみるものの見当違いの物が出てしまう。
「あ、袋あった。……小さかった」
前にもコンビニに寄った時に使った袋があったのだが、駄菓子が入る程度の小さいものだった。
「これじゃ参考書入らないっつーの。小さい方なんだけどな、この本」
そんな事をしているからか、足元にあった小石に気付かなかった。
思い切り躓いて転んでしまうのは定められた運命なのか。
参考書へ思い切りダイブしてしまったのも、ついでに顔が土のある部分にあるのも。
ただ一言で言い包めると。
「ツイてない」
勿論それは言い訳で、全ては自業自得なのであるが。
一人でツッコミを入れながら現実逃避をしていた私は、お得意の独り言で締め括る。
「良い子のみんなは他所見をしながら歩くのはやめましょう」
何やってるんだかと自分に呆れつつ、私は立ち上がった。
少し怪我をしていたようで、膝がヒリヒリと痛む。
本当に、さっきから何やってるんだろうか。
参考書を放り投げて、勝手に転んで汚れて。
特別観衆もいなくて良かったのだが、これを一人で人知れずやっていたと思うと恥ずかしい。
これ以上の無い居たたまれなさに、さっさと帰ろうと土を払う。
と同時に、土を払った手の動きを止めた。
忘れていた訳じゃない決して。
土じゃなくて、半分泥だなんて。
本当だよ忘れてなんか無かったよ……本当だってば。
あぁ、鏡を見るのが恐ろしい。
早く家へ帰ってお風呂で綺麗さっぱりしたい。
ついでに滅茶苦茶寒くて身体冷えちゃってるから、ゆっくりお湯に浸かって暖まりたい。
ーーートイレにも行きたくなってきたし。
そうなるともう、頭の中はお風呂とトイレの事しか考えられなくなり、今にも駆け出したい気持ちであった。
忘れず参考書を拾い上げ、どうせ汚れているからと袋も探すのを諦めて手に持って帰ることにした。
ここで何時もなら、通り慣れた道を進むところだ。
しかし今は早く帰りたい。
早く帰らないと色々ヤバい。
土が渇けば取り辛くなるし、この歳でお漏らしなんてしたくない。
しかし何時も通る道は大きく迂回して家へと帰る。
複雑に道が入り組んだ住宅街は、行き止まりも多くて遠回りする事が多い。
この時間、冬の今は早くも日が落ちてきてはいるが、まだ夕焼け空に紛れて街頭の光もあやふやだ。
「ここを通れば……」
今いるのは、長年空き地で管理もされておらず無造作に木々が生い茂げった場所。
家と家の間三メートル位、そして向う道まで二十メートル程の距離がある。
死角が多いのもあってこの場所を知らない者も多く、知っている者でもわざわざ足の踏み場に困るような場所には訪れない。
何よりこの場所、不気味なのだ。
いくら狭くても、何かしら使い道はあるとは思うのだが買い手が見つからない。
何故かというと、近付いてはいけないと教えられるからだ。
昔からよくこの辺りは行方不明者が多く、最後にその姿を確認する事が多かったのがこの場所だからだ。
そういう所だからこそ、悪い噂は絶えず付き纏う。
やれ殺人事件や死体遺棄やら変質者やら。
地元の人はここに足を踏み入れないし、関わらない事が暗黙の了解としていた。
そういう所だからこそ、この雑木林を挟んだ左右にある家はずっと空き家。
木造で築100年といった所らしい。
最初は隣の場所が曰く付きだなんて知らない。
何せ、地元民が暗黙の了解としてるんだからわざわざ言わない。
というか、既にもうそこに引っ越してきているのだから言い辛いっていうのが実情である。
そうやって現代から取り残されたように存在するこの一帯の前を通学路とする私は、いつも心穏やかではなかった。
そういえば、犯罪者が潜んでいそうっていうのもあって護身術を習ったりもしたのだが、あまり活用出来たことがない。
弟の「お前の幼児体型じゃ勃つものも勃たんっつーの」って台詞は死んでも忘れない。
本当何言うかわからないな中学生男子……。
とりあえず幼児体型がどうあれ、身を護る術はあって越した事はないので良しとする。
だからって過信している訳じゃないけれど、私の身体はこの不気味な場所へと向いていた。
何よりもう、お風呂とトイレに行きたいって身体が悲鳴を上げている。
いくらこの場所が曰く付きだろうが何だろうが、しょうがない。
立ち入っちゃいけないって頭に赤信号がかかっているけれど、突っ切ってやるよ。
まぁ、参考書が投げ込まれたのはここの入口だったのだから、今更なんだけれど。
暗くなる前にと、全力で駆け抜ける。
けれどすぐに、肝が冷えるような感覚を味わうことになった。
得体のしれない恐怖。
ここはにはいてはいけないと、本能が語っていた。
やっぱやめておけばよかったと途中で後悔する。
でも半分の距離まで来てしまった今、戻るのも進むのも一緒だと言い聞かせ、身体に鞭を打つ。
身体が熱い。
脂汗が滴り、鼓動が高鳴る。
お風呂に入らずとも温まったのだけれど、不快でしかない。
ほんの二十メートル程の距離が、長く感じる。
そして、終わりまであと少しの所まで来た瞬間、私の目の前が真っ白になった。
◆◇◆
暫くはずっと耳鳴りがしていた。
そして何かが抜けるような感覚。
息が詰まるような苦しさ。
それが全て治まり楽になったと感じた後に視界に入った光景は、息を呑むような光景だった。
まず、木が無かった。
緑の色彩も無かった。
コンクリートとはまた違う質感の石壁。
四方を取り囲む壁に面した照明器具は、高さと幅二メートル間隔で取り付けられ、蝋燭がくべられていた。
更に床にも壁に沿って照明を置き、部屋を煌々と照らしていた。
それでも慣れた白熱電球ほどの明るさには程遠く、私には薄暗く感じるものであった。
そして一際目につくのは、その部屋にいた人物。
私を取り囲む、ローブを被った人達の存在だ。
ざっと八人。
その中に一人、女性が混じっているのがわかる。
周りの黒いローブの者達とは反対に、白いサテンのような光沢のある生地のローブを身に纏い、色素の薄い金髪を靡かせていた。
といっても心持ち靡いているなと思う位の長さで、その髪型はまとめた髪を鋏で一思いに切ったように揃っていた。
女性は表情に疲れが滲み出ているが、息を切らして私を凝視している。
私が上半身を起こせば、息を飲んだのがわかる。
その後ろから、一際目を引く刺繍が施されたローブを羽織る人物が女性を押し退け、私の前へと歩み寄った。
側に居た人物が身構えながら着いて行く。
その構えが腰元に手を忍ばせているあたり、自分に馴染みの薄い物である事は判る。
ローブで見えないが、刃物を隠し持っているのは明らかだった。
恐怖は感じない……というより、現実味を感じないという解釈が正しい。
それでも何が何だか判らないこの状況に、限度を越すと頭は冷静になるようだ。
自分の世界観と理解があまりにもかけ離れているからか、頭が必死に順応しようとしているのだろうか。
そんな考えに耽りながら、目の前に辿り着いた人物が口を開いた。
「おいお前」
とても偉そうでした。
初対面でお前呼ばわりされるとは思わず、呆けた表情でその人を見上げていた。
とりあえず返事だけはしようと、口を開く。
しかし言葉にならずに終わることになった。
頭に衝撃が走ったからだ。
「女、殿下に対してなんて無礼を!頭を下げよ!」
どうやら後頭部を殴られたようだ。
というのも、この状況で脳が混乱していない訳ではなく、身体を守ろうとアドレナリンの分泌を必要以上に行っていたようで、少し熱いなと感じる程度であった。
それもこの瞬間だけ。
徐々に鈍痛を感じて、頭を抑えた。
「貴様のような女子供に従わなければならんとは、屈辱でしかならんというのに。ましてや殿下に無礼を働くなどーーー」
「構わん。ツヴェク卿、貴殿こそ我の前でその蛙の様な醜い奇声で鳴くな、鬱陶しい」
ツヴェク卿と呼ばれた男は、驚きを隠せない顔で自身を蛙と呼んだ男に向き直った。
侮辱に値する暴言を吐かれるも、自分より遥かに若いであろうその人にペコペコと頭を下げる。
ごまをするように顔色を伺いながら詫びを入れるツヴェクを、男はまるで動物をあしらうように手を振っていた。
真っ赤になるツヴェクを、周りにいた他のローブを着た人達が強制的に抑え込むと、ツヴェクは「触るな」だの「愚行がどうの」だの喚き散らしながら連れられていく。
勝手に怒って喚いて強制排除されてく様を見ていると、騒がしかった部屋が途端に静かになる。
「……誰だ、あの蛙を連れてきたのは」
「間者が居るようです。どうやら紛れて来たようですね」
「これは国家機密だぞ。全く管理がなっとらん」
「大変申し訳ございません」
刺繍のローブを纏った男と、その側に控え身構えていた男が蛙と称したツヴェクが消えた方向を睨んでいた。
嫌われ者だね、蛙さん。
しかし間者とは、敵のスパイの事を言うんじゃなかったか?と疑問に思う。
あの嫌われようならば、敵の方が効率がいいかもしれないけれど。
聞いてる限り、刺繍のローブを纏った男の部下なのだろう。
あんなのが味方だなんて、私だったら先が思いやられるようで嫌である。
さて、私はどうしよう。
とりあえずは何が起こるか判らなかったし、目の前の男が殿下と呼ばれていたあたり、やんごとないお方なのであろう事は理解していたから口を閉ざしていたのだけれど。
そもそもここって、どこなのだろうか。
間違いでなければ、私の記憶の中では雑木林を走っていた所で終わっている。
寝て起きたら一瞬で移動しているのだろうか。
それになんだかアニメや漫画、ゲームでお馴染みの魔法陣らしき変な紋様が床に描かれているし。
これはもしかして、もしかしなくとも。
昔からよくある設定の、異世界へトリップしてしまいましたっていうやつか?
その考えはあながち外れていないとは思うが、違っていたとしたらそう想定してしまった私の頭の残念さに落ち込まなければならない。
今更取り乱すのも恥ずかしいくらい冷静でいた時間が長かったから、きっとかなり落ち込むだろう。
長い時間とは言うが、目が覚めてから五分も経っていない気もするけれど。
私はこの時、眉を寄せ、半眼で事の成り行きを伺っていた。
我ながら実に残念な顔である。
そんな私に気付いたのは、殿下と呼ばれた男の側にいた従者らしき人。
刺繍のローブを着た男の従者ーーー以下従者とする。
一瞬口元が引き攣っていたように見えるが、何分この部屋は暗くてよく見えない。
ローブも被っていて、尚更だ。
「殿下」
従者が私に視線を向けて合図すると、その意図を理解した男が思わず「あ」と言葉を零していた。
「忘れてた」
何それ酷い。
「毒蛙の駆除が面倒だったのでな」
言い訳ですか?格好悪い。
というかただの蛙から毒蛙に進化してるし。
でもね、だからってろくに説明もせずに人を待たせるなんて失礼じゃなかろうか。
あ、でも本当に異世界に飛ばされたとして、王子?なんだよね、この人。
ならいいのか?偉い人なんだし。
いや、でも私あなたの国の人間じゃないんだけど、とも思ったが、言ってもメリットが思いつかなかったので呑み込んだ。
「では本題に移ろうか」
と、その前に上半身起こして座り込んでいる状態が失礼ではないかと考え、先程の毒蛙ーーーツヴェクが頭をどうのって言っていたのもあって、慌てて姿勢を正した。
「構わんと言っただろうに。まぁ良い、女にしては気が付く様だな」
女にしてはって。
今の日本は女性の社会進出も多い。
それに、気を遣う事も多い女の方が優れている部分だってある。
そんな環境を育っているからか、価値観の違いに引っかかる。
どんだけ男尊女卑なんだとツッコミたい。
けど私は日本人なので、日本人らしく流したいと思います。
本音と建前ですな。
ということで、私はお礼を伝えようと口を開いた。
が、次の言葉によって声を出すことも出来なかった。
「時にお前。いや、勇者よ」
勇者ですか。
一体全体、誰のことを言っているのですかね?
私は周りを見渡すが、皆さん一様に一点に視線を向けていた。
えぇ、まぁ私に。
えーと、はい、そうですか。
なんか思うところは色々とあるのだけれど。
まずこんな真面目に勇者とか口走って信じる人はまずいないよね。
外国人に取り囲まれてたら、まだ現実味があるのかもしれないけれど。
それとも日本にいる外国人集めて、ドッキリをかましてるのか?ーーーないわね。
ではこれは王道のあれだろうか。
おぉ勇者様、魔王の脅威から我々を救いたまえ~みたいなやつ。
勇者なんて呼ばれちゃったのだし。
というか、勇者と信じて疑わない人をお前呼ばわりなんだ。
対して目の前の男は、私の心境などつゆ知らず、淡々と状況について語り始めた。
「現在、人類は魔の脅威に晒されている。魔王が代替わりする度、力をつけ、まるで虫けらのように魔物が沸き、民は疲弊しておるのだ。そこで研究に研究を重ね、他の地から力在る者を呼び寄せる事にした」
あぁ、ほらやっぱり。
お決まりの展開ってやつを見事に忠実ですね。
ちょっと長ったらしい口上だが。
ついでに言うと力なんて無いんだけど、どう説明しよう。
と、考えを巡らせようと思考に耽り始めた。
「よって勇者よ、お前の力を持ってとっとと魔王を倒すのだ」
思考は消え失せた。
だってつっこみたい。
最後の最後で面倒がるなよって。
だって、とっととって言ったとっととって。
私は立ち上がると、目の前の男の表情に鼻で笑いたくなった。
当然やってくれると思ってるその自信満々の顔。
いや違う。
自信ではなく、単純にやって当たり前だって思っている。
アニメやゲームーーー長ったらしいので二次元と略します。
その二次元では、こういった男がツンデレだったりして萌えるのだろうが、現実に相対したらそうでもない。
腹が立つばかりだ。
それに、答えなんて決まっている。
ここで流れに身を任せて了承してしまったら、それこそ大それた大業に携わらなければならない。
ってことで。
「結構です」
ほんともう、心から。
まさか私が断るとは思っていなかったのか、彼は目を見開いて驚いている。
その他大勢もだ。
何故。
「お前に拒否権が在ると?」
無いの?
「質問で返すようで悪いですが、私の身の上に関してあなたに何の権利が在るんですかね?」
途端に周りが騒がしくなる。
偉そうな口を、とか。
殿下になんて口を、とか。
四方八方、陰険そうなローブ男達から野次が飛ぶ。
そっちこそ、発言の許可を得ずにあーだこーだ言っているが良いのだろうか、と思う。
ただ、私もかなり上からの言い方で、失礼な発言であるのはわかっている。
けれども敢えてそうするのは、全てをはいはいと言ってしまたら相手の思うつぼだからだ。
もし仮に、ここが異世界だとして、召喚されてきたとして。
誘拐犯に媚び諂う理由は確かにある。
右も左もわからない私が懐柔されるのは容易い。
ならばと、まだ完全に丸め込まれる前に在る程度の権利というものを確立させたい。
易易と相手に従う程、私は考えなしではないと判らせてやるのだ。
「ーーー失礼をしたようで。申し訳ございません」
言い負かされたのを装い頭を下げると、 勝ち誇った気でいるその他大勢。
それを後目に、私は弱々しく言い訳をする。
「その、つい動揺してしまいまして」
「最初からそうしておればよいものを」
「申し訳ございません……」
野次を飛ばす者達の中で、立場がそれなりにあるのだろう男は、動く度にチャラチャラと音を立てる。
装飾品を多く身に着けているのかもしれない。
耳障りな音と共に、これだから女はどうのこうのとのたまう男に苛立ちを感じながらも、頭を垂れる。
他の者達も同意を見せている事から、きっとそういう価値観であるのが当然なんだろう。
毒蛙の「女子供に従うなど屈辱」との発言通り、女子供で有ることが問題なのであり、勇者とは通常敬うべき対象であることが伺える。
それがこんな小娘で、さぞショックだったろうに。
だったら魔王討伐、見逃してくれてもいいものを、と思うのですが。
暫く男達に頭を下げ続ける私は、合間を見て視線をある一方に巡らせる。
殿下と刺繍男だけは、眉根を寄せていたからだ。
立場上、それなりの観察眼が備わっているのか、私の態度を疑っているらしい。
そして気付いた筈だ。
謝ったのは失礼な態度であって、魔王討伐に関して、私が触れていないことに。
暫くして殿下が刺繍男と目を合わせれば、刺繍男が一礼で返す。
本人達にしかわからないコンタクトをとられ首を傾げるが、それと同時に嫌な予感がしていた。
そういうのは、ほぼかなりの確率で的中するというのも、良くあることでしょう。
「では勇者よ。謝罪の弁を説いても、目上に対してなっとらん。ということでその無礼に処罰を課す事にする」
処罰に値するものだっただろうか。
相手は王族であるからして、侮辱罪とか。
号に入れば号に従えということわざがあるくらいだから、従った方がいい事はわかる。
まぁ、国民であれば、だけれど。
「お前の刑は」
私の刑は?
なんとなく、想像がついてしまうけれど。
「魔王討伐だ」
だろうねぇ。
話の流れ的に。
私はがっくりと肩を下ろし、溜息を吐く。
私の態度もあまり良い態度では無いらしく、周りの男達の顔色が再び曇っている。
暗くてよくわからないが、目が慣れてきているらしく、そんな雰囲気だっていうのがなんとなくだが。
しかし私はそれを無視して、力なく口を開く。
「……わかりました」
そう返せば、男は満足そうに笑みを深めた。
最初からそう言えば良いものを、なんて言っている奴もいる。
喜んでいるところ、すっごく悪いのだけれどね。
私は勇者になる気なんてさらさら無いのですよ。
「そうか。ならば今からーーー」
「その前にいいですか」
言葉を遮り口調を強くすると、不快を露わにした彼が眉根を寄せた。
先程から険しい表情ばかりしてるけど、将来皺になるよ?
周りの皆さんも同様に良い顔をしていないけれど、舌打ちは辞めてくれませんかね。
「ーーーなんだ」
どうやらきちんと耳を傾けてくれる人である。
口悪いのに意外すぎる。
「思うんですけれど、本気でかかっても大の男には敵わないであろう私に、何が出来るんですか?」
「は?何?」
護身術くらいで勝てるとは思っていない。
女の力では、厳しいものがある。
そもそも実戦経験も無ければ、人を殺める術を持っていない私には、魔物が出るとされるこの世界の住人より劣ると言える。
「私はあなたに、負ける自信がありますよ?」
何を言っているのか、そう顔に書いてある彼とその他大勢。
「普通に街で育ったか弱い娘。そんな奴が魔王どころかその道中で終わりじゃないですか」
「ざ、戯言を。我々は、力が在ることを前提に情報を召還陣に組み込んだのだぞ」
「それ、間違ってたんじゃないですかね」
「なっーーー」
まさか、そんな、と口々に発する殿下とその一味。
どうやら、国家機密の任務は失敗に終わったようです。
……一番ショックなのは、連れて来られた私なんだけどなー。
後書き今回の話はかなり長くなってしまって、無理やりキリを付けました。
変な所で終わってるなーって感じた方がいるやもしれませんね……。