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プロローグ2

 もぐもぐとレイが口を動かしているとトレルが言った。

「お前、今日何やろうとしたの?」

 一瞬言葉を詰まらせる。授業の“詠唱“の話らしい。もぐもぐと咀嚼し嚥下すると、レイは視線をずらしテーブルの端を見ながら、

「……ダイヤモンド製の花を、作ろうとね」

「それで出来たのがあれなわけだ」

 ニヤニヤと笑いながらトレルは言う。レイの顔は渋くなる。キリは何とも言えない表情をした。

 白光と突風の後、からかい半分だったクラスの皆は何があったのかとレイに注目した。《ハミリュス・トレルス》は、それなりの才能があれば七歳ほどで会得できる、初級魔法である。そのため、本来ならば大きな影響は出ない。それにもかかわらず、大きなアクションを起こしたのだ、注目も当然だろう。

 しかし、注目を浴びたレイの手の上には、備長炭ただ一つ。

 クラス中の笑いと、先生のため息が記憶に新しい。

「《ハミリュス・トレルス》であんな結果を残せるのは、レイ位なもんだね。知ってるか、あれは七歳児でも出来る、初級物質合成魔法だぜ?」

 知ってるよ、と返すのも癪なのでレイは黙って二口目を頬張った。

 《ハミリュス・トレルス》は自分が接している、もしくは周囲にある素材を使って、自分のイメージしたものを作る魔法だ。例を挙げれば、目の前のタリナ・トレルはそこらの水分と土を使って泥で出来た龍の置物を作ったし、レイの前にやったキリは雑草を素材に、ひょうたん百合の花を合成していた。おそらく良い評価をもらえるだろう。容姿も愛想も成績も良いとなると、逆に嫁の貰い手は厳しいかもな、とレイは親戚の女性を思い出した。

「でも、ダイヤモンドってのは、また微妙なとこだな」

 そう言うトレルに反応したのはキリだった。

「そうかな。あれは形を気にしなくていいから結構いいと思うけど」

「ああ、なるほど」

 原石の合成で十分な評価をもらえるダイヤモンドの生成は、そこまで難しくはない。ダイヤモンドの難しさはその形状の指定であって、素材だけなら簡単な部類と言っても良いのだ。特に酸素や炭素などは空気として浮いているから、花のように複雑な構成や、竜の置物のように形状などを気にしなくてよい。一応、花のイメージこそしたが。

 鉄くずを純鉄にするのに比べれば、圧倒的に簡単だ。

「まぁ、その簡単なはずのダイヤモンドの合成すらできない、レイ・バラシエルなわけだけどな」

「返す言葉もない」

「落ち込なくても平気よ。大丈夫大丈夫。基礎課程はあと半年もあるんだからさ」

 僕にとってはたった半年なんだけど、とレイは思った。

 魔法とは、“教科”の一つなのである。将来必ず役に立つとは言えないが、便利な技術であることは確かだし、学生のうちはまじめに習得しないと成績に響く。高等学校の卒業は出来るが、保護者からの目が怖い。

「陣形ならうちのクラス唯一のAなんだけどな」

「そうそう。私ですらBなのに」

 “陣形”ならば、学年でも数人しかいないA判定を取るレイも、“詠唱“の授業は苦手だった。それこそ、基礎中の基礎すら失敗するくらいに。

「詠唱してる途中はそれっぽい雰囲気出てたと思うんだけどね。分かんないもんよね」

「ああ、確かに。学年主席のキリでさえ注目してたしな。先生もちょっと反応してたみたいだし」

 その言葉にキリは苦々しげに顔を歪めた。ほぼオールAではあるが、一部の生徒の優秀さによって相対的にAがもらえていないキリには、“陣形”の成績の話は好ましいものではなかった。

 “陣形”で勝っていても、他の教科の結果があれではどうしようもない。レイはため息をついた。成績表と魔法陣の持ち込みで高校受験していたころが懐かしかった。当時も死ぬ思いだが、今に比べればまだマシと言えた。高校が始まってから半年だが、二年生になるには詠唱魔法くらいは身に付けねばならない。そうしなければ、レイはおそらく学校初の留年生になるだろう。

 自分の思考に自分で落ち込むレイをじっと見つめていたトレルだったが、ふうと鼻から息を吐くと口角を上げてずいとレイに顔を寄せた。

「さて、そんなレイ君に朗報だ」

「何さ?」

 そう返しながらレイは財布がポケットに入っていることを確認し、カバンの中から運動靴を取り出し、トレルの言葉を一応待った。

「美少女転校生が来るらしい」


 本校舎と体育館をつなげる通路を、ぶらぶらと歩いていたレイは、ふとした時に嘆息をついた。

「あいつはほんとに、顔以外は残念なやつだなぁ」

 美少女転校生と言う噂だけでテンションが上がると思っているらしい。そう思われただけで、レイのテンションは二割減だ。それにしても、この季節に転校生とは珍しい。親の転勤だろうか、可哀想な話である。そんなことをレイは考える。

 ふと、山風が吹きレイの前髪を細かく揺らした。風が吹いてきた通路の右を見る。そこには樹齢一〇〇〇年を超えるらしい、通称千年杉が立っていた。今もなお瑞々しいその木は、告白スポットになっているとかいないとか。

 レイが視線を向けたその千年杉の下に、一人の生徒が立っていた。肩をやや過ぎる程の銀髪と、この学校の物ではない赤いラインが映えるチェックのスカートがそよそよと風に揺られ、背中越しにもわかる華奢な体が少し寒そうだ。

 はて、と足を止めたレイは思った。この学校に銀髪の女生徒などいただろうか。

 それに千年杉の下に一人でいるのも珍しい。待ち人でもいるのだろうか。それとも去った後なのだろうか。

 なんとなく、足を踏み出す。

 ザクと鳴った芝生に気も留めず、次の足を出す。

 そこで、その少女は振り返った。

 靡く銀髪が日光をキラキラと反射し、白い柔肌と相まって体中を薄く輝かせている。その中で深いコバルトブルーの瞳がハッキリとした意思と光を放ち、その光はゆっくりとレイに向けられた。

 端整な唇がゆっくりと開かれ、レイに言葉をかけた。

「なに?」

 良く響く、鈴を鳴らしたかのような少女の声に、少女の姿に見惚れていたレイの意識は一瞬で戻される。

「え、ええと、何してんのかな、と」

「木を見てたら、変?」

「いや……転校生でしょ?」

 そう言うと、綺麗に眉間に皺を寄せられる。何故知っていると言いたげな視線に一瞬レイはたじろいだ。しかし、少女は何か思いついたかのように自分の服装を見て、

「ああ、制服」

 合点がいったような表情にレイは胸を撫で下ろした。さすがに自分の学校の中で不審者扱いされてしまえば、今後の学校生活が大変なことになる。

 それでも少女は納得いかないかのように少しの間、思案顔をしていたが、徒労だと思ったのか、わずかに緊張を解いた顔をして言った。

「何をしてたか、だっけ?」

 一瞬、何を言われたか分からなかったが、自分のした質問のことだと気付いて黙ってレイは首肯した。聞きたかったことがあったわけではなかったが、そちらのほうが都合がいいと判断した。

「この木がずいぶん長寿みたいだから興味があって……この木って樹齢何年くらいか、知ってる?」

 千年以上ではあるらしいとレイが答えると満足げに頷き、静かに千年杉を見上げた。

 なんとなく手持無沙汰になり、レイは尋ねた。

「案内はいる?」

「いや、大丈夫。さっき場所は教えてもらったから」

「そっか」

 クラス1の人数は三四人。他のクラスは三三人。順当にいってクラス2に転入してくることになるだろう。

 これ以上無理に話しかけるのも妙な気がしたレイは、渋々と言った様子で口を開いた。

「じゃあ、ぼくは行くから」

「そう、さよなら」

 淡泊に返されたことに苦々しげに眉根を上げて、レイは体育館へと向かった。

 普段なら騒ぐ昼休みに、何故だか力が入らなかったレイは、ただ黙って運動する友人たちを眺めていた。


 その翌日のこと。朝のホームルームで、事態はゆっくりと動き始めた。

「さて、では転校生を紹介します」

 アターシャのその発言の瞬間、クラス1の教室はザワと騒いだ。どこからか聞きつけていた転入生の話は知っていても、皆他のクラスだと思っていたらしい。情報の発信源と思われるトレルも同様の反応だった。

「はい、騒がない。静かにする。とりあえず、今日からクラスの一員になるから紹介しちゃおうと思います」

 目の前に座るキリが隣の女子とキャイキャイと騒いでいて、トレルはやや難しい顔で悩んでいる。

 興奮したクラスの空気は熱を持ち、静まる様子もなかった。しかし、開け放たれたドアの先から現れた少女の姿は、一瞬にして、そのクラスの空気は収束した。

 教室の蛍光灯を煌びやかに反射する銀髪、透き通るほどの白肌、見慣れない制服、見覚えのある顔。

 教卓の横に姿勢正しく立ち、黒板に名前を書くと振り向いた。少女は固い表情のまま鈴の音のような、クラス中に響き渡る声で名乗る。

「セラス・フィルドレッド・クレイセルです。これからよろしくお願いします」

 言葉の後を追って綺麗に行われたお辞儀に、生徒たちは思わずお辞儀で返した。

 そんなクラスの中、生徒の中ではレイだけが、先日のような呆けた顔で、少女の姿をただただ見ていた。


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