終始の夏
それは遠い過去の話。
それは遠い未来の話。
それは遠い現在の話。
友人が死んだ。
学校の階段で頭から血を流し倒れているのを発見され、すぐに救急車を呼んだが間に合わなかったらしい。
警察は転倒による事故と片付けていると聞いたけど、私は事故じゃないと思っている。
葬式ではクラスメイトが泣いている。割と人気者の奴だったから、別れを惜しむ人が多いのだろう。私の時はこれだけ泣いてくれるだろうか、なんて無粋で不謹慎なことを考えながら焼香を済ませた。
夏の始まりの、暑さが頭上を覆い、高さが世界を眺める季節の話。
あれから五年が経った。
私はまた、あの場所に居る。
友人が死んだ、階段の下。
夏休みの学校はシンッと静まり、妙に居心地が良かった。
もう学生を名乗れる年齢ではないけれど、学生がいない学校は私を迎え入れてくれる。
いや、むしろ待っていたのかもしれない。
五年の時を、ずっと。
私が帰って来るのを。
三年生の時の教室に入る。
私の頃とさほど変化はなく、机に椅子と教卓に黒板があった。最近の学校は一人一台パソコンが置いてあるなんて言うけれど、県立高校程度じゃまだまだ先の話かもしれない。
夏休みで誰もいないはずの教室に、学生服に身を包んだ男の子が一人立っていた。
「こんにちは」
私はニコリと微笑み、その子の手を握る。握ってあげると気恥ずかしそうに照れてかわいい。
そのまま教室を出て校内を散策する。その間、少年は楽しそうに会話をし、私はにこやかに頷く。
そして、階段まで来た。
「ここですか?」
少年が聞いてきたので、そうだと返す。
生唾を飲み込んだ少年に、私は怖いかと尋ねると「少し……」と正直に答えた。
私はそんな少年に口づけして、大丈夫だと優しく抱き締め突き飛ばした。
少年は笑顔を私に向けたまま、階段を転げ落ち、何度も頭を打って、落ちた。
倒れたままの少年はうめき声一つあげず動かない。
私は階段を下りて、少年の側にしゃがむ。
血を流し、目を見開き、息を止めた少年の頬を撫でる。かわいい。
立ち上がり、来た時と同様に人目を避けて校門を出る。
後日、学校では少年が事故で死んだと話が出た。
私は悲しみの表情を作り、泣く生徒達を慰める。
葬式では、五年前と同じに泣いているクラスメイト達が見えた。
以前と同様、ケアが必要な人間に近づいて話をして慰める。
誰かは呪いだと言い、誰かは事故じゃないと言った。
私は微笑む。正しい、子供は正しい。正しく世界を見ている。
感情が邪魔をして現実を見ていないと大人は言うけれど、現実は感情で溢れている。
だから子供の気持ちは間違っていない。
素晴らしい感受性だ。感受性は違うかもしれない。それでも子供は間違っていない。
私はそっと、傷ついた少年を見つける。
まだ一年生で、高校に上がったばかりの、死んだ少年を慕っていた後輩。
優しく優しく、口づけをして。
私はそっと、子供に戻る。
豊かだった感情を、持っていたあの時代に戻るために。
大人に近づく過程の、高校生を抱き締めながら。
また三年後、少年は彼になる。
だから私は、三年後を楽しみに、笑うのだ。
私は子供、子供が好き。子供でいられるのが好きだから。




