しゃがむしゃ
お題:かっこいい汗 制限時間:15分
空が紫色に染まっていく。
緩やかに暮れる朝陽に、私は今日も一日寝ようと元気に布団に入る。
壊れたくるみ割り人形がうるさく笑い出し、外れた秒針を探す目覚まし時計が穏やかに項垂れていた。
カッポウカッポウと鳴く鳥がベランダに着地し、卵を産み落とす。
自由落下に包まれた生命が潰れた音で瞼を開け、だるい身体を引きずり仕事に行こうと決心する。
手提げ袋を腰に巻き付け、口が斜めなせいで荷物が零れるのを気にせずに、私は玄関の扉を開け放った。
街を行く人々がプラカードを掲げて仕事をしろと言ってくるのを尻目に、私は駅に行く前に書店に寄る。
自動ドアを潜り靴を脱いで、新刊が敷き詰められた床を慎重に歩きながら千ページは超える辞書を手に取った。
今日はこれにしようとレジまで持って行き、店員の手に叩きつけた。
「痛い!」
ビービー泣く店員がバーコードのついていない辞書にペンで値段を書き、私は腰に巻いた手提げ袋を渡して店を出る。
清々しいほど大雨の街並みを眺めながら、駅につくと列車が逆さまに停車していた。
なんとか車輪のところまで登ると老夫婦が傘をさしていたので、真ん中に入れてもらう。
そんな私に老夫婦は尋ねてくる。
「今日はどちらまで?」
「明日はどこに行きますの?」
「昨日はどちらまで?」
「一昨日はどこに行きましたの?」
ニコニコと語りかける老夫婦に、私は辞書を渡す。
二人はお礼を言って受け取ると、むしゃりむしゃりと食べ始めた。
列車が動かないので私はホームに降り立ち、家に向かって歩き出す。
プラカードを叩き割る一団を眺めながら、お巡りさんが銃を発砲しているのを大変だなと思いながら通り過ぎる。
家に帰ると犬がベッドに粗相をしていたので外に放り出し、アンモニアの漂うベッドに横たわる。
外に出たので汗をかいてしまったかもしれないと汗特有のアンモニア臭を嗅ぎながら、私は静かに眼を閉じる。
思い出すのは昨夜の出来事。
ベッドに残ったかっこいい彼の汗の臭いかぎながら、そういえば犬になった彼を追い出してしまったのを思い出す。
玄関を開けるとお座りしている理知的な顔つきの犬が一つ吠えた。




