お握り
お題:大きな夕飯 制限時間:15分
薄暗い部屋の中、俺は目の前にある握り飯を眺めていた。
外はもうすぐ朝陽が注ぐ時刻になり始め、雲がうっすらと焼け始めているのが見える。
俺は正座に上下黒のスウェットの状態で、テーブルでその存在感を放つ丸い握り飯。
歪ではあるが球状に形どられており、出来立てではないが、良い米を使っているのが見ただけでわかる柔らかそうな光沢を感じる。
また、やや右よりではあるが海苔が真ん中から巻かれており、何故か解らないが一周する形で包まれている。
俺はかれこれ四時間ほど、この握り飯を前にどうしたらいいのか悩みあぐねていた。
純白なる輝きを放ちながら喉から手が出るほど胃の中に押し込みたいお握り。
だが、俺はこれをお隣の女子大生から貰ったことで、お握り貰っただから食べる、という方程式が成り立たなくなっていた。
男なら誰もが考えることだ。
解らない奴は考えてみろ。
お握りを作る際、大抵の家庭はどうやって作る?
最近では便利な白飯を容器に詰めるだけでお握りを作成することができる簡単商品があるが、目の前にある出来栄えを見てわかるようにこれはそういった堕落なるアイテムを使用せず、自らの手で作り上げた至高の逸品と言えよう。
ここまで言えば解るだろう。
まるで漫画のような偶然でお隣に女子大生が引っ越してきて、
まるで小説のような偶然でお隣の女子大生と仲良くなって、
まるで映画のような偶然でお隣の女子大生にお握りを分けてもらったのだ。
そう、女子大生の、しかも結構可愛い女子大生の手作りお握りだ。
言い方を変えれば女子大生が触ったお握りだ。
女子大生握りと言えよう。なんだか卑猥な単語に見えた、きっとそれは心が汚れている証だ。
ならば!
それならば!
心が汚れていると言うのなら、それならばこの純白なお握りで心を洗浄するのが道理なのではないだろうかそうだろう。
たかがお握り一つ、昨日は仕事が忙しかったので夕飯が取れずこれが夕飯となるが、貧しいなどとは思わない。
この一つに、いったいどれほどの大きな想いに夢や希望が含まれていると思っているのだ。
例えば食べるのではなく一緒にお風呂に入れば女子大生と入っている気分になれ、これで身体を洗えば女子大生の手で身体を洗っているのと同義と言っても差し支えない。
様々色々な考えが思いつくが、今回は王道の食べることに使おう。
なに、いざとなればまた作ってもらえばいいのだ。その時にお風呂やトイレで使用すればいい。
俺はこの小さくとも大きいな男のロマンが詰った夕飯を手に取ると、ゆっくりと、味わうように齧りついた。
四時間もの間、俺と対話していたお握りは、冷めてて硬くてまずかった。
女子大生から貰ったお握りの用途が「食、風呂、トイレ」以外に思いつかなかった。
普段から訓練していればもっと色々思いつけたかもしれない。
しかしお握り=手という公式が成り立つ以上、枕にして膝枕などは難しく、手を使ったものとなると限られてくる。
悔しい、想像の限界を感じてしまった。




