雪山 (番外)
寒い、とても寒い。
凍えそうだ、凍えてしまう。
私は山小屋の中で、闇に浮かび上がる白い雪を眺めながら、朦朧とする意識と戦っていた。
どうしてこんなことになったんだろう。同僚に誘われて山登りに来ただけなのに、私は今、雪山で遭難していた。
周囲に木々が断続的に立ちそびえ、空は砂嵐のような吹雪が視界を覆っている。
木々の間からは闇が覗いており、その向こうにはやはり雪が甲高い音を立て笑っていた。
異様に静かなはずなのに、耳障りな音色が周囲に木霊している。
恐怖と畏怖をないまぜにした世界が、私の目の前に広がっていた。
「寒い……さむい……」
口が思うように動かない。
痛かった鼻の頭も、もはや感覚がない。
体育座りで蹲る私は、膝に顎を乗せ、がちがちと忙しなく無意識に動く歯が刻む音を聞きながら、ゆっくりと歩み寄る何かに怯えていた。
その何かを考えてしまうと、本当に来てしまうような気がして、私は出来るだけ他のことを考える。
こんなことになったのも、嫌がる私を無理矢理に登山に誘った同僚のせいだ。
あいつのせいで私は、私は今……。
一瞬、過る。
危険な言葉が、危機的な単語が。
恐ろしくおぞましい、今以上の寒気のする何かが。
「い……や……」
目が熱くなる。
視界が滲む。
嫌だ、嫌だ。死にたくない。死にたくない!
まだ、こんなところで死ぬなんて、こんな風に死ぬなんて嫌だ。
こんな、一人きりで死ぬなんて、絶対に嫌だ!
思考は錯乱。
思案は混濁。
思惑は点滅。
世界は真っ白に包まれ、私は真っ白に包まれた。
ああ、なんてこの世の中は冷たいのだろう。
暖かいものが欲しい。こんな真っ白で真っ黒な、味気ない世界じゃない、彩りが欲しい。
「おいっ!」
声が、声だ。誰かの声だ。暖かい、声がする。
「大丈夫か? おい、しっかりしろ!」
頬を叩かれている。見れば、そこには同僚がいた。
「よし、生きてるな、ちょっと待ってろ」
そういって同僚は、荷物から収納式のスコップを取り出した。
何をしているのだろう。あれは。
あれは、穴を掘っている。穴だ、雪が降っている中で穴を掘るなんて、何をしているのだろう。
「待ってろ、すぐ作るからな!」
そこで、気づく。
ああ、ああ……ああああああああああああ!!!!
こいつは、こいつはあああああああ!!
私を、こいつは真っ黒に閉じ込める気だ!
真っ白の世界から、真っ黒にする気だ!
嫌だ、もう嫌だ。
こんな何もない世界、もう嫌だっ!
音がした。
固い鈍い音。
声がした。
呻く小さい声。
色がある。
赤く暖かい色。
私は掘る。
少し固いが、掘り続ける。
掘れば掘るほど、視界には色鮮やかな赤が広がっていく。
ぐずりぐずりと、掘り続ける。
ああ、赤くて暖かい。
凄い、とても暖かい。
同僚の身体を掘り続けて、私は暖をとる。
寒さなんて感じていなかった。
同僚の開かれた内側に身体を預け、暖かさに抱かれながら私は目を瞑る。
暖かい、とても暖かい。良かった、助かった。
私は、安心して、眠った。




