消失世界物語
俺はなんでここにいるんだろう…
この世界は半径30㎞しかない。その先には何もない。地面もないから物を投げればそのまま落下していく。だから俺の世界はこの半径30㎞だけ。でも俺もみんなもこの世界から出たいとも仕組みを知りたいとも全然思わない。ここには多くの人が暮らしているし、動物もたくさんいる。川も山も、海もある。そんな自然とは対照的に家も店も、学校だってある。夏は暑くなるし、冬には雪が積もる。農業をしてる人がいれば、魚を釣る人もいるし、歌を歌う人もいる。誰もが家族がいて、友人がいて、恋人がいる。こんな満たされた世界なのだから、この世界の外への興味もないし、原理を考える必要もない。
そう思っていた…でも何かがおかしい。
いつのまにここに来たんだろう。ここは俺とアイツ…リンの大事な場所だった。
リンと俺はいわゆる幼馴染だ。家が近いこともあり、いつも一緒に遊んでいた。野山を駆け巡り、川で釣りをし、海で泳ぐ。俺はリンと二人で成長してきた。学校に通い始めてからもずっとリンといた。俺とリンは大親友だった。そんなリンと偶然見つけた場所がここだった。木々に覆われた薄暗い道を抜け、少し川を上って、生い茂る草々をかき分けてようやくたどり着く崖の上。世界が一望できるここは俺とリンだけの秘密の場所だった。2人してここに来ては寝転がって穏やかな風を全身で感じた。リンはここを自分の場所にするんだって言って毎回持ってきたカーネーションを植えていた。いくら好きな花だからといって、知らない土地に、あんなにたくさん、何より俺に手伝わせて植えるのはどうかと思ったが。…と言いつつも何だかんだで楽しかった。この時間がずっと続けばいいのに…そう思ってしまうような至福の時を過ごした場所だった。
いつの間にか俺はリンのことを異性としてみるようになっていた。長年の付き合いだから最初は戸惑った。リンには充分過ぎる魅力があったし、俺のことを家族以上によくわかっていた。でも幼馴染、親友という肩書が邪魔し、その気持ちを伝えることができなかった。それはリンも同じだった。リンの接し方が変わったのがわかったし、逆にリンも俺の接し方が変わったのをわかっていたのだろう。それでもここに来た時だけは子供のころに戻ったようにカーネーションを植えて、寝転がって話をして、無邪気にはしゃぎ合った。
3年ほど前にリンの母親が“消えた”。この世界には消えるという現象がある。何の比喩でもなく本当に消えるのだ。それまで普通に生活していた人間が忽然といなくなる。そしてそうなったら最後、いくら探しても見つかることはないし、帰ってくることもない。リンは本当に辛そうで、見てられなかった。あの時俺は絶対にリンの力になろう、幸せにしてやろうって決めた。やっぱりその時もここに来た。何も言えずにリンが泣いてるのをただ見てた。白いカーネーションが印象的だったのを今でも覚えている。
そして…昨日もここに来た。ここでリンにペンダントを渡した。雑貨屋が路上に構えていた店で見つけたもので、リンに似合うな、と思ってあまり考えもせず買ってしまったペンダントを。リンにペンダントを渡すとき、俺は少しだけ形が違うペアのものを身に着けていた。つまりペアルック、生まれて初めてのアプローチ。渡した後、緊張のあまり目をそらすと青いカーネーションが揺れていた。リンに名前を呼ばれて顔を戻すと、笑顔で首にかけたペンダントを見せつけてくるリンがいた。
本当に嬉しかった。これまでにないような昂揚感、俺の世界は今から始まるんだ! みたいな…
そして今日…なんで俺はここに?
………あっ、そっか。リンは…“消えた”んだった。
思い出した瞬間に涙が止まらなくなった。ペンダントをつけたときの嬉しそうな、照れくさそうな笑顔が俺が最後にみたリンの笑顔だったんだ…。なんで伝えなかったんだろう。口にすれば叶ったはずの願い。
たくさん話したかった。いろんな思い出を作って、もっと幸せになりたかった。ずっと一緒にいたかった。
悔やみきれず地面に叩きつける手を見て気付いた。
体が…透けてく…
そっかこれが消えるってことか。俺はこれで終わるのか。まあいいや。リンがいない世界に興味なんてないし。
もう一度リンと会いたかったな…
………目を覚ますとそこは全く知らない場所だった。白い部屋に白いカーテン、白いベッドに白い毛布、そして白い俺の服。目を横にやると大きな機械が置いてあり、そこから伸びる管を目でたどると自分に繋がっていた。いつここに来て、何故こんな格好をしているのか。記憶の欠落に戸惑う。そこに白衣を着た男性と女性が数人、それに私服の中年女性と自分と同じくらいの年の少女が駆けつけてきた。その中に誰一人として知人はいなかった。そして彼らは全員で知らない男の名前を呼ぶ、私服の少女に至ってはお兄ちゃんと呼んでくる。…意味が分からない。俺はそんな名前ではないし、妹もいない。こいつらは俺を誰と勘違いしているのだろう…。ふとベッドの先に目が行く、そこには洗面台があった。鏡は映像を反射させる。そこに映っているのは今俺の目の前にいる白衣を着た数人と私服の中年女性、少女。そして彼らが囲んでいる場所には知らない男が映っていた。
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俺が最初に目覚めた日から十日がたった。母さんや妹、医者までもが最初に俺が目を覚ました時、錯乱状態で意味不明な発言を繰り返していたというが、俺には全く記憶がない。最後の記憶はもちろん車が猛スピードで突進してきた瞬間だ。思い出したくもない。そんなことより今は植物状態だった空白の二年間をどうやって取り戻すか、ということの方がよっぽど問題だ。そんなことを考えながら病院の屋上から遠くを歩いている人や車を見ていると、突然後ろから話しかけられた。振り向くと知らない女性が立っていた。
「あっ、ペンダントお揃いだね」
花壇に植えられたピンクのカーネーションが秋風に揺れていた。
初めまして、みやと申します。
こちら、私の処女作となります。初めて恋愛ものを書いたので上手く書けているか不安ではありますが…
この作品は恋愛物の体をしていますが、オカルトから哲学的な説まで幅広く私が面白いな、と思ったものを詰め込んで書いています。ですので、多少無理やり感があるかもしれません。
また、何故カーネーションを多用したのか裏の意図に気付いてくださると嬉しいです。しょうもないですが…
最後まで読んでくださり本当にありがとうござました。
ではまた。世界は一つではありませんので。