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トワ・レックス  作者: K+
第二部 社交之宴編
9/23

王族の宴

 相手が場に慣れているのもあって、トワは失敗することもなく、気持ち良く踊り切れた。

 良い年になりそうです、と告げたら、そんな気になりましたね、と優しく子爵は応じてくれた。

 互いに礼を言いつつ踊りの輪から抜けると、年嵩のようではあるけれど、美しい女性が子爵へ次の相手として申し込みに来る。どうやら実は人気のある殿方だったようだ。グレイス伯爵に気をつかってトワを誘ってくれたのだろう。

 何はともあれ社交界の仲間入りができた気分で、トワは長椅子に座ったままの幼馴染みの所へ戻る。

 冷えた林檎酒を貰ってきましょうか、とレクスが入れ代わりに立った時、新たな曲にささめきが混じった。壁際で幾つかの小集団を作っている若い女性達が、一方に視線を注ぎだす。

 奥にあった扉が開いていた。紫や赤をふんだんに使った、身なりの派手な娘が目を引く。召使を従えて王族の椅子へ向かっているようだった。

「アイネ王女……?」

 レクスが呟くように言う。

 孤児院に心を配る人物に直結せず、アレが? と疑惑も顕わにトワも呟いてしまう。

 王女とすれば十九歳の筈だが、強い色合いで同年くらいに見える。しかし今現在この国の若い女性王族はアイネ王女しか居ないので、本人なのだろう。

 開いた扉から、続けて背の高い男性が入ってきた。娘達の交わす声が、囁きとは言えない大きさになる。

 殿下という敬称が漏れ聞こえ、王族と判った。アイネ王女が張り合っているらしい第一王子のフストかと思ったが、王女よりも若々しく見える。第二王子のセカンかもしれない。とすれば、まだ少年と言える年齢だ、御年十七。

 王女は姿勢良く高い位置の椅子に座ると、構わなくていいと言いたげに広間に向けて手を動かした。静かな旋律に切り替わっていた舞踏曲が、徐々に軽快なモノとなっていく。

 王子は招待客の中に、自然な仕種で加わった。遠目にも笑顔を振りまいて、二、三人の若い男性に歩み寄っていく。顔見知りでも居たようだ。

 舞踏と談笑が再開されると、女性達は囲みを狭めるように王子達へと近寄っていく。

 長椅子で寛ぎつつ眺めやるトワに、レクスが杯を向けてきた。

「お近づきにならなくていいんですか」

「グレイス伯爵家に生まれた時点で、既に王家とは縁があるわ」

 前王の妹がトワの祖母なのだ。祖母はもう亡くなっているから血縁としては遠のきつつあるが、現国王とグレイス伯爵は従兄弟同士である。

 トワは受け取った杯を唇に寄せ、横目に王女を見た。

「大体、もうこれ以上近づきたくないわよ。便りの件も一応片づいてるし」

 孤児院への心配(こころくば)りに感謝を綴った便りに、今月になって返事が届いた。子供達の慰めになればと思ったまでで、感謝される程の事ではないといったような内容だった。

 こうして当人を目の当たりにすると、定型解答ではぐらかされた気分が否めない。居なくなった子供の足取りを父も掴めずにいる。こうも掴めないとなると不自然で、胡散臭い。

 また一曲が終わろうかという辺りで、男性がレクスに申し込みに来た。如才なく断る横で、トワは杯を傾ける。

 中央では、子爵や大店の夫妻も踊っていた。来たる年に良い事がありますようにと、トワは三人の為に祈る。

 ふと目を移せば、壁際の娘の何人かと妙に視線が合った。微笑で返すべきかと逡巡する間に、人影が差す。

 見上げると、笑みを浮かべた王子が居た。女性がそわそわするだけある顔立ちだ。短く整えられた黒髪、光をたたえた青い瞳。僅かに残るあどけなさが、愛嬌も添えている。

 でもレクの方がカッコイイ筈。

 トワが身贔屓な感想をいだくうちに、レクスが立ち上がる。トワも思い至って倣った。相手は王族だ。

 揃って一礼すると、構わないよ、と気さくな口ぶりで王子が言った。

「美しい人、一曲如何かな」

 今度も、トワは自分に言われたと思わなかった。

 そしてその通りで。

 今度に限っては、レクスは断らなかった。断れなかったというのが正しいかもしれないが。

 ありがとうございます、と感心するほど余裕たっぷりの態度で、王子に手を重ねる。

 中央へ進み出ていく二人を、トワは非常に複雑な心地で見送った。

 女性の自分ではなく男性のレクスが誘われた。

 今まさに男性同士で踊ろうとしているが、全く違和感が無い。

 王子は相手が同性と知ったら怒るんじゃないだろうか。レクスが咎められるのは自業自得ではあるけれど困る。

 それよりも色々有望そうな王子なのに実は同性嗜好だったら、ちょっと嫌。

 それより何より、レクスこそそういう趣味だったら、絶望的。

 立ち尽くしたままそんなあれこれを去来させていたら、近くに居た娘が二人寄ってきた。

「トワ様、あのレクシア様という(かた)、御友人ですのよね」

 こちらは二人の名を知らぬが、向こうはしっかり把握しているようだ。入口で新成人として名を公表されているから不思議な事ではないけれど。

 えぇ、と生返事をして二人を見比べると、狼狽気味に相次いで名乗ってきた。どちらも西南に領地を持つ子爵家の令嬢らしい。

 新しい舞踏曲の序奏が流れ出し、王子と親しそうだった若者が相手を伴ってふた組ばかり中央に出る。王子が居る所為か、その他に参加者は居ないようだ。

 手を組み合い、見目麗しい人々が舞い始めた。



 硝子角灯の光が散る下で、セカンは手を重ねている相手を冷めた目で見下ろしていた。

 旋律に合わせて身体を動かしながら、低声を紛れ込ませる。

「何が狙いだ」

 同じように曲に身を任せつつ、少女にしか見えない少年は、澄まし顔をちょっとだけ傾けた。

「何のお話でしょう」

「恐ろしい化けぶりだな。金髪なんて君しか居ないのに、女と思って姉上はろくに見ようともしてない。でも俺の目は誤魔化せないぞ、レクス・エストラ・ソートリア」

 くるりと相手が一回転するのを助け、再び手を組み、セカンは微かに眉をしかめた。「その胸は何なんだ」

「胸甲に決まってるでしょう」

 しれっとレクスは答え、風を孕んだ袖を翻す。「何か期待なさっていたのかな」

「ばっ、莫迦を言え――」

 荒げそうになった声をハタとセカンはひそめる。「消えた国の第一王子が女のナリで城に現れれば、不審に思うに決まっている」

 言葉の頭でレクスの目が一瞬鋭くなったが、すぐに冷笑に近いモノでかき消された。

「私は明日が成人なんですよ」

「だから何だ。祝えとでも言うのか」

「自国の風習を御存知ないのですか」

 半眼を閉じて見上げたレクスを見返し、セカンは更に眉根を寄せてから小さく口を開けた。

「闇避けをしてるとでも?」

「無事に成人を迎えたいですから」

「君は莫迦か。気休めに過ぎない隣国の風習を、くそ真面目に遂行しようとしているのか」

「貴殿如きに莫迦だのくそだのと卑しい言葉で評されるのは心外です」

「どういう意味だっ」

 再び女性側が回転する。やや力み加減に送り出されたが、レクスは実に華麗に服をひらめかせ、苦笑した。

「しょうがないですね、何やら似ていた事に免じて教えましょう。今宵、城に来た理由を」

 拍子抜けしたような顔つきで手を重ね直して踊るセカンに、レクスは告げた。「新成人として参加資格があると、招待状が来たからです」

「――俺をおちょくっているのか」

 凄んだセカンに、挑むような目をレクスは向けた。

「私は事実を言ったまで。納得できぬなら貴国宰相に質すがいい。私の身元保証はドゥー侯が。後見はダド伯がなさっている。隣国から九年の長きに渡り手厚く恩を受けた身が、今更何をするとお思いか」

 気圧(けお)された様子で、セカンは年下の相手を見た。手足だけは洗練された動きを続ける。

 弾むように数歩の距離を互いに移動した後、セカンはぼそぼそと言った。

「得体の知れぬ強術者によってソータス王国は中立地帯になったが、そこに残った国民はどうしているのだ」

 流れる髪の合間で、レクスは目を眇めた。

「先程の言葉をそっくりお返ししましょう。何が狙いです」

「父上や異母兄(あに)上は大事無いと仰っているが、母上が不穏だ不安だと二言目には仰る。君を遇しても今に仇で返される故、我が国に居させるべきではないと」

 素直にべらべらと喋った第二王子を、亡国の第一王子は呆れた目つきで見やった。

「私がこの国で故国再興を謀るとでも?」

「兵代わりの孤児を集めているそうではないか」

「……大きな孤児院のある地に、伯爵令嬢の補佐として滞在しているだけですが」

 あれ? と言いたげな顔をするセカンに、レクスは問い詰めの目を向ける。青い殿下は逃れるように視線を泳がせて舞踏し、無理なにやけ顔になった。強引に話題を転じる。

「そう――グレイス伯爵令嬢は俺の妃にと母上がお考えなのだ。だから、根無し草のような君が令嬢の傍近くに居るのも、また気に入らないのだろうな」

「私の方が貴殿より似合っていますしね」

 平然と応じたレクスに、セカンは憮然とした。

「何を言う。背丈一つにしても俺の方が並んで絵になる」

「無理です」

 レクスは今一度服の裾を開花させた。「貴殿と並んでも私と一緒の時のようにはなりません」

 楽曲に合わせて笑みをこぼし、亡国の王子は歌でも口ずさむように言った。

「どうしても並びたければ、私以上にトワから好かれてみるがいい」



 取り敢えず座りましょう、とトワは子爵令嬢二人を促し、長椅子に腰を落ち着けていた。

「レクシア嬢のことは、本当のところ、わたしも詳しくは知らないの。父がお預かりしている他国の方です」

 大店店主の助言に従い、適度に濁して告げてみる。

「えっ、それはつまり、お父上の愛人ということですの?」

 どういう発想よ、と突っ込みたいのを、トワは苦笑に変える。

「そんなまさか。今はわたしと共にライジカーサで勉強中です」

 ライジカーサ? と二人は繰り返す。

 何処――何の学舎かしら、と顔に書いてあって、トワは落胆が顔に出そうになった。しかしながら西南の貴族であれば、東北方の地名を知らないのもやむを得ない。自分が統治を任されている東の果てだと説明すれば、一様に驚かれた。

「わたくしも長子ですが、婿殿に全て任せれば良いと言われております。伯爵家は大変ですのね」

 一人が言い、一人がころころと笑った。

「良縁を見つけるのも大変ですけどね」

 確かに、とトワは半ば本心から相槌を打つ。

 すると、令嬢達が眉を跳ね上げた。

「やっぱりそうですよねっ、隣にあんな人が居たんじゃ!」

〝え〟の形に口を開いたトワの横で、二人は盛大に愚痴り始めた。

 良縁を求め、悪路と寒さを耐え忍んで遥々王都まで来たというのに――目ぼしい男性が皆、家柄の怪しげな金髪娘にしか声をかけない。おまけに自分達なら二つ返事の相手をも、彼女ときたらお高くとまってあしらっている。そのまま誰の誘いも受けなければ良かったのに、セカン殿下狙いだったとは。とんでもない悪女なのではないか――

 トワは幼馴染みの印象を好転させたかったが、単純明快に〝あの方、男性ですから〟と暴露するのは流石に憚られた。下手をすると奇矯な趣味人として更に評価が下がりかねない。何より、あの美少女が異性と知るのは、女性として大層微妙な心持ちになる。

 臨機応変で口にする情報を選択するのは、意外に難しいと思い知る。

「ああ見えて、とても真面目な(かた)よ」

 なんとか、トワはその事実だけ告げた。

 中央へ目をやれば、蝶のようにレクスの服の袖が舞っていた。踊りの映える服をしっかり選んでいたのだと判る。

 何か話しながらひらりひらりと優雅に踊っている様に、トワは頬を緩めた。

 どうあれ、レクスも一曲踊った。彼の来年も、良い日々になればいい。

 曲が終盤だろう頃合いで、周囲ではまたぞろ踊りを申し込む人の動きがある。

 王子が相手ではもはやレクスと踊るのは無理だと察したのか、一点集中気味だった若者達は別な女性も誘い出した。なんとトワの前にもやって来る。

 レクスが口にしていた断りの文言を真似つつ、トワは横にまだ座っていた子爵令嬢達を見やる。二人は愚痴を吐き出して、多少憑き物が落ちたような風情だった。

「わたしは気に入りの曲で、もう踊り終えました。まだでしたら、来年が良い年になるよう、踊っていただいたら如何ですか」

 若者と令嬢達を交互に見れば、では、とほっとしたように話がまとまった。

 ふられてすごすご引き下がるよりは、誰かと手を取り合って中央へ出る方がいいのだろう。幸い、手招きに応じ、若者の友らしき人が嬉しそうにやって来て組も調う。令嬢達も、文句の無い殿方だったようで喜々としていた。

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