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トワ・レックス  作者: K+
第一部 領地赴任編
2/23

ライジカーサへ

 伯爵令嬢の一行は、長い冬が終わりつつある国土を箱馬車三台で横断した。

 戦後七年が経過し、主要な地に繋がる道は比較的整備されつつある。

 さりとて途中、盗賊らしき集団が幾度か道行きを遮りかけたようだ。が、その都度、追い払っておいたぞ、とレクスの守護精霊が事後報告をしてきた。

 精霊って凄いのね、とトワが認識を改めた感嘆を口にすれば、向かい側に同乗していた家庭教師が、前にお教えしたじゃあないですか、とぼそぼそ応じた。

 百聞は一見にしかずなのよ、と減らず口を返して、トワは窓外へと視線を泳がせる。隣でレクスが、やれやれと言うように肩をすくめていた。

 口をすぼめ、トワは家庭教師の講義を記憶から掘り返す。

 最初に浮かんでしまったのは、先生のいつも右側に傾いた立ち姿。

 ひょろりとのっぽのヌーノ先生は、男爵家の庶子。先の(いくさ)に家の末端として参加させられ、挙句、負傷して片足が不自由になってしまった。その怪我の所為で、貴族の独身女性が就くことの多い家庭教師なぞをやっている。

 可哀相、とトワが漏らしたら、ソレは本人しか解らないことでは? とレクスがしれっとして述べたのを思い出す。

 眉根を寄せ、トワは幼馴染みの澄ました顔を頭の隅から追い払い、精霊を引っ張り出した。

 ヌーノ先生曰く、精霊は偽りを言霊にしない。故に調査や報告の使役にむいている。

 戦場などで要人の守護に使われることもあるが、精製者の実力が反映され易く、鉄壁ではない。又、彼等は種の特性として他者の殺生ができず、相手側から行動が起こされて初めて守護者として立ち回れる。その際も致命傷に相当するような攻撃は行えない。

 トワはそれで、口ばっかりで使えそうにない連中なのね、と思っていたわけだ。

 けれどもこうして盗賊などに出くわしてみると、外は風が強いな、などと呑気に思っている間に、精霊一人で事を治めてしまっている。生身の人間では、そうそう成し得そうにない。

 トワの父がレクスを旅の同行者にしたのは、こういう事態を想定したからかもしれなかった。

 出立から四週間ばかり後、ほぼ予定通りに旅路を走破し、一行は目的地である王国の東に着いたのだった。




 ライジカーサ地区を含む東北方は、王国の一部となって七年経つ。

 終戦時に周辺国と領土を割譲し合った結果で、地元住民と新たな統治者の間に軋轢は少なかった。

 そんな土地の大多数は王家直轄だったのだが、数年前から、王家は利の少ない僻地を貴族に押し付け始めた。名目は〝戦中の働きに対する報奨〟となっているが、時機を失している。下賜ではなく買わせているところからしても白々しい。

 グレイス伯爵は元々公爵家の三男だ。王家とは遠縁だったりするので、丁度いい押し売り相手だったのだろう。

 とはいえ、伯爵はお人好しだけの人ではない。

 戦前は参戦に反対し、戦中は徹底して食糧と医薬品に限った後方支援を行っていた。兵馬や武具に関わらなかったことで、臆病者だの貧乏貴族だのと陰口も叩かれたようだが、絶対に主義を曲げようとしなかった。

 戦後は、戦中と同じ物品を低価格で放出している。伯爵領やその周辺、王都はお蔭で復興が早まったと噂されていた。

 トワが赴いたのは、そんな父が買い取った場所だった。


「お父様が買ったにしては、本当に何も無い所ねぇ」

 山河や農耕地、主要な街道の状態、活用状況、街の人口や様子などを墨で綴った数枚の薄板を見やり、トワは呟くように言った。

 卓上に並んだ板を同じく見ていた面々が、苦笑気味の顔を上げる。執事と先生と幼馴染みという面子だ。

 町外れに建つグレイス伯爵邸は、別荘として申し分無い。執務室のような部屋もあって、只今、四人が集まっているのはそこだった。ゆったりとした広さで、卓を囲んで椅子も人数分配されている。

「旦那様は、であるからこそ好きに使えると仰せでした」

 執事のバトラが、ヌーノと記憶を確かめ合うような目を交わしながら言う。先生は小刻みに頷きつつ、言葉を繋いだ。

「かつて度々戦場になっていた所為で放置気味の地となっていましたが、いい所だと思いますよ。湧水が多いし、開墾の労力を惜しまなければ農地を増やすことも可能です」

 レクスが目を走らせている板をトワも斜め読みしつつ、書かれている内容を口にする。

「この七年間は、細々と小麦や野菜作り」

 農地の規模からして、自給自足の為でしかない。半年毎に税を納めて、ぎりぎりの生活だと窺える。

 トワは数字が列挙されている部分を指した。

「年々人口が減っていってるのは何が原因? 王家から寄越されていた人が重税でも課していたのかしら」

「税率は王都より低めですね」

 バトラが別の板を手にして応じる。レクスが淡々と言った。

「ライジカーサは当初から地元民も少なかった筈です。働き盛りの若者などが、王都のような大きい都市へ流れているのかもしれません」

 出来のいい生徒に頬を緩めてから、ヌーノが指摘した。

「そうそう、この地は元から人口が少なかったんです。で、新たな住民として戦争孤児が集められたんですよ」

 下の方へと追いやられていた板を引き出し、ヌーノは続けた。「ほらこれです、六暦二年――一つだけとはいえ、王都にあるのと同規模の孤児院が建てられています。当然ながら王立です」

「グレイス伯領になった今、経営権はこちらにあるのかしら」

 設備投資に力を入れたくなる。資料を探して視線を彷徨わせたトワに、幼馴染みが上品な手つきで板の一枚を向けてくる。受け取るのは見届けず、レクスは教師に視線を投げた。

「結局、集まった孤児はライジカーサに居着かずに出て行ってるということですか?」

「その辺は調査不足なので何とも」

 ヌーノが明言を避けると、バトラが曖昧に頷く。

「まぁ、でもそんなところなのでは。里親と巡り会えなくても、成人したら孤児院を出なくてはいけません。出たとしても、現状ここでは働き口も甲斐も無いといった感じですよね」

 レクスが横手の虚空へと目を流したところで、扉が叩かれた。

 お入り、とトワが告げれば、モユが姿を見せる。今回、彼女は乳母と言うより料理人として同行していた。

「申し訳ありません、バトラさんか先生、ちょっと宜しいですか」

 廊下へ執事が出るや、トワは閉ざされた扉に耳を寄せる。

 因みにレクスは、耳を寄せるまではしないが並んで立ち聞き。生徒達の行動に慣らされてしまったヌーノは、そのままの場所で、資料の板を整える始末だ。

 モユは耳が遠くなってきている所為なのか、良く聞き取れる声量で執事に語った。

 この屋敷の維持管理を請け負っていた町の者が、新領主到着に合わせ、数日分の食料を地下倉庫に運び入れてくれていた。

 そこまでは予てより頼んでおいた事だからいいのだけれど、中に、見慣れない物があるらしい。

「食べられるんでしょうけど、どう調理したらいいのか判らないんですよ。茹でたものだか、焼いたものだか。そのままでどれぐらい日持ちするのかも……」

 取り敢えず見てみましょう、とバトラが応じ、トワはぱっと扉を開ける。

「しょうがないわね、わたしも見てあげる」

 まぁ嬢や、とモユが口を曲げる間に、レクスが花咲くように笑んだ。

「モユの淹れてくれる美味しいお茶を飲むには、先ずこの問題を片づけないといけないみたいだから」

 まぁ、とモユの口端が僅かながら上向く。この幼馴染みは舌が複数あるに違いないとトワが思う瞬間である。

 じゃあ僕もお供を、とヌーノがぎごちなく腰を上げ、伯爵令嬢一行はぞろぞろと屋敷の地下へ向かった。



 足運びの危うい家庭教師が執事に手を借りて石の階段を降り、ようやっと地下へと着いた時には、件の食材の正体は判明していた。

「ファトの実ですね。旧ソータス国では菓子代わりによく食べられている物ですよ」

 薄茶色の大きな毬のような物の前で、レクスが解説する。「軽く洗って、そのまま皿鍋や鉄板で焼くのが一般的かと」

「このでっかいのを、そのままですか」

 モユが迷うように言う。レクスはちょっと笑声をこぼし、頷く。

「炉に放り込んでもいいんですが、丁度いい頃に殻が貝のように開くので、できれば二、三個ずつ鉄板で焼いた方がいいと思いますよ」

「菓子ってことは甘いの?」

 興味津々でトワは実をつつく。胡桃に似た硬い感触だ。

「ふわふわでね、焼きたてのパンみたいな感じ。硬パンやパイ生地とも違う。ファトはファトだなぁ」

「もうこれは食べてみるしかないわね」

 トワは期待の目を料理人に向ける。レクスもモユを見て続けた。

「殻が開かないように押さえて満遍なく焼き続けると、中身がどろどろの液状になるんです。そうしたら、塩水を加えてかき混ぜて、冷ます。すると今度は白いぷよぷよしたトーファって言う物になるんだけど、これは菓子とは言えないかな。でもタレをかけてもいいし、汁物に加えてもいいし、あっさりして美味しいですよ」

 折々に相槌を返して聞いていたモユは、最後に保存に堪えうる日数を聞き出し、近日中に御満足いただける形でお出しします、と豊かな胸を張った。



 その日の就寝前、一日を振り返ったトワは、ファトの実について話していた幼馴染みを思い返した。その、懐かしむ声音の響きを。

 ここは、レクスの故国だった地なのだ。

 六暦以前に六つあった国の中で唯一、今は地図から消えてしまった国。以前の地図には〝雪〟と、最近公用語と定められた文字で書かれていた国。〝水〟と記されていた旧サージ王国の隣に在った、ソータス王国。

 ここに到着した時の少年は、相も変わらぬ女装をして、別段、感慨も見せていなかったけれど。

 守護精霊が定期的に送られてくるし、レクスは何処かに家族が居る筈だ。しかしながら、戦が終わった今でも、彼はグレイス伯爵家の客人としてサージソート王国に滞在し続けている。

 この先も、ずっと居ればいいと思っていた。

 でも、レクス自身は、いずれ帰郷を考えていそうだ。だからこそ、故国だったこの地へついて来たのではないか。いい機会として。

 一つ息をつき、胸中の靄を押し出すと、トワは目を閉じた。特技を発揮すべく、寝具にくるまる。


 翌朝には見事に都合の悪いことを忘れ去り、トワは己に与えられた役目に取りかかるのだった。

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