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トワ・レックス  作者: K+
第二部 社交之宴編
12/23

埋もれしもの

「監査官って――」

 思いがけない被害者に、トワは絶句した。

 先月末にライジカーサにも訪れた人々だ。

 (おさ)などはまだ三十代で、此の度新しく任に就いたと語り、やる気に溢れた生真面目な人物だった。去る折、慣例的に寸志を渡そうとしたが、きっぱりと断る程。

 領内の人口や登用されている役人数を記録、土地の利用状況を見て廻り、宅地と農地にそれぞれ後どれだけの開拓が許されるかを数字で示し、放置されている空き地の管理や有効利用を促すなど、きっちりと仕事をしていた。

 それだけなら堅苦しい人という印象だけだったが、うっすらと一面雪に埋もれた花畑を前にした時、花咲く時季はもっと美しいのでしょうね、と想像するかのように見晴るかしていた。

 綺麗な物を同じく綺麗と感じられる人ならば。まして、想像だけでそう感じられるような人ならば。

 心根の部分は通じ合える相手だとトワは判じ、来年は今年以上に歓迎しようと思っていたのだ。

(われ)は王都で(あるじ)の守護に就いた故、此度見つかった死体がライジカーサに来た監査官達と同一人物かは判らぬ〉

 慎重な口ぶりで告げた守護精霊の傍らで、レクスは宙の一点を見つめながら言う。

「王国監査官は秋から冬にかけて、各地へ一斉に出立する筈。北東方面はライジカーサに来た方々が担当していたでしょう」

「……遺体に争ったような痕って、どういうことなの」

 その点が恐らく、昨日、宰相が急いで帰っていった理由だった。

 雪の中で凍りついていた所為か、遺体は殆ど腐敗していない状態で見つかったらしい。それで不審が浮上したのだ。監査官達が、雪崩に巻き込まれる前に、何かに殺された可能性。

〈集まっていた兵達は、それを調べていた。雪崩が発生したと思しき辺りまで、山を登っている一隊も居た。日暮れが迫って、一旦、切り上げられていたが〉

 いい天気が続いて雪が緩んでいるから、新たな雪崩も発生しかねない。調査には時間がかかりそうだ。空模様が崩れても、また然り。

 レクスが、姿を見せていた精霊を見上げた。

「とんでもないモノを見に行かせてしまったね」

〈地で生まれたものは地へ還るものだ〉

 淡々と述べると、精霊は姿を宙に溶け込ませる。

 どの監査官だとしても、亡くなったことは痛ましい。けれど、ライジカーサを訪れた彼等でなければいいと、トワはどうしても思ってしまった。


 しかし翌朝、ヌーノが硬い表情で知らせてきた。

 昨晩知ったのですが、と意外にも風の精霊並に速い情報網を持っているらしい家庭教師は言った。

「刃物による深い傷があり、獣ではなく、何者かに襲撃されたと断定されました。山中に埋めるなり放置されるなりしていた遺体が、たまたま雪崩で流されてきたわけです」

 生徒二人が既に事の一部を知っていたから先生はちょっと驚いたようだけれど、すぐに持っている情報を提示し合う。

 トワは肩を落とした。

「どうして国の為に真面目に働いていた人が、そんな目に遭うの」

「もし盗賊崩れの仕業とすれば、相手の生き様を慮る頭は無いでしょう」

 レクスが無表情で応じると、それが……とヌーノが難しい顔をした。

「単なる物盗りらしからぬ状態のようです。路銀や金目の私物、身分証も各所から見つかっているのに、監査記録が見つからないとか。何処かで雪に埋もれているだけかもしれませんが」

「――では、グレイス伯爵家にも調査が及ぶかもしれない。先生、監査を受けた時の記録はライジカーサにしかないでしょうか」

「非常に簡易な覚え書きならば、僕の日記で確認できます」

「万が一の時は役人に見せても?」

「構いません。大した事は書いてありませんから」

 と言いつつメイの名前が並んでいたりしないでしょうね、と口にするのは、トワも流石に憚った。別件を問いかける。

「何故、伯爵家が調べられるの」

「ライジカーサが、被害者によって監査を受けているから」

「……え、ちょっと、わたし達が犯人だとでも!?」

「監査官が殺され、監査記録だけ(・・)が紛失したならば」

 椅子の背にもたれながら、レクスは太い梁の巡る天井を見据えた。「そして、例えばライジカーサが最後に訪れた監査地区だったとしたら。それだけで決めつけはしませんけど、私なら取り敢えず疑います」

 ヌーノが小刻みに頷いて同意を示す。

「今日にも、監査官の足取りを追う別隊が出発するとか。道を塞いでいた雪は、大部隊を投入して昨日のうちに除いたようです」

「私達がライジカーサへ発つ日程は、変えずに済みそうですね」

 気休めのようにレクスが言うと、先生は生徒二人を交互に見ながら締め括った。

「面識のあった方々が被害に遭われてしまい、実に残念です。残された僕達は、故人にいただいた指摘を無駄にしないよう、ライジカーサをよりいい地にしましょう」




 朝一で悲しい知らせが届いたが、気持ち悪い贈り物の方は、夕焼けが公邸の白壁を赤く染める時刻になっても届かなかった。

 もうすっかり安堵していいのか、気になる。

 トワは父の私室を訪れ、それとなく尋ねた。

「お父様、昨日の、紐の色を間違えた贈り物、どうなさったのかしら」

 使用人が晩餐の始まりを告げに来るのを、伯爵は安楽椅子でゆったりと待っていた。のんびりと応じる。

「今朝早くに全部振りかけた礼状を出しておいたよ。まだ下書きを抽斗に残してある」

 トワは贈り主の名を教えていなかったが、使用人に訊けば簡単に判明する。相手が王子と知っても対処してくれたと知り、胸中で感謝しながら、指差された机の抽斗を開けた。

 紐で何枚か纏められた紙葉の、一番上。

【殿下、お久しゅう。

 昨夜、我が娘から貰った(かおり)を抱いて眠りに就いたら、どうしてか殿下と我が兄が剣の稽古をしていた時の夢を見ました。

 先程兄に話したら、時節が良くなったら久しぶりにお相手願うかもしれないと申しておりました。良かったら相手をしてやってください。】

 トワの一番上の伯父は剣の腕に優れ、割と最近まで第二王子だけでなく第一王子の師もしていたという人だ。

 これは、さほど好きでもない女性に贈り物なんぞを選んでいる場合ではなくなったろう。

 笑いをこらえつつトワが紙葉を纏め直していると、ダドが独り言のように漏らした。

「しかしと言うか、やはりと言うべきか……」

 トワが顔を上げれば、父は視線に気づいた様子で苦笑した。「セカン殿下は、純な御方ではある」

 満面に疑わしさを滲ませたトワに、ダドは座るよう椅子を示す。

「当家は確かに高位ではあるが、正妃の実子である第二王子の相手としては下位だ。我が一族外にも侯爵家は二家あるし、嗣子ではない妙齢の娘御も居る。だのに、ウチの相手をしてくださったわけだ」

「……王妃陛下がハタ迷惑にも勧めたようですけど」

「あぁ、やはりか」

 ダドは淋しそうに笑んだ。「王妃陛下は、アイネ殿下だけを溺愛し、セカン殿下をフスト殿下並にないがしろになさっている。未だ、御自分の第一子のみしか御覧になっていない」

 王妃にとって、フスト王太子は血が繋がっていないのでまだ解るが、実の子のセカン王子まで顧みないなどということがあるのだろうか。

 知らず両手を握り締めて沈黙するトワの前で、父は続けた。

「王妃陛下の御発言が公式なモノとなっても、家格を考えればドゥー兄上や他の貴族も難色を示す。恐らく無かった事になるだろう。けれど万が一殿下が本気なら、次は先ずトワが誠実に向き合うように」

 はい……とトワが身をすぼめた時、扉が叩かれた。

 お入り、と伯爵が許すと、執事が銀の小さな盆を片手に姿を見せる。

 夕食の準備が整った事を告げてから、執事は盆を少し前に差し出した。巻いて封蝋を施した皮紙が乗っている。

「お嬢様にお便りです」

 王子からかと浮かんで気が重くなりかけたが、蝋に付けられた意匠に、あら、と呟いた。見覚えがある。ライジカーサで。

 一礼して退室した執事を見送ってから、トワは小首を傾げた。

「何かしら、アイネ殿下だわ」

「王都では巻紙での招待が最近の流行りらしい。舞踏か歓談の会を催されるのだろう」

 椅子から立ちかけていたが、トワは座り直してその場で開封することにした。開いて流し読み、顎を引く。

「社交界に少しでも早く慣れるよう、十代の者ばかりを集めた舞踏の会だそうです。〝貴家に御滞在の貴人も御一緒に〟とあります。レクのことね」

 伯爵は、席を立たぬまま、僅かに声を落とした。

「ヌーノ殿から監査官の件は聞いたな?」

「――信頼できる方達でした」

「少し前に北東からの戻りが遅いとドゥー兄上から伝え聞いてはいた。彼等が国境沿いのライジカーサに到達していたとすれば、事が起きた地はそれ以西。雪崩が起きた山は含まないが、比較的近くに、王女殿下が懇意にしている男爵の領地が在る」

 トワは眉を寄せた。父よりも声をひそめる。

「その件にもアイネ殿下が関わっていると仰るんですか」

「さてね。ただ、ライジカーサを発った子供が王女殿下の領地で見いだせないとなれば、殿下の交友関係を探ってみるのも手だろう。殿下に繋がる者が不法な労働者を酷使していて、それに監査官が気づいてしまったとすればどうなる」

 危うく、招待状を握り潰してしまいそうになった。

 ポタとレクスを攫い損ねた一味の末路も、口封じを思わせたのだ。監査官達も同じかもしれない。

 震える手で皮紙を巻き直す娘の両肩に、ダドは温かな手を置いた。

「その舞踏会、何事も無ければそれが一番だが、何か気づいてしまったら――気づいたと気取られないように。そして、わたしかドゥー兄上に連絡を」

 いいね? と念を押され、トワはなんとか頷いた。

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