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トワ・レックス  作者: K+
第二部 社交之宴編
10/23

射止める一品

 大晦日が過ぎ、余り日の初日、トワは夜明け前に起床した。

 伯爵家公邸は暖房にも工夫を凝らされているが、それでも寒い。けれど使用人は呼ばず、身震いしながら自分で身支度する。

 正装とまではいかないが、普段着にしてはめかし込んでトワは庭へ出た。見当をつけ、足を向ける。

 別に隠しているのではないだろうけれど、レクスはいつも人目につきにくい場所で鍛錬するのだ。

 今日だけは、誰よりも早く彼に会いたい。

 一番に、成人おめでとう、と言うのだ。

 懐に入れた祝い品を軽く手で押さえ、トワは足早に雪の残る芝の上を進む。

 早起きな鳥のさえずりとトワが草を踏む音以外は静かな中、人声が届いた。

 嫌な予感が湧き起こる中、針葉樹の木立を抜ける。

 幾らか開けた視界に映ったモノに、トワはがっかりした。

「先生、まだお若いのに、なんでこんなに、お年寄り並に早起きなんですか」

 自分も起きている点は棚上げして、トワは恨めしい心地でヌーノを見た。手近な木に寄りかかっていた先生は、いやぁ、と頭に手をやる。

「この季節は眠りが浅いんですよ、血の巡りが悪くなるのか足が痛むもので」

 落胆を一旦、トワは脇に置いた。

「大丈夫ですか。温石(おんじゃく)の数を増やしてもらいましょうか」

「あぁそうか。増やしてもらえば良かったんですね」

 呑気にヌーノは応じる。この家庭教師は記憶力と知識量が素晴らしいが、所々のんびりし過ぎている。

 後で頼んでおきます、とトワが請け負う前で、レクスが短い木刀を振りながら淡々と言った。

「こうして無理なく歩いて血行を良くするのも、悪くはないと思いますよ」

 ヌーノは小刻みに頷いてから、破顔した。

「清々しい中で生徒と語らうのもいいですからね」

 まったく老人のような感想である。よりにもよってこの日に先を越されてしまったが、怒る気にもなれない。

 トワは小さく息をつき、木刀で寒気を斬る幼馴染みを改めて見た。上着の丈が長めで遠目には気づかなかったが、ヌーノと同じような細長い袴の足がすらりと地に着いている。

「筒衣をやめたのね」

「闇に攫われずに成人しましたから」

 レクスは軽く口角を上げた。「ダド様がお越しになる前に、髪も切ってもらいます」

 カッコイイに違いないと思っているトワは、期待に胸が高鳴る。細袴になっただけでも今までより随分男性っぽい。

 高揚した気分に任せ、トワは抱えてきた言葉を告げた。

「レク、お誕生日おめでとう!」

 ありがとうございます、とレクスはこちらに流した春空色の目を細める。ヌーノもニコニコする横で、トワは懐から小さな品を取り出した。「これ、どうぞ。お祝いよ」

 レクスはちょっと驚いたような顔をして、振っていた腕を下ろした。足元に木刀を置くと、手早く髪を結び直し、手巾で手を拭く。

 トワの掌にも簡単に収まる贈り物は、細い長方形の紙片を蛇腹に折り畳んだ物だった。本当は愛を込めて青い紐で縛りたかったが、恥ずかしかったので幸運を願って緑の組紐で飾った。

「製紙ですか、高かったでしょう」

 丁寧に受け取ってくれたレクスは、ほどいても? と確かめてくる。興味深そうながらも穏やかな表情で杖に身体を預けるヌーノの傍らで、トワは頷く。

 山と谷とに折られた紙を広げたレクスは、内に書かれた文字を見た途端、笑い出した。いつもの美少女感溢れる可憐な笑い方ではなくて、少年らしい声を上げて。

 唐突な笑声に数羽の鳥が飛び立つ中、ヌーノは数度瞬き、トワは呆気に取られてから口をすぼめた。

 少々仕返しの意味を込めたモノも書いたが、そこまで可笑しな物を贈ったつもりは無い。

「失礼ね、笑い過ぎよ」

「だって、トワ――トワ、こっ、これ、自分で、考えたの?」

 目尻を指の背でなぞりながらレクスは紙片を見直し、また笑い出す。

 ヌーノが、横目にこちらを見た。

「一体、何をお贈りに」

「〝色々券〟五枚綴り」

「……何ですか、それは」

「レクが欲しい物言ってくれなかったから、何を贈ろうか迷って迷って……」

 トワは寸時台詞を止める。名を口にしていいかためらったからだが、結局続ける。「メイに訊いてみたのよ、これまで贈られた物で一番嬉しかったのは何か」

「それはっ、素晴らしい……っ」

 詳しく話す前からヌーノは絶賛に廻った。「ならば嬉しくない筈がないですね、えぇ、やはり、ですから、レクス様も御機嫌にっ。あぁ流石です。彼女に御相談されたトワ様も、なんという、驚くべき、並外れた、慧眼でしょうっ」

 杖も振りつつ力強く断言する先生に、レクスが更に笑う。笑いながら頷き、掠れ声で言った。

「孤児院で、子供から貰ったんですね」

「〝お掃除を代わりにやります〟とか〝おやつを半分あげます〟って書いてあったらしいわ」

『優しくってあったかくてねぇ、ホントに嬉しかったです』

 ライジカーサで話してくれたメイが幸せそうで、トワは真似をさせてもらったのだ。

 内容はいささか変えたが。

【肩叩き券】

【代わりに叱られます券】

【トワ饅頭券】

【トワ饅頭券】

「最後の一枚は無地にしておいたから。欲しい物とか、してもらいたい事でもあったら自分で書いてちょうだい」

 あんまり笑われたので、トワは自棄っぱちで早口に説明する。レクスは笑いを治め切れていない様相で、解りました、と応じた。

「なんだかトワの欲しい物ばかりが書いてあるような気がしないでもないですが、こんなに笑ったのはいつ以来だろう。どうもありがとうございます」

「メイは使えずにしまっちゃってるみたいだけど、レクは使ってよね」

「トワ饅頭券なんて、冬場向きでしょうね」

「一枚で六個まで買ってあげるわよ」

「自分も食べる気満々だなぁ」

「ライジカーサで、みんなで食べる気満々よ!」

 だから六個か、とレクスは再度笑い出した。




 昨日、成人の宴に合わせて伯爵公邸でも食卓が豪勢だったのだけれど、本日も朝からそれなりに豪華な品揃えとなっていた。

 とても美味しいです、とレクスが感謝し、使用人達の表情を満たされたモノにする。

 夜までにはグレイス伯爵が西の本領から到着することにもなっていて、料理人は二日続けて張り切っているようだ。

 昼過ぎ、貴人御用達の整髪屋が屋敷に来た。幼馴染みがカッコ良くなる様を見物したかったが、どう考えても淑女の振る舞いではない。

 仕方なく、トワは一人、私室で暇を持て余した。

 公邸では執事が雑務をこなしてしまうし、一時滞在の令嬢には便りも客もそうそう来ない。

 窓辺の長椅子で匂い袋を揺らし、ほんわりとした香を楽しんでいたら、うとうとしてくる。

 瞬間的に意識が飛んだ気がしたが、扉を叩く音にトワは瞼を上げた。

「なぁに」

 やや寝惚けた声音で問えば、女性の声が応えた。

「お嬢様に贈り物が届きました」

「……レクじゃなく?」

「トワ様にとのことです」

 肩に乱れかかっていた黒髪を背へ撫で払い、トワは立ち上がった。知らず眉が寄る。

 伯爵令嬢が公邸に滞在していると知る人は、大して居ないと思っていたのだが。せいぜい、昨夜の宴の参加者くらいか。

 子爵も大店夫妻も好人物だっただけに、初対面の翌日、先触れも無く何か送りつけてくるというのも妙だ。

 届け物は誰かと一緒に開いた方が良さそうだと判断し、トワは扉を開ける。廊下には若い女性使用人が二人居て、一礼してくる。一人が肩幅を越える大きな籐箱を抱えるように持っていて、トワは目を丸めた。

「重い物? 何方からなの」

 重さはそれほど、と答えてから、二人はちらりとはにかんだような目を見交わした。

「セカン殿下からのようです」

 は? と声に出しそうになったが抑える。ここまで運んできてもらっておいて申し訳なかったけれど、トワは適当な部屋へと足を向けつつ、正直に言った。

「悪いけど、一緒に開けて。薄気味悪いから」

 不敬な発言に使用人は二人とも意外そうな顔になったが、大人しくついて来る。

 そうして開けてみたらば、中には上品な深紅の包衣が入っていた。絹製らしい光沢が見事な品だった。

 まぁ素敵、と使用人達は感嘆と羨望の声を上げたが、トワは気味悪さが募っただけだ。大急ぎで執事を呼ぶと、荷物を受け取った時の詳細を聞く。

 どうやら身分証を携えた使いの者が、美しい御令嬢にと届けに来たらしい。使いは他には何も言わず、では、と馬車で帰っていった。

 第二王子の(あかし)は確かだったと執事は保証する。そこは、トワも理解しているから顎を引いた。でなければ令嬢の私室まで荷物が到達する筈はない。公邸の執事にも、父は当然ながら優秀な人を据えているからだ。

 壮年の執事は、念の為といった(てい)で言った。

「畏れ多くも殿下からの贈り物ですので、そのまま送り返すわけには参りません」

「わたしって、そんなに言いたいことが顔に出てるかしら」

「……執事を務める者の長年の勘と申し上げておきます」

「見事だわ」

 トワは口を曲げる。「昨日、わたし、殿下とはお言葉もろくに交わしていないのよ。殿下がお誘いになって御一緒したのは、レク。殿下はレクとわたしをお間違えになってるとしか思えないわ」

「……当家の御令嬢が金の御髪(おぐし)と思い違いなさる方は、そう無いと存じます」

 純血を重んじる向きがあるサージソート王国の貴族達は、余所の血が混じらない分、揃って黒髪だ。

「でも貴男も見れば判るわ、あの服、レクの方が絶対似合う」

 言ってから、トワは両手を合わせる。「そうよ、お返しできないならレクにあげちゃいましょう」

「レクス様にはこれまでお召しだった女性の衣服を寄付なさりたいとの事、御依頼を受けておりますが」

「うっ、そうだったわね、レクの女装は終了だったっけ」

 応じてから、トワは再び手を合わせる。「なら、アレもついでに寄付します。殿下への礼状はちゃんと書いておくから安心して」

 ややの()、執事は何か言いたげだったが、一礼して退室した。

 つまらない仕事はさっさと片付けようと、トワはセカン殿下への礼状を書くべく机に向かう。

 しばらく、ああでもないこうでもないと文面に悩んでいたら、扉が叩かれた。誰何を発する前にレクスの声が名を呼んだので、散らかした紙葉と睨めっこしながら、どうぞ、と返す。

 耳慣れた淑やかな足音が近づいて、何方かに便りですか、と背後から机上を眺めやる気配がした。

「〝うっかり殿下〟に通じるような厭味をどう盛り込もうかと悩んでいるところよ」

 あけすけにトワは言う。「〝贈り物ありがとうございます。美しき深紅の衣に殿下の夢を垣間見ました。殿下の御覧になったひと夜の夢は、夢のままになさるのが宜しいかと存じます〟。もうこれで妥協しようかしら。面倒だわ」

「興味深い単語が幾つか混じっていますね」

 笑み含みの相槌に、トワは頬を膨らませる。

「レクの所為よ。もっと無難にお相手してほしいわ。貴男が素敵なひと時を献上したから、セカン殿下が血迷ってるじゃないの」

「人聞きの悪い。誤解を生むような言い方しないでください」

 真実そのものでしょ、と振り仰いだトワは、次の瞬間、固まった。

 間近に、予想以上の顔があったから。

 レクスの父親が若い頃はこんなだったんじゃないだろうかと、変てこりんな考えがよぎった。

 縛られず解放された髪は爽やかな短さになり、窓から差し込む陽光を溶かし込んだかのよう。露出の増えた首筋や喉仏も妙に艶めかしい。

 身動きできずに凝視するトワの眼前で、幼馴染みは長めの睫毛を瞬かせた。

「首でも()りましたか」

「……イエ」

「トワ、何か勘違いしているようですが、殿下からの服を着て殿下の前には行かない方がいいですからね。あられもない姿にされますよ」

「何言ってんの、着ないわよ。大体、レクの方が似合いそうな代物だったもの」

 美少女から美少年に変貌したレクスは、ほんの少し不機嫌そうに片頬をしかめ、トワの頭に手を添えて姿勢を戻させる。

「例え自分に似合いそうな服を贈られたとしてもです」

 髪に触れられただけで動揺してしまったトワは、紙葉をかき集めながら生返事する。

「ん、まぁ、ねぇ」

 レクスは、疑わしげな声音で言った。

「服が欲しいなら私が見立てましょうか」

「えっ、本当?」

 喜色を浮かべてトワが振り返ると、レクスは表情の定まらない顔つきになって視線をずらす。

 噴き出したような風が二人の側頭に当たり、トワは虚空に抗議した。

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