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一月十七日 悠希たちの助言と提案

「ごめん。今日これから予定あるから、一緒に帰れないんだ」


 放課後、周囲の生徒たちがざわめいている教室の一角にて。

 沙織は申し訳なさそうな表情を要に向けていた。要よりも優先することなどないのだが、今回ばかりは仕方がない。


「わかった。じゃあ、気をつけてね」

「明日は大丈夫だから、一緒に帰ろうね!」


 手を振って要を見送ると、沙織はもう一方の扉へ目を向けた。登場の頃合を計算していたかのように、秋奈が姿を現す。


「お待たせ。早速行こうか」


 秋奈の背中を追いながら、沙織は不安と疑問を今一度思い返していた。秋奈はその性格的にも考えられることだが、彩と悠希が出てくるのはなぜなのか。

 そして、秋奈が彼女たちと同じ志を持つに至った経緯は一体。


「なーに暗い顔してるの。別に取って食おうってんじゃないんだから、もっとリラックスしときなさい」

「だって、サポートって……しかも彩とか泉沢先輩まで」

「私だって全部お見通しってわけじゃないよ。少しでもあの二人を理解することができたらなって思うところもある」

「信じてもいいの?」

「いいんじゃない? 少なくとも悪い話じゃないんだしさ──着いたよ」


 図書館の入口に立ち、二人は会話を慎んだ。続きは役者が揃ってから、と語る秋奈の目を見つめ返して頷く。

 いつもの部屋では、既に彩と悠希が待っていた。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 悠希に導かれて座ると、彩が無邪気な笑みと共に話しかけてくる。


「さおりーん、おめでとー」

「えっ?」

「こらこら、まだお祝いする段階じゃないっての」


 秋奈が制するが、彩の楽しそうな高揚は止まらない。


「えー。だってさー、ナギさんあたしたちのこと、さおりんにバラしちゃってるんでしょ?」

「それは、まあ。話の流れでね」

「だったら仲間が増えたってことで嬉しいじゃん。さおりん。応援してるからね!」

「ありがとう……でいいのかな」

「さて、麻生さん」


 悠希の言葉で、話の流れが一変した。その場にいる全員の視線を集め、次の言葉を口にする。


「薙坂さんからある程度の話は聞いているかと思いますが、改めて私の方からご説明致しましょうか?」


 そう促され、沙織は確認を込めた簡単な質問をする。


「えっと、泉沢先輩と彩は、カップルを成立させたいって考えを持ってるんですよね」

「ええ、そうです。おせっかいだと思いますか?」

「そういうわけでは……でも、どうしてそんなことを」

「愛し合う二人が共に歩けないということは、とても悲しいからです。それに──」

「それに?」


 悠希が真剣な面持ちになったので、沙織も思わず身を乗り出してしまう。どんな理由があるのか想像を巡らせ、生唾を飲み込んでいたのだが。


「女の子同士が深い仲になっていくのは、とても綺麗な絵になりますから。手を繋いで見つめ合っている姿なんて、もう何時間だって眺めていられます」


 四六時中漂わせている優雅さはどこへやら。頬に手を当てて細めるその目が放つ輝きは、欲深い妖しさまでも帯びている。


「はあ……」


 沙織がそんな気の抜けた声を出してしまうのも仕方ないことであろう。彩が苦笑しながら「いやー、ゴメンね」と取り繕う。


「悠希、百合とかそういうの好きなんだ。昔からの趣味だから、あたしもなんとも言えない」

「こほん。熱くなってしまいましたね。もちろん、皆さんに幸せになってほしいという願いもあります。結ばれた暁には、ぜひ幸せのお裾分けをお願いしましょう。難しいことではありません。私に仲の良さを見せ付けていただければいいだけです。まずは食事の食べさせ合いなどが手軽かと思われますが」

「落ち着いて悠希。ナギさんもさおりんも困ってる」

「……失礼いたしました。しかし、こちらの本質はこれで理解していただけたかと思います。誰も損をせず、皆が幸せになれるような結果を出したいのです」

「そうそう。あたしたちは無害だから安心してねー」


 おどける彩の姿に、沙織は毒気を抜かれてしまう。話を聞いていても、この二人に不信感を抱く余地などないことがわかった。

 横目で秋奈を窺うが、緊張している様子ではない。むしろ、この状況を楽しんでいるようにも見える。


「でさ。さおりんはいつ告白するの?」


 場の雰囲気を察知してか、彩は話の流れを変えた。


「告白とか、その……」


 いつかはその時が来ると考えていた。要に想いを伝え、受け入れてもらいたいという欲求。そこに至るにはどうすればいいのか、助言だけでもありがたい。


「とまあ、こんな感じで怖気付いちゃってる沙織の背中を押してあげようってことで今日は来たわけよ」


 説明口調の秋奈に何か言ってやりたくなるが、続く彩の言葉でその気持ちは吹き飛んだ。


「なるほど……そしたら、バレンタインとか良いんじゃない? もうすぐだしさ」

「おっ、いいねえ。いつかみたいに、また沙織にチョコ作り教えてあげてよ」

「いいよー。ってことで、さおりん。アイちゃんにあげるチョコ作ろっか」

「……うん。チョコ、あげたい」


 押し切られた感はあるが、要にチョコを渡したいというのは真実だった。そこで彩が協力してくれるとなれば心強い。


「じゃ、それで決まりだね。あとは、それまでにアイちゃんへどんどんアタックしてかないと」

「アタック?」


 首を傾げる沙織に対し、彩は力強く告げる。


「そう! 好きだーってアピールしてこっち見てもらわないと。相手は女の子なんだから、そういう対象として意識してもらわないと始まらないよ」

「だね。考えてみなよ、沙織。要さんと仲良くなれて、自分のことを意識してもらえる。一石二鳥じゃない」


 秋奈も彩の言葉に乗り、沙織を囃し立てる。だんだんと、二人の言葉が正しく思えてくる。ただ告白するだけではなく、どのようにしてそこまでの道筋を立てるかという指針を示してくれたのだ。

 けれど、まだ一つ大きな問題が残っていた。


「要って、女同士で付き合うのダメとかじゃないかな……」


 もし要がそういったことに抵抗を感じるのであれば、いくら想いを伝えても叶うことはない。


「平気じゃない? あたしと悠希のことを知っても受け入れてくれたし」


 去年の末、彩と悠希が交際していることを打ち明けられた時を思い出す。驚いている様子はあったが、二人の仲を祝福する言葉を述べていた。それだけを見れば、確かに希望はあるように思える。


「そういう場合ってさ、それっぽい漫画とか小説とかを相手に読ませて、感想のついでに訊き出すって手があるよね」

「ナギさんいい考え。さおりん、何かいい本持ってないの?」

「うーん……ないなあ」


 本をあまり読まないという悪習が、ここにきて祟ったようだ。どうしたものかと悩んでいると、思わぬ助け船が出された。


「彩、ここは私たちが一肌脱ぎましょう」

「悠希?」


 きょとんとしている彩の頭に手を置き、その髪を弄ぶ。心地良さそうに目を細める彩と、普段以上に穏やかな表情の悠希。沙織は目のやり場に困ってしまう。


「麻生さん。つまりは女性同士のそういった場面を話の起点として、四十崎さんがどんな考えを持っているかを確認するということでよろしいですね?」

「ええ、まあ」

「そうであれば、私と彩がそのきっかけとなりましょう」


 首を傾げているのは沙織と秋奈だけではない。当事者であるはずの彩も同じだった。


「どういうこと? あ、そうか。悠希が持ってる秘蔵の百合本をさおりんに貸してあげるんだね」


 彩の言葉に沙織も納得しかけたが、悠希の返事は否定だった。


「違うわ。二次元という非現実ではなく、私と彩という現実を見せてあげるの」

「ねえ悠希。そろそろわかるように説明してよ」

「そうね。では、麻生さん。私からの提案を申し上げます。後日、四十崎さんと一緒に屋上までいらしてください」

「……はい?」


 どこまで背中を押され続けるのかわからず、もはや身を任せることしかできない沙織に向け、悠希は自らの計画を語り始めた。

 とっておきとも言える、その手段を。

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