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一月十五日 小さな勇気と夜の電話

 秋奈が図書館での会合を終えて初めての土曜。夜を迎えた寮の部屋では、沙織が難しい顔をしていた。


「どうしたの?」


 秋奈の声に沙織は体を左右に揺らすのをやめ、ちらりと目だけ向けたのだが、すぐに伏せてしまう。手持ち無沙汰で抱いていた枕が形を歪める。


「気になることでもある?」

「……なんでもない」


 そのままベッドに倒れ込もうとしている沙織に、秋奈は先手を打つ。


「そんなわけないでしょ。要さんのことでも考えてたんじゃない?」

「なっ! なんでわか……ち、違うもん」


 予想通り、沙織は勢いよくこちらを向いた。もっとも、言葉が終わる頃には再び俯いてしまったのだが。


「はいはい、強がらないの。わかりやすいのが沙織のいい所だよ」

「むう……」

「で? 何を悩んでるのかな?」


 言いながら、ベッドに座る沙織の隣に腰を下ろした。小さく音を立ててマットレスが軋む。


「んー……よくわかんない。モヤモヤーってしてる」

「モヤモヤねえ」


 自分でも気持ちの正体に気付けていないらしい沙織に対し、秋奈はここでどう出るべきか考える。

 いくつか手段を模索する中で、確かに自分は他の誰も持っていないジョーカーを使えるのかも、と秋奈は思う。


「それは要さんにだけモヤモヤするの?」

「……そうだと思う」


 沙織の悩みが要に関することであると、半ば誘導尋問のような形で確証を得る。沙織は自分が口を滑らせたことに気付いていない。


「それなら、沙織は要さんのことを特別だって思ってる証拠だよ」

「特別、かあ……」


 その呟きは、言葉が含む何かを噛み締めるようだった。自分が抱える感情の正体がわからないのか、それともどこかで理解していながら目を背けているのか。細めた目の奥に見ているのは、やはり要の姿なのだろうか。

 秋奈には真相を見ることはできないが、思考を誘導することはできる。


「気付いたら要さんに会いたいなーとか思ってるでしょ?」

「うん」

「もっと一緒にいたいなーとか考えるでしょ?」

「うん」

「いっぱいくっついてスキンシップしたいでしょ?」

「……うん」


 自分と要が親密な接触をしている場面でも想像してしまったのか、沙織の目が泳いでいる。揺さ振りをかけるという秋奈の作戦は見事に当たった。

 この状態なら、背中を押すことも容易に成功させられる。


「だったら、自分の気持ちにもっと正直になってもいいんじゃない? 要さんなら、きっと受け入れてくれるよ」

「……そうかな」

「そうそう。もたもたしてると、誰かに要さん取られちゃうよ?」

「んむぅー……」


 この辺にするべきか、と秋奈は一旦引くことにした。いくら助言を与えたところで、最後の決断は自分でしなければ意味がない。

 横目で観察していると、沙織は携帯電話を取り出していた。操作する手付きから、メールを打っているのだとわかる。


「直接電話しちゃえばいいのに」

「秋奈うるさい」

「はいはい……」


 秋奈は自分の椅子へと戻り、成り行きを見守ることにした。その顔が穏やかな苦笑を浮かべていたのは、沙織が一歩を踏み出したことに対する安堵か。

 それとも、悠希の思惑に乗っている己への自嘲だったのか。答えは秋奈の中にしか存在しない。




    *




 マナーモードにしていた携帯電話が震え、要は読んでいた本から顔を上げた。

 夜が深くなりつつあるこの時間、眠る前に読書をするというのが要の習慣となっていた。今読んでいたのは今週の中頃に図書室で借りた本で、要の気に入っている作家が十年ほど前に発表した作品である。

 登場人物の少女が謎の青年と遭遇するという盛り上がりの場面であったが、メールの相手が沙織であることに気付き、本を閉じてメールを確認する。


『こんばんは。要、まだ起きてる?』


 自然と緩んでしまう頬をそのままに、要は「起きてるよ。どうしたの?」と返事を送った。

 沙織からの返信を待つ時間がもどかしい。ついさっきまで読書をしながら時間を潰していたというのに、今では本に集中できなかった。

 数分で届いた返事を、要は焦らないよう意識して開く。


『ちょっと話したいなって。電話してもいい?』


 そう言われると、要も沙織の声が聞きたくなってしまった。毎日教室で顔を合わせて言葉を交わしているのに、それ以上を求めてしまう。

 メールを打つという選択肢が消え、要は通話ボタンを押していた。


『もっ、もしもし?』


 まるで待ち構えていたかのような速さで沙織が出た。その声は裏返っており、動揺を隠さずに押し出している。


「こんばんは。どうしたの?」


 メールを送ってきた要件もそうだが、沙織の慌てたような声の理由を訊ねる意味も込めて要はそう言った。


『えっと、特に用はないんだけど……』

「ふふっ。なんか沙織らしいね」

『そうかなあ? よくわからない』

「ねえ、よかったら眠くなるまで話そうよ」

『うん! あのね、さっきなんだけど──』


 それから何気ないことで会話が弾んだ。毎日話しているのに、不思議と話題が尽きない。たまに横たわる数秒の沈黙さえもどこか心地良い。沙織の声がすぐ近くに聞こえる。まるで隣にいるかのようか感覚。

 けれど、部屋には自分しかいない。慣れているはずなのに、気付けば寂しくなっていた。こんな時、沙織が隣にいてくれたなら。素直な希望が宙に浮かぶ。


「──ねえ、沙織。明日って何か予定ある?」


 そのせいか、そんなことを口にしていた。


『えっ、別に何もないけど』

「よかったら、一緒にお昼でも食べない?」


 電話の向こうで、沙織が息を飲む雰囲気がした。誘われることを期待していたのだろうか。沙織も寂しさを感じていたのかもしれない。


『うん! わたしも会いたいなって思ってたところなの』


 沙織が同じ考えを持っていたことが嬉しい。どういうわけか頬と耳が熱い。今は冬で寒いはずなのに、不思議なほど暖かかった。


「あっ、もうこんな時間」


 いつしか日付が変わろうとしていた。もっと話していたいと思うのだが、明日があると自分を納得させる。既に寂しさは消えていた。


『そろそろ寝ないと寝坊しちゃうかも』

「じゃあ、明日のお昼ね」

『おやすみ、要』

「うん。おやすみ」


 電話を切り、要は明日の予定を楽しみにしながら眠る準備を始めた。

 しかし、いざ布団に潜ると眠気はなかなか訪れない。目を閉じれば沙織の姿が浮かび、気分が違う方向へと散ってしまう。

 明日、沙織はどのような服装で来るのだろう。どんな表情を見せてくれるのだろう。思い描く姿は、やがて動き出し勝手な物語を作り始める。


 そこでふと思う。どうしてこんなに心が躍るのだろうかと。

 今までにも沙織と二人で会うことは何度もあった。それがいつしか楽しみで仕方なく思えるようになった。もっと沙織との時間を作りたいという欲求は、いつまでも満たされない。

 この気持ちにどんな名前を付けたら良いのだろう。答えの見えない疑問に浸りながら、要は緩やかな眠りへと引き込まれていった。

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