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十月十八日 誕生会報告と過去への道筋

 今日は二人とも早く起きた。その理由は一度寮に寄るからである。

 沙織は制服も教材も何もかもを持ってきていない。つまり、学校へ行く用意ができていないということだ。要がそれに気付かなければ、二人揃って遅刻していたかもしれない。


「なんか、ごめんね。朝から慌てちゃって」


 寮へと向かう道の途中、沙織が申し訳なさそうな顔をした。その足取りは急ぐものではない。沙織が用意する時間を考慮して、いくらか余裕を持って出てきたからである。


「気にしてないよ。それに、なんだか沙織っぽくていいなって思うし」

「そう、なの?」

「うん。ほっとけない感じって言うのかな」

「それって褒めてる?」

「そのつもりだけど?」


 話しながら歩くと時間の経過が早い。寮の門が見えてきた。


「すぐに準備してくるから!」


 言うなり沙織は寮の中へ走って行った。入口に残された要は手近な壁に背を預ける。まだ登校には早い時間のはずなのに、ちらほらと久永の制服が見える。


「おっ、四十崎じゃないか。どうしたんだい?」


 同時に寮監の姿も見えた。反応は早く、向こうから声をかけられた。


「おはようございます。沙織が来るのを待っているんです」

「ああ、麻生な。さっき凄い勢いで階段駆け上ってったよ。ありゃバテるだろうね」

「そうなんですか……」

「まっ、こんなところで立ち話もアレだしな。中に入って座ってなよ」

「いいんですか?」

「当たり前っしょ。こんなかわい子ちゃんを野ざらしにするなんて、寮監を名乗る資格なくすよ。ほら、おいで」


 寮に入ってすぐのエントランスホールに通され、備え付けのソファーに座らされた。


「ここなら階段もエレベーターも見えるし、どっちから来てもわかるだろ」

「ありがとうございます」

「いーって、そんなお礼なんてさ。んじゃ、あたしは仕事に戻るよ」


 寮監を見送り、沙織を待つことにする。寮生ではないのだが、制服を着ているので周囲から浮くこともない。要は通り過ぎる人々を観察して過ごすことにした。

 ──やがて、エレベーターから沙織がやって来た。その足取りは重い。


「ご、ごめん。待った……よね」


 息が上がっている。寮監の予想は的中したようだ。


「沙織、大丈夫? 少し座って休みなよ。まだ遅刻するような時間じゃないから」

「いや、そんな……」

「肩で息してるくせに何言ってるの。ほら、こっち」


 沙織をソファーに座らせ、落ち着くのを待つ。折角の整った顔が台無しである。要は隣から心配そうに覗き込む。


「何か飲み物買ってこようか?」

「ん、いい……大丈夫、だから」


 途切れながら発せられた言葉は弱々しい。


「ありゃりゃー……沙織、やっぱりダウンしてたか」


 顔を上げると、秋奈が立っていた。呆れ顔で沙織を見下ろしている。


「あ、おはよう。秋奈さん」

「おはよう。ごめんね、沙織が迷惑かけちゃって」

「迷惑なんて……かけて、ない」

「もうちょっと説得力のある言い方しなさいよ」


 言いながら、秋奈は手に持っていたペットボトル入りの水を沙織の頬に当てた。


「ひゃっ、冷たっ」

「それ飲んで落ち着きなよ。じゃ、私は先に行くから。要さん、また後でね」

「うん、ありがとう。また学校で」


 要は手を振って秋奈を見送った。その後ろ姿に言い表せないほどの感謝を送る。思えば要と沙織との仲が進展するように取り持ったのも秋奈であった。感謝してもし過ぎることがない。

 それから沙織が落ち着くまで待っても、遅刻するほどの時間にはならなかった。




          *




「で、今回のお泊まりはどうだったのよ」


 夕方、寮の部屋。秋奈が沙織に詰め寄った。


「どうって……一緒に話をして、ご飯食べて、お風呂入って、寝たくらいだよ」

「なるほど。ではでは、もうちょっとそれぞれの内容を詳しく」

「そうだなあ……じゃあ、まずは要の部屋に着いたところからね。まずプレゼントとか渡す前にお誕生日おめでとうって言って──」


 最初は乗り気ではないようだったが、話すうちに楽しくなってきたらしい。表情も明るく、秋奈が質問していないことも話すようになる。


「それで、わたしが作ったケーキを食べさせ合ったりもしたんだ。あの時は要がいきなりフォークを向けてきたから、どうしたんだろって思っちゃってさ──」


 こうして楽しげに話す沙織を見て秋奈は思う。要がいれば、沙織はもう大丈夫だろうと。初めて沙織と会った時には、こんなにも早く今があることが想像できなかった。あの時の沙織が、今ではこんなに立ち直っている。

 思いを過去に馳せてしまうと、戻り始めた記憶の時間は止まらない。どんどん遡り、幼少期の光景が脳裏に浮かび始める。愛しい人の幼い顔が見えたところで、逆回転を続けた時計の針が正しく回り始める。

 そう。初めて衿香と会ったのは、とても幼い頃のことだった──。

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