七月二日 夏の暑さと期末試験
時が過ぎるのは早いもので、葛上山市にも夏が訪れていた。
照りつける太陽、まとわりつく湿気、下がらない気温。「アツイ」という言葉がぴったりの毎日が繰り返されていた。
もう一つ、別の意味で「アツイ」状態になったものがあった。要と沙織の仲である。
ゴールデンウィークの出来事が二人を前向きにさせたのか、以前ほど深く気にすることがなくなっていった。今では照れることもなく、自然にコミュニケーションができている。
具体的に言えば、自然に互いの体を触れ合えるようになった。手を繋いで歩いたのも一度や二度ではない。抱き付いてじゃれ合ったこともある。会えば喜びが満ち溢れ、別れの時まで笑顔が続く。二人の仲は、確実に進展していた。
そんな要と沙織が、秋奈と彩を加えた四人で食事をしていた昼のこと。
「期末試験、どうしよう……」
秋奈と彩が所属する一年四組の教室で、秋奈の席を中心にして周囲の空いた机を集め向かい合う四人。その一角で肘をつき、今にも机に突っ伏しそうな格好で呟いたのは彩だった。
「試験範囲も広いからねえ……」
秋奈も溜息をつき、俯き加減になった。
久永学園には中間試験が存在しない。期末試験が成績を判断する大きな材料となるのだが、その分試験範囲が学期中に習ったことすべてとなる。出席点や提出物による成績加味もなくはないが、やはり試験が占める比重は大きい。
気落ちした二人とは対照的に、要と沙織は試験と無縁な世界を作り出している。
「要のお弁当ってさ、なんかきれいだよね。野菜もカラフルだし、バランスよさそう」
「ありがと。玉子焼き食べる?」
「いいの? 欲しい!」
「沙織、これ好きだもんね。はい」
要が玉子焼きを掴み、沙織の口元へ持っていった。沙織は箸ごと食べてしまいそうな勢いで飛び付く。
「んーっ! やっぱりこの味だよ」
「ふふっ、いい顔しちゃって。もう一個食べる?」
「うん! あーん」
そんな二人に彩は恨めしそうな視線を向ける。
「アイちゃんとさおりんは余裕そうだね。なんで?」
「授業を聞いてればなんとかなるからかな」
「そうそう。ここは試験に出すぞーって言ってくれる先生多いし」
要と沙織は当然とばかりに答えた。
「この二人はこれだから……」
秋奈は吐き捨てるように言った。もちろん悪意などまったくなく、ふざけてのものである。
「ナギさん、どういうこと?」
「要さんも沙織もね、いわゆる秀才さんなのよ。要さんはそんな感じするけど、それ以上に沙織が頭いいなんて、なんかおかしいよね」
「えーん、かなめぇ。秋奈がいじめるよう」
沙織は要にじゃれ付いた。要は沙織を優しく抱いて受け止めながら、申し訳なさそうな顔を秋奈に向ける。
以前の二人には考えられなかった光景である。これも成長と言えるのだろうかと思いつつ、やれやれといった表情で頷きながら手を上げて要に応じた。
視界の端に、沙織の首元で光る十字架のネックレスが映る。思えば誕生日以来、沙織がネックレスを外しているのを見たことがなかった。
「いいなあ。あたしなんて復習も終わるかわからないのに」
彩が何度目かわからない溜息を落とした。
「彩は泉沢先輩に教えてもらえばいいんじゃないの?」
そう言った沙織は、今も要に抱き付いたままだ。
「悠希と勉強の話なんかしたくないよ」
「だから毎日ちゃんとやってれば大丈夫だって。ねっ、要?」
「だよね」
「あんたらはもういいよ」
秋奈は呆れたような表情を向けつつも、次第にそれは達観したような微笑みに変わる。内心では二人の関係が進展したことを認め、祝福していた。
そろそろ沙織は大丈夫だろうと、秋奈は一仕事終えたような感覚を味わっていた。
「やっぱりね、勉強会をするべきだと思うのよ」
時刻は放課後。昼と同じ場所、同じ四人で集まっていた。
「勉強会?」
沙織が首を傾げた。まるでそんなことをする必要がないと言っているかのようである。
秋奈は「そう」と力強く頷く。
「試験の前にすることって言ったら試験勉強。これしかないでしょう。ってかあんたらの知識を私にもよこしなさいっての」
「あたしにもよろしくね」
彩がちょこんと付け加えた。言葉は軽かったが、一番それを願っているのは彩であろう。
彼女たちの成績についてだが、要と沙織については先ほど秋奈が述べた通りである。秋奈は二人には劣るものの、決して悪い方ではない。彩はと言えばさらに下がり、平均点辺りである。
「さて、やるとなると場所が必要だよね。どこにしようかな……」
「え、ほんとにやるの?」
沙織の声は、考え込んでいる秋奈には届かなかった。
「四人が集まって勉強できる場所か……あ、そうだ。あの部屋なんてどうだろう」
「あの部屋ってどこ?」
今度の言葉は秋奈に届いた。
「ほら、図書館で泉沢先輩がお茶会開いてくれたとこ。あそこなら机も椅子もあるし、落ち着いて勉強できるんじゃないかな。ね、どうかな?」
期待を含んだ眼差しを向けられた彩は、指を顎に当てて考える。
「んー、帰ったら悠希に頼んでみようか?」
「お願い! よろしくね」
手を合わせて感謝を表現する秋奈の横で、沙織が呟く。
「勉強会って、なんだかなあ」
「でも、こういうのもいいんじゃない?」
要がそれに答えた。
「試験前に頑張るくらいなら、毎日ちゃんとしてればいいのに」
「私は学生っぽくていいと思うんだけどな。それに、考えてみようよ。あの部屋でやるってことは、もしかしたら……」
含みのある言葉に、沙織が何かに気付く。
「あっ。お茶会」
「そう。勉強で疲れた頭に甘い物を、ってなってもおかしくはないよね」
沙織はその場面を空想しているのか、表情が緩んでいる。
「勉強会って悪くないかも」
「でしょ? よーし、決まり!」
沙織の言葉を、秋奈が拾った。
「悠希に確認したらすぐにメールするね。たぶん断ったりしないだろうけど」
彩も勉強会に前向きだった。
「それじゃ、今日は解散しますかね。彩には早く結果を教えてほしいし」
秋奈は机に手を突いて立ち上がった。
それを合図に他の三人も続いて立ち上がる。要は寮の前で別れ、それぞれの帰る場所へと向かった。
数時間後、部屋の使用許可を得たというメールが彩から三人へ一斉送信された。




