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STAGE5

STAGE5〜真実〜



 正史がシェルターに戻ってから一ヶ月が経過した。

 哲也は正史の言いつけどおり、あきの看病をしていた。この頃、あきの病状は若干だが回復したように思える。その証拠に、彼女は病院の食事を少しずつだが食べ始めるようになったのだ。

「すごいね、あきちゃん。今日は半分も食べられたじゃないか!」

 哲也はまるで、自分の家族が食べてように喜んだ。

「私もびっくりだよ。ほんの数日前までは飲み物すら受け付けなかったのに」

 あきはにっこりと微笑んだ。

「食べられるようになったなら回復まであと少しだよ。がんばって!」

「うん!」

 あきは本当にうれしそうだった。

(そりゃそうだろう。今まで苦しんできたんだからな。これを機に回復していくといいな)

 そう思う哲也の心の中では、少し腑に落ちないことが起こっていた。というのも、以前、かなり前に自分自身もこんな姿を誰かに見せた覚えがあった。

(だんだん病状が悪化していって、しばらく経つと何もしてないのに自然に治る病気。僕もかかったことがあったような……)

 パシュ。

 病室の扉が開き、外からは久しぶりに見る顔がこちらに向かって歩いてきた。しかし、どうも様子がおかしい。あきの病気に対する手立てができたのならもっと嬉しそうにしているべきだ。なのに、この男の表情は嬉しさとは逆に、怒りに満ちていた。

「哲也君、ちょっときてくれ!」

 正史は哲也がうんと頷くと前に、その手をとり、強引に病室から出て行った。

「博士、いったいどうしたんです?久しぶりにあきさんに会ったのだから一声くらいかけてあげても……」

「そんな時間はない!役場へ急ぐぞ」

 正史は哲也の言葉を強引に遮るとせかせかと廊下を早足で歩いた。「おっとそうだ」正史は思い出したように白衣のポケットから薬のようなものを取り出した。

「これは君に預けておく。今日中に飲むんだ」

「僕が飲むんですか?あきさんではなく?」

「そうだ。急いで飲まないと手遅れになるかもしれない。私はもう二度と、君達のような若者を奴に奪わせたくないんだ」

 正史はそう言うと、また廊下を急ぎ足で歩いていった。

(博士の言っていることの意図が読めない。いったいどうしてしまったんだ?)

 哲也はとりあえず正史についていくことにした。行く場所が役場というのも気になるところだった。

 役場につくなり、正史はラムルを呼び出した。

「久しぶりですね、貴方がここを訪れるのは。あきさんの病状はいかがです?何か薬を開発されたのでしょう?」

 いつものように人当たりよく言うラムルに正史は「違う」と一言つぶやいた。

「私が開発したのは哲也君のための薬。そう、貴方の手から哲也君を解放するためにね!」

 正史の言葉に一番動揺したのは哲也だった。なぜ、自分が薬に頼らなければいけないのか?どうして彼は実の娘を救おうとしなかったのか?

 動揺する哲也の横でラムルは嘲笑した。

「これはおかしな話だ。哲也を私の手から解放すると仰るとはまたきっかいな話だ。あきさんのことはもう、どうでもよいということですかな?」

「あきの病気は間もなく回復する。その後に、あの子にも哲也君に渡した薬を飲ませるつもりだ」

「ほう。なかなか興味をそそる話のようですな。少しお聞かせ願いますかな?」

 ラムルは正史をどこか探る目で睨んだ。

 正史はそれに臆せず、硬い表情のまま頷いた。

「全て話してやるよ。あきの病状についても、この街がどうしてシェルターなしで過ごせていたのかもな!」

 哲也は訳がわからなかった。この二人はいったい何を言っているのか、そして、今までで見たことのない自分の父親の表情は、まるで獲物を狙う動物のように鋭かった。

「私は研究所に戻って、秋の病気の原因を調べているうちにとんでもないことを発見した。それがこの街のからくりだ」

 正史は白衣のポケットから、あの日ラムルが渡した薬の入った小瓶を取り出した。

「単刀直入に言おう。この薬は麻薬だ」

「え?」

 哲也は正史の言葉に耳を疑った。今まで自分を、この町の人間を救ってきた薬が麻薬だったとは信じられなかった。哲也のそんな心情をよそに正史は説明を続けた。

「この薬に紫外線を防ぐ効果などない。それどころか、この薬は人間に紫外線を防ぐ効果があるということを植えつける薬、つまり麻薬なのだ!」

「……その根拠は?」

 ラムルはあくまで冷静に正史の説明を聞く。

「この街はもともとならず者達の住み場だ。しかも、その当時、ここは汚染の広がっていた危険地域でもあった。なのに、不良達は逃げもせず住んでいた。なぜか?それは、この薬と同じような麻薬があったからだ。これは私の推測だが、街の近くに麻薬の取れる場所でもあるのだろう。いつものように、麻薬を取りに行くと、そこで見たことのない麻薬を見つけた。試してみると、太陽の元にいてもなんともなくなった。そこでお前達は考えたのだろう。この麻薬を一般化させようと」

 正史がそこまで言うと、今まで正史の説明を黙って聞いていたラムルが急に不敵な笑みを浮かべた。

「やれやれ、流石は日本が誇る天才科学者だ。わずか一ヶ月でそこまで調べ上げ、さらに具体的なことまで推測するとはな」

「お、親父……?」

 哲也はどうしてよいかわからなかった。絶対に否定されるべきことだと思っていたのに、目の前にいる自分の父親は、このぼんくら科学者の言ったことを素直に認めてしまったのだ。

「お前にもいつかは話さなければと思っていたが……今がその時だ。私がこの街の市長として就任したことも含めて、全てを話してやろう」


           


 もう三十年以上も昔の話だ。私は旧ロサンゼルスでは札付きの悪人(ワル)だった。あるとき、私の管轄していたグループがへまをして、全員に国流しの刑を言い渡されたのだ。そしてやってきたのが日本だった。当時、第五次世界大戦の影響で汚染もひどかったから、私たちのような者を追放するには十分な場所だった。

 ここで生活するのはしんどかったよ。いや、しんどかったなんてものじゃない。いつ死んでもおかしくなかった。その時だって紫外線による病気は流行っていたから、それで死ぬ者も少なくなかった。

 十六年前、日本の科学者達が隋を集めて作り上げた紫外線遮断ドーム、シェルターが作り出された。悪人だけの東京跡にもそれは作られた。私がこんな奴らのために作る義務があるのかと聞くと、日本人の科学者はどんな者にも人権はあると答えた。全く、日本という国は何百年経ってもお人好しの集団ばかりだと思った。しかし、私達も若くして死にたくはなかったから行為だけは素直に受けさせてもらったがな。しかし、やはり今まで外の空気に触れていたものだから、なまじ暗い空間に閉じ込められると嫌気が差してきてね。我々の中の一人が監視の者を全て暗殺し、シェルターの外に出た。行き先は、我々がここに来て以来通っていた、麻薬の草原。いつものように麻薬を集めていると、隅のほうに見たことのない草を見つけたのだ。それを試しに使ってみると、どういうことだろう。ここにくるまで苦痛の種になっていた体を刺すような太陽の紫外線が急になんともなくなった。コンピューターに精通している者が後でそれを調べてみると、その草は全世界で未登録のものだった。我々は、その草に名前をつけた。

サン・ライズ、日の出という意味だ。世界が暗黒に包まれる中で、自分達だけが太陽の光を浴びて生きている。まさに神聖な者であると信じ込んでね。





「それじゃあ、僕らの命は……」

「ああ、急速に、かつ確実に死へと向かっているだろうな」

「そんな……」

 哲也は自分の顔から血の色がなくなっていくのがわかった。

「お前は今まで何の病気にもかかったことはないが、それは表に見えないだけだ。きっと、お前の中には何かの病気が蝕んでいる」

 哲也はもう何も答えることができなかった。ラムルは、そんな哲也に向かって話を続けた。

「今、お前も私も含めて、この地に二本足で立っている奴は、かなりの強運の持ち主といえるだろう。まぁ、人生は博打だと言う時代もあったんだ。このくらいなんてことはないだろう?」

 愉快そうに笑うラムルに、哲也の中の何かが音を立ててキレた。

「この位ですまされる問題じゃない!親父は人としてしてはならないことをしたんだぞ!?しかも身内の人間だけじゃなく、この街の人間全員に!僕は親父を人として尊敬していたのに、最高の科学者だと信じていたのに……!」

 哲也はいたたまれなくなり、部屋を飛び出した。ラムルはそんな息子を追いかけようともせず、ただ微笑するだけだった。

「完全に嫌われたかな?」

 小さく笑い続けるラムルに、正史は「当たり前だ」と吐き捨てた。

「彼がさっき言ったようにお前は人として、してはならぬことをしたんだ。お前のせいで何百人という人間が死んでしまうんだぞ!俺はもうこれ以上、死人を出したくなんかないのに!」

「綺麗ごとをほざくな!!」

 ラムルが初めて叫んだ。

「もう死人なんて見たくないだと!?人はいつかは絶対に死ぬ。それが遅いか早いかだけなのだ!死人を見たくないなど、偽善者の語る絵空事でしかない」

「貴様……」

 怒りをあらわにする正史を、ラムルは鼻で笑った。

「世の中には人としての生よりも大事にしたいと思うものがあるのだよ」

「それが、哲也君に太陽の光を見せることだというのか?」

 ラムルは何も言わなかった。

「その代償があの子の命だというのか!?」

正史の怒りがさらにエスカレートする。

「そうだ」ラムルはそう言って頷いた。

「あの子には勉学より何より、この地球(ほし)の歴史を知って欲しかったのさ。我々は、そして我々の祖先達は、こんなすばらしい世界で暮らしていたのだということをね。それを知るための代償が命なら軽いものさ」

「貴様は狂っている。今の彼らにとって、どんなに太陽の元で暮らすことが必要であったとしても、それと引き換えに命を失うなんてむごすぎだ」

「それでは、貴方はあの子達に太陽の心を教えずに人生を歩ませるというのかね?それであの子達が完璧な人間になれると思うか?」

「この世の中に完璧な人間なんて存在しない。俺は、あの子達から太陽の光は奪わせない。そのためにも俺は研究を続ける。そして、以前のように誰もが太陽の下で暮らせる世界を作る」

「所詮は口だけの若僧か。自分の夢に飲まれて無様な死を遂げるがいい」

 ラムルの挑発に、正史は何も言わずに部屋を出ていった。

「息子をよろしく頼むぞ、藤宮博士」

 しかし、肝心の正史は既にこの部屋にはいなかった。

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