STAGE4
STAGE4〜正体〜
ホームパーティから一週間が経過した。あきの病状は日に日に悪くなり、ホームパーティからちょうど一週間経った今日、彼女は入院という形になった。病院なら少なくとも自分の作る食事より栄養があるものが食べられて、すぐに病状もよくなるだろうと、正史が判断したからだ。しかし、あきの病状は病院の薬でも効果がなく、病状は悪化の一途をたどっていた。
一方、あきが入院した日の翌日から哲也は毎日のように病院に赴き、あきの見舞いにやってきた。クラスメート達もちょくちょくやってきた。あきは最初のうちは明るく返事を返していたあきだったが、病状が悪化するに連れ、彼女の返事には元気さを感じなくなっていた。
そして、あきが入院生活を始めてからついに一ヶ月が経った。
哲也は学校を終え、いつものように病院へと向かうバスに乗っていた。今日の見舞い品はいろんな種類のハーブが入ったハーブティーだ。今では決して取れることのないハーブだが昔は様々な料理の香り付けに使われていたらしい。元々香りが強いため気付け薬としても十分な効果を発揮したそうだ。これなら今の彼女の体は受け入れてくれるという自信があった。
「こんにちは」
哲也は病室に入ると、最初に正史に挨拶をする。
「やぁ哲也君、今日もきてくれたんだね。あきに変わって礼を言うよ。ありがとう」
「そ、そんな。博士、頭を上げてください」
正史に深々と頭を下げられ、哲也は慌てふためいた。気を取り直して、彼はかばんから日本中で、いや世界中でお目にかかれるかどうかわからないハーブティーの入った水筒を取り出した。
「今日はハーブティーを持ってきたんです。昔は気付け薬として使われていたくらいですから、きっとあきさんにも効果があると思って」
自信たっぷりで水筒のコップにお茶を注ぐ哲也に対して、正史の反応は冷たかった。
「哲也君、君の厚意は本当にありがたいものばかりだ。だが、あきはもう、物を食べることができなくなってしまったようなのだ」
正史の言葉に哲也は頷くことも、言葉を返すこともできなかった。
「じゃあ、彼女が死んでしまうのは時間の問題……?」
「いや、一応点滴は打っているからそれはない。だが、このままではいずれは……」
病室内に重い沈黙が訪れた。
「パーティーの翌日から病状が発覚したんですよね?」
「ああ。君ももう感づいていると思うが、この病状は風邪ではない。おそらく外界のウィルスに感染したと考えられる」
「外界のですか?」
「うむ。我々は数ヶ月前まではシェルターの中で生活をしていた。シェルター内は常にあらゆるウィルスに対するバリアのようなものが張られていた。それが仇になってしまったのだ」
「そうか。いかなる病原菌も通さないということは、その分全てのウィルスに対する手効力が落ちてしまっているんだ」
「その通り。病院の精密検査の結果が出てないのでまだなんとも言えないが、ウィルスはきっと見つかる」
「ええ、そうですとも!」
哲也は大きく頷いた。
(そうさ、この時代の医療ならきっと見つかる。きっと、だ)
そう信じるしかなかった。なぜなら、今の哲也にできることはそれくらいしかなかったから。
数日後、正史はあきの主治医に呼び出された。検査の結果が出たのだろう。正史は早く、あきの中に巣食う者の正体を知りたかった。だが……
「今、何と言った?」
正史の体はわなわなと震えていた。
そうだ、こんなことがあってはならないのだ。
「あきの中に、娘の体内にウィルスが見つからなかっただと?そんなばかげた話があるものか。私が今、冗談を聞ける状態でないことくらいわかっているだろう!真実を話せ!娘の中にいるウィルスは何だ!」
興奮する正史に対して、主治医は冷静だった。小さく首を横に振り、数分前と同じように言った。
「あきさんの体にウィルスらしきものは見当たりません。あの子の病状は精神的なストレスによるものと判断してよいでしょう」
もし正史に理性というものがなかったなら、今頃彼はこの主治医を絞め殺していただろう。
「ストレスだと?確かに病状はそれとそっくりなものが多い。だが、娘には何のストレスもないはずだ。あの子はいつも学校から帰って、夕飯になって、私にいつも学校の出来事を話してくれていた。そんなあの娘の中にストレスの因子となるものは一つもない。あの子がストレスなどあり得ない!」
「では、彼女の病気の原因は何だというのです?」
主治医の冷淡な言葉が正史に突き刺さった。もちろん、正史はその問いに対して答えることはできず、ただ悔しそうに唇を噛み締めるしかなかった。
「いったい何が、いったい何があの子を苦しめているというのだ!」
窮地に陥った正史は誰に向かって叫んだわけでもなかった。目の前にいる医者は腹立たしいが、全て事実を言ったのだ。
「あの子の病状は絶対にストレスではない。絶対にそれを突き止めてやる!」
正史があきの病室に戻ると、いつものように哲也がいた。彼は、あきに今日起こった出来事でも話しているのだろうか。
「哲也君、ちょっといいか?」
いつにない正史の表情に、哲也は怖気立った。
正史はあきの検査結果も含めて、全てを哲也に話した。
「そういうわけで私はしばらく元の研究施設に帰る。そこで、あきの病気の正体をつかみ、彼女用の抗体を作る作業に入る。君にお願いしたいのはここからだ。私は今言った理由でしばらくあきのそばについてやることができないから、君に看病をお願いしたい。あきは君に懐いているし、私よりも君のほうが安心すると思うのだ」
「は、博士」
ほとんど勢いに任せて喋っている正史に、哲也はなんとか自分の提案を切り出すことができた。
「僕も行ってもいいですか?僕もあの子の病気を治したい」
哲也は自分の心のうちに秘める彼女への思いも含めて、全力で言ったつもりだった。しかし、今の正史には到底届くはずもなかった。
「哲也君、まだ子供の君に人を治すという任は重すぎる。これは私の問題なのだ。君は私の願いだけをかなえてくれていればそれでいい」
正史がその後、哲也を振り返ることはなかった。




