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STAGE3

STAGE3〜予兆〜


 

 ピンポーン。家のチャイムが鳴って、次々と人の波が押し寄せてきた。

 まず入ってきたのはラムル一行。それぞれの手には酒瓶や、すぐそこのスーパーで買ってきたつまみの入った袋を持つ者の二通りに分かれていた。

「やぁ、お言葉に甘えてのこのことやって参りました」

「ようこそラムルさん。あれ、そちらの方は?」

 正史の目にとまったのはラムルの横にいる真面目そうな少年。

「ああ、これは私の息子です。と言っても本当の息子ではないのですがね。哲也、こちらが少し前から話していた藤宮博士だ」

(お、お邪魔します初めまして藤宮博士、お会いできて光栄です」

 実物に会えて緊張しているのだろうか、哲也は少しばかり早口だった。

「哲也は博士の大ファンでしてね。今日のパーティをとても楽しみにしておったのですよ」

「それは光栄です。哲也君、いつもお父さんにはお世話になっています」

「い、いえ。恐縮です」

 哲也はスッカリ縮こまった話し方しかできなくなっていた。

「さぁ、役場の皆さんもどうぞリビングのほうへ。今夜は目一杯楽しみましょう」

 ピンポーン。正史がラムル達をリビングに案内しようと、ちょうど振り返ったときにタイミングよくチャイムが鳴った。

「きっと私の友達だ。お父さん達は先にリビングに行ってて」

「わかった」

 正史は小さく頷くと、ラムル達をリビングへと招きいれた。

 ドアを開くと、あきのクラスメート達がぞろぞろと押し寄せてきた。あきは軽く挨拶をしながら、彼女達をリビングに案内した。

「本日はようこそ我が家にお越しいただきました。たいしたものもございませんが皆さんの日ごろのお疲れを癒す場にしていただければ幸いです。では、乾杯」

「「「かんぱーい!」」」

 総勢十八人による乾杯の合唱。たった、その一言だけなのになぜか笑いが収まらなかった。

 正史はラムル達と、あきはクラスメート達と共に時間を忘れ歓談にいそしんだ。そして、この年代の少女たちが集まるとどうしても起こる会話が、彼女たちの間でも例外なく行われた。

「ねぇねぇ、あきはさ、うちのクラスでいいなぁって思う男子はいるの?」

「えー何それ?」

 あきはわざととぼけて見せるが、友人の一人に羽交い絞めにされて言え言えコールを受けてしまう。

「う〜ん、特に私がいいと思う人はいないかな。そういう佳奈ちゃんはいるの?」

「え?ちょっと、何であたしに振るのよ?」

「佳奈に質問しちゃ駄目だよ。この子にはもう、ちゃんとした男性(ひと)がいるんだもの」

「ねぇ〜」

 佳奈と呼ばれた少女はあき以外の女子全員の冷やかしの視線をいっせいに浴びた。

「も、もういいじゃない。その話は。他の話題にしよ」

 佳奈は話をはぐらかそうとするが、そこまで聞いてみすみす聞き逃すのはあきの性格が許さなかった。今度はあきが佳奈を羽交い絞めにする番だった。

「佳奈はねぇ、三年生の先輩に彼氏がいるんだよね」

「そうなの!?」

 あきの真剣な眼差しに佳奈は観念したのか小さく頷いた。一瞬、あきの脳裏を不安という二文字がよぎった。

「サッカー部の先輩よ。私がマネージャーで」

「へぇ〜」

 あきは笑うことで何とか平静を保っているように見せた。内心は、それはもう安心感でいっぱいだった。

「やっぱり高校生になったんだから彼氏くらいは作っておきたいよねぇ」

 友人の一人がぽそりとつぶやいた。

「そういえば、男の人の中で一人私たちと同じくらいの人を見たよ」

「ああ、あそこで博士達と話してる人でしょ。あの人、市長の息子なんだって」

「悪くはないんじゃない?」

「悪くはないけど、あれはけっこうヲタクって感じじゃない?」

「ああ、そう見えなくはないかも」

 ああ、女性はどうしてこういう話に目がないのだろう。この少女たちを見ていると自分が女性だという意識が少し薄らいだ感じがした。

(シェルター内の学校では皆あまりこういう話には無関心だったからなぁ。日々、生きることで精一杯というか。これが普通の会話なのかもしれないな)

 あきは複雑な心境のまま、その後もずっと友人達の色恋話に付き合った。

 

         


 夜はあっという間に更けていき、招かれた者達は自分の帰るべき場所へと帰っていった。

「親父!お・や・じ〜!困ったなぁ、ぜんぜん起きやしない」

 哲也は深いため息をついた。

よっぽど楽しかったのだろう。ラムルの顔は眠っているというのに眩いほどに嬉しそうだった。

「夢の中で、まだパーティを続けているのかな?」

 正史はそう言って微笑した。

「起きるまで待っていてあげなさい。なに、私たちのことなら気にしなくていいから」

 正史は優しく微笑みながら「何か上にかけるものを探してこよう」と言ってリビングを去っていった。

(まったく……)

 哲也はソファで気持ちよさそうに眠るラムルを見下ろした。

「楽しかった?親父…」

 気のせいだろうか、哲也の問いにラムルが寝ぼけながら頷いた。

「よっぽど楽しかったんですね。今、先輩の問いかけに頷いていましたよ?」

 哲也の後ろではいつからいたのか、あきがおかしそうに笑いながら立っていた。

「聞いてたの、今の?」

 哲也は恥ずかしそうに言うと、あきはにんまりと笑って頷いた。

「意外とお父さん思いなんですね。先輩くらいの年の人は、親に対してもっと冷たいものだと思ってました」

「確かに冷たい奴のほうが多いな。けど、この人は本当の父親でないにすれ、僕の大切な人なんだ。気遣うのは当然だよ」

 哲也とあきはしばらくそのままラムルの寝顔を見ていた。

「先輩の言っていたパーティがうちのパーティだなんてちょっとびっくりしました」

 あきが不意につぶやいた。

「僕もびっくりしたよ。どうせいつもみたくホテルを貸しきって、役場の皆とパーティなのかなと思ってついていったら近くのマンションだったからさ」

 哲也は「君に会えて嬉しかったよ」と、自分で言いながら俯いた。暗がりでわからなかったが、おそらく照れているのだろう。

「そういえば今日の料理はすごく美味しかったけど、どこの店で注文したんだい?あんなにうまい料理を作る店なんてあったかな?」

「あれは全部私が作ったんですよ?」

「えぇ、そうなのかい?」

「信じられないですか?」

 あきは得意そうに上目遣いで哲也の顔を見つめた。

「素直に驚いた。君はどちらかというと家庭科系よりは運動系のほうが得意そうに見えたものだから」

「クラスの皆からも言われました。でも、なんてことはないんですよ。私の家では家事をする人はいませんから」

「え?」

 哲也が怪訝な顔をするのを横目に見ながらあきは続けた。

「私のお母さんは、病気でもういないんです」

「!!」

「お父さんは研究の毎日だから家事をすることはできない。必然的に家事は私の仕事になったんです」

「そうだったんだ。お母さんが……」

「でも、私は自分が家事をやらされていると思ったことは一度もないですよ」

「一度も?」

 自分ではありえない話だ、哲也は目の前の少女に尊敬の念を抱いた。

「掃除や洗濯は終わった後の達成感がたまらないです。料理はいろんなものを覚えて、それが美味しくできたときには感動ものですもん!」

「へぇ、すごいんだね」

 男の哲也にはどうもいまひとつわからない思考だった。あきは「そんなものですよ」と明るく笑った。

 ラムルの耳元で話をしていたためか、熟睡していたラムルは案外早く目を覚ました。

 ソファから起き上がり立とうとするが、まだ酒が残っているせいかふらふらと壁にもたれかかってしまう。

「お、親父?無理するなよ?」

「なぁ〜にを言うか。あたしゃ、正気だぞぉ?」

「いや、自分に問いかけてどうするんだよ」

 呆れる哲也の横であきも苦笑していた。

「おや、起きたんですか」

 厚めの毛布を両手に抱えながら、正史は「もう少し休んでいかれたらどうですか?」と優しく微笑んだ。

「いえ、せっかく起きたようですので僕達もそろそろお暇します。博士、今日は親父共々お招きくださってありがとうございました。至らぬ父ですが、どうぞこれからもよろしくお願いします」

「わかりました。哲也君もどうかこれを機会に娘と仲良くしてやってください」

「はい」

 哲也ははっきりと返事をして、大きく頷いた。

 尼崎一家も帰っていき、あきと正史は協力して後片付けに入っていた。

「あ……」

 あきが持っていた皿は気づいたときにはもう床とぶつかっていた。

「あき!」

 正史は慌てて愛娘の側に駆け寄った。

「大丈夫か?」

 正史の問いにあきは力なく頷いた。

「ちょっとお酒を飲みすぎちゃったかもしれないね」

 あきは微笑するが、その笑顔はどこか弱々しかった。正史はそれを察し、あきにもう寝るようにと促した。

「何、後片付けなんて明日でもできるさ。今日はお前もいっぱいはしゃいで疲れたんだろう。ゆっくり休みなさい」

 正史の優しい一言にあきはやはり弱々しく頷くだけだった。

(シェルター内で風邪すらひいたことのなかった子が急にあの弱り様とは。何か嫌な予感がする)

リビングに一人残された正史は割れた皿の処理をしながら、そんなことを考えた。


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