STAGE1
STAGE1〜出会い〜
ヴ〜ン……
機械音と共にトランスポーターに人の形が浮き上がっていく。
「ここは……」
シェルターと同じような暗い場所にでたせいか、正史は一瞬この情報はガセネタだと思った。
扉が開き、この街の市長とも呼べるような初老の男が入ってきた。
「ようこそ、我が街へ。私がここの市長を務めておりますラムル・ハワードです。以後、お見知りおきをお願いします。藤宮正史博士」
「こちらこそ。早速なのですが、この街がシェルターなしで十年も生活しているというのは本当ですか?」
「ええ、我々はもう十年間そうしておりますよ。どうぞ、こちらに来てもらえればわかります」
ラムルは笑って頷くと、二人を部屋の外に案内した。そこはかなり前の時代のオフィス風な感じになっており、あきの興味を引いた。
「これは…」
正史は窓にかかっているブラインドから漏れる光に驚いた。いくら英知を掛けて作った人口のライトでもこの光だけは真似できない。
「このブラインドを開ければ太陽はもうすぐです。その前にこれを一粒飲んでください」
ラムルは二人に固形物質の瓶詰めを渡した。
「これがそちらで言うシェルターの代わりとなるものです」
「なるほど…」
探るように小瓶とラムルとを凝視した。正史は瓶のふたを開き、固形物質を一つ手に取った。
「毒ではないようだな」
「当然ですよ。さぁ、飲まれたようですのでブラインドを開きますよ」
特に気分を害した様子もなくラムルはブラインドに手をかけようとする。
「待って!」
ここにきてからあきが初めて言葉を交わした。
「どうしました、お嬢さん?」
「あ、あの、私、太陽を見るのは初めてなので…」
壊れそうな声であきはそう言った。
「なるほど、それならゆっくりとブラインドを開けましょう。いいですか、いきますよ」
そう言ってラムルはブラインドに手を伸ばす。
「あ、まっ……」
あきが言い終わるのを待たずにラムルはゆっくりとブラインドを開いた。
「うわ!」
あきは反射的に目をつぶった。入ってきた光の量はさほどでもなかったのだが、太陽の光を初めて目にするあきにとってはそれでも眩しいくらいだった。
「なんてこった…」
正史はあまりの出来事に目を丸くし、口もこれでもかというくらい空いている。目の前では建物の通りを歩く人々の姿が見えた。
「どうです?噂でも何でもありません。もちろん、スクリーンによる映像でもない。すべて真実です」
ラムルは特にどこかを強調するわけでもなく淡々と言った。
「お嬢さん、ゆっくりと、目を開けて御覧なさい」
ラムルはあきに優しくつぶやき、彼女の顔を覆っている両手をゆっくりはがした。
「!」
あきは窓の外の光景を目にして、父と同じように固まった。
「やれやれ、親娘で同じ反応ではおもしろくないですねぇ」
ラムルはわざとおどけた調子で言った。実際は二人の反応を見られて満足といった顔である。
「この薬をこれから一週間は毎日朝に一粒。それ以後は四日に一粒飲んでください」
「ラムルさん、少しお話を聞きたいのですがいいでしょうか」
「ええ、もちろん。では、向こうの応接室に行きましょう」
「お父さん……」
あきは不安そうに正史の顔を見上げた。
「お父さんたちはしばらく仕事の話に入るからあきは初めての外を散歩してみたら良いんじゃないかな?シェルターのライトとは違う自然のライトをゆっくりと楽しんでおいで」
「う、うん……」
あきはばつ悪そうに頷いた。
「ここから数十メートル離れた公園に行ってみるのはどうでしょう?なにより近いですからお父さんとのお話が終わればすぐに向かえにいけます」
「わかりました」
あきは素直に頷くと正史に「いってきます」と告げた。
「ああ、気をつけて行っておいで」
あきは正史に「大丈夫」と付け加え、浮き足で外に出て行った。
(あのおじさんが言うには、ここから数十メートルのところにあるのよね。まぁ、公園だから目立つし、すぐにたどり着けるよ)
建物の外に出たあきは初めてお使いに行く子供のように緊張感を持ちながら街の中を歩いた。
(なんだか日本じゃないみたい。明るくて温かくて、それに風がすごく気持ちいい。シェルターの中にいるのとはぜんぜん違う)
あきはシェルターの中のあの独特の湿気を思い出した。昔の日本はそのくらい湿気が多かったらしい。
チチチ……
あきの視線が正面の歩道からさえずる小鳥へと移った。
「わぁ」
あきは思わず声を漏らした。その視線の先にはきれいに整備された道を歩く老人や犬の散歩をさせている男性や、数え切れない人々がその緑あふれる公園で一時の安らぎを感じていた。あきはそのなかにおずおずと入っていく。ここにいるすべての人の雰囲気を壊さないように。しかし、ほとんどの者はあきの存在に気づくことなく安らかな一時を感じ続けていた。
(みんな本当に気持ちよさそうだな。あそこのベンチに座っているおじいさんとおばあさんなんてあまりの気持ちよさに眠っちゃってる)
あきはその光景を微笑ましげに見送りながら広い公園内をゆっくりと歩く。さっきまでは眩しかった太陽も目が慣れてきたのか、もう眩しくなかった。
(ぽかぽかしていて気持ちいい。シェルターの中じゃ、けして味わえない雰囲気だわ)
あきは立ち入り禁止の看板がかかっているにもかかわらず、小さな柵を乗り越え、芝生の中に入った。
(大きな樹。まるで映画や漫画に出てくる運命の大樹みたい)
あきは何を思いついたのか突然木の幹にもたれかかった。
(こうやっていたら運命の人が走ってきたりなんかして……なんてね)
あきはロマンチックにしばらく木にもたれていたが、やがて立っているのが辛くなったのか、その場に腰を下ろした。
「気持ちいい風……なんだか眠くなってきちゃった」
あきはゆっくり目を閉じながらまどろみの中に落ちていった。
「おい、ここは立ち入り禁止だぞ!」
「ひゃ!」
誰かの叱責を受け、あきはまどろみの中から目を覚ます。
ゆっくりと目をこすってもう一度その人物を確認する。どう見ても知り合いではない。
「やば、起きちゃった?あ〜ごめん、とにかく柵から出てきてよ」
眼鏡をかけた少年はおどけた調子でそう言った。あきはまだ状況が理解できないまま少年の言うとおり柵を出た。
「いやぁ、悪かったね」
さっきの厳しい叱責とは裏腹に少年の口調は優しかった。
「ちょっとむしゃくしゃしてて、公園を歩いてたら立ち入り禁止の札の奥に君がいたものだからつい文句の一つでも叫んでみたくなって…」
「はぁ」
まるでわけがわからない。あきがそう思っている横で少年はべらべらと愚痴を言い始めた。
「こんなご時世だから受験ひとつ受けるのもすごく大変でさ、毎日ほかの学生とトランスポーターの争奪戦で……って初対面の人になんで愚痴なんか言っているんだろ?」
「えっと、私に言われても…」
「そりゃそうだ」
真剣な顔の少年に言われて、あきが真面目に首を捻ると少年はおどけて笑った。そして、ひとしきり笑った後、少年は眼鏡を直しながら言った。
「変なのにつき合わせて悪かったね。むしゃくしゃも晴れたし、僕はもう行くよ」
少年は最後にもう一度ばつ悪そうに「ごめんね」とつぶやくと、その場を逃げるように去っていった。
(なんだったんだろう?今の)
あきは頭にはてなを浮かべながらその場を去った。
オフィスに帰ると、ちょうど正史とラムルが外に出てきた。
「おや、あきさん」
ラムルが先に気づいたらしく、あきに声をかけた。
「約束どおり迎えにいこうとしていたところだよ」
正史はご機嫌のようだった。おおよそラムルとの話がうまくいったのだろう。
「では、私はここで失礼します。新しい住居の鍵はそこの管理人から受け取ってくだい」
「わかりました。ラムルさん、また近いうちに伺いますよ」
「はい、楽しみにしております」
ラムルはにっこりと笑うと、建物の中へと消えていった。
「お父さん、私たちの新居ってどこなの?」
「ここから少し歩いたところにあるマンションだ」
「それだったらたぶん公園の近くだね。公園の周りはマンションがいっぱい立ち並んでいたから」
「ラムルさんからもらった地図を見てみると、そのようだね。もしかしたらあきに気を遣ってくれたのかもしれないぞ」
「そうだとうれしいな。あの公園にいるだけですごく落ち着くの」
「そうか。後でお父さんを案内してくれよ」
「うん、いいよ」
親娘はそんな他愛のない会話をしながら自分たちの新居に向かって足を進めた。
あきの予想通り、親娘の新居は公園から五十メートルと離れていないところに建っているマンションだった。管理人から鍵を受け取り、早速部屋へと向かった。
「とうちゃく〜」
あきはうれしそうに部屋に入る。
「う〜む、ラムルさんが気を利かせてくれたのはわかるが、二人で住むにはこれは広すぎだな…」
正史は荷物を運びながら苦笑した。
「いいじゃない。広々としていて、なんか自由って感じだよね」
「あき…」
「前の家は洞窟みたいだったから余計にうれしく感じるんだ」
「………」
「あ、そうでもなかったかな〜」
悲しそうな顔をする正史を見てあきは慌てて言いつくろった。
「いや、無理をしないでいいよ。実際、あんな家じゃ住みづらくてしょうがないからな」
正史はベランダの窓を開けた。
「お〜、いい眺めだぞ。あきも見てごらん」
「ほんと?」
あきはさっきまでの暗さを吹き飛ばし、ベランダに走った。
「わぁ、ほんとだ。見て、人があんなに小さいよ」
「さすが、最上階だけあるな。あき、羽目を外してベランダから落ちるんじゃないぞ?」
「あ〜、お父さんまた昔のことを言う。もう私は子供じゃないんだからね!」
「ごめんごめん。さて、今日の夕食は外食にしようか。この街の地理を覚える意味もこめてな」
「外食?やったね!」
「さぁ、がんばって残りの荷物を片付けよう」
正史はあきの肩を軽く叩き、リビングのほうへと消えていった。
チチチ……
小鳥のさえずりを聞きながら、あきはゆっくりと体を起こした。
(私、小鳥のさえずりが流れる目覚ましなんて持ってたかな?)
まだ半分ほど眠っている頭であきはぼやっと考えた。
(そうだ!)
あきは昨日のことを思い出したのか、部屋のカーテンを勢いよく開けた。
「わっ!」
とても入りきらないくらいの日光があきの目の中に入り込んできた。
(そうだ。昨日からお父さんの仕事の都合で太陽が見える街に来たんだっけ)
あきは窓を開け、外を眺めた。外では通勤ラッシュの男性や女性が公園を行ったり来たりしていた。
(そういえば、私って学校はどうなるんだろう?)
あきは着替えを済ませると、リビングで朝食を作っている正史にそのことを尋ねた。
「学校?ああ、そのこともちゃんとラムルさんと相談してあるから安心だぞ。マンションの近くに緑王公園前と書かれたバス停があったろう。あそこから三つほど停留所を乗り継いだところにある学校なんだが……そうだ、どうせ暇なら行ってみるといい。ほら、バス 代だ」
正史はテーブルの上に置いてあった財布から小銭をいくらか取り出した。
「今日は土曜日で学校も午前中で終わるだろうからお昼を過ぎたら行ってごらん。制服の指定はない高校だから普段着のままで大丈夫だそうだよ」
「そうなんだ。私、一度でいいから制服って着てみたかったんだけどなぁ」
「まぁまぁ、そう言わずに行っておいで。一応明日は私も一緒に挨拶に行くが、先に下見くらいしたってかまわないだろう」
「うん、そうだね」
あきは頷きながら食卓の椅子に座った。
太陽がちょうどマンションの真上に昇った頃、早めに昼食を終えたあきは早速、学校に出かけることにした。
マンション前に停車したバスからは買い物客がぞろぞろと降りてきた。あきの乗り込んだバスはほんの数分で彼女の通う学校へと連れて行った。
「明城学園か…」
あきは小さく校門に掘られた学校名をつぶやいた。あきはゆっくりと校内に足を踏み入れる。正史の行ったとおり土曜日は午前中のみで授業が終わるためか学校に校内に残っている生徒はほとんど見なかった。
(広い学校だなぁ。ここが私が明後日から通う新しい高校かぁ)
あきはうれしさに呆けながら子供のようにきょろきょろと首を動かしながら歩いた。あきの強い好奇心はいつしか彼女を建物の中へと引き入れていた。
(ここが一年のクラスかなぁ。パソコンがいっぱい並んでる)
あきはガラス窓に密着して教室の中を覗こうとしたが、曇りガラスのせいか中はよく見えなかった。
あきは休むことなく学校探検を続けた。
(ここからは部活動の階なのかな?)
あきはどこからか聞こえる楽器の音色に耳を澄ませた。
(吹奏楽部か。前から入ってみたかったし見学くらいしていこうかな)
あきはそう思いながら楽器の音がするほうへと足を進めていく。だいぶ楽器の音色に近づいてきたところであきはふと目線を上にやった。教室の上のプレートには『パソコン部』と書いてあった。
(パソコン部って結構ヲタクな人が多いって噂の部活よね?幸い曇りガラスじゃないみたいだし、どんなヲタクな人がいるのかな?)
あきは電気のついているパソコン部の教室の中をそっと覗き見た。
(あれ?誰もいない。電気がついているから絶対に誰かいると思ったのになぁ)
「こら、ここは立ち入り禁止だぞ!」
「うわぁ!す、すみません……ってパソコン部がどうして立ち入り禁止なのよ!」
あきは思わず突っ込んだ。覗きをしていたくせになかなかの度胸である。
「あっ!」
あきは思わず言葉を失った。彼女の目の前にいたのは紛れもない、昨日出会ったあの少年だったからだ。
「やっぱり君だったね」
少年はにっこりと笑った。
「あなたは昨日の…」
「尼崎哲也だ。君は?」
「私は藤宮あき……です」
(ここの生徒だったんだ)
あきはまじまじと哲也の服を見た。決して美形ではないが若干地味な顔立ちの哲也には少々お門違いな感じがした。
「パソコン部に興味があるって感じじゃなさそうだけど何のために部屋を覗いていたんだい?」
「やっぱりばれてたの?」
「そりゃあ、大コピー室に行ってきた帰り道にふと見たら君がいたからね。何をしてるのかと思えば覗きをやってるものだから驚いたよ」
「うぅ…」
あきは恥ずかしそうにうつむいた。
「それで、何をしてたんだい?おおよそ『パソコン部にいる人ってどんなヲタクがいるのかな』みたいなことを考えていたんだろ?」
「ううぅ…」
あきは考えていることを見事に当てられて俯いた。
「やっぱりね。まぁ、あえて言うならこういうヲタクかな?」
哲也は自分の顔を指差した。パッと見ではそんなにヲタク顔には見えないが、よく見ればヲタク顔かもしれない。
「あ、あの私そういうつもりじゃ」
「わかってるわかってる。別に気にしちゃいないからいいよ。実際うちのパソコン部はそういう者の集まりだからね。ところで藤宮さんはここの生徒じゃないよね?僕、毎年一年生の名簿リストを先生たちに作らされているけど、今年の一年生の中に君の名前はなかったからさ」
「私は来週の月曜日からこの学校に転入するんです。今日はちょっと下見を兼ねて学校探険をしようかなと思ってきたんです」
「ふ〜ん、よければ僕が案内してあげようか?」
「え?でも、尼崎……先輩は部活があるんじゃないですか?」
「今日は部活じゃなくて私用できたんだ。でも、それももう終わったしね」
「でも……」
「案内させてよ。どうせ帰っても受験勉強しかすることがないからさ。それに生徒じゃないと知らない憩いの場所や裏山庭園に地下通路まであるからね。きっと損はないと思うよ」
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「オッケー。じゃあ、行こう」
哲也はにっこりと微笑んだ。
(それにしても裏山庭園だとか地下通路だとか、どんな学校なのよここは)
あきは哲也の後ろを歩きながら半ば呆れていた。
「まずは本館から案内するね。ここは四階建ての校舎で学校の全学年の教室があるんだ。一階は職員室とか保健室とかが並んでる」
哲也はあきの考えなどまるで知ることもなく右手で各部屋を指しながら、教師たちの評判や噂をべらべらとあきに話した。
「詳しいんですね」
「生徒の噂とかは教室とかでも流れてくるからね。先生達の情報はさっきも言ったと思うけど僕は新一年生の名簿を作って職員室に届けるんだけどその時にね」
「なんかおいしいですよね、先生の情報が入るのって」
「うん、僕もたまにそれを悪用するんだ」
「やっぱり」
二人で笑いながら廊下の突き当たりにたどり着いた。
「この階段を上れば一年生の教室が並んでいて、その上は二年生、一番上は僕たち三年生の教室が並んでいるんだ」
「へぇ〜」
「藤宮さんがこれから入ることになる教室の中を見てみるかい?」
「はい。外からだけでも見ておきたいです」
「わかった。もしかしたらもう君の手続きは親父がもうしてくれているかもしれないし」
「え?」
哲也の一言にあきは怪訝そうに彼の顔を見た。
「いや、何でもない。それより来週から転入なら先生達の間で君の情報が入っているかもしれない。来週から通うのならもうクラスも決まっているだろう。ちょいと情報を仕入れていこう。ちょっと待っててくれないか?」
「はぁ…」
あきは何のことだかいまひとつわからないまま職員室に入っていく哲也を見送った。
数分後、哲也は教室の鍵らしきものを持って職員室から出てきた。
「君の名前を出したらすぐに教えてくれた。君の配属教室はB組だってさ」
「尼崎先輩、先生に聞いてきてくれたんですか?」
「そうだよ。せっかくだからこれから自分の勉強する教室を見たほうがよかろうかと思ってさ。まぁ教室はどれをとっても一緒だけど」
「そんなことないです!ありがとうございます、尼崎先輩!」
あきの予想以上の喜びに哲也は思わず顔を朱に染めた。二人は階段を上がり、一年生の教室にやってきた。
プシュ。カードキーを刺すと、扉が素早く横にスライドした。
(これが、私がこれから仲間たちと学ぶ教室なのね)
あきはホール上の教室をゆっくりと歩きながら珍しげにパソコンのキーボードを触ったりしていた。
「この学校の授業は全部そのパソコンを使って行われるんだ。四世紀前では大学からやっとこのシステムだったらしいけどね」
哲也はあきに向かって言うわけでもなくつぶやいた。
「私の住んでいたところはこんな感じじゃなかった」
「シェルターでの生活の様子はこの街の人たちもよく知っている。かなり荒んだ生活らしいね。でも、この街にも少しだけど荒んだ奴はいるし……そんなに違うものなのかな、太陽があるこの街と?」
「うん。学校だってこんな立派な造りじゃなかったし、先生達の中には自暴自棄になっている人もいてまともな授業なんてなかったもの」
悲しげにつぶやくあきに、哲也はかけていい言葉を見つけ出すことができず、そのまま立ち尽くしていた。言えたのは立った一言。
「そろそろ案内を再開しようか」
あきはその言葉に小さく頷いた。
案内を再開すると、あきは元通りの明るさを取り戻して楽しそうに校舎を見ていた。
「それじゃあ、あの時はただの八つ当たりだったんですか!」
あきは怒鳴るように言った。
「だからごめんって最初に謝ったでしょ。僕は来年、というかあと半年もしたら大学受験なんだよ。なのに志望校すら決まってなくて。あの日も学校のネットからネット審査を受けたんだけど見事に落ちちゃってね」
「それで八つ当たりですか」
「まぁね。君に愚痴を言ってもしょうがないのはわかっているけど、実力はあると思うんだよ。学年模試でもトップ十位に入ってるし。でも、受ける大学がシェルターの街の中の大学だからな。出身地の時点で落とされてしまうんだ。やっぱり、よく思うはずはないよな。この街だけ市長のおかげでシェルターを作らなくてもよくなった。そのせいでほかのシェルター入りした街の科学者達から非難を受けた」
気のせいか若干哲也の声が大きくなっているように聞こえた。
「悔しいのなら藤宮博士みたいに行動に移せよ!うちの市長は人がいいから絶対に教えてくれるはずだ!なのに藤宮博士以外の科学者達は技術を盗みに来ることすらしやしない。何でだと思う?」
「わからない…です」
「見栄さ。市長にこの街の技術の教えを請うことは市長が世界で一番の科学者ということになるだろう」
「あ……」
「それが嫌で誰もこの街に足を踏み入れない。でも、藤宮博士は違った。自分の名声なんて考えないで人々のために働いて。あの人こそ本当の科学者であり人間だよ」
哲也の言葉にあきは返す言葉もなくその場に立ち尽くした。
「ごめん、また君にあたりちらすように言ってしまって。でも、数いる科学者の中で憧れなのだ、藤宮博士は」
日が暮れ、二人は学校の校門で別れた。
「今日は案内してくれてありがとうございました」
「いやいや。こっちこそ無理矢理誘ってごめんよ」
「じゃあ、私はバスだから…」
「あ、ちょっと!」
去ろうとするあきを哲也は慌てて引き止めた。
「名前聞いた時からずっと気になっていたんだけど、君は藤宮博士の」
「ええ、そうですよ」
「やっぱりそうなんだ。じゃあ、近いうちに君の家に行ってもいいかな?」
「はい?」
あきは一瞬哲也の言葉が理解できなかった。彼女の心情を読んだのか、哲也は慌てて弁解する。
「変な意味じゃなくて、博士に会ってみたいだけさ。やっぱり、その、ファンとしてさ」
哲也の顔が少し赤くなるのがわかった。あきは微笑すると、「聞いておきますよ」と言って、今度こそバス停に向かって歩き出した。
(驚いたなぁ、お父さんのファンがいたなんて。シェルターの中でもそんな話聞いたことなかったし)
そんなことを考えるあきの口元はいつの間にか緩んでいた。
(やっぱり身内のファンがいるってのは嬉しいな。お父さん、どんな反応するかなぁ)
あきの口からは思わず笑いが漏れた。




