forest fairy
こんにちは!
作者の五円玉です!
今回は春の短編祭り「春の3つの物語」第1弾をお送りします!
出会いと家族をテーマに、若干青春も入れて書きました。
長文ですが、最後まで読んでくれると嬉しいです!
ある日、俺の両親が死んだ
交通事故だ。
夫婦水入らずで、温泉旅行に行く途中、高速道路で事故ったらしい。
俺の名前は結崎 龍一。
東京暮らしの高校二年生。
俺には、双子の弟妹がいる。
結崎 大和と結崎 舞。
まぁ、小学6年。
俺は大和と舞、そして両親の5人で東京の一軒家で生活していたんだ。
―――そう、両親が死んでしまった、その日までは……。
「……ふぁ〜」
俺は大きなあくびを噛みしめた。
いつまでたっても変わらない風景。
一面田んぼと畑だけ。
それがさっきからずーっとだ。
空には雲一つない青空。
いい加減飽きてきた。
程よく冷房が効いた車内。
今、夏だしね。
ちょっと固めの椅子。
たまに揺れる。
……そう、俺は今、田舎を走るおんぼろバスの車内にいた。
手元にはちょっと大きめのボストンバック。
中身は衣類やら生活用品やらだ。
「……ふぁ〜」
またしてもあくび。
暇だ。
俺たちの降りるバス停まであと30分もある。
「…………」
「…………」
で、俺の隣には双子の弟妹。
二人とも無言で、終始うつ向き気味。
……まぁ、そりゃそうだよな。
両親が亡くなり、葬式を済ませたあと。
俺と弟妹は母方の祖父母の家で暮らす事になった。
……まぁ、俺は一人暮らしって手もあったのだが。
その……小学生の弟妹だけじゃ不安だろうって、じいちゃんが言うから……。
ってな訳で、俺と弟妹はかなりの田舎にある、祖父母の家に向かっている途中なのである。
「……舞、お茶でも飲むか?」
俺はバックから未開封のペットボトルを取り出す。
まだバス停までは時間があるわけだし。
「……いらない」
うつ向きながら答える舞。
その表情は、まさに不安そのものだった。
「……大和は?」
「……いらねぇ」
弟にも拒否られた。
凄いぶっきらぼうな感じで。
「…………」
仕方ない、俺が飲むか。
……ぬるいな。
「よく来たね。ささ、暑いだろうから中へお入り」
バスに揺られ30分。
祖父母の家はバス停のすぐそばにある。
で、バスから降りた俺達を出迎えてくれたのは、ばあちゃん。
「何か悪いな」
気ぃ使わしたみたい。
「何言ってんだい龍一。早く入りな、麦茶あるよ!」
ちょっと笑顔のばあちゃん。
年は今年で75だったっけ?
白髪が多い、小柄なばあちゃんだ。
「ほら舞ちゃんも大和ちゃんも、ほらほら」
ばあちゃんに連れられ、無言の二人は家の中へ。
木造の平屋。
築何年かは知らないけど、まぁそこそこ年期の入った家だ。
――――ここが、今日から俺の暮らす家になるんだな。
「……ふぅ」
ばあちゃんの家の中は、まぁその……レトロだ。
黄色い土壁に色が褪せた畳。
穴のあいた障子、古い木で出来たちゃぶ台。
まさにヴィンテージ。
俺は色々詰まったボストンバックを片手に、そんなばあちゃん家の中へ上がった。
「かなりの移動で疲れただろ? アイスあるよ!」
俺らに気を使ってくれるばあちゃん。
けど、舞と大和は居間の北に置かれている仏壇の前で微動だにしない。
―――その仏壇……俺達の母さんの遺影が飾られている、仏壇の前で。
木製で、所々に金色が修飾されている立派なものだ。
それは……母さんが本当に死んでしまったんだなと、改めて実感させられるような……そんな感じがした。
「……お母さん……ぅ……っ」
まだまだ幼い舞の、その頬を一筋の涙が流れた。
「…………」
大和も唇をぐっと噛みしめ、涙を堪えているように見えた。
「……ふぅ」
まだまだ二人は子供だ。
まだ幼い、俺の妹と弟だ。
「……母さんの前では、出来るだけ笑顔でいてやれ」
俺の言葉にビクッと肩を動かす二人。
俺はパンパンのボストンバックを下ろしながら、仏壇の前へ。
「母さんは……いつでも笑って生活しろって言ってただろ? だからさ……笑顔でいてやれよ、母さんの前では」
それが……今、俺たちに出来るせめてもの行動だと、俺は思う。
「だからさ……笑顔でいようぜ」
それが一番だ。
「お兄ちゃん……」
「アニキ……」
二人の顔は、すごくぐじゃぐじゃだった。
「……あちぃ」
あれから数時間、舞と大和は笑顔なのか泣き顔なのかよく分からない顔をしてた。
ばあちゃん、ちょっと戸惑ってたな……
で、とりあえず荷物を家に運び終え、一段落したので……
ミーンミンミン
「……あちぃ」
この炎天下の中、ご近所へ挨拶回り中。
もちろん俺1人で。
舞と大和の顔は……今ぐじゃぐじゃだし。
ばあちゃんの老体じゃ、この暑さはキツイだろうし。
「……陽炎が見える」
目の前のアスファルトがゆらゆらしてる。
暑い。
ああ、汗が……
「…………」
確か、このへんにある民家は数十件だけだってばあちゃんから聞いた。
ど田舎だなー。
で、早速片っ端から挨拶に回る。
「あの、今日から結崎トメさん家でお世話になる、結崎龍一です」
以下繰り返し。
で、何件か回った後。
「次の家は……森の……中!?」
ばあちゃんに渡されたお手製の地図。
かなり読みにくい地図を解読してみると、次の家は森の中にあることが分かった。
「森の中か……少しは涼しくなるか?」
俺は道のガードレールに腰掛けながら、森の方角を確認。
ちなみにこの村、四方を山に囲まれた小さな村。
森なんてそこら中にある。
「……なるほど、こっちの方角の森か」
道を確認。
西の方角だ。
「……行くか」
西の森―――
道は舗装されてなく、地面むき出し。
街灯なし。
あるのは木と草と虫と鳥くらいだ。
「……すげぇな」
もしかして、道間違えたか?
こんな所に家なんて……
「……誰?」
「……え?」
突然、声を掛けられた。
どこからだ?
「…………」
俺は辺りをキョロキョロ……って、
「…………」
近くの木の影に、何やら人影を発見。
「……あ、あのー」
「っ!?」
声掛けたら超ビックリされた。
まさに跳び跳ねた。
「あ、そんなに驚かなくても大丈夫だから、道聞きたいだけだから!」
ちょっと落ち着こう。
「……誰?」
その人影―――それは女の子だった。
地毛なのか何なのか、明るい茶色の長髪。
大きな瞳。
薄い緑色のワンピース。
年齢は……俺よりちょっと若いか?
でも舞よりかは……年上だな。
「俺は……結崎龍一。今日この村に引っ越してきたんだ」
とりあえず、怪しい者ではないことを説明。
「……龍一?」
呼び捨てかよ……
「そう龍一。あのさ君、ちょっと聞きたい事が……」
その時……
「もしかして……龍一、悪い人?」
「……は?」
突然の質問に思わず間抜けな声を出してしまった俺。
「悪い人なの?」
少女の瞳は無垢だった。
「え……あ、いや、悪い人じゃない……」
いきなり人を悪い人発言するとは。
ある意味すげぇ子だ。
「じゃあ……いい人?」
またしても少女の瞳は無垢だ。
何なんだこの子……
「……ああ、自分では……うん、無害な人間だとは思っているが……」
そして何言ってんだ俺。
「じゃあ、いい人?」
「ああ……い、いい人だ!」
自分で言うと痛い。
しかし……
「そう、いい人なんだ!!」
少女は何を思ったのか、木の影から駆け足で駆け寄ってきた。
なんで?
「龍一、いい人なんだね!?」
その顔は結構可愛くて……いや、今はそれ所ではない。
「ああ……」
……こう答えるしかないだろ。
「そうなんだ、いい人なんだ!」
そして少女はなぜか喜んだ。
本当になぜだ。
「私、愛菜って言うの!」
「ま、愛菜ね……」
この子、もしかして何か……あれなのか?
痛い子なのか?
その時……
「こらッ、勝手に家を出るんじゃないッ!」
道の向こうから、何とも頑固そうなおじさんが……
「おじいちゃんっ!」
おじいちゃん?
「愛菜、何で勝手に家を出ているんだ!」
うわっ、凄い形相。
「…………」
んで愛菜は無言。
「…………」
おっさんも無言に……
「……お前誰だ?」
ならなかった。
ってか怖っ!
「あ、えっと、今日この村に引っ越してきた、結崎龍一です……」
自然と声が小さくなる。
凄い威圧感だもん。
「……ああ、騰の所の孫か」
おっさん、何かを察したみたい。
ちなみに騰ってのは、俺のじいちゃんの名前だ。
「さて愛菜、早く家に戻るぞ!」
おっさんは無言の愛菜の腕を掴み、ぐっと引っ張る。
愛菜は無言で引きずられる。
……見た目凄い画だ。
……ただ、引きずられている愛菜の瞳からは……何ていうか、悲しみみたいなものが伝わってきた。
「……ああ、それは榊原さんの家ね」
「榊原?」
あのあと、暑い中頑張って挨拶回りを終えた俺は、例のあの家の事をばあちゃんに聞いていた。
「榊原さん家のお孫さんはね、昔から体が弱いって聞いてるわ」
「…………」
俺は麦茶を飲みながら考える。
孫……愛菜の事か?
「榊原のじいさんは過保護気味な人だからね、たまにやりすぎる事もあるのよ」
「……ふぅん」
やりすぎる事て……
「でもまぁ、お孫さん自体も体弱いから、あんまし動いちゃいけないみたいだけどね」
「…………」
小さな風と共に、庭先に吊るしてある風鈴が微かに音を鳴らす。
俺はまた麦茶を一口。
……冷たい。
「……そういやさ、舞と大和はどうした?」
さっきから姿が見当たらない。
「ああ、二人ならカブトムシ取りにいったよ」
ニコニコのばあちゃん。
「……昼間からカブトムシかよ」
いるのか?
こんな暑い昼間に。
……でもまぁ。
「……でも、家で泣いてるよりかは、断然マシか」
翌日。
今日も相変わらずの暑さ。
蝉の大合唱。
陽炎の踊り。
汗の滝。
とにかく暑い。
……何でだろうか?
今、俺がいるのは西の森の中。
……そう、この舗装されてない道をたどっていけば、あの榊原家だ。
「…………」
何で、俺はここに来たんだ?
何で?
「…………」
とにかく考える。
何故来たんだ?
「……俺は……涼みに来たんだ」
……そう、涼みに来た。
これでいいや。
そしてその時、そこら辺の木の影に、まだ見慣れてはいない人影を発見した。
「……お前、また家抜け出して来たな?」
「っ!!」
その人影がビクッと動いた。
「体弱いんだろ? 大丈夫なんか、こんな暑い中にいて」
「……だって、家の中じゃつまんないんだもん」
そう言うと、その人影―――愛菜はダッシュでこちらへ駆けてきた。
「つまんないってお前……」
「……つまんないもん」
頬っぺたをプイッて膨らまして、退屈をアピールする愛菜。
子供かっ!
……あ、子供か。
「……全く」
こんなんじゃ、榊原のおっさんも苦労するな。
それから俺達は木の影に入って、なんかこう……談笑した。
うんまぁ……この村、俺と同年代の奴が少なくてさぁ。
愛菜とはくだらない話ばかり。
弟妹の事とか、学校の事とか。
そして村の事とか。
愛菜はずっと家にいたらしく、流行の話題全てに興味を示したり。
「だから、画面をタッチして遊ぶ、2画面ゲーム機なんだが……」
たまたまポケットに入っていたDSを見せると……
「何これ? 洗濯ばさみ?」
このような反応を見せる。
コイツ、テレビとか見ないのか?
で、夕方。
西の空はオレンジ一色。
「じゃ、俺そろそろ帰るわ。時間だし」
「えっ! ……うん」
あれ?
突然元気をなくした愛菜。
その表情を見れば誰だって分かる。
「……また明日も来てやるよ」
「……本当?」
「本当だよ」
……ずっと家の中にいた愛菜には、自分くらいの年の話し相手がいないのだろう。
毎日おっさんや両親に監視され、外にすら出せてもらえない生活。
いくら体が弱いからといって、それじゃあつまらない。
少なくとも、俺だったらそう感じる。
「じゃあまた明日、お昼前には来てるよ」
「うん!」
その時の愛菜の笑顔は、まるで妖精のように可愛いかった。
ちょっとドキッとした自分に喝。
「ねぇ龍一!」
そして俺が背を向けて帰路につこうとした時、愛菜に呼び止められた。
「私たち、友達?」
……ストレートに友達かどうかを聞いてくるなんて、凄い度胸。
一般人なら恥ずかしくて出来ねぇぞ。
「……まぁ、そうだろ」
一般人の俺には、この返事が精一杯だった。
それから、俺と愛菜は結構な日数、ああして外で談笑したりした。
なんかメルヘンなおとぎ話みたいな設定。
しかし、これはリアルだ。
安い恋愛ドラマなんかではなく、リアル。
毎日毎日、よくもまぁ話題も尽きずに話したものだ。
やっぱり愛菜は、流行の話になるとかなりの確率で興味を示す。
「これは携帯電話って言ってな……」
流石にこれは知ってるだろう……
「こうやってボタンを押すと、電話が出来る」
まぁ、普通なんだが。
しかし
「すごい……これ、ドラ○もんの糸なし糸でんわみたい!」
「…………」
世間知らずもいいとこだ。
……しかし、そんな風に愛菜と会話している時、たまにだが不安になる時がある。
「ごほっごほっ……」
「おい、大丈夫かよ……」
やはり愛菜は体が弱いのか、たまに咳き込むのだ。
本人曰く
「毎日薬飲んでるから大丈夫なの!」
だとか。
でも心配だ。
そして、毎日が結構楽しく過ぎ、季節は夏の終わりを迎えていた。
「龍一、今日も出かけるのかい?」
8月の終わり。
今日もまた、愛菜に会いに西の森へと向かう予定。
「ああ、ちょっと行ってくる」
そう言って俺は靴を履き、かかとを直す。
「龍一、今日は何だか台風が近付いてきてるらしいから、気を付けるんだよ?」
と、ばあちゃん。
「台風?」
俺は玄関の扉を開け、空を確認。
……超快晴。
空が青い。
「……分かった。今日は早めに帰る」
まぁ、山の天気は変わりやすいと言うからな。
心には留めて置こう。
しかし……
「嘘だろ……」
今、まだばあちゃん家を出てから15分くらい。
ザアアァァァッ!!
既にどしゃ降り。
「いくら変わりやすいと言えども……変わりすぎだろこれ……」
現在、森の近くの駄菓子屋の軒下で一旦避難中の俺。
「…………」
雨強ぇ〜。
もう横殴りの雨。
「…………」
……でも。
きっと愛菜は来るんだろうな……。
体がツラい日や雨の日は来なくてもいいとは言ったのだが……
そういう日でも、愛菜は来たし……
だから多分、今日も来るだろうし……
「……仕方ないか」
俺は雨の中をダッシュする事を決意する。
「あ、龍一! やっほー!!」
「……やっぱり来てたか」
案の定、森へ行ってみると、そこには愛菜の姿があった。
木の葉っぱの下にいるせいか、濡れてないし。
「今日はね、雨が降る前から来てたんだ!」
「……だから濡れてないのか」
ちなみに俺はびっしょり。
なんか夏の雨は生ぬるい。
「龍一は……なんか濡れてる?」
「……まぁ、雨の中を走って来たからな」
……やっぱり生ぬるいな。
それから俺たちは、木の影でいつも通りに談笑。
台風なんて気にしないのが、愛菜のモットーらしい。
どんなモットーだ。
「俺さ、9月からは高校始まるし、今までのように毎日来れないかもしれねぇ……」
ふと、俺はそんな事を言ってみた。
まぁ事実だけど。
9月から、こっちの高校に転入するのだ。
「……私たち、友達だよね?」
上目遣いで聞いてくる愛菜。
そのアングル、ナイス……って考えた自分に喝ッ!!
「……ああ、友達だ」
今ならさらっと言える。
「なら……大丈夫。毎日じゃなくても、たまには来てくれるよね?」
「ああ。休みは出来るだけ顔出すよ」
「……約束だよ?」
そう言って、小指を出してきた愛菜。
手、小さいな……
「嘘ついたら、爆薬飲ますんだよね?」
「……針千本な」
そう言って、俺も小指を出そうとした
その時……
ゴオオオォォォォォォッ!!!
「な、何だ?」
もの凄い音。
これ、地鳴りか?
台風の雨音とともに、地鳴りが辺りに大きく響く。
「……まさか」
その時、愛菜は突如走り出した。
このどしゃ降りの中、傘もささずに。
まぁ、傘は無いんだけど。
「お、おい愛菜っ!」
分けが分からん。
しかし、俺はとりあえず愛菜を追う。
きっと愛菜は何かに気付いているんだ。
この音が、何なのかを。
「……なるほど、土砂崩れか」
愛菜を追って走り、約2分。
そこには山から流れてきた、大量の土砂があった。
岩や木、泥が無数に散乱している。
危ないなぁ。
……って、
「……あれ?」
あの土砂の下……なんか……白いものが……
愛菜はただ、呆然と立ち尽くしていた。
雨粒が愛菜の明るい茶色の髪を伝って、その頬を流れ落ちる。
「…………」
俺はそんな愛菜を気にしつつ、土砂の中にある白い物の正体を探る。
何だあれ……?
「……おじいちゃん」
その時、愛菜がボソッと呟いた。
お、おじいちゃん?
……まさかっ!
俺は回りに気を付けながら、その土砂の中にある白い物へと近付いた。
近くにいくと分かる……これ、家の柱じゃねえか!?
「なあ愛菜、確かお前の家って……」
その俺の言葉にハッとする愛菜。
「……ど、どうしよう」
その愛菜の言葉は、震えていた。
やっぱり……
「ここ……お前の家か……」
目の前にある、土砂に飲まれた家。
もはや原型すら留めていない、木材の塊。
「そんな……うそ……」
言葉だけではなく、体も震え出す愛菜。
「愛菜、今家の中に人は?」
いたらマズい!
「お、おじいちゃんが……」
あの頑固そうなおっさんか!
「とりあえず、119番!」
俺は携帯を取りだし、通話モードのボタンを……って、
「け、圏外っ!?」
アンテナが立ってない。
変わりにあるのは、圏外の二文字。
「おじいちゃん……」
愛菜の頬を伝うのは雨粒なのか、それとも……
「私が……私が、おじいちゃんなんていらないって言ったから……」
「……愛菜?」
大雨の中、突然その場に崩れた愛菜。
その綺麗な足に、泥水が跳ねた。
「私がおじいちゃんなんていらないって言ったから……だから、だからッ」
毎日毎日、家の中から出してはくれない祖父。
多分、愛菜は自分に自由を与えてくれない祖父に、つい言ってしまったのだろう。
自分の事を思って、祖父が仕方なくしている事だと、知りつつも……
「おじいちゃん……ごほっごほっ」
「ま、愛菜!?」
その時、愛菜は咳き込みながら……倒れた。
その汚い泥水の上に、力なく倒れたのだ。
「お、おい! 大丈夫か!?」
俺は愛菜の側に駆け寄り、そっと抱き起こす。
「ごほっごほっ……お、おじいちゃん……」
咳き込みながらも、祖父の事を心配し、涙を流す愛菜。
……その時、俺の脳裏に1ヶ月半前の風景がよみがえった。
両親が亡くなり、泣きじゃくる舞と大和。
夜になると毎回大泣き。
声を枯らしてまでも、涙を流していたあの夜の事を……
……俺だって、舞と大和を慰めるために平気なフリをしてはいたが。
本当は……凄く悲しかった。
泣きたくもなった。
本当に……ツラかった。
「ごほっごほっ……イヤだよ、おじいちゃん……」
目の前にいる、純粋な少女。
……彼女に、俺と同じ思いはしてほしくない。
家族の暖かさを……失わせたくない。
愛菜には……ずっと笑っていて欲しい!!
「……大丈夫、お前のじいさんは、俺が助け出してやる」
「……えっ」
俺はそっと愛菜を抱き抱えて、雨の当たらない木の影へと運び、降ろす。
「危ないから……そこから動くなよ」
「りゅ、龍一……」
「動くなよ」
俺はそれだけ言って、土砂崩れの現場へと向かう。
今だ大雨の中。
いつまた土砂崩れが起きるか分からない。
下手したら、俺まで被害に会うかもしれない。
……けど。
「愛菜を泣かすんじゃねーぞ、クソ頑固ジジィ」
俺は瓦礫に手を掛ける。
「アイツにはな……家族を失わせたくねぇんだよ」
腕に力を込め、その瓦礫をどかす。
「泣き顔なんて見たくねぇ!」
次に木材を掴み、力を込める。
「ずっと……笑顔でいて欲しいんだよッ!」
木材のトゲが手に刺さり、そこから出血。
しかし、痛みを無視。
「家族の暖かさを……無くして欲しくはねぇんだよッ!!」
雨粒が俺の全身を駆け巡る。
傷口に泥水が入り、めちゃくちゃ滲みる。
そして、やっとの思いで木材をどけた。
他にも岩や泥、瓦なども力を込めてどかす。
そして……
「はぁ……はぁ……」
土砂の下の方に、人影を見つけた。
あの頑固ジジィだ。
俺は手を伸ばして、ジジィの腕を掴む。
……気を失ってはいるが、脈はある。
つまり、まだ生きてる。
「死ぬんじゃねぇぞ頑固ジジィ!」
俺はジジィの上にある、最後の瓦礫に手を掛けた。
今までのよりも、かなり重い。
けど……
「生きろジジィ、絶対生きろッ!!」
俺は全ての力を、この両腕に込めた。
「生きて、また愛菜に笑顔を咲かせてくれッ!!」
俺は瓦礫を持ち上げる。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
次の瞬間ッ!!
瓦礫は……ジジィの上からいなくなった。
そして俺はその瓦礫を遠くへ投げ、ジジィの体を土砂から引っ張り出した。
「……っ、龍一!?」
愛菜のビックリしたような声を聞きながら、俺は無事生還。
もちろんジジィも一緒。
「愛菜、もしかしたらまた土砂が崩れるかもしれない。早めに森を出よう」
今だ止まぬ大雨。
ここは危険だ。
「うん……」
そして俺は愛菜とジジィを連れて、この森を出た。
その後俺らは一旦帰宅。
ばあちゃんに事情を話し、すぐに救急車をよんでもらった。
ばあちゃんには危ないとお叱りを受け。
舞と大和からは何故か泣き付かれ。
まぁ、さんざんだった。
ただ、最後。
救急車が家まで来て、ジジィが運ばれている時にジジィの意識が戻った。
その時に、愛菜の涙ながらの笑顔が見れた。
それで充分だった。
あれから数日後。
「今日からね、ウチは家の修復工事が始まるんだって!」
「修復ってか……多分建て直しだろ」
あの西の森。
そこには、笑顔な愛菜の姿があった。
もちろん、隣には俺。
ちなみに制服姿。
そう、もう9月だ。
「おじいちゃんも、もうすぐで退院だって言ってた!」
凄くニコニコな愛菜。
「そうか……よかったな」
あのジジィ、どうやら怪我は捻挫と打撲程度で済んだらしい。
運が良かったのか。
「……ねぇ龍一」
「……なんだよ」
相変わらずニコッと笑う愛菜。
その無邪気さが眩しくて、ついつい目をそらしてしまう。
「まだ、ありがとう言ってなかったね」
「ん? ああ、別にそんなんいいよ」
照れくさい。
「そんな事ないよ! 龍一のお掛けでおじいちゃん助かったんだし」
「うぅ……」
眩しい。
愛菜の笑顔眩しい。
俺は目だけではなく、顔までそむける。
「龍一……本当にありがとねっ!」
「いや、だから別に……」
その時……
俺の頬に、なにやら柔らかい感触が伝わった。
とても暖かい、柔らかい感触。
で、俺は
「うおっ!」
ビックリして、愛菜から離れた。
だってさ……
「ちょ、おまっ……」
俺は顔を真っ赤にしながら、愛菜の顔を見る。
「えへへっ!」
そこには、愛くるしい笑顔をした、可愛い妖精の姿があった。
「……ふぅ」
まぁ、こんなのもアリなのかなぁ。
いかがでしたでしょうか?
次回、春の短編祭り「春の3つの物語」第2弾では、作者初の心理サスペンスに挑みたいと思います!
産業革命時代のイギリスを舞台にした欲望心理サスペンス!
「欲望入手」
お楽しみに!!