彼とロケットペンダントと私
よろしくお願いします。
彼はある日村のはずれに住み始めた。
皆が口にする噂では元兵士で、顔に傷があるから髭で隠しているらしいが
誰も髭が生えてない顔を見ていないから眉唾だ。
しかし村長さんから自身の親類で、療養でこの村に滞在すると発表があったのと
詮索はしないようにという村長からの念押しで皆表立って噂をすることをやめた。
それでも皆遠巻きにしながら不安半分好奇心半分の顔で彼の動向を見守っている。
私もそんな村人の一人だ。
だけど私の興味はそういうたぐいのものじゃない。
そもそも最初に彼を見かけたのは私だ。
長いこと歩いてきたのかボロボロの服を着てあの頃から髭もボウボウに生えていて。
その様子は普通の旅人とは違っていて、思わず抱えていた野菜を落とすくらいには驚いた。
その音に気が付いてこちらを見た男の目に、私は収穫前の小麦畑を見たような気がした。
「レオンさんこんにちは」
彼はレオンという名前を名乗っていた。
今日も今日とて私はレオンさんに食事を配達する。
正直に言うと志願した。
お昼の時間だけなら良いと許可が出て、今日も村長の奥さんのご飯を配達している。
レオンさんは器用なくせに料理はできない。
なので保存食や村の食堂の持ち帰り、そして村長の奥さんからの差し入れで食いつないでいる。
「アンか」
レオンさんは私をチラリと見た。
ちょうど出かけようとしていたようで扉を閉めているところだった。
相変わらず髭がモジャモジャしていて年齢はわからないけれど
声の雰囲気でそこまで年をとっている印象はない。
私の同世代の女の子達は、あの髭はないと言っている。
私は顔の半分が髭だと目の印象が強まってむしろ好きだ。
私はアン。村長のなかなか立派な家でメイドまがいのことをしたり
収穫期には畑の手伝いもする。日焼けした肌が気になるお年頃だ。
「ありがとう。ちょうど出かけるところだった」
レオンさんの家にはよく村長が何か書類仕事を持って行っているようだ。
たまに村のために薪作りや雑用をしてくれている。
正直助かっているので皆もレオンさんのことを受け入れつつある。
私は好奇心のままにどこへ行くのか質問攻めにしたかったけれどグッと我慢する。
誰だってプライバシーにいきなり踏み込まれるのは嫌だろう。
でもいつかは。
「わかりました。レオンさんも気を付けていってらっしゃい」
籠を渡してそのまま帰ろうとすると少し息の呑む気配がした気がした。
籠に野菜が入っていたんだろうか。
その時レオンさんの手から何かが落ちた。
なんだろうと拾い上げるとペンダントだった。
開閉式のペンダントトップが開いてしまっている。
これは街で昔流行った小さな絵姿を入れておくロケットというものではないだろうか。
視界にとても綺麗な女性の絵がうつった。
こんなに小さいのに顔立ちがはっきり分かるなんて絶対高価なものに違いない。
そんなことを考えたのはほんの数秒だったと思う。
ふいにロケットを奪いとられた。
驚いて顔をあげると目をランランとさせたレオンさんがいた。
「勝手に見るんじゃない」
押し殺した声が食いしばった口から押し出される。
「ご、ごめんなさい」
とんでもないことをしてしまったという恐怖で体が縮みあがった。
レオンさんは今まで素っ気ないけれど冷たい人でも怖い人でもなかった。
声をかければ返事をくれる。
短いけれどちゃんと答えてくれる。
でも近くにいても少し距離を感じる人だった。
そんなレオンさんからこんなに感情が漏れ出ているのは初めてだった。
こんな風に境界線を越えてしまうなんて。
ぎゅっと自分の服の裾を握って私は後悔した。
地面の一点を見つめながら
「本当に、ごめんなさい」
となんとか声を絞り出しそのまま踵を返した。
後ろから呼び止める声が聞こえたのは気のせいか、私の願望なのか。
ちょっと注意されたくらいで涙が出そうな自分が情けなかった。
振り向きたくてもこの顔を見られたくなくて、私は来た道を走った。
「このロケットのことだが」
「はい?」
そのまま走り去ろうとした私に余裕で追いついたレオンさんは
自宅の庭にあるお手製のベンチに私を誘導し、おもむろに説明を始めた。
「待ってください。今そういう流れじゃなかったですよね」
「まぁそうかもしれないが、色々と誤解が発生しそうだったから説明をさせてくれ」
そう言いながらレオンさんは自分の座る適当な椅子を引っ張ってきた。
その椅子もレオンさんの手作りの品だ。
「今私、顔がひどいことになってるんですけど」
「すまなかった」
さっと綺麗なハンカチを差し出されて思わず素直に受け取る。
普段からハンカチを持ち歩いているなんて村の男とはやっぱり違う。
「さきほどの話だが、とりあえずこの絵姿の女性は私の元婚約者だ」
「はあ・・・・えっ?!」
「もと、だ」
突然のことに涙が引っ込んだ。
今日はなんなんだ。突然が多すぎる。
結婚を前提にお付き合いしている相手、つまり婚約者。
好きな相手や恋人を越えてきた。
心臓に痛みが走る。
しかし「元」を強調していた。
今レオンさんは自分の過去を話してくれようとしているんじゃないか。
そう考えるとちょっと嬉しくなり気が強くなる。
レオンさんのことを知りたいと思っていた願いが叶う。
本人の口から聞くことができるのだ。
言葉の端々やちょっとした雑談から青色が好きとか、お酒が得意じゃないとか、
いつも夜更かし気味とか、パンにはバターを最後にたっぷり塗るとか
そういう小さな情報を拾っていた日々から考えると大進展だ。
考えこんでしまった私をよそに、レオンさんは自分も椅子に座り淡々と話し出した。
「簡潔に言うと俺には婚約者がいた。俺は国境へ従軍している間に事故で行方不明になり、なんとか家に帰ったら婚約者は弟と結婚していた」
これがその元婚約者の彼女だとロケットを指さす。
わかったか?という顔をされても困る。
簡潔がすぎる。
「できたらもう少し詳細を」
当時のことを思い出しているのか若干の間があったものの、レオンさんは語り続けてくれる。
「行軍していた俺は皆の前で増水した川に転落した。そして流れついた森で迷った」
「えぇ・・無事でよかった」
沈黙。
「えっと、森で迷って?」
「気が付いたら二年経っていた」
迷子のスケールが大きすぎる。
確かに広大な森があちらの方にあるけれど、二年も迷いっぱなしなんてあるんだろうか。
「これは秘密なんだが」
私がそれを守れるかどうか探るようにじっと見られたので、私は神妙に頷く。
「あの森には隠れ村があったんだ。そのおかげで命は助かった。
しかし村から出ようとしても森をさ迷ってどうしても村へと戻ってしまう。
食事に方向感覚を狂わせるキノコが仕込まれているのに気が付かなかったら今もあの村にいただろう」
「そんなことが・・・」
隠れ村ならぬ監禁村では。
森の奥に入って戻ったものはいないという話の真実の片鱗を聞いた気がした。
「ああ、隠れ村の住人達に気に入られてしまって、分かった後も囲い込まれそうになった。
だが俺には帰りを待つ婚約者と家族がいると訴え続けたら最後には帰ることを許してもらえたよ」
何を思い出したのかゲッソリとした様子になる。
木で家具を作るのが得意なのはもしかしたらそこで学んできたことなのかもしれない。
「その頃には二年経っていて、ようやく帰り着いた生家では弟と元婚約者の家庭ができていた」
両親は手放しで喜んでくれているように見えた。
だが弟とその赤子を抱えた元婚約者が視界に入った時にすべてを察した。
二人の顔を見ることができなくなった。甥の顔すらも。
その時のことを思い出したのか重いため息をはく。
「さすがに居づらいなんてものじゃなかった。その場で理由をつけて親戚を頼って家を出た」
そしてここにいるわけだ、と話を締めくくる。
レオンさんが川に落ちてから弟さんは元婚約者さんと安否連絡のために連絡をしていたそうだ。
すると兄よりも弟とのほうが性格の相性がよかったらしく、
もうレオンさんの生存は絶望的だと判断したご両親の後押しもあり二人は結婚。
4人はレオンさんの死を乗り越えて強く生きると決意した。
そして弟夫婦の間に男の子が産まれ、兄の生まれかわりじゃないかとしんみりしていた矢先だった。
「俺の登場は本当に間が悪かったと思うよ」
ただ名前をつけるまえに帰ったのは良かったかなとつぶやいている。
レオンさんの名前にあやかってつけるか、この子唯一の名前にするかで迷っている最中だったらしい。
それは危ないところだった。
それでも
「間が悪いなんてありません。生きて帰ってきてくれたなら」
一度息を吸い、気持ちを落ち着かせる。
「私は、レオンさんがここにいてくれて、嬉しいです」
これだけは伝えたかった。
「私はレオンさんが生きてここにいてくれたことが本当に嬉しいんです」
感情がこもりすぎて声がふるえてしまう。
でも何をおいても伝えたい。もっと伝えたい。
「帰ってきてくれてありがとうございます。レオンさん」
レオンさんは目をまん丸にしてこちらを見ている。
あの明るい茶色で金色にも見える目。
一目ぼれなんて信じていなかったけれど、私はあの目に魅了されてしまったのだ。
あの天気の良い日の小麦畑のような色を何度も確かめたくてレオンさんに付きまとった。
そうしたらご飯は作れないのにベンチは作れたり、お肉が大好きで野菜が嫌いで、
だらしないようでハンカチは2枚持っていて、
説明不足なのにこちらが納得してくれるまで話続けてくれる、
そんなレオンさんのことを知れば知るほどまるごと好きになってしまっていた。
「アンにそう言ってもらえるなら帰ってきたかいがあったかな」
レオンさんはこの村に来てから初めてみせる自然な笑顔をむけてくれた。
胸がドキドキしている。
私達の間にも何かが始まるのかもしれない。
でも、
ロケットの絵姿がチラつく。
あんなに後生大事に持っていたのだ。
そんなに簡単に気持ちが切り替えられるとは思えない。
私のロケットへ向ける視線に気が付いたレオンさんはハッとした顔をした。
「ちがう、これはちがうんだ。これには訳が」
「そういう言い出しはちがくない時の言い方ですよ」
さっきの始まりの期待がどんどん萎んでいく。
「・・・これは俺の痛々しい過去だ」
「え?」
言いにくそうにしながらもレオンさんは説明しようとしてくれている。
その痛々しい過去が本当ならその内容を人に披露するなんて相当だ。
私は居住まいを正して清聴する構えになると観念したレオンさんがボソボソと話してくれた。
レオンさんんが言うには、このロケットのおかげで隠れ村の人達に婚約者が帰りを待っているという話を信じてもらえたらしい。
しかし今度は美しい婚約者がレオンさんの帰りを毎日祈り続けている。その婚約者は病弱だ。帰らなければ儚くなってしまうだろう。なにせ二人は相思相愛の関係なのだから。
と、どんどん尾ひれがついていってしまったらしい。
なお悪いことに、みなにそう言われ続けているうちに自分もそうだったかもしれないと思うようになってしまったというのだ。
「相思相愛じゃなかったんですか?」
「政略結婚として表面上の交流をしていた程度だ」
でもロケットを肌身離さず持っているのは?思わずロケットにまた目を向ける。
「これは当時の流行りだった」
お互いの絵姿の入ったロケットを送りあうというのが流行った時期があり、
婚約者同士としての嗜みとして送り合っただけで深い感情はなかったらしい。
赤い花が流行っていたらそれを送っていただろうと言う。
「でも今も大切に持っているなんて本当は」
ロケットの言われは分かったけれど、今も大事に所持している理由ではない。
やはりその人のことが忘れられないんだ。本人に自覚がないだけで。
「だからこれは・・なんで言い訳みたいなことを俺はしているんだ」
すっかり弱った声のレオンさんの話は続く。
「さっきも言ったように俺は恋人の奇跡の凱旋をしたつもりで帰宅したわけだ。もろ手をあげて歓迎され涙の抱擁も期待していたと言っていい。そんな目で見るな。すると目の前に現れたのは理想と現実の剥離だ。そもそも元婚約者とは最初に言ったような関係性だ。弟がいなかったら彼女は婚約を解消して別の奴と結婚していただろう。そのことをすっかり忘れていた俺は恋を失った悲劇の主人公のような気持ちになってしまったんだ」
そんな感情は最初から存在してなかったのにと頭を抱えて何度目かの溜息をつく。
私は川に流されたこともないし森で遭難をしたこともない。
けれどそれになって極限の状態だった人が帰路への希望にそのロケットを大事にしていたのなら
その人物のことを好きだったと思うようになるのかもしれない。
「しかし旅をしながら段々頭が冷えた。よく考えたら元婚約者のことは最初にも言ったがお互い悪くもないが良くもないくらいの感情しかなかったんだ。そうなると自分のひたり具合に引いた」
でも、と手元のロケットを見つめる。
「このロケットはあの隠れ村から外へ向けての唯一の繋がりだった。これのおかげで帰ってこれたのには違いないんだ」
それをぎゅっと握りしめるとレオンさん。
「幸運のお守りのようにも思えて、手放すのが惜しいと思ってしまっていた」
と言いながらゆっくりと立ち上がる。
足を開き、腕を後ろに引くと勢いよくそれをぶん投げた。
「えっ?!」
予想していなかった行動に私は仰天した。
ロケットは綺麗な弧をえがいてきらめきながら見えなくなった。
「えっいいんですか?大切なものなんですよね」
飛んで行ったロケットが見えないかと思わず立ち上がって背伸びをする。
「実は今日手放すつもりだった」
「えっでも」
なら拾っただけの私はなんであんなにすごまれたのか。
ちょっと気まずそうに下を向くレオンさん。
「そもそもこれを言いたかったんだ。拾ってくれたのに怖がらせて悪かった」
「いえ、本当に私も・・過剰に反応してしまったというか」
「あのロケットを手放すのは川がいいと思っていた。そして流れていってあの森までいけばと・・・」
どんどん声が小さくなっていく。
無意識に感傷的になっていた自分に恥じ入っているらしい。
「それなのにうっかり落としたうえにアンに拾われて。まるで自分の心の内を全部見られたような気持ちになった。恥ずかしくて叫びたいのを誤魔化していた」
また謝りそうになるレオンさんを止める。
「もう謝らないでください。十分です。それだとお相子にするために私の日記帳を読ませますよ」
「それは俄然読みたいな」
二人で笑いあう。
「儀式めいた手放し方にこだわっていたが、アンに話していたらそんなことは必要ないと気が付いた」
今たくさんのことを知れて頭の中はまとまっていないけれど、
こうやって笑いあえるならそれでいい気がした。
「そういえばなんで今日だったんですか?」
ついでなので疑問はどんどん聞いてしまおう。答えてくれる気がする。
「弟夫婦に第二子が産まれたと手紙があった」
「それはおめでたいですね」
「ああ、そうしたら弟夫婦から見たロケットの存在が気になってきた」
確かに過去に婚約関係にあった人物が既婚になった相手の絵姿をずっと持っているのは嫌かもしれない。
「手紙のやり取りをしてるんですね」
「ああ、もう誤解は解けた。俺の一方的だったが」
家族も弟の家族になった元婚約者もあの時俺の帰りを本当に喜んでくれていたんだよ。
そう照れくさそうにレオンさんは笑った。
「隠れ村に戻ることは考えなかったんですか?」
だいぶあちらでも歓迎されている様子だった。
今戻ってもすぐに迎え入れてくれるのではないか。
若干の不安を抱えながら聞いてみる。
「あー・・・」
「考えたんですか?」
「あそこは、菜食主義の村だ。俺には無理だった」
普段のお肉の食べっぷりをみるに確かに無理そうだ。
言いにくそうにしているのは好き嫌いがあるのを知られてたくないからだろうか。
誰がご飯をいつも届けていると思っているのか。そこはすでにお見通しだ。
「今思うとあの森に滞在した時は肉不足で思考能力が落ちていたのかもしれない」
なにか都合の良いように納得しようとしている。
「でも片寄るのはよくないですから野菜も食べましょう」
正論をぶつけたらそっぽを向かれた。
まったくもうと笑いながら、こんな時間がずっと続けばいいと思った。
レオンさんのことを知りたくてやきもきしていた時も楽しかったけれど
二人で笑いあっている今が一番楽しい。
ふと見ると、金色の目がまともに視界に入った。
そのまましばらく見つめ合うと、レオンさんはポツリと言った。
「この村は親戚を頼ってきた。でも今もここに滞在しているのはアンと出会ったからだ」
突然の告白めいた物言いに私は動揺した。
「わ、わたしがなにかしました?」
「初めて会った時からなにこれと気にかけてくれた。何を話しても嬉しそうに聞いてくれた」
金の瞳がこちらを見ている。
「それが、おかえりなさいと言っているように毎回聞こえるんだ」
そう言ったレオンさんはバツの悪そうな顔をする。
「こんな話をする気はなかった。迷惑なら言ってくれ」
「私、私は」
はっきり言わないと。伝えないと。
「私は、レオンさんに毎日本当のおかえりなさいを直接言いたいです。いってらっしゃいと気をつけてねも言いたい。無事に帰ってくる確率がすごく上がるそうですよ。だから」
懸命に言葉を探す。
「帰る場所に私を選んでください」
実家への誤解もとけた。
隠れ村も野菜さえ我慢できれば戻ることができる。
ロケットを手放した今彼は自由だ。
ならこの場所を選んでほしい。
私がいるここを。
沈黙が訪れる。
ちょっとまってこれって・・・
「とても好みのプロポーズだ」
やっぱりそうなりますよね!!!
違うと言いたいけれど違くない、
否定したくないけれど肯定するには早すぎる。
「わかってる。ゆっくりやろう。手始めに俺は毎朝アンの家に顔を出す。家に帰る時も」
近い将来には、とささやくように付け加える。
「アンが家を出るときは俺がいってらっしゃいを言おう。戻ったらおかえりも言う」
金色の小麦畑が優しく光る。
「ありがとう。俺の帰る場所になってくれて」
私もつられて笑顔になる。
「私も、レオンさん。同じ場所を選んでくれてありがとう」
「おかえりなさい、レオンさん」
「ただいま、アン」




