悪役令嬢になる私が、まだ優しかった王子を好きになった日
お父様とお母様と弟のヘンリーと夕食を取っていた。
いきなりお父様から言われた。
「エミリア、お前はこの国の第一王子、アルベルト殿下との婚約が決まった」
「え? アルベルト様と!?」
私は八歳になったばっかなのに?
「??」
五歳の弟はよく分かっていないようだ。
「明日、王宮で顔合わせをすることになっている。粗相のないように」
え? 明日?
ほんとの話なの?
「お母様……」
「エミリアなら大丈夫よ」
お茶会で話したことはある。
遠い存在と思っていた。
そして、ちょっといいなと思っていた。
でも、大丈夫って?
ほんとに?
母が続ける。
「お茶会でも楽しそうに話してたじゃない」
王子と話しているとすごく楽しい。
でも婚約者?
一緒に話していても遠くから見ている、そんな気持ちだったのに。
「明日のお洋服、どうしましょう?」
「この前作ったでしょ」
あ!?
このためだったのか!?
お母様がいつもとちょっと違う感じはしてた。
「今日は早く寝なさい。クマができたら大変ですからね」
お母様は笑っている。
お父様は続ける。
「王子はお優しい方だ。きっとお前を幸せにしてくれる」
「はい」
考えがまとまらない。
その日の夜。
眠れない。
婚約者?
いきなりすぎて気持ちがついてこない。
でも早く寝ないと。
あの服、王子はどう思うんだろう?
かわいいって思ってくれるといいな。
そんなことを一時間くらい考えているうちに、いつの間にか眠っていた。
「まぁ。やっぱり似合ってるわ!」
お母様が言った。
着付けを手伝ってくれたメイドも笑顔なので似合ってるのかもしれない。
鏡を見る。
うん。悪くない。
どんどん緊張してくる。
用意ほんとに終わったの?
何か忘れてない?
「エミリア、出発するぞ」
「はい」
付き添いはお父様だけで、お母様と弟は家に残っている。
馬車での道中。
お父様と話したが頭の中に入ってこなかった。
王子は私のことどう思ってるのだろう?
今日の私は大丈夫だろうか?
そんなことを考えてた。
城に着き、応接間で待っていると扉がノックされた。
「はい」
お父様が答える。
扉が開き、金髪の男の子が入ってきた。
王子も今年八歳になり、私と同じ年齢だ。
白を基調とした礼装をきれいに着こなし、柔らかな金色の髪もいつもより整えられている。
けれど、きちんとした格好をしていても堅苦しい感じはなく、穏やかな表情はいつもと変わらない。
優しそう。
……いつもより、素敵に見える。
状況のせいなのかしら?
「お久しぶりです。マイヤー侯爵、エミリア嬢」
「お久しぶりです。アルベルト殿下」
お父様はお辞儀をし、私は立ち上がり、カーテシーをした。
「どうぞ。エミリア嬢、おかけください」
「ありがとうございます」
王子はどう思ってるかしら?
決められたから仕方がない?
喜んでくれてる?
不安だわ。
でも、後ろにお父様がいると思うとホッとする。
お父様が言った。
「私は陛下にお話がありますので、少し席を外させていただきます」
お父様!?
お父様は私を見ると、安心させるように笑って頷いた。
そして、本当に部屋から出ていってしまった。
急に心臓がどきどきしてくる。
今までにないくらい。
「エミリア嬢が婚約者と聞いて嬉しかったよ」
胸がどきっとした。
嬉しかった?
そう思ってくれてるんだ。
さっきまで感じてた不安が少し小さくなった。
「私も……聞いた時は、とても嬉しかったです」
言った途端、顔が熱くなる。
絶対、赤くなってる。
変に思われないかしら?
「この間会ったのは、僕が開いた茶会だったね」
「はい。とても素晴らしい会でした」
覚えてくれてたんだ。
何も考えず、楽しく話してた。
……虫が苦手な話をしてた気がする。
なんで、あんな話したんだろ。
でも笑ってくれて嬉しかったのは覚えている。
「虫が苦手な話を熱心にしてくれたのを覚えてるよ」
覚えてた!?
嬉しいような恥ずかしいような。
「覚えていてくださったんですね」
「熱心に話す君がとても面白かったんで覚えてるよ」
「そうなんですね。でも殿下も得意ではないって言っていましたよ」
「そうだっけ? そこは覚えてないや」
そうやって微笑む。
「そーですよ」
私も笑っていた。
どうでもいい話をしているときの空気は温かくて好きだな。
「そうだ。お茶菓子も食べてね」
緊張していて手を付けていなかった。
「このチョコレートもおいしいから食べてみて」
一口食べる。
甘すぎずおいしい。
ちょっと大人の苦さもあるけどこれくらいなら食べられる。
というかむしろ好き。
「とても美味しいですわ」
「よかった。それ、僕が最近好きなお菓子なんだ。気に入ってくれてうれしいよ」
王子が微笑む。
「これが一番お好きなのですか?」
「一番は難しいけど、こっちのきのこの形をしたチョコ菓子も好きだよ」
「まぁ、きのこ派ですの? 私もきのこ派です」
こんな小さなことでも嬉しさを感じた。
そんな話をしているうちに、少しずつ緊張も取れてきた。
王子が立ち上がる。
「今、庭の白薔薇がちょうど見頃なんだ。エミリア嬢にも見てもらいたい」
白薔薇?
私が白薔薇を好きだって、言ったことあったかしら?
……たぶん言ってないわね。
じゃあ、たまたまね。
王子が薔薇園に案内してくれる。
「うちの庭師が作ったんだ。どうだろう」
「とても素晴らしいですわ!」
真っ白な薔薇が一面に咲いている。
一輪一輪の形まで整っていて、とても綺麗だった。
しかも数の多さがすごい。この王都中の薔薇を集めても同じくらいなんじゃないかしら。「薔薇が好きだって聞いたから、ちょうどいいなと思ってね」
「薔薇が好きなの、知ってたんですね? その中でも白薔薇が一番好きです」
白薔薇はたまたまなのね。
でも薔薇が好きって知っててくれたのは嬉しい。
「それは良かった。白薔薇はあなたによく似合う」
また、顔が熱くなるのを感じる。
「少し歩きましょう」
小道の両側には白薔薇が咲いていて、とても素敵な道だった。
「今日は天気が良くてよかったよ。雨だったら見せられなかったからね」
もし雨だったら、これを見られなかったんだ。
晴れて本当によかった。
「はい。散歩するにはちょうどいいですね」
「僕も実は、白薔薇が好きなんだ」
「え? 殿下もですか?」
「うん。毎年咲くのを楽しみにしてるんだ」
「こんなに素敵なんですから、楽しみになりますよね」
こんなにたくさんの白薔薇を見れるなんて羨ましいなと思った。
「毎年一緒に見れたらいいですね」
「!?」
そうだ。
毎年見ることになるかもしれないんだ。
そんなことを考えていた時、突然蜂が私の方に向かって飛んできた。
「きゃあ」
体勢を崩す。
薔薇がある方に向かって倒れそうになる。
「危ない」
王子の腕が私の腰に回っていることに気づいた。
急に顔が熱くなる。
「怪我しなくてよかった」
そう言って笑った。
「ありがとうございます」
私は今日一番、顔が熱くなっている気がした。
王子の顔をちゃんと見られない。
見ようとすると、また頬が熱くなる。
そして帰る時間になる。
王子は馬車まで見送りに来てくれた。
「帰る前に庭師に一本摘んでもらったんだ」
「ありがとうございます」
王子は笑いながら渡してくれた。
とてもいい香りがした。
「また、近いうちにお会いしましょう」
「はい。今日はありがとうございました」
そう言って馬車に乗り込んだ。
王子は手を振っている。
馬車が道を曲がるまで振ってくれていた。
私も見えなくなるまで手を振り続ける。
今まで王子と話すのは好きだった。
でも今日は違う感じで、楽しいではなくもっと他の感情だった。
「今日はどうだった? 失礼なことはしなかったか?」
お父様は微笑みながら聞いてきた。
「とても素敵な方でした。白い礼装も似合っていて、とてもお優しくて。あと、素敵な薔薇園に連れて行ってもらいました。しかも白薔薇だったんです」
「お前は白薔薇が大好きだもんな」
「そのとき、体勢を崩してしまって王子に助けてもらいました」
「そうか、それはよかったな」
そう話しているとき、王子が腕を回して支えてくれたことを思い出す。
また、顔が熱くなってくるのを感じる。
お父様にばれていないといいなと思った。
「白薔薇も貰えてよかったな」
「はい」
そういえば、白薔薇には『私はあなたにふさわしい』って意味もあるらしい。
王子はそれを知って私にくれたのだろうか?
薔薇のことも知っていたし、もしかしたらそうなのかもしれない。




