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短編

白雪姫の魔法の鏡に転生した51歳お局・伊藤あずさ〜「世界で一番美しいのは誰?」って、アンタなワケないでしょ!

作者: 此花サギリ
掲載日:2026/09/04

プロローグ:給湯室の主、鏡に宿る

「ちょっと、白井さん。このお茶、ぬるいのだけど? 来客用のお茶の温度も叩き込まれてないワケ? 令和の新人ってこれだから困るのよねぇ」


会社生活三〇年。総務部の主、生きる化石、社内歩くコンプライアンス違反——それが私、伊藤あずさ(五一歳・独身)であった。

給湯室の隅で若い女子社員にネチネチとお説教を垂れ、社長のスケジュールを把握し、社内のあらゆる噂話を握り潰すか拡散させるかのアザラシ的権力を誇っていた私。だが、人生の終わりはあっけなく訪れた。


新商品の試食会で余った高級メロンを影でコッソリ一人でドカ食いしていたところ、喉に詰まらせてあっけなく窒息死。

享年五一歳。最期の言葉は「ゴフッ(これ、熟してて甘い……)」であった。


——で。


気がつけば、私は暗闇の中にいた。

いや、暗闇というか、フレームの中にいた。


「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」


唐突に、ヒステリックで甲高い女の声が耳元で響いた。

目を開けようにも目がない。手足を動かそうにも手足がない。視界は一八〇度のパノラマ状に広がっており、目の前には豪奢なドレスを着た、妙に派手な顔立ちの女が立っていた。重厚な城の一室。壁には紫の帳、床には豪華な絨毯。


(……は? 何この劇団の衣装みたいなの。というか、私、姿鏡になってない??)


「ちょっと! 聞いているの!? 鏡よ、この世で一番美しいのは誰なの!?」


甲高い声の主——ツンと澄ましたド迫力の美魔女が、鏡(私)の表面をペチペチと叩いてくる。

あ、思い出した。私、これ知ってる。童話の『白雪姫』だわ。

そして目の前にいるのが、あの有名な継母の「お妃様」。


普通なら「それはお妃様、あなたです」とゴマをすって平和に過ごすのが、この物語のテンプレだろう。あるいは知識を活かしてチート無双するか。

だがねえ、私は伊藤あずさ。三〇年間、総務部で百戦錬磨のOLたちを締め上げてきた「お局の中のお局」なのよ。


目の前でヒステリックにキーキー騒ぐ、厚化粧の若造(どう見ても二〇代後半)のお妃を見た瞬間、私の臓腑(ないけど)の奥底から、長年培われた「お局魂」がウズウズと湧き上がってきた。


「ちょっと、さっきからペチペチ叩かないでちょうだい。指紋がつくだわさ」


「え……? か、鏡が喋った……? でも、声が想像と違う……もっと神秘的な男の声かと思ってたのに、なんか近所のオバサンみたいな声……」


「失礼ね! 近所のオバサンじゃなくて、元・大手商社総務部係長の伊藤あずさよ! アンタねぇ、目上の鏡に向かって何その態度は? 『この世で一番美しいのは誰』だぁ? 鏡に向かってタメ口叩いてんじゃないわよ!」


「な、なんですってぇ!?」


お妃様は目を見開き、綺麗なお顔を真っ赤にしてプルプルと震え出した。

ふん、さっそく一発カマしてやったわ。今日からこの鏡の中は、私の城よ。覚悟しなさい、新米お妃!


第一章:お局鏡と、増長お妃の不都合な日常

お妃様の名はグリゼルダといった。

他国からこの国に嫁いできたばかりの若き王妃。自慢の美貌で国王を骨抜きにし、後妻の座に納まったばかりの「イキリ女」である。


「ちょっとあずさ! 今日の私はどう!? この最新のシルクのドレス! パリ(※この世界にはないがそれっぽい場所)から寄せ寄せで作らせたのよ! 当然、世界で一番美しいのは私よね!?」


翌朝、豪華な朝食を平らげたグリゼルダが、勝ち誇った顔で鏡(私)の前にやってきた。

ギラギラとした宝石をジャラジャラ着け、化粧もバッチリ。いかにも「私を見て!」という承認欲求の塊である。


私はふーっと(呼吸はないが)溜息をつき、画面の照度を少し落として言った。


「あのねぇ、グリゼルダさん。朝一番から大声出さないでちょうだい、頭に響くわ。それに何そのドレス? 紫地に赤の刺繍って、目がチカチカするのよ。バブル期のディスコかい」


「なっ……! バブル……!? 何言ってるのよ、これが最新の流行なのよ!」


「流行りだかなんだか知らないけど、アンタのそのパーソナルカラーに全然合ってないわよ。アンタ、イエベ秋でしょ? そんな青みの強い紫着たら、顔色にくすんで土色に見えるわよ。それにその口紅! 歯についちゃってるわよ、前歯に!」


「きゃああっ!?」


グリゼルダは慌てて口元を押さえ、近くの手鏡(普通の鏡)で確認して悲鳴を上げた。


「な、なんで教えてくれなかったのよバカ鏡!」


「教えたじゃない。第一ね、朝の挨拶もなしに『私が一番美しいか』って、アンタの頭の中にはナルシシズムしか詰まってないの? 挨拶は基本でしょうが。『おはようございます、あずささん』は?」


「う、うぐぐ……お、おはようございます、あずささん……」


「よろしい。で、ご質問の『世界で一番美しい人』だけどね」


私はじーっとグリゼルダの顔を検分した。

確かに美しい。絶世の美女と言って差し支えない。だが、お局の目は誤魔化せない。


「アンタねぇ、目の下にうっすらクマができてるわよ。昨日の夜、深夜まで甘いパン食べてたでしょ。お腹の肉もちょっと乗ってきてるんじゃない? ドレスのウエスト、無理に締め上げてない?」


「ひ、ひぃっ……! なんで分かるのよ……! 昨日の夜、厨房からこっそりカスタードパイを……」


「鏡を舐めないでちょうだい。全部お見通しよ。そんな不健康な生活しといて『世界一の美女』なんて一〇年早いわ! 今日の世界一の美女? そうねぇ、隣国の修道院で朝五時に起きて清掃に励んでる一五歳の見習いシスターの方が、肌のツヤも心も綺麗だから一〇〇倍美しいわね」


「キーッ!! 悔しい! 悔しいわ!!」


グリゼルダは地擦りをして暴れた。

ふふん、甘いわね。総務部で二〇代の女子社員を泣かせてきた私の前で、そんな子供騙しの美貌が通じると思ったら大間違いよ。


こうして、お妃グリゼルダの「いびられ生活」が幕を開けたのだった。


第二章:白雪姫(一四歳)、襲来

それからというもの、グリゼルダは毎日毎日、私にお小言を言われ続けた。


「グリゼルダさん、姿勢が悪い! 猫背になってるわよ!」

「グリゼルダさん、王様への言い方がきついわ。もっと男を持ち上げるような話し方を勉強しなさい!」

「グリゼルダさん、また城の庭師に当た散らしたでしょ? 廊下のモップがけ一〇〇往復の刑よ!」


「な、なんで私がモップがけなんて……! 私、お妃なのよ!?」


「お妃だからこそ、下の者の気持ちが分からなきゃダメなの! ほら、腰を入れて拭く!」


グリゼルダは泣く泣く豪華なドレスの裾を捲り上げ、廊下を拭き掃除していた。

可哀想に、と思うかもしれないが、これでお城の評判は爆上がりだった。

「あのお高飛車だった新お妃様が、急に謙虚になって掃除までなさっている……!」と、使用人たちの間でお妃様の好感度は鰻登り。グリゼルダ自身は「あずさに怒られるから」やっているだけなのだが。


そんなある日。

ついに「あの時」がやってきた。


「あずささん……あのね、今日、先妻の連れ子の『白雪姫』が、一四歳の誕生祝いで舞踏会デビューするの」


グリゼルダは怯えと対抗心が混ざったような顔で、鏡の前にやってきた。

少し痩せて、立ち姿も美しくなり、お局指導のおかげで肌ツヤも格段に良くなったグリゼルダである。


「ふん、白雪姫ね。おとぎ話の主役様ご到着ってわけね。それで、アンタまた『誰が一番美しいか』を聞きたいワケ?」


「……う、うん。私、最近あずささんの指導のおかげで、城の人たちにも『お綺麗になられましたね』って言われるし……もしかして、私じゃないかなって……」


モジモジしながら尋ねるグリゼルダ。可愛いところもあるじゃない。

だが、私は童話のプロであり、お局である。妥協は許されない。


「どれどれ、その白雪姫とやらを見せてみなさい」


私は遠視の魔法(鏡の機能)を使って、城の広場を写し出した。


そこにいたのは——。


(あ、これはアカンやつだわ)


透き通るような白い肌、黒髪のボブカット、血のような赤い唇。

そして何より、溢れ出る「無垢でウブなヒロインオーラ」。

二〇代後半の、ちょっと擦れかけたグリゼルダ(※指導中)とは違い、ピチピチの一四歳。天然の透明感。


「あ……あわわ……」


画面を見たグリゼルダが顔を蒼白にする。


「あずささん……私……私……」


私はフッと溜息をつき、冷静に宣告した。


「グリゼルダさん。現実を見なさい」


「ひっ……!」


「白雪姫ちゃんね。白雪姫ちゃんが一番美しいわ」


「やっぱりぃぃぃぃぃ!!」


グリゼルダは大号泣して崩れ落ちた。


「知ってた! 知ってたわよ! あの子、昔から可愛いし、歌は上手いし、鳥は集まってくるし! 私なんて、いくらメイクしても、いくら掃除しても、あの子の天然の可愛さには勝てないのよぉぉぉん!」


「ちょっと、見苦しいわよグリゼルダさん!」


私は鏡のフレームをガタガタと揺らして怒鳴った。


「勝てるわけないでしょうが! 相手はピチピチの一四歳よ!? 素材が違うの! アンタが一四歳の子と真っ向勝負してどうするのよ! 年相応の『大人の色気』と『包容力』で勝負しなさいって、いつも言ってるでしょうが!」


「だって……だってぇ……! 一番じゃないと嫌なのぉぉ! うわぁぁぁん!」


地踏みをしながら子供のように泣き叫ぶグリゼルダ。

やれやれ、これだから若造(二〇代後半)は手がかかる。


そして案の定、グリゼルダは最悪の行動に出ようとした。


「……そうだわ。狩人を呼びましょう。あの娘を森に連れ出させて、心臓を切り取って……」


「こ〜ら〜〜〜〜!!」


私は鏡の画面いっぱいに、鬼のような私の前世の顔(五一歳お局の怒り顔)をドアップで映し出した。


「きゃあああああっ!? なにこれ怖い!!」


「アンタねぇ!! 嫉妬に狂って殺人手配だぁ!? 昭和のサスペンスドラマの見すぎよ! 警察(騎士団)に足がついたらどうするの!? 終身刑か処刑よ!? アンタの人生、そこで詰み(人生終了)なのよ!?」


「でも……でもぉ……!」


「いいから落ち着きなさい! 狩人を呼ぶ? バカねぇ、そんな物騒なことしなくても、もっと良い方法があるわよ」


「え……? 良い方法……?」


涙目になったグリゼルダが、おずおずと私を見上げる。

ふふん。私はニヤリと(画面の中で)笑った。


「白雪姫ちゃんを一四歳で殺すなんて勿体ない。あんな可愛い子、手元に置いて『徹底的に女子の社交界のマナーを叩き込んで、アンタの手下』にしちゃえばいいのよ!」


第三章:白雪姫、お局の弟子になる

翌日。

お妃グリゼルダは、私からの指示通りに白雪姫(スノーホワイト)を自分の部屋に呼び出した。


白雪姫は、継母に殺されるかもしれないと怯えていたのか、プルプルと震えながら部屋に入ってきた。


「お、お妃様……お呼びでしょうか……」


(うーん、可愛いわねぇ。小動物系女子ね。昭和のアイドルで言えば初期の松田聖子ってところかしら)


グリゼルダは、事前に私から叩き込まれた「優しい笑顔(ただし威厳を保つ)」を浮かべ、白雪姫に手招きした。


「白雪ちゃん、立ちなさい。怖がらなくてもいいのよ。今日あなたを呼んだのは他でもないわ。あなた、今日から私の『付き人』になりなさい」


「え……? つ、付き人……ですか?」


「そうよ。あなたも一四歳。そろそろ本格的な帝王学ならびに、淑女のマナーを学ばなくてはならないわ。このお城で一番マナーに厳しい『特別講師』を招いたの。……あずささん、お願い」


「はいはい」


私が鏡の表面に、メガネをかけた知的(自称)なお局のシルエットを映し出すと、白雪姫は目を丸くした。


「ま、魔法の鏡……!?」


「初めまして、白雪姫ちゃん。私があなたの教育係のあずさよ。言っておくけど、私は甘くないわよ。グリゼルダさんですら毎日泣いてるんだから」


「ちょっとあずささん、余計なこと言わないでよ!」とグリゼルダが突っ込む。


「さて、白雪姫ちゃん。貴女の評判は聞いてるわ。動物と喋れる? 歌が上手い? 結構ね。でもね……『挨拶の時の背筋が曲がってる』わよ!」


「ひゃいっ!?」


白雪姫は思わず背筋をピンと伸ばした。


「それから何その髪型! ボブカットなのは良いけど、寝癖がついてるじゃないの! 歌を歌って鳥を集める前に、自分の髪の毛をブラッシングしなさい! 衛生観念はどうなってるの!」


「す、すみません……!」


「謝る時は『申し訳ございません』!語尾を伸ばさない! ほら、グリゼルダさん、手本を見せてあげなさい!」


「はいっ!」

グリゼルダはピシッと美しいお辞儀をして見せた。「申し訳ございません、あずささん」


「よし、グリゼルダさん完璧。白雪ちゃん、見習いなさい!」


「は、はいっ! 申し訳ございません!」


白雪姫は驚きに目を見張りながらも、一生懸命にお辞儀をした。

そう、この子は素直なのだ。素直な新人は伸びる!


こうして、お妃グリゼルダと白雪姫の「ダブルお局指導生活」が始まった。


朝六時開校。

まずは発声練習とお辞儀の角度(三〇度と四五度の使い分け)。

続いて、王宮の歴史と、他国の貴族たちの派閥図の暗記。

さらには、給湯室……もとい、ティータイムでの「気の利いたお菓子の出し方」と「嫌味な貴族への笑顔でのかわし方」。


「白雪ちゃん! 隣国の公爵が『姫様は今日も可憐でお美しい』って言ってきたら、どう返す!?」


「え、ええと……『ありがとうございます』……?」


「ダメーーーッ!!」


私の喝が飛ぶ。


「そんなの『私は自分が美しいと自覚してます』って言ってるようなものよ! そこはね、『公爵様の洗練されたお言葉に比べましたら、私などまだまだ未熟でございます』って微笑んで、相手を持ち上げつつスルーするのよ! グリゼルダさん、お手本!」


「『おほほ、公爵様ったらお上手ですこと。奥様の美しさにはとても及びませんわ』よ!」


「素晴らしいわグリゼルダさん! 相手の妻を褒めて牽制する高等テクニックね!」


「す、すごいです、お妃様……!」


白雪姫は目を輝かせてグリゼルダを見つめた。

最初は継母を恐れていた白雪姫だったが、毎日一緒に厳しい(無駄に実践的な)お説教を受けるうちに、グリゼルダを「頼れるお姉様」として尊敬し始めていたのだ。


グリゼルダもグリゼルダで、素直に自分を慕ってくる白雪姫が可愛くてたまらなくなっていた。


「あずささん、見て! 白雪ちゃんが焼いたクッキーよ! ちょっと焦げてるけど、すっごく美味しいの!」


「グリゼルダさん、鼻の下が伸びてるわよ。甘やかさないの。白雪ちゃん、焼き時間が三分長いわ。やり直し!」


「はいっ、あずさ先生!」


……あれ? 私、白雪姫を殺そうとする継母の物語を解消しちゃった?

まあいいわ。社内の人間関係は良好であるに越したことはないのだから。


第四章:毒リンゴ作戦(※物理)

しかし、物語の「強制力」というのは恐ろしいものである。


白雪姫が一六歳になった年。

王国の近隣にある「七つの小人」が住む森で、大規模な魔物騒動が発生した。


森の鉱山から溢れ出た邪悪な魔気が、お城にまで迫ってきたのだ。

その魔気の元凶は、森の奥に封印されていた「古の悪霊」。


そして、その悪霊はあろうことか、城の庭に生えていた立派なリンゴの木に憑依し、真っ赤で禍々しい「毒リンゴ」を実らせたのである。


「大変よあずささん! 庭のリンゴが……なんだか禍々しい紫色のオーラを放ってるわ!」


グリゼルダが青ざめた顔で報告してきた。


私は遠視の魔法で庭のリンゴを観察した。


(うわぁ……ドロドロした紫の毒気が溢れてるわね。これ、一口でも食べたら永遠の眠りに落ちるタイプの呪いだわ)


その時、廊下から「まあ、美味しそうなリンゴ!」という声が聞こえた。


白雪姫だ。

すっかり美しい大人の淑女に成長した白雪姫だが、相変わらず天然で食いしん坊なところがある。彼女がその毒リンゴに手を伸ばそうとした瞬間——


「白雪、触っちゃダメーーーッ!!」


グリゼルダが凄まじいタックルで白雪姫を吹き飛ばした。


「キャッ!? お、お妃様!?」


「だ、ダメよ白雪! そのリンゴは毒……じゃなくて、ええと、か、カビが生えてるわ!」


「えっ? こんなに赤くて綺麗なのに……?」


鏡の中から、私は呆れ果てて指示を出した。


「グリゼルダさん、嘘が下手くそね! 白雪ちゃん、そのリンゴは悪霊の呪いが詰まった危険物よ! 触ったら死ぬわよ!」


「ええっ!? 魔法の鏡さんが喋った……(※白雪姫はあずさが鏡だと知っている)」


呪いの毒リンゴ。童話なら、ここで白雪姫が食べて倒れ、小人の家へ運ばれ、王子様のキスを待つ展開だ。


だが、ここは伊藤あずさが仕切る王宮である。そんな不衛生かつ非効率な展開、許すわけがない。


「グリゼルダさん。その毒リンゴ、回収しなさい」


「えっ!? 私が持つの!? 嫌よ、呪われたくないわ!」


「皮の手袋をして、トングで掴むのよ! 触らなきゃ大丈夫! それから、厨房から『蒸留酒』と『砂糖』と『煮沸消毒した大瓶』を持ってきて!」


「……は? 蒸留酒?」


首をかしげる二人。ふふん、甘いわね。

毒? 呪い?

そんなもの、『アルコール消毒と果実酒漬け』にしてしまえば関係ないのよ!


数時間後。お妃の部屋にて。


大きなガラス瓶の中に、細かく刻まれた毒リンゴ(※トングと包丁でグリゼルダが必死に刻んだ)と、大量の氷砂糖、そしてアルコール度数五〇度の強力な蒸留酒がなみなみと注がれていた。


「あずささん……これ、何をしてるの……?」


白雪姫が恐る恐る尋ねる。


「『毒リンゴ酒』よ。いい? 毒や呪いっていうのは有機物の一種なの。強烈なアルコールに浸して長期間熟成させれば、毒素は分解され、逆に薬効成分だけが抽出されるのよ(※あずさのガバガバお局雑学)。さらに氷砂糖で甘みを加えれば……滋養強壮に効く最高級の薬用酒の完成よ!」


「「ええええええええっ!?」」


グリゼルダと白雪姫の声が揃った。


「一カ月後が楽しみね。熟成したら、隣国の嫌味な王様への献上物にするわ。『我が国の特製・美肌薬用酒でございます』ってね」


「あ、あずささん……アンタ、悪魔より恐ろしいわ……」


グリゼルダが引きつった笑顔で呟いた。

失礼ね、資源の有効活用と言いなさい。


第五章:王子様の面接試験

毒リンゴ事件(※果実酒加工)から数日後。


城に朗報が届いた。

隣国の第一王子である「チャーミング王子」が、白雪姫に求婚するためにやってくるというのだ。


「まあ! 王子様が私に!?」


白雪姫は頬を染めて喜んだ。一六歳、乙女の年頃である。


だが、お妃グリゼルダと私(鏡)の顔は険しかった。


「白雪ちゃん。浮かれちゃダメよ」


私は鏡の中で腕組み(のポーズ)をした。


「男なんてね、最初は甘い言葉を囁いて近づいてくるけど、結婚した途端に家事は任せきり、義母の愚痴はスルー、ゴルフと酒に逃げる生き物なのよ!(※あずさの偏見)」


「そうよ白雪!」とグリゼルダも乗っかる。「王子なんてイケメンなだけで、中身はただのボンボンかもしれないじゃない! ちゃんと吟味しなきゃダメよ!」


「え、ええぇ……お二方、厳しすぎませんか……?」


そして訪れた、面接……もとい、謁見の日。


豪華な衣装に身を包んだチャーミング王子が、堂々と大広間に入ってきた。

金髪碧眼、爽やかな笑顔。まさに絵に描いたような王子様である。


「初めまして、美しい白雪姫。そしてお妃様。私は……」


「はい、そこまで!」


バンッ! と大広間に設置された特大の鏡(私)から、大音量が響き渡った。


王子は跳び上がって驚いた。「な、なんだ!? 鏡が喋った!?」


「チャーミング王子とおっしゃいましたね。私は教育係のあずさです。白雪姫ちゃんとのご結婚をご希望とのこと、結構です。ではこれより『第一回・新郎適性面接』を執り行います」


「め、面接……!?」


王子は呆然とした。白雪姫はヒヤヒヤしながら見守り、グリゼルダは私の横で面接官のように腕を組んでいる。


「質問一! 王子、貴方の年収……じゃなかった、国家の年間歳入と、内訳における福祉費の割合は!?」


「えっ!? あ、ええと、歳入は金貨約五〇万枚で……福祉は一割ほど……」


「甘い! 福祉が一割なんて、高齢化社会に対応できないでしょうが! 建て直しなさい!」


「は、はいっ!?」


「質問二! 白雪姫ちゃんが将来、産後うつや育児ノイローゼになった場合、貴方は具体的にどう手助けしますか!? 『愛してるよと言って抱きしめる』なんて回答は減点対象よ!」


「えっ、えええ……!? い、イクメン休暇を取得し、育児書を二〇冊読んでシッターを手配します……!」


「ほう……悪くないわね。じゃあ質問三! 貴方のお母様(現王妃)と白雪姫ちゃんが嫁姑問題で揉めた場合、貴方はどちらの味方をしますか!?」


「な……っ!!」


これは、面接の最難関質問である。

王子は額に汗を浮かべ、必死に考え込んだ。


「そ、それは……母の意見も聞きつつ……」


「落選ーーーーーッ!!」


私の雷が落ちた。


「『両方の意見を聞く』なんて、一番ダメな日和見菌よ! そこは『一〇〇%白雪の味方をし、母には僕から厳しく言っておく』と即答しなさい! 男が間に入って板挟みになってどうするのよ!」


「ご、申し訳ございませんんんっ!」


王子は豪華な衣装のまま、床に正座させられていた。


グリゼルダが横から口を挟む。


「あずささん、でもこの王子様、根は真面目そうよ? 私の目から見ても、浮気はしなさそうだし」


「ふむ……そうね。根性はあるわね。……王子、最後の質問よ」


私は照度を戻し、静かに尋ねた。


「貴方は、白雪姫ちゃんの『完璧な美しさ』だけに惹かれているの? それとも、彼女が失敗したり、年を取ってシワが増えたりしても、変わらず愛し続ける覚悟はあるの?」


王子は正座したまま、顔を上げた。

その瞳には、さっきまでの怯えはなく、真っ直ぐな光が宿っていた。


「……もちろんです! 私は、白雪姫様のお美しい顔立ちだけでなく、先ほど私の不甲斐ない回答にハラハラしながらも優しく見守ってくださった、そのお心に惚れ込みました! たとえ何があろうと、一生彼女を守り抜きます!」


白雪姫が「王子様……!」と頬を赤らめる。


私はふーっと息を吐いた(音だけ)。


「……不合格にする理由は、なさそうね。グリゼルダさん、どう?」


「合格よ! 合格! 白雪ちゃん、良かったわねぇぇぇ!」


グリゼルダと白雪姫は抱き合って喜んだ。

王子は脱力して床にへたり込んだが、どこか清々しい顔をしていた。


こうして、白雪姫とチャーミング王子の婚約が正式に決定したのである。


第六章:お局たちの居場所

数年後。


白雪姫は王子と結婚し、隣国で幸せに暮らしている。

定期的に届く手紙には「あずさ先生とグリゼルダお義母様のおかげで、義母(現王妃)とも円満にやっていけています! 今度、子供が生まれました!」と書かれていた。


で、残された私とグリゼルダはというと。


「ちょっとグリゼルダさん! この新人の侍女の教育計画書、フォーマットが違うわよ! 提出前に確認しなさいって言ったでしょう!」


「ご、ごめんなさいあずささん! すぐ修正します!」


王宮の一室。

そこは今や『王宮総務部・新人教育課』という看板が掲げられていた。


私とグリゼルダは、城で働くすべての侍女、騎士、果ては官僚たちの「マナー指導・人間関係トラブル相談窓口」として、城中で絶対的な権力を誇っていた。


「魔法の鏡」の噂は国中に広まり、今や他国の王族までもが「あずさ先生に人間関係の相談をしたい」「嫁姑問題を解決してほしい」と、大金を積んで押し寄せてくる始末である。


「ふぅ……今日も一〇件の面談をこなしたわ。疲れたわね、グリゼルダさん」


「ええ、あずささん。でも……私、今が一番楽しいわ」


グリゼルダは、綺麗にブラッシングされた髪を揺らし、心からの笑顔を浮かべた。

かつてのヒステリックで高慢だったお妃の面影はない。今の彼女は、城中の人々から「頼れる肝っ玉お妃様」として絶大な信頼と愛を集めている。


「昔の私は『一番美しくなきゃ嫌だ』なんて、バカなことばかり考えてた。でも、誰かと比べなくても、自分の居場所があって、人に感謝されるのって……こんなに気持ちが良いのね」


「あら、気づくのが遅いわよ。三〇年遅いわ」


「ふふ、あずささんには敵わないわね」


グリゼルダは私の画面(鏡)を、優しく布で拭いてくれた。

以前のように爪でペチペチ叩くのではない。丁寧に、愛おしそうに。


「鏡よ、鏡」


グリゼルダが微笑みながら語りかける。


「この世で一番……幸せなのは、誰かしら?」


私は照度を少し上げて、最高に意地悪で、最高に温かい声を響かせた。


「アンタに決まってるでしょうが、バカねぇ」


「……ふふ、ありがとう、あずささん」


童話『白雪姫』。

そこにあったはずの毒リンゴも、七人の小人も、死の呪いも、ここには存在しない。


あるのは、元お局と、更生したお妃が作る、ちょっと厳しくて、とっても賑やかな、幸せな王国の日常だけだった。


(まあ……メロンを喉に詰まらせて死んだ割には、最高の第二の人生(鏡生)じゃないかしらね)


私は画面の中で、満足げにお茶(のイラスト)を啜るのだった。

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