第十一話:隣国の姫、お礼を述べに来る
それは、飢饉支援が始まってから三週間後のことだった。
村の空気は、もう以前のそれとは別物になっていた。
倉庫には余剰。
道には輸送の列。
畑には第二期の作付け。
そして――
「……また来たのか」
俺はため息をつく。
執事が緊張した顔で報告する。
「本日は……正式な外交使節です」
「昨日と何が違う」
「“王族”です」
その一言で、空気が変わる。
村人たちがざわつく。
「王族……?」
「こんな辺境に?」
「嘘だろ……」
門の外。
整然とした騎士団。
そしてその中心に――
一台の馬車。
白い装飾。
金の紋章。
明らかに“格が違う”。
扉が開く。
降りてきたのは、一人の女性だった。
淡い銀髪。
整った姿勢。
だが、目だけは妙に真っ直ぐだった。
「……ここが、クロムウェル領ですね」
静かな声。
執事が即座に頭を下げる。
「隣国王女殿下におかれましては――」
「形式は結構です」
彼女は手を軽く上げる。
そして、俺を見る。
「あなたが、領主?」
「ああ」
俺は短く返す。
沈黙。
普通の貴族ならここで膝を折る空気だが、俺はそのままだ。
彼女は少しだけ目を細めたあと、言った。
「まずはお礼を」
「食料供給により、国内の飢饉は一応の収束を見ました」
「助かった」
それだけ言うと、彼女は一礼する。
だが次の瞬間――
その言葉に、少しだけ“違和感”が混ざる。
「ただし」
空気が変わる。
「国の中では、意見が割れています」
執事が息を呑む。
「意見……とは?」
「あなた方の領地は、“救済者”なのか、“支配者”なのか」
沈黙。
村人の一人が小さく呟く。
「支配者……?」
俺は少しだけ笑う。
「今さらか」
彼女は続ける。
「食料の流れはすでに、我が国の生命線です」
「つまり――」
「止められれば、国が止まる」
その瞬間、空気が重くなる。
執事が低く言う。
「旦那様……これは政治的に極めて危険な状態です」
「知ってる」
俺は即答する。
だが姫はそのまま続けた。
「だからこそ、私は来ました」
一歩、前へ。
「感謝と同時に、確認をしに」
「何をだ」
「あなたは、この領をどうしたいのか」
その言葉で、周囲が静まる。
彼女の目は、真っ直ぐだった。
“試している”目ではない。
“見極めている”目だ。
俺は少しだけ考える。
そして答える。
「腹を満たす場所だ」
それだけ。
姫は一瞬だけ黙る。
「それだけ?」
「ああ」
「国家でもなく?」
「結果的にそうなるなら、そうなるだろ」
その答えに、姫は初めて表情を崩す。
わずかに、驚いた顔。
「……変わった方ですね」
「よく言われる」
その瞬間だった。
頭の奥で、土地改良が微かに反応する。
――外部認識:安定化
――関係性:非敵対優位
――影響範囲:拡張可能性あり
(また広がるか)
俺は内心で呟く。
姫は少し視線を落とし、続ける。
「一つ、お願いがあります」
「言ってみろ」
「可能なら……この食料供給の“仕組み”を、我が国にも」
執事が顔色を変える。
「それは国家技術の――」
「無理だ」
俺は即答した。
静寂。
姫は目を細める。
「理由を伺っても?」
俺は畑の方を見る。
「仕組みじゃない」
「環境だ」
「土、道、水、人の流れ。全部一緒に変えてる」
少し間を置く。
「部分だけ真似しても、意味はない」
姫は黙る。
そして――静かに息を吐いた。
「……やはり」
「やはり?」
「あなたの領は、“技術”では説明できない」
その言葉に、村人たちがざわつく。
俺は肩をすくめる。
「説明できないと困るか?」
姫は少しだけ笑う。
「いいえ」
「むしろ、その方が厄介です」
その夜。
姫は帰らなかった。
村の外の仮設施設に滞在することになる。
焚き火の前。
彼女は静かに麦粥を口にする。
「……美味しい」
小さく呟く。
侍従が驚く。
「王宮の食事よりも、ですか?」
姫は少し間を置いて答える。
「比べる必要がないわ」
「これは“食事”です」
その言葉を、俺は少し離れた場所で聞いていた。
執事が小声で言う。
「旦那様……このままでは外交関係が――」
「もう関係はできてる」
「え?」
俺は焚き火を見ながら言う。
「食ってる時点でな」
その言葉に、執事は黙る。
夜風が吹く。
遠くで、姫が畑を見ている。
その視線はもう「視察」ではなかった。
「……あの領は」
小さく呟く。
「理解できない」
だがその声には、恐怖はなかった。
代わりにあるのは――興味だった。
そしてその中心で、男は畑を見ている。
「そろそろ“外交”じゃなくなるな」
小さく呟く。
豊かさは、他国の理解を超え始めていた。
そして次に来るのは――
理解ではなく、「依存」だった。




