兄が婚約破棄したせいで代わりに婚約させられましたが、相性悪すぎて喧嘩しかしてません
「お前の兄貴が姉さんにしたこと、俺は絶対に許さないからな」
婚約者になった男――ルーカスが私を強く睨み付けてくる。
ごもっとも。
それしかない。
だってそれは私の兄アベルが、ルーカスの姉マリアンナ様との婚約を壊した件を指してるんだから。
それでも言わずにはいられなかった。
「なんでアベル兄さんの尻拭いを、私がしなきゃいけないの!!」
愛想笑いもかなぐり捨てて、テーブルを叩きつけた。
目の前に座るルーカスが同じ勢いで怒鳴る。
「俺が知るか!!お前んとこの父親に言え!!」
「カーテス商会が手に入れば、息子でも娘でも構わないってなんなのよ!」
カーテス商会は私の実家だ。
私、ルチア・カーテスは、本日、晴れて目の前の男と婚約をした。
不本意!
「お前の兄貴が、浮気なんてするからだろうが」
ルーカスが吐き捨てた。
私だって、兄さんがあんなにバカだとは思わなかった。
伯爵令嬢を婚約者に持つ身で、男爵令嬢ごときに夢中になり、骨抜きになるなんて!
いけない。
たった一文で終わる兄さんの愚行を思い出したら、また怒りが…。
もともと、兄さんとマリアンナ様が結ぶはずだった両家の縁。それをぶち壊した我が家に拒否権なんてなかった。
ただ、ひとつ言いたい。
「なんで、こいつ!!!」
「なにか言える立場だと思うなよ!」
指を突きつけた私の顔を、ルーカスがみょーっと引っ張った。
「乙女の顔に、なんてこと!」
「お前みたいなのは『乙女』とは言わない!じゃじゃ馬のくせに!」
兄さんとマリアンナ様の婚約は早くに決まっていた。当然、家同士の付き合いも長い。
――私たちは幼馴染みだ。
ただ、微笑ましく仲の良かった兄さん達と違い、私とルーカスはものすごく仲が悪かった。
顔を合わせれば罵りあうので、親に強制的に引き離されていたくらいだ。
「父さんもあんまりよ!何がなんでも貴族との縁がほしいんだわ、あの強突張りのクソだぬき!」
「うちだって、金と物流のルートが欲しいだけだろうよ」
ルーカスは鼻を鳴らして、テーブルのマカロンに手を伸ばした。
悔しいが、顔だけは良い男に育っている。
ルーカスは私の視線に気がつき、手元のマカロンと私を見比べた。
「やらねぇぞ。お前のはそっちにあるだろ」
「取らないわよ!」
こいつ、私をいくつだと思ってるんだ。乱暴に自分の皿に手を伸ばして口に放り込む。
ん!このベリーのやつ美味しい!
「はっ…、単純」
ルーカスが鼻で笑う。
ムカつく。
「お前の兄貴も魅了魔法の被害者っていうのは聞いたけどな」
「…ぐ。わが兄ながら不甲斐ない。跳ね返してよ、そのくらい」
拳を握りしめ、怒りに震える私にルーカスが小さく吹き出した。
「…ふっ。跡取りから外されて、商会の船で肉体労働。家に戻れる見込みもねぇんだろ?」
「どんな理由でも、マリアンナ様を傷つけたのは許されないわ」
ルーカスが肩をすくめた。
「姉さんは、お前が土下座しに来たときに吹っ切れたらしいぜ?」
「あんなの、全然足りないよ…」
「姉さんが良いって言ってんだから、それは良いだろ?」
少し低いルーカスの声が、優しく聞こえるのが憎らしい。
「俺は許さないしな!」
「…っ!ぐ!!!」
許されたくないのを見透かされたみたいで、それも悔しい。
テーブルに肩肘をつき私を見るルーカスと目が合う。
くそ!本当に顔だけは良くなったな!
顔だけは!!
「お前の兄貴の事は許さないけど、それ以外はお前次第だろ」
「なによそれ。慰めてんの?」
「誰がそんなことするか、ばーか」
こいつ、今日うちに来てから何回私を鼻で笑ったよ?
覚えてろ。
「いつまでも引きずるくらいなら、うちのためにせいぜい働けっつってんだよ」
ルーカスの唇が薄く引き上がった。
分かりやすい挑発。
「…分かったわよ!伯爵家がひれ伏すほど稼いでやるわ、見てなさい!」
その喧嘩、買ってやるわ。
兄のやらかしを帳消しにするくらいの価値をルーカスに叩きつけてやる。
「なんで、そんなに偉そうなんだよ」
「うるさーい!」
私の宣戦布告は、またしてもルーカスに鼻で笑われたのだった。
ムカつく。
少しだけ前を向けるようになった気がしたのは誰にも教えない。




