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明日からの事

「それでは明日、候補生は招集に応じる様に。」

紹介だけだった七人目の候補生と代表局の男が去ったあと 教室にはしばらく誰も声を出さなかった。

さっきまで普通の授業が行われていた場所とは思えないほど 空気が重かった。


黒板にはまだ数式が残っていた。

チョークの粉がうっすらと舞っている。

窓の外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。


全部いつも通りのはずだった。


だが。


何かが決定的に変わっていた。


やがて最初に口を開いたのは佐藤凛太郎だった。


「……で 明日って本当に行くのか」


誰に向けたというより 自分の中の確認のような声だった。


真壁蒼が腕を組んだまま答える。


「行かなきゃならないだろ 呼び出しだ」


東雲悠斗が静かに続ける。


「任意ではないな 法的拘束があるはずだ」


その言葉に数人が小さく息をのむ。


桐生美月がため息をついた。


「まだ十五〜十六歳なんだけどな 私たち」


神代蓮が椅子の背にもたれながら言う。


「年齢は関係ないってことだろ 国家資産なんだから」


その言葉がやけに現実味を帯びて聞こえた。


国家資産。


人に向けて使う言葉ではない。

だが さっきの男は迷いなくそう言った。


俺は黙っていた。

何を言えばいいのか分からなかった。


佐藤がこちらを見た。

目が合う。


いつもと同じ顔だった。

だが少しだけ 緊張しているようにも見えた。


「川部」


短い呼びかけ。


「お前も来るんだよな」


俺は少し間を置いてから答えた。


「……行けって言われたから」


それだけだった。


佐藤は小さく笑った。


「だよな」


その笑い方は いつも通学路で会うときのそれと同じだった。

朝の信号待ち コンビニの前 駅までの坂道。

たまたま時間が合うことが多くて 自然と話すようになった。


クラスが同じでも 部活が同じでもない。

ただ帰り道が重なるだけの関係。


それでも。


なんとなく気が合っていた。


佐藤は昔から速かった。

走るのが 異常に。


小学校の運動会でも 中学の大会でも いつも一位だった。

スタートの瞬間に 勝負が決まる。

そう言われるほどだった。


だが 自慢することはなかった。


「走るの好きだから」


そう言うだけだった。


その佐藤が今 県代表候補になっている。

不思議でも 意外でもなかった。


沈黙を破ったのは神代だった。


「なあ そう思うとやっぱりここは少し違ったよな」


椅子を回してこちらを向く。


「俺たち 今まで何やってきたかって話」


真壁が鼻で笑う。


「今さらか」


神代は肩をすくめる。


「今さらだよ でも多分これからはさらに今までと違う」


その言葉に誰も反論しなかった。


東雲が静かに言う。


「確かに 我々は普通の教育を受けてきたわけではない」


桐生が苦笑する。


「普通って何だろうな」


佐藤が机に肘をつきながら言った。


「少なくとも 他の学校とは違うよな」


真壁が言う。


「朝六時集合の基礎運動」


神代が続ける。


「心拍数管理付き持久走」


桐生が言う。


「週二回の生体データ測定」


東雲が言う。


「月一回の極限環境シミュレーション」


佐藤が言う。


「あと 無駄に難しい授業」


少しだけ笑いが起きた。


だが。


それはすぐに消えた。


確かに 普通ではなかった。

入学したときから 体力測定は毎月あった。

血液検査も頻繁だった。

睡眠時間まで記録された。


最初は 厳しい学校だと思った。

スポーツ校のようなものだと。


だが今なら分かる。


違った。


あれは。


訓練だった。


東雲が言う。


「我々は教育されていたのではない」


短い間。


「調整されていた」


その言葉は静かだった。

だが 重かった。


神代が指を鳴らした。


「そうそう それそれ」


そして少し笑った。


「で その結果がこれってわけだ」


自分の胸を指す。


「適応率27% 無人機操縦資格持ち」


桐生が言う。


「私は29% 生体解析プログラム参加者 医療班候補って言われたことがある」


真壁が言う。


「34% 格闘技枠だな 県警の連中に混じって訓練受けたことがある」


東雲が言う。


「36% 数理解析 予測系統だろうな」


そして 佐藤が言った。


「38% 走るだけ」


短い沈黙。


神代が笑った。


「走るだけで全国一位は普通じゃねえよ」


佐藤は少しだけ困った顔をした。


「別に好きなだけだ」


それだけだった。


視線が自然とこちらに集まる。


俺は何も言えなかった。


記録なし。

実績なし。

能力なし。


ただ。


0.3%。


神代が少し気まずそうに言った。


「……川部はさ」


言葉を選んでいる。


「その……特殊枠ってやつだろ」


俺はうなずいた。


否定する理由もなかった。


沈黙が落ちる。


そのとき。


真壁が低い声で言った。


「……で」


全員がそちらを見る。


「戦闘って 何だ」


教室の空気が少しだけ張り詰めた。


神代が言った。


「銃とか 使うのか」


桐生が言う。


「私は医療系メンバーっぽいし可能性はあるよね」


短い間。


「怪我は前提ってことかも」


東雲が静かに言う。


「さきほどの説明では」


短い間。


「戦闘もそうだが 任務 という表現を使っていた」


真壁が言う。


「言い換えてるだけじゃないのか」


東雲は首を横に振った。


「違う可能性が高い」


短い沈黙。


「軍事や災害対応の用語では 戦闘は手段であり 任務は目的だ」


神代が言う。


「つまり」


東雲が続ける。


「我々がやるのは 勝つことではない」


短い間。


「達成することだ」


佐藤が小さく言った。


「何を」


誰も答えられなかった。


そのとき 教室の扉が開いた。


担任だった。

手に書類を持っている。


「正式な通達が届いた」


静かな声だった。


「明日 午前九時 代表局本庁舎に集合」


短い間。


「本日をもって 君たちは本校の在籍から外れる」


空気が止まる。


「代表候補生は 代表局附属教育機関へ編入される」


短い間。


「制度上は 転校扱いとなる」


誰も声を出さなかった。


担任は最後に言った。


「明日から 君たちの生活は変わる」


そして教室を出ていった。


しばらくして 神代が小さく言った。


「……連絡先 交換しとくか」


誰も反対しなかった。


スマートフォンが机の上に並ぶ。

通知音が静かに鳴る。


名前が並んでいく。


それは小さな作業だった。


だが。


もう戻れない感じがした。



そのままいつもの通りに学校での勉学を終わらせーー


夕方。


家に帰る。


玄関の前に立つ。


いつもの家。

いつもの扉。


だが。


今日は少し重かった。


「ただいま」


母が台所から顔を出した。


「おかえり」


俺は言った。


「話がある」


父も出てきた。


俺は言った。


「明日から 学校が変わる」


短い間。


「代表候補生に選ばれた」


沈黙。


父がゆっくり言った。


「……そうか」


母は少しだけ震えた声で言った。


「危ないことなの」


俺は答えられなかった。


分からないから。


戦闘とは何か。


任務とは何か。


俺たちは。


まだ。


何も知らない。

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