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第3話 東北大震災の幽霊報告書から
タクシーの座席は、まだ冬の冷えを抱いていた。
運転手は、ラジオを消したまま走っている。音があると、何かが崩れる気がした。
街灯の少ない道を、車は海から離れるように登っていく。
窓の外は、家の形をした闇が並び、闇の中に、窓だけが白く浮いていた。
白いのは、雪ではない。雪なら、もっとやさしい。
「お客さん、ここでいいですか」
返事をしたつもりだった。声は喉の奥でほどけて、息になった。
運転手は、ミラーを見た。ミラーの中の後部座席は、空だった。
空であることが、きちんと映っていた。
運転手は、何も言わずにメーターを止めた。
止めた指が、少し震えていた。
震えは、車の震えではない。地面の震えでもない。
翌朝、日報に一行だけ書いた。
「自宅まで。到着後、後部座席に客なし。」
紙は乾いていて、インクも乾いていた。
乾いたものほど、あとから濡れてくる。
運転手は、書き終えてから、手を洗った。
何度洗っても、指先に潮の匂いが残った。




