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はまゆうホラー短編集  作者: はまゆう


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3/4

第3話 細くなる

私は、太っていた。

正確に言うと、体重が「問題になるほど」太っていた。

35歳、広告代理店の営業部長。

毎晩の接待と残業弁当で、標準体重を30キロ以上オーバー。

医者には「このままじゃ40歳前に心筋梗塞ですよ」と言われ、妻には「もう見てられない」と泣かれても、

「あと少しで昇進だから」と言い訳して、ダイエットはいつも三日坊主だった。

ある雨の夜、残業帰りにコンビニでビールと唐揚げを買って車に戻る途中だった。

信号のない横断歩道で、急に白い影が飛び出してきた。

老婆だった。

白い着物のようなものを着て、傘もささずに立っていた。

ブレーキを踏む間もなく、車体が彼女を跳ね飛ばした。

ガツン、という鈍い音。

ワイパーが血を拭うように動く。

私はパニックになった。

周りに人はいない。

監視カメラもない路地。

老婆は動かない。

首が不自然に曲がっている。

私は、車をUターンさせてその場を離れた。

家に帰ってからも、震えが止まらなかった。

ニュースに事故の報道はなかった。

翌朝、会社の同僚が「昨日、近所で変な爺さんがうろついてたらしいよ。白い服着て、呪いみたいなこと呟いてたって」と笑い話にした。

私は笑えなかった。

それから、体重が減り始めた。

最初は「やっとストレスで食欲落ちたか」と喜んだ。

1週間で3キロ。

体重計の数字が減るたび、鏡の中の自分が少しシャープに見える。

妻は「頑張ってるね」と褒めてくれた。

会社の人間も「痩せた?」と驚く。

でも、2週間目で異常がわかった。

どれだけ食べても、減り続ける。

むしろ、食べると加速する。

ステーキを一本丸ごと食べた夜、翌朝4キロ減っていた。

皮膚がたるみ始め、頰が落ち、目がくぼむ。

医者に行くと「異常な代謝亢進。原因不明」としか言われない。

検査は何度もした。癌も甲状腺も陰性。

ただ、毎日体重が減る。

1ヶ月後、私は元の体重の半分近くになっていた。

骨が浮き出る。

服がぶかぶか。

妻は怖がって実家に帰った。

「あなた、死ぬ気?」と。

夜中、玄関のチャイムが鳴った。

ドアを開けると、白い服の老人が立っていた。

老婆を轢いた夜と同じ、皺だらけの顔。

手に小さな鈴を持っている。

「お前は、穢れた」

低い声で言う。

「だから、細くなる。

穢れを削ぎ落とすまで、細くなる」

私は叫んだ。

「事故だった! わざとじゃない!」

老人は首を振る。

「隠しただろう。

逃げただろう。

それが穢れだ」

老人が私の頰に触れた。

冷たい。

でも、その瞬間、体の中から何かが抜け落ちる感覚がした。

体重が、また減った気がした。

老人は去った。

私はドアを閉め、体重計に乗る。

針が、信じられない数字を指す。

さらに2キロ減っていた。

それから毎日、減り続けた。

食べ物を詰め込んでも、無駄。

点滴をしても、無駄。

皮膚は紙のように薄くなり、血管が透ける。

指は骨だけ。

鏡を見ると、骸骨が笑っている。

最後に、ベッドで横たわっていると、

老婆の声が聞こえた。

どこからともなく。

「細くなったね。

もう、穢れはほとんどない」

私は最後の力を振り絞って、体重計に這いずる。

針が、ゼロに近づく。

いや、もうゼロを越えていた。

マイナス。

体が、軽くなりすぎて、

浮いている気がした。

最後に見たのは、部屋の隅に置いた体重計。

数字が、ゆっくりと回り続ける。

減り続ける。

私は、もう何も感じない。

ただ、細くなる。

いつか、完全に細くなって、

消えるまで。

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