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第十二話 戦う理由、気づかう理由(中編)

セピイおばさんは、ため息をついた。それは、すごく重たいものに聞こえた。

 と思いきや、セピイおばさんは私をひたと見つめる。私は緊張してきた。

「さて、ここで質問だよ、プルーデンス。あんたはどう思う。パールが不生女なのか、それとも考えすぎなのか」

 私は言葉に詰まった。散々口をはさんできたくせに、今はそう簡単には答えられない。分からない。パールの気持ちを考えると、考えすぎと答えたいが。果たして、それが妥当なのか。

「迷っているね。じゃあ質問を替えよう」セピイおばさんは私の答えを待たずに進め出した。

「オペイクス様はパールをどう思ったんだろうか。パール自身の言葉通り、不生女と思ったのか、パールの考えすぎと思ったのか」

「って、それは、もちろん・・・あっ、えっ、もしかしてっ」私は声が大きくなってしまった。

「そう。オペイクス様はパールを不生女と思ってしまったんだよ」

「ええーっ、そんな。・・・よりによってオペイクスが、オペイクスが、そんな考えに囚われるなんて。パールのことを一番思いやっているのは、オペイクスでしょ?」

「だからオペイクス様自身が驚いていたよ。私らに話すまで、そしてシルヴィアさんに『否定すべきだった』と指摘されるまで、自分でも気づかなかった、とね。

 オペイクス様は言った。

『私は、なんて大馬鹿野郎なんだ。理解するのに、こんなに、こんなに時間がかかるなんて。

 ・・・でも、みんなのおかげで、やっと分かった。あの人が・・・パールが泣き続けた理由が。私が至らなかったんだ』

 オペイクス様は、うつむいて、笑みを浮かべようとして、できなかった。自分自身を笑おうとして、結局、泣き顔になったんだよ」

 セピイおばさんがそこで、また、ため息をはさんだ。私には、それが、さらに重くなったように聞こえる。

 それからセピイおばさんは、オペイクスがパールを不生女と思った事情を話した。

 当時のオペイクスは、泣き続けるパールを上に乗せたまま、受け止めながら、天井を見上げて考えた。パールが自身を不生女と言う理由。パールが自身をそのように思う理由を。

 それは、やはりペレガミでは。ペレガミはパールを妾として弄んだ。それで、パールは何度か妊娠したのでは。そして、その度に堕胎薬などで胎児を堕した。堕ろさせられた。

 領主ペレガミなら、都アガスプスで堕胎薬を仕入れてもおかしくない。あるいは、紋章に蛇を使うくらいだから、やはり王家とつながりがあって、そちらから回してもらったのかも。遠い海の向こうから貿易商が運んできた薬。それをペレガミが、パールに飲ませたとしたら。

 しかし、そうやって子堕しを繰り返すと、やがて女の体に悪影響を及ぼす。ついには、子どもを産めなくなる。私は、セピイおばさんから話を聞くまで、そのことを知らなかった。だが、当時のオペイクスは知っていた。噂などの耳学問に過ぎないが、そういう事例が多いらしい、と認識していたのだ。

「オペイクス様は、その夜、眠れなかったそうだよ。『寝つけないでいると、あれこれ邪推して、そんな説を組み立てしまった』と。

 分かっているだろうが、もちろんオペイクス様の推測に過ぎないよ。オペイクス様はパールに確認できなかったんだ。

『尋ねるべきか、本人が話し出すまで待つべきか。それ以前に、確かめる、真実を受け止める覚悟が無かった。私は臆病で、卑怯だった』

 オペイクス様がそんなふうに言うと、シルヴィアさんが少し語気を強めて言ったよ。

『オペイクス様、自分を卑下するのは、やめてください。この場合は、本人が話し出すまで待つ、で正解なんです』

 イリーデとブラウネンも、シルヴィアさんを追いかけるように言ったね『オペイクス様は間違ってません』と。

 オペイクス様は絞ったような小声で『ありがとう』と答えていた。

 そんなオペイクス様の姿は、見ていて、こちらも辛かったねえ」

 セピイおばさんは、そこで話を中断して、私に忠告した。まずは、堕胎薬なんて物に頼らないこと。そんな物に頼るような男に引っかからないよう、気をつけて相手を選ぶこと。「ちゃんと責任感を持って、女と接する男。子育てという責任を自覚している男。そういう男をつかまえなさい」と。

 おばさんは薬についても忠告した。市場で、あるいは何かの拍子に堕胎薬を見かけることがあるかもしれない。しかし、あっても、信用しないこと。「どんな紛いもんで、体にどんな影響があるか、分かったもんじゃないよ」と、おばさんは吐き捨てるように言った。

 私は少し怖いような気もしたが、とにかく忘れまいと思って、おばさんにそう答えた。

 それで安心してくれたのか、おばさんは話を再開してくれた。

「オペイクス様は当時の夜について、あと一つ付け加えた。パールは泣き疲れたのか、そのまま寝てしまったらしい。『それが、せめてもの救いだった』とオペイクス様は、おっしゃっていた」


 それからオペイクスの話は、翌日の事に移った。

 朝、パールをそっと起こすと、二人して昨夜の食べ物の残りを分け合ったそうだ。

 そしてオペイクスは、またボジェナさんを訪ねる。畑仕事などをパールに分けてもらって、オペイクス自身はペレガミ家の屋敷に急いだ。せっかくビナシス家の使者が来ても、すれ違いになれば、時間が無駄になるからだ。ビナシス家から見た印象も悪くなりかねない。

 だからオペイクスは焦っていた。一揆を起こし、騎士を派遣して、丸一日は経っている。コモドーン城との距離は分からないが、ビナシス家の使者が来るとしたら、今日あたりのはず。

 オペイクスがペレガミ家の屋敷に着くと、前日より人影が減って、時折り覗きに来る平民を見かけるくらい。ほぼオペイクス一人だった。

 オペイクスは、顔を出した平民に確認した。『貴族家の使者らしい騎馬の者を見かけなかったか』と。その平民は屋敷の近所に住んでいて、何度も屋敷を覗きに来たが『まだ、そのような方はお見かけしていません』と言う。

 オペイクスはホッとしたものの、へんに時間を持て余した。

 それでオペイクスは、玄関口に腰を下ろして、改めて中庭を見渡した。中央には、ペレガミの首を飾ったピッチフォークが立てられ、その下に首無しの体と、串刺しにされた人でなしが二人、転がっている。一揆勢との戦闘で死んだ兵士と、串刺し刑を見せられている途中に死んだ兵士も。

 さらにその隣で、昨日まで息をしていた兵士たちも動かなくなっていた。自分が居ない間に、腹立ちの収まらない平民がとどめを刺したのだろう。そう、オペイクスは推測した。斬り傷が増えていたのである。

 セピイおばさんは、オペイクスから聞いた話を、私に伝える。

「例によってオペイクス様は、その平民を探さなかった。『平民を責める気にもならない。むしろ共感を覚えた』と。『強烈に共感した』とオペイクス様は、おっしゃったよ。

 分かるだろ。オペイクス様は、前の夜に寝られずに考えたことを引きずっていたんだ。だから玄関口に座ったつもりが、やがて怒りに体が震えてきた。そして結局は、ペレガミたちの死体のそばに歩いていった。

 オペイクス様は、まず、首の無い元領主の体を蹴り上げた。その後も、執拗に踏みつけにしたよ。

 続けて、串刺しの二人にも報復しようと思ったんだが。不意に、オペイクス様の耳に、そいつの妄言がよみがえった。

『忘れんなよ。パールちゃんを一番喜ばせたのは俺だぜ』 

 声はピッチフォークの上からも聞こえた気がした。

『私が直々に手本を見せてやろう』

 さらには、別の言葉まで聞こえてきたそうだよ。人でなしどもが生前に言っていたわけでもない言葉。言っていたかもしれないが、オペイクス様が直には聞いていない言葉まで。

『お前の予想通り、パールを不生女にしたのは、この俺だよ。俺たちだよ』

『不生女になるまで、パールをたっぷり犯してやったぜ』

 とかね。まったく悪魔が囁いているのかって感じだよ。

『黙れっ』とオペイクス様は思わず叫んだ。『黙れ、黙れ、黙れ、黙れ』

 オペイクス様はピッチフォークの柄を掴んで、持ち上げた。そしてペレガミの首を地面に叩きつけようと振りかぶろうとしたよ。

 が、また別の声が耳に届いて、オペイクス様はハッとした。見回すと、いつの間にか平民たちが五、六人ほど、すぐそばに立っている。彼らは口々に問うた。

『だ、旦那。どうしたんですかい』

『誰と話していたんですか、オペイクス様。まさか、この死体どもが何か言ったんですか』

 オペイクス様はすぐに答えられず、逆に尋ねた。『もしかして私が声を荒げているのを聞いて、あなた方は駆けつけたのか』と。

 平民たちは、しきりにうなずく。

 オペイクス様はピッチフォークを下ろして、石突き部分を地面につけた。『騒がせて、すまなかったね。私は、どうかしていたよ』

 すると、平民の一人が言った。『もしかすると、幻聴ってやつでは』

『どうも、そうらしい』とオペイクス様は大人しく認めた。

『騎士様はお疲れなんですよ。少し休んでください』と、また別の者が言ってくれた。

 オペイクス様はピッチフォークを地面に立て直して、ふらふらと玄関口に戻ろうとした。とにかく死体のそばから離れよう、と判断したんだよ。

 平民たちも心配して、オペイクス様についてきた。オペイクス様が玄関口の段差に座って、頭を抱えていると、平民たちは少し離れて並んだよ。で、妙に、もじもじしている。オペイクス様は不思議に思って、尋ねた。

 すると、平民たちは互いに顔を見合わせてから、恐る恐る答えた。『林の中の小屋に置いてある物をいただきたいのですが』と。

 オペイクス様は、いつものように快諾しようとして、ふと考えた。

 平民たちに詳しく聞くと、小屋は両側の壁が抜けたままで、すでに結構、荒らされているらしい。その平民たち五、六人は、先に物色した連中と違って、まめにオペイクス様に断りを入れようと考えたわけだよ。

 オペイクス様は彼らに答えた。と言うより、頼んだ。『小屋から物を取るだけでなく、小屋そのものを徹底的に壊してくれ。板や柱は、幾らでも持っていっていい』とね。

 それで今度は、平民たちの方が不思議に思う番だ。彼らに尋ねられて、オペイクス様は答えた。『あの小屋には、いい思い出が無いんだ』とだけね。それで、彼らも察してくれたんだろう。それ以上は尋ねてこなかったそうだ。

 オペイクス様は『早速、実行してくれ』と急かした。一人になりたいと思ったんだよ。

 しかし気の良い連中で、平民たちは走り出したものの、すぐに立ち止まって、オペイクス様を振り返る。オペイクス様と死体だけにしていいのか、不安だったんだね。『ありがたい気づかいなのに、私は苛立ちを感じてしまった』とオペイクス様は告白したよ」

「でも平民たちには言わなかったんでしょ?」と私は確認する。

「ああ。そこでちゃんとこらえるところが、オペイクス様だからね。

 それは、ともかく。

 平民たちはオペイクス様に促されて、屋敷の外の林に向かおうとしたが、また立ち止まったよ。彼らが『あっ』とか声を上げて、オペイクス様も気づいた。屋敷の開け放した門の向こうに、騎馬の者が二人、見えたんだ。

『あの、使いに出した騎士だっ』とか平民たちは口々に騒いで、またオペイクス様のそばに戻って来た。『あ、あいつ、見た事も無い紋章衣を着てやがるぞ』と目ざとく指摘する者もいてね。

 その時にはオペイクス様も立ち上がっていただろう。門をくぐって来た騎馬の二人は、それぞれの馬をオペイクス様たちの前で止めた。

 オペイクス様によると、元領主ペレガミの紋章は、ほとんど黒に近い濃い青地に、蛇の鎌首なんだが。騎馬の二人の紋章衣は、白地に緑の大トカゲが描かれていた。ついに、ビナシス家の登場だよ」

「ちょっと待って、おばさん。お使いに行った騎士も、ビナシス家のトカゲの紋章衣を着ていたって事?それって、もうビナシス家に取り入ったんじゃない?」

 セピイおばさんはニヤリとする。

「当時の平民たちも、そう解釈して随分と、けなしたらしい。

 でもオペイクス様からすれば、それは後回しだ。まずはビナシス家のお方に、ご挨拶だよ。

 オペイクス様は平民たちを静めて、片膝を地面につけて、頭を下げた。そして名乗った。自分はエクテ家のオペイクスという者で、ここナクビーの町で領主であるペレガミ家にお仕えしていた、と。

 それに応えて、相手も名乗った。やはりビナシス家の者で、党首の代理ということだった。

 それでオペイクス様は、その代理に伝えた。コモドーン城に出頭して、一揆の首謀者として裁きを受けるつもりである事。首謀者は自分一人で、平民たちはあくまで自分に脅され、強要されて一揆に加わったに過ぎない事。

 しかし平民たちは、オペイクス様が言い終わる前から騒ぎ出した。

『オペイクス様、俺たちをかばわないでください』

『お役人様。逆なんです。俺らが一揆をやらかして、こちらのオペイクス様は助太刀してくださっただけなんです』

 とか何とか。オペイクス様も彼らの気持ちはありがたかったが、慌てて彼らをなだめた。ビナシス家の代理に断りも無しに、勝手に発言した事になるから、心配したんだよ。

 なのに平民たちは、なかなか大人しくならない。それどころか、使いに行って戻って来た騎士にからみ出した。

『おい、騎士っ。お前、お城に行って、オペイクス様を悪く言ったんじゃねえのか?』

 騎士は馬上で鞘入りの剣を持ち上げて、答えた。『こうして剣を返してもらった姿では、悪く言いようも無かろう』

 騎士は続けて、オペイクス様に手短かに礼を言った。家族ともどもビナシス家に受け入れられたんだ、と。

 それらの会話で平民たちも、やっと大人しくなり、オペイクス様は代理人に発言を促した。『失礼いたしました。どうぞ、ビナシス家ご党首様のご意見、ご意向をお聞かせください』と。

 代理人は答えた。

『我らがご党首様は、そなたらの一揆について文書を書き起こして、都に送った。早馬で行かせたから、今日あたり宮殿の王陛下の手に渡るだろう。

 ここナクビーに一番近い貴族家は、我らビナシス家だ。よって、今回の一揆の処分は当家に任されるはず。しかし、やはり王陛下の了承をいただかねばならん。

 それまで、そなたたちは、ここナクビーで謹慎しておくように』

 オペイクス様は即答した。『仰せの通りに。逃亡などせずに、ご党首様をお待ちしております』と。

 で、正直に付け加えるんだ。『どうか一日も早く、お越し願います。と言うのも、ご覧の通り、ペレガミたちの死体が、だいぶ損傷しております。私も先ほど、怒りに任せて、これらの死体を辱めてやりたい衝動に駆られていたところです』

 と、今度は代理人も即答した。『それは、ならん。我らがご党首様は、これらペレガミたちの死体を自分の目で確かめたい、との仰せだ。ご党首様が来られるまで、これらの死体はそのままにしておけ。これ以上、損傷させれば、お咎めがあると認識せよ』

 オペイクス様は改めて頭を下げたんで、平民たちも後に続いた。

 それからビナシス家の代理人は、屋敷の中庭を騎馬で軽く一周した。騎士もそれに続き、オペイクス様たちも走って後を追う。『だいぶ荒らしたようだな』と代理人が言うので、オペイクス様は『申し訳ありません』と率直に謝った。

 そのくせ代理人は、オペイクス様の謝罪を聞いたのか聞いてないのか、特に反応しない。それどころか、用が済んだとばかりに、馬首をめぐらせる。

 その時、屋敷の門をまた誰かがくぐって来たよ。オペイクス様の弟さんだ。弟さんはビナシス家の騎馬の二人を見て、慌てて門の片側に飛びのいて、道を開けた。

 ビナシス家の代理人は弟さんを一瞥しただけで、何も言わずに馬を進めて出て行った。おそらく弟さんを平民の一人と思ったんだろう。そう、オペイクス様は推測していたよ。

 ビナシス家に鞍替えした騎士も、代理人に続いて去った。

 結局、ビナシス家の代理人と騎士は、一度も下馬しないまま、そそくさと帰っていったわけさ」

 うーん、何とも、そっけない。早く党首本人が来て、オペイクスたちを認めてくれたらいいのに。でも、口をはさむほどではない。


 セピイおばさんから聞くオペイクスの物語は、今度は彼の弟に移った。弟は、また兄を呼びに来たのである。ということは。

「あんたも予想がついているだろうが、お父様が危ない、と。『おそらく明日の朝まで、もたない』と弟さんは嘆いたそうだ。

 オペイクス様は弟さんに、同行してご実家に向かう、と約束した。そして、そばに居た平民たちに、パールへの言伝を頼もうとしたんだが。

 それを見て、弟さんが口をはさんだ。『待った、兄さん。あの人は呼ばないでくれ』

 そう言われて、オペイクス様は一瞬、固まった。でも、もう弟さんに理由を尋ねたりはしなかった。ただ断言するだけ。『パールは私の花嫁だ。父さんにも、そう説明して、お前と母さんも聞いていたはずだ。だから彼女にも来てもらう。立ち会ってもらう』とね。

 すると弟さんの返事は、こんなだった。『なら、跡継ぎとして言わせてもらおう。あの人を兄さんの妻と認めているのは兄さんだけで、僕も母さんも認めていない。あの人は、ただの他人だ。こんな緊急時に、他人を割り込ませるべきじゃない』

 オペイクス様は、怒りを通り越して、失望したそうだ。弟さんにしろ、お母様にしろ、血のつながった家族なのに、もう二度と分かり合えないのだ、と。そう、私らに語ったよ。

 オペイクス様は先の約束を撤回して、ご実家に戻らない、と宣言した。お父様のことは諦めて、跡継ぎである弟さんに任せたわけさ。『父さんには、オペイクスが来られなくなった、と伝えてくれ』と弟さんに頼んで。

 居合わせた平民たちは、オペイクス様たち兄弟の仲を修復させようとオロオロしたが、無駄だよ。弟さんは彼らを無視して、屋敷の門から出て行った。オペイクス様も平民たちに『いいんだ』と答えた」

 私は、ふーっと息をついてしまう。

「分からず屋だなあ。弟さんもお母さんも、そんなに家柄が大事なの?言っちゃあ何だけど、貴族って言っても、別の貴族に仕える、ごく下っ端の方でしょ。平民より、ちょっと上なだけじゃない?」

「オペイクス様も、自分で同じ事をおっしゃっていたよ。合わせて説明してくださった。『だからこそ、なのだろう』と。だからこそ、お母様も弟さんも、少しでも上に行きたい、少しでも上位の貴族に仲間入りしたい、と考える。『それで、パールとの結婚を望む私が、結婚というせっかくの機会をふいにしようとしている、と不満だったんだろう』とね」

 うーん、と私は、また唸った。こっちこそ不満だ。私としては、オペイクスたちを祝福してやらない、あんたたち親子の方が不満だよ。

「その後、オペイクス様は平民たちを解散させて、パールを迎えに行った。そして一緒に自分たちの小屋に帰ったよ。

 きっと二人で慎ましい晩餐を済ませたんだろうね。

 その間オペイクス様は、ずっと悩んでいた。弟さんと仲違いした事をパールに話すべきか。悩んで結局、話すしかない、と結論した。おそらく、お父様は亡くなるだろう。死に目に会えないにしても、葬儀のミサには出席したい。一番後ろの席でも。パールを連れて。お母様と弟さんがパールを無視しても。

 オペイクス様は覚悟を決めて、パールに話したんだと思うよ。聞かされたパールは、オペイクス様に謝ったそうだ。小声で、消え入りそうな様子で。『私のせいでオペイクス様たち、ご家族に、亀裂が入ってしまった』とね。

 もちろん、オペイクス様はパールを慰めた。『悪いのは、あなたじゃない。あなたを受け入れない、あの二人の方だ。二人の親族として逆に私から、あなたに謝りたい。済まない、パール。私の親族が、あなたに対して礼を欠いて』

 なんて会話をしていた時は、もう、すっかり暗くなっていたらしい。その時だ。小屋の戸を叩く音がした。『気のせいか、遠慮がちな叩き方に聞こえた』とオペイクス様は、おっしゃっていたね。

 戸を叩いたのは、昼間の平民だった。

『騎士様、騎士様。こんな時間に、すみません。あなた様のお父様の件で、お耳に入れておいた方が良いと思われる事がありまして』

 オペイクス様が戸を開けると、平民が三人ほど、立っていた。彼らが言うには、交代でオペイクス様のご実家、エクテ家の様子を見に行っていた、と。

 で、三人めが行った時に、エクテ家は少々、騒がしくなった。弟さんが外に出てきたり、家の中に戻ったりをやたら繰り返す。その度に隣近所の平民たちと何か話していた。三人めの男は、その近所の平民たちに、そっと近づいて事情を尋ねた。で、オペイクス様のお父様が亡くなった事が判明した、と。それをオペイクス様に伝えようともしない弟さんの方針もね。

 弟さんは、近所の者を近くの教会に知らせに行かせたり、他の連中と葬儀の段取りを相談したりしていたのさ。

 話を聞き終えたオペイクス様は、三人と固く握手を交わして、感謝を伝えた『あなた方の気づかいが無ければ、いつ父の死に気づけたか分からない』と。そして三人を帰した」

「弟は、そこまで意固地になっていたの?」私は呆れて、声を上げてしまった。

「オペイクス様は、おっしゃったよ『一揆の首謀者を勘当にする、という意味では望むところだった』と」

「って、そんな意地の張り合いをしている場合じゃないと思うけど」

「そこはオペイクス様だって分かっていたさ。だから小屋の中で、またパールと向き合うと、改めて謝る、と言うか頼んだ。

『明日は葬儀のミサになるだろうから、私は、その末席にでも加わりたい。私の家族が嫌な接し方をするかもしれないが、どうか私に同行してほしい』

 パールは真剣な表情で、うなずいた。『あなた様に従います』と言ってね」

 うっ。私は、言葉に詰まった。口をはさむ以前に、詰まった。私が聞きたいのは、そんな言葉じゃない。オペイクスだって、聞きたくなかったはず。

 セピイおばさんは私の意見を聞きたいのか、話を中断して待っている。

「パールに悪気が無いのは、分かるんだけど」

「ああ、それどころか大真面目だったろう。悪いのは、そういう返事の仕方をパールに仕込んだ連中さ」

「分かっている」と私も即答する。

 その連中とは、もちろんペレガミを始めとする人でなしどもだ。神様が、ちゃんと、こいつらを地獄に堕として、報いを受けさせてくださいますように。


 オペイクスの物語は、さらに進む。翌日の事だ。彼は予定通り、パールを連れて実家、エクテ家に向かった。

 その道中、出くわした平民たちが『お供します』とか言って、ついて来た。『一揆の助太刀をしてくださった騎士様のお父様が亡くなったのなら、自分たちも手を合わせたい』と言うのである。オペイクスがいくら遠慮しても、一度は大人しく退き下がったように見えても、ついて来る。それが一人増え、二人増えして、結局オペイクスを先頭に、三十人ほどが列を成したらしい。

 オペイクスは実家のそばまで来ると、平民たちの列を止めて、様子をうかがった。人の気配が、ほとんど無い。

 そこでオペイクスは推測した。弟と母親は、父親の遺体を運んで、近所の教会に移動したんだろう、と。

 そちらへ行ってみると、予想通りだった。しかも葬儀のミサは、半ば辺りまで進んでいる。

 教会のお御堂は小さな建物だった。オペイクスたちは玄関の外に突っ立って、ミサに参加した。

「オペイクス様は『確かに見た』と、おっしゃったね。ご実家の隣りの中年夫婦が、お母様に耳打ちして、お母様が一度だけオペイクス様たちの方に振り向くのを。しかし、お母様の反応は、それだけ。ミサが済んでも、長男であるオペイクス様に話しかけようともしない。パールを見ようともしない。『ならば、こちらも勝手にするだけだ』と、オペイクス様は思ったそうだ。

 やがて、お御堂から人々が出てきた。神父を先頭に、棺を担いだ弟さんと近所の男たち。お母様と隣りの中年夫婦。お母様の親戚と、他の近所の者たちが十人足らずか。

 彼らが進んでくると、オペイクス様について来た平民たちは道を開けた。

 弟さんとお母様は、オペイクス様とすれ違ったが、一言も無し。

 彼らが通り過ぎると、オペイクス様はパールを連れて、彼らの後に続いた。で、平民たちもついて来る。行きがけの列の前方に、棺を担いだ者たちが加わった形だよ。その状態で郊外の墓地に向かったのさ。

 みんな、静かに歩いていたんだろう。ようやく墓地に入ろうというところで、列の前方がにわかに騒がしくなった。騎馬が一体、駆けてきて、人々に怒鳴ったからだよ。『コモドーンの領主、ビナシス様のお通りである。皆の者、道を開けよ』とね。

 オペイクス様はパールを平民の奥さん方に預けて、騎馬に駆け寄った。そして、その紋章衣の男に伝えたよ。父親が亡くなって、これから埋葬するので、続けさせてほしい事、ビナシス家の党首には自分がお会いして、裁きを受ける事とかを。

 これを聞いて、ビナシス家の騎馬は一旦、党首の元に引き返した。そして今度は、ビナシス家の党首本人が騎馬で、オペイクス様のところにやって来たよ。お供も二、三騎連れて。

 ビナシス家の党首はオペイクス様に、そのままお父様の埋葬を続けるように言った。『俺も参列して、手を合わせよう』と。

 と言うわけで、元々狭い墓地は、ぎゅう詰めになった。もちろん、お父様を埋葬する穴のそばには、弟さんたちがつく。それに加えて、ビナシス家の主だった者たちも来たから、平民たちも遠慮して距離を取るよ。しかし、その後ろには平民たちが詰めかけたもんで、墓地に入りきらない者も少なくなかったようだ。ビナシス家の兵士たちの一隊も、墓地の外で待機していた。

 オペイクス様は弟さんに近寄って、頼んだ。『父さんを一目、見たい』と。弟さんは、すぐに返事しなかった。オペイクス様をひたと見るだけ。オペイクス様は『睨んできた』とまではおっしゃらなかったが、おそらく冷たい目を向けてきたんだろう。

 でも弟さんは結局、棺を開けて見せてくれたよ。兄であるオペイクス様に続いて、ビナシス家の党首にもせがまれたんでね。『俺にも拝ませよ。俺も、それくらいの敬意は払うぞ』だとさ」

 ふむ、と私は、うなずく。ひとまずは安心かな、この貴族は。そう思って、私は肩の力を抜いた。

 セピイおばさんの話は続く。

「そこへ、平民の奥さん方に勧められたのか、パールが遠慮がちに野花を差し出した。近くの草むらから急いで摘んできたんだろう。オペイクス様は、それらの野花を受け取って、棺の中のお父様の胸元に置く。そしてパールに感謝した。

 それらのやり取りを、隣りでビナシス家の党首も見ていてね。それで言い出したんだ。『ならば俺は、これを手向けよう』と。

 ビナシス家の党首は自分の紋章衣の一部分をつまみ上げて、いじくった。居合わせた全員が不思議に思っていたら、ビナシス家党首は紋章衣から何かを引きちぎったよ。そして、その何かを一度、空にかざす。昼の陽光が、それに弾かれた。そうやって確かめてから、ビナシス家の党首は、それを棺の中に投げ入れた。

 オペイクス様は、ハッとした。それは金だったんだよ。金細工の小さな円盤。ビナシス家党首の紋章衣で、大トカゲのウロコを表す飾りの一つだったのさ。紋章衣の大トカゲの体には、きらきら光るウロコが幾つも散りばめられていたらしい。

 オペイクス様は慌てて、ビナシス家の党首に尋ねた。『よろしいのですか』と。

 ビナシス家の党首は『構わん』と言う。『むしろ、そなたの親父殿には、ぜひとも使ってもらいたい。天の国、主の御許なら、ミサもあろう。その時、そなたの親父殿が先ほどのウロコを献金として差し出すのだ。それで、主なる神も聖者の方々も、我らビナシス家を覚えてくださるだろうて』と来た。

 これを後ろで聞いた平民たちは、感嘆の声を上げたよ。『何て粋な計らいなんだろう』『ペレガミのどケチとは大違いだぜ』とか、興奮して、しばらく静まらなかったそうだ。

 もちろんオペイクス様も、そして弟さん、お母様も深く頭を下げて、このお偉いさんに感謝した。と言うか、びっくりしたんだろう」

 セピイおばさんは、そこで話を区切って、私の顔を覗き込む。だったら、言っちゃおう。

「うーん。気前がいいようだけど、派手とも言えるわね」

 セピイおばさんは、くくっと笑った。「その調子だ、プルーデンス。ちゃんと私の講義について来ているようだね」

「それより。簡単に引きちぎったって事は、ビナシスは、簡単に直せると思っているんじゃないの?」

「うむ、そうだろうよ」

 セピイおばさんは、にやけ顔をやめない。どうやらビナシスも、くさい人物らしい。ついさっき安心した私は、考えを修正するべきか。どいつも、こいつも、期待させてくれないんだから。

「そんなこんなで、オペイクス様のお父様の埋葬は済んだわけさ。

 オペイクス様は、すぐにビナシス家の党首に断りを入れた。『弟と母は、葬儀の後片付けなど細々した用事が残っております。加えて、一揆に関しては私一人が関わっているだけで、弟と母は何も知りません。どうか、お裁きは場所を替えて、私一人にお下しください』とか。

 すると、ビナシス家の党首は『そなたも親族として、それらの用にあたるのではないか。それが済むまで、我らは、ゆるりと待つぞ』なんて言ってくれる。

 オペイクス様は、例によって遠慮したよ。『裁きを受ける立場でありながら、お待たせするのは、申し訳ない』と。そもそも、弟さんやお母様と仲違いして、ほとんど勘当されたようなものだから、手伝う事も無い。そんな説明も付け加えた。オペイクス様は恐縮して、片膝をついていたのかもしれないね。

 ビナシス家党首は『ああ』と声をもらした。『そなたが、なぜ、棺を開けるよう弟に頼んだのか、やっと分かったわ』

 納得したビナシス家党首は、お供の者たちに号令をかけたよ『早速、移動するぞ』と。

 続けてオペイクス様に道案内を命じた。『場所は決めておるな』

『はい。ペレガミ家の屋敷にお連れします』とオペイクス様も即答した。

 こうしてオペイクス様と平民たちは来た道を戻る形になった。オペイクス様はパールをロバか何かに乗せてあげようとしたが、本人は遠慮した。奥さん方が歩いていたから、自分だけ楽できない、と。

 そんなオペイクス様たちに、ビナシス家の一同は馬を駆け足にしたりせず、歩調を合わせて、ついて来てくれた。

 で、全員で、ペレガミ家の屋敷の門をくぐったんだ」


「ビナシス家の党首は、前日に代理人がしたように、屋敷を見て回った。騎乗して、軽く流すような走り方だよ。もちろん、お供の騎馬、五、六騎も続く。その中には、オペイクス様たちが派遣した、あの騎士、ペレガミの元部下も居たとさ。

 オペイクス様は、パールや平民たちを中庭に待たせて、自分だけ直に走って、ビナシス家の一団を追いかけたよ。

 話を聞いていたイリーデが心配していたね。『オペイクス様だけ馬が無くて、きつかったんじゃ』と。オペイクス様は笑って、大丈夫と答えていた。『いくらペレガミ家の屋敷が大きいと言っても、お城ほどじゃない。メレディーン城の曲輪一つにも満たないよ』と。ぐるりと一周するのに大して時間はかからないし、ビナシス家の党首は、じっくり見て回ったから、馬脚は速くならなかったそうだ。

 それどころか途中、物見櫓を見上げて、馬を止めるまでしたとか。『あれは、ほとんど傷んでおらんな。でかしたぞ、オペイクス』なんて褒めてくださる。オペイクス様は恐縮しながらも、内心ホッとしたそうだよ。

 とにかくビナシス家の党首は、オペイクス様が心配したほど、機嫌は悪くなかったわけさ」

 ふーん、と私は声が出てしまう。セピイおばさんは、やっぱりニヤリとしている。

「悪くないどころか、ご機嫌、麗しかったんじゃない?」

 私の生意気に、セピイおばさんは笑い出した。

「そこまで分かっているようなら、説明は要らないね。

 では、オペイクス様やビナシス家の騎馬が中庭に戻ったところから続けるか。

 オペイクス様は屋敷の玄関口に、ビナシス家のお偉方を誘導したよ。そこが上座で、中庭が下座。ペレガミたちの死体も玄関に近かったから、裁判を開くには、ちょうど、よかったわけさ。

 お供の者が椅子を運んできて、ビナシス家のご党首様がお座りになる。

 オペイクス様自身は平民たちの一番前。ペレガミたちの死体のそば。ビナシス家党首の少し前辺りに、膝をついた。

 ビナシス家の党首は言った。『では、そなたらの言い分を聞こうか』

 それでオペイクス様が話し出したら、ビナシス家党首は軽く手を上げて、止める。『そなたの言い分は、すでに代理から聞いた。それより俺は、平民たちの言い分を聞きたいのだ』

 平民たちは騒ついたよ。お互いの顔を見合わせたり、小声でオペイクス様に指示を求めたり。オペイクス様は彼らに、挙手して発言の許可をもらうよう、促した。

 途端に、平民たちの手が、あちこちで上がった。ビナシス家の党首のそばにいた従者が、その一人ひとりを当てていく。

 当てられた平民は『恐れながら申し上げます、トカゲのお殿様』『ビナシスのお館様、どうか、お聞きください』とか始めたよ。皆、内容は、ほとんど同じだった。元領主ペレガミから受けた酷い扱いの数々。それに対する怒りから、一揆を起こした事。そして必ずオペイクス様の事を言って、締めくくった。『オペイクス様は、わしらを脅しつけたりしてません。助太刀してくださったんです。それが無ければ、ペレガミ家を倒せませんでした』と。

 オペイクス様によると、発言を許された平民は七、八人。ビナシス家党首は、どの発言でも聞き入って、しきりにうなずいていたそうだ。

 そしてビナシス家の党首は、椅子から立ち上がって言った。

『では、今度は俺から言わせてもらおう。

 まだ正式な文書は届いていないが、いずれ王陛下は今回の件の処理を、我らビナシス家に一任してくださるだろう。王宮には、当家の者も常駐しておるのだ。その者から事前に情報を得ているから、ほぼ間違いない。

 正式に王陛下からご命令が下った場合、俺が注意しなければならない要点は、ただ一つ。そなたらが王陛下の施政に不満で一揆を起こしたのか、どうか、だ。

 改めて確認する。そなたらが憎いと思うのは、王陛下なのか。あるいは元領主のペレガミなのか』

 平民たちは途端に挙手した。ほとんど全員が手を上げたように、オペイクス様には見えたそうだ。しかも許可を待たずに、平民たちは口々に叫ぶ。『王様が憎いのではありません。ペレガミ家が憎いのです』と。

 ビナシス家の党首は勝手な発言と怒るどころか、目を細めて、うんうん、うなずく。『そうであろう。そうであろう。麗しく、寛大な王陛下の施政に何の不満があろうか』

 これを聞いて、オペイクス様も意を決して挙手した。ビナシス家党首も、今度こそ発言を許可したよ。オペイクス様の発言は、こんなだった。

『なればこそ、どうか、この者たちをご容赦ください。罰は、このオペイクス・エクテが承りますゆえ』

 ビナシス家党首は、また軽く手を上げて、オペイクス様の発言を止めた。そして、少し笑みを見せた。

『どうも、そなたは早合点しておるようだな。俺は、そなたらを罰したくて、ここに乗り込んで来たわけではないぞ。

 実はな、俺もペレガミが嫌いだった』

 この言葉に、屋敷の中庭がわき返った。歓声と安堵の声が入り混じって、しばらく収まらなかったそうだよ」

 私も、ホッとして、椅子の背もたれに体を預けた。

「もー、このお殿様、もったいつけたのね」

「ふふ、そういうこと。

 続けてビナシス家党首は、なぜペレガミを嫌ったのか、説明した。ペレガミの自分に対する態度が不遜だった、と。蛇の紋章をちらつかせて、王家との繋がりをやたら、ほのめかす。そのくせ断言はしない。王家から口止めされている、とか言い訳してね。時には、脅しめいた言葉もあったそうだ。要するに、親しくお付き合いがあったようで、上辺だけだったわけさ。

 ビナシスは腹を立てながら、慎重に行動したみたいだね。密かに、アガスプス宮殿の役人に問い合わせたそうだ。王族がペレガミ家に蛇の紋章を許可した経緯を。ところが、はっきりした返事が得られなかった。一揆の後でビナシスが推測するに、特に理由も無い、王族の気まぐれのようなもので、宮殿の役人も答えようが無かったんだろう、と。

 ペレガミの存命中は、それが分からなかったから、気をつけて上辺だけの付き合いを続けるしかなかったのさ。

 それでビナシス家の党首は、オペイクス様や一揆を起こした平民たちに謝った。と言っても、軽くだろうが。実はビナシス家でも、ナクビーの領民たちがペレガミ家の圧政に苦しんでいる事は把握していたらしい。やはり、部下とか使用人たちから報告を受けていたのさ。しかし行動に移せなかったのは、さっきも言った通りだよ」

「うーん。若干、言い訳がましいような」

「同じことをイリーデとブラウネンも言っていたよ。私は少し違ったが」

「えっ」

「私は、ヴィクトルカ姉さんの四弁の花を知っていたからね。ほら、前に話しただろ。あのモラハルトだって、ヴィクトルカ姉さんのジルフィネン家が四弁の花を下賜された事情を、詳しくは知らなかった。おそらく、下賜してくださった王様たちも覚えていないんだよ。

 ペレガミ家に蛇の紋章を許可したのも、似たようなもんさ。王様たちは、あげっぱなしで、お忘れになる。ペレガミ家と王家との繋がりなんて、所詮その程度だったんだよ」

「ああ〜、周りが過剰反応したのかあ」

「とは言え、ペレガミは、はっきり意図していたんだよ。ビナシス家のような、自分より上位の者たちも含めて、相手が遠慮すると見越して、紋章の権威を悪用したんだから。そりゃ、ビナシスも面白くなかっただろう」

 むうう。私は改めてペレガミに腹が立った。

「と言うわけで、ビナシス家のご党首様は、ありがたいお言葉をくださったよ。『今回の一揆に関しては、誰も罰しない方針だ』とね。

 オペイクス様はそれを聞いて、へなへなと座り込んだそうだ。一方、平民たちは、やんや喜びの声を上げる。『今度のお殿様は話の分かるお方だぞ』『トカゲのお殿様、万歳』『ビナシス家、万歳』ってな感じでね。

 オペイクス様は気を取り直して、ビナシス家党首にお礼申し上げた。感極まって、地面に額をつけて頭を下げたとか。ビナシスは、そんなオペイクス様に立つように言った。

『礼を言うなら、俺の方ぞ。そなたのおかげで、前々から気に食わなかったペレガミの正体がおおよそ分かったわ。しかも、彼奴を除いてくれるとはな。目覚ましい働きだぞ、オペイクス。いずれ相応の褒美を取らせるゆえ、期待しておれ』

 これを聞いて、一度立ったはずのオペイクス様は大慌てで、もう一度、平伏した。『でしたら、でしたら、ぜひともお願いしたき事がございます』オペイクス様は早口になって、唾が飛んだから、相手にかからなかったか心配したそうだ。

 幸い、そんな事態にはならず、ビナシス家の党首は願い事の内容を尋ねるだけでね。オペイクス様は、ここぞ、と意気込んだ。何をお願いしたのかと思えば、仲違いしたご家族、特に弟さんの事だよ。『エクテ家は弟が継ぎます。どうか弟を、ビナシス家の家臣団に加えてくださいませ。弟は誠心誠意、ビナシス家のために働くでしょう。なにとぞ』

 と、オペイクス様が必死で訴えている途中で、ビナシス家党首は、また遮った。

『待て、オペイクス。そなたの弟が当家に仕えてくれるなら、俺も嬉しいぞ。しかし、そなた自身は、どうする。そなたは当家に仕えてくれんのか』

 オペイクス様は答えた。『私は一揆の首謀者であります。しかも主君を殺めました。かくなる上は、責任を取って、平民に身を落とそうと』

 しかしビナシスは、またしても最後まで言わせなかった。『こら。俺は先ほど、誰の罪も問わない方針と言ったではないか。それに、平民に身を落とすなぞ、許さんぞ。そなたが生家を弟に譲るのは勝手だが、そなたは、これまで通り、貴族として生きるのだ』

 オペイクス様は唖然として、返事ができなかった。

 一方、ビナシス家のご党首様は、お構いなしに話を続ける。

『王陛下から正式のご命令を受け次第、この屋敷を建て直して、部下を常駐させる。そなたは、その者の補佐せよ。頼りにしておるぞ』

『よ、よろしいのですか』とオペイクス様は、やっと、お尋ねすることができた。

『良い、ではない。そうでなければならん。これは俺からの、最初の命令と思え』

 ビナシス家の党首はニヤリとしながら言ったんだろうよ。オペイクス様は泣けてきて、地面に額をつけようとした。で、またビナシスに止められた。

 しかも立ち上がる時に、パールが手を添えて支えてくれてね。彼女も泣いて喜んでくれたんだ。この場面を話しながら、オペイクス様は涙を浮かべていたよ。

 そして平民たちも。多分、平民たちは『オペイクス様、万歳』とか叫んだと思うよ。オペイクス様本人は、おっしゃらなかったけどね」

「うん。私も、そう思う」答えながら、私は拳を握りしめていた。体が熱くなってくる。

「やっぱり、こうでなくっちゃ。世の中が、ちゃんと機能する。そういう気に、やっとなれたわ」

 私の興奮とは裏腹に、今度はセピイおばさんが、うーん、と唸った。

「あんたがオペイクス様の事を喜んでくれるのは、私も嬉しいんだが。その喜びに水を差すような事を、話さなきゃならないね。

 ビナシス家ご党首様のありがたいお裁きは、最後に、ちょいとキツめのおまけがついた。

 ご党首は終始、気前のいい反応ばかりだったが、一つだけ要求したよ。ペレガミの首。ビナシス家の党首は、前日のオペイクス様と同じく、突き立てられたピッチフォークを引き抜いた。そしてオペイクス様や平民たちを見回して言った。『裁判の報酬と言うわけでもないが、これは俺が貰うぞ』と。

 もちろん、オペイクス様たちに異論は無い。もう少しペレガミを痛めつけたいという気持ちもあっただろうが、ありがたい判決のためなら、お安いご用さ。喜んでお譲りするよ。平民たちも『どうぞ、どうぞ』とお答えした。

 ビナシス家党首はそれを確認してから、ピッチフォークの先を地面に降ろした。そしてペレガミの首を足で押さえて、ピッチフォークを外す。ペレガミの首は、すでに変色していただろうよ。ピッチフォークは、そばに控えていた従者の一人が受け取った。

 ビナシス家の党首は数秒ほど、ペレガミの首に片足を乗せていた。と、不意に力を込めて、それを踏む。思い切り踏んだんだ。当然ペレガミの頭部は、ぐしゃぐしゃに潰れたよ。ビナシス家党首の足の下から、脳味噌とか中に入っていた物がはみ出した。オペイクス様は『それをしっかり見た』とおっしゃっていたね。

 それだけじゃ済まなかった。ビナシス家党首は、それら、はみ出した物をいちいち踏み潰して回る。目玉の片方なんか、ころころ転がっていったから、また別の従者に拾わせたよ。で、踏みみじる。ぐりぐりと、しつこく、全体重をかけて踏んだんだよ、きっと。

 そんなことをしながら、ビナシス家のご党首様は笑みを浮かべておられたそうな。おそらく目をぎらつかせて、口の端も耳元近くまで吊り上がっていたんじゃないかねえ。

 それで気が済んだら、とうとう本当に笑い出した。で、こんなお言葉を宣った。

『よし、これで彼奴も思い知ったであろう。この俺をコケにした者が、どんな末路を迎えるかをな』

 しばらく、ビナシス家ご党首の笑い声だけが、ペレガミ家の屋敷の中庭に響いた。オペイクス様が、そう、おっしゃったよ。もう、分かるだろう。オペイクス様も平民たちも黙り込んで、静まり返っていたんだよ。パールがオペイクス様の袖をつまんでいた手も震えていた。オペイクス様の影に隠れるように、身を寄せてきたそうだ」

 う、うーん。唸るのが、また私の番になった。


 セピイおばさんから伝え聞く、オペイクスの話によると、ビナシス家の党首はご機嫌麗しく引き上げたらしい。彼なりに、報復に満足したのだろう。

 二、三日して再びビナシス家の使者が、数名ほど、やって来た。で、何をするかと言うと、ペレガミ家の屋敷の門前に棒を立てて、一枚の文書を掲示したのである。羊皮紙ではなく、板に書いたもので、ビナシス家の大トカゲの紋章と党首の署名入り。そして、これが何より重要なのだが、ヨランドラ王家の蛇の紋章も目立つように加えてあった。もちろん、ビナシス家のそれよりも大きかったに違いない。

 オペイクスをはじめ、ナクビーの住民たちは入れ替わり立ち替わりやって来て、その文書を読んだ。字を読めない者には、読める者が音読してやって。

 その要点は、二つ。

 まずは、ペレガミ家の廃絶だ。領民を苦しめ、一揆を止められず、ヨランドラの社会に動揺をもたらした事に対する処罰である。

 次に、ナクビーの町を含むペレガミ家の旧領全ては、ビナシス家が預かる事。ビナシス家は王の忠実なしもべとして、旧領民の慰撫に務め、ヨランドラの発展に貢献するよう、はっきりと書かれていた。

 これは畏れ多くも、王陛下のご命令である。他家がペレガミ家の旧領で何か行動を起こしたら、それはビナシス家に対する攻撃どころか、王政に対する反抗、謀叛と見なされるのだ。そんな貴族家があったら、王様はその周辺の貴族たちに命じるだろう。『此奴を滅ぼせ』と。『此奴は我が治政を邪魔する者だ。此奴から好きなだけ奪うが良い』と。

 それが分かっているから、ビナシス家に文句をつけるような馬鹿な貴族家は無かった。

 ビナシス家のご党首様のご機嫌が麗しいわけだ。特に何もせずに、領土が転がり込んで来たのだから。戦争で自分の兵士たちが減ったわけでもない。予想外の経費は、ペレガミ家の屋敷の修理、改築費くらいじゃなかろうか。

 まあ、聞き手である私としては、ビナシス家党首の機嫌や嗜好など、興味は無いのだが。大事なのは、ペレガミ家みたいにならない事。元領主ペレガミみたいにオペイクスとパールをいじめない。領民を苦しめない。そこを気をつけながら、願いながら、私はセピイおばさんの話に聞き入る。

 話の中で、オペイクスは第二の人生に踏み出していた。党首に命じられた通り、ビナシス家に騎士の一人として仕えたのだ。

 最初の任務は、大工や使役夫たちの監督。ペレガミ家から押収した屋敷の破壊された箇所を修繕し、ビナシス家の好みに合わせて改築する。その大工たちを指導するのだが。オペイクスは、それでは飽きたらなかったのか、自分も一緒に木材などを運んだとか。それでビナシス家が派遣した上役から笑われる、と言うか、たしなめられたそうだ。聞きながら、オペイクスらしい、と私は思う。

 律儀な彼は、林の小屋の事も、上役を通してビナシス家党首に謝罪した。その時には、小屋は数本の木切れを残して、ほとんど無くなっていたのだが。

 むろんビナシス家は、そんな小屋一つに関心を持たない。むしろ林の木を切り出して、屋敷の修理に活用した。そのために林は、まばらに、みずぼらしくなったようだ。

 もっとも、ビナシス家はオペイクスとパールのために、仇討ちのように林を荒らしたわけではない。オペイクスも、ビナシス家の者たちに事件を話さなかった。『とにかく良い思い出が無い』とだけ言ったのである。ビナシス家側も追及はしなかった。ビナシス家の発展には関係の無い些事と見なしたのだろう。

 それなら、それでいい、か。私はセピイおばさんの話を聞きながら、そう思った。オペイクスとパールをそっとしてくれるなら。ビナシス家が二人に意地悪しなければいい。

 意地悪どころか、ビナシス家は家来としてのオペイクスに、定期的に報酬を支給したそうだ。ありがたい。でもオペイクスは、ちゃんと働いたんだから、当たり前か。ペレガミ家も支給していたはずだし。いや、パールのことを考えると、やはりビナシス家からの報酬は、ありがたい。二人の大切な生活の糧だ。

 二人は慎ましい生活を送ったんだろう、という意見で、私とセピイおばさんは一致した。小さな小さなオペイクス城。二人にとって、贅沢なんてものは意味が無い。本当に大切な存在が大切にされる。それ以外は余分なものに思えただろう。

 とは言え、気にかかることが全く無い、というわけにはいかなかったようだ。パールはオペイクスに言った。『私を抱いてください』と。『好きな時に好きなだけ。どうか遠慮しないでください』と。何度も。特に、夜に。

 正直なオペイクスは、それで『何度か彼女を抱いた』と告白したのだ。若き日のセピイおばさんやイリーデたち、聞き手に。

「もっとも、あのお方がパールを乱暴に扱う事なんか、無かっただろうよ」とセピイおばさんは言う。

「やっぱり自分が下になって、優しくしたんじゃないかねえ。

 オペイクス様は心配だったそうだ。パールの目に、自分がペレガミたちと同様のすけべ心だけの男に見えていないか。『辛いような、悔しいような、かつ自分の欲望が怖いような、へんな気分だった』とおっしゃっていたよ」

 話をそらすでもないだろうけど、その頃のオペイクスはパールに提案したそうだ。『ビナシス家にお仕えする仕事にも、じきに慣れる。蓄えもできて、生活も落ち着くだろう。そしたら二人して、近くの教会に行って結婚式を挙げよう。お互い親族を呼べず、二人だけの式になるが、それでも、ちゃんと神父さんに立ち会ってもらおう』と。

 オペイクスが尋ねると、パールは、うなずいた。言葉は無かったが、目に涙を浮かべて、例によって彼の胸板に顔を擦り付けるように、うなずいたそうだ。『従います』じゃないのだから、これで充分だ、と私は思う。

 それで、私も心から嬉しかった、のだが。

 セピイおばさんは言う。その場面を話していた時に、オペイクスが、こう付け加えたと。

『思えば、あの頃、あの時が私の人生で一番幸せな時期だったのかもしれない』

 このオペイクスの言葉を私に聞かせてから、セピイおばさんは黙り込む。

 私は嫌でも考えてしまう。その時が一番だとしたら、後は下がっていくだけってこと?坂道を下るように?

 でも私は考えるだけで言わない。言えない、二人のために。言いたくない。


 セピイおばさんは一度、息をついて話を再開した。

「それから二ヶ月くらい経ったか。たしかオペイクス様は、たしか、そうおっしゃっていた。

 それまでに屋敷の修理、改築も済んだ。ビナシス家が派遣した上役も、屋敷で生活するようになったよ。

 逆に、オペイクス様の弟さんがコモドーン城に住み込みになってね。城詰めの騎士の一人に従者として仕えながら、武者修行さ。ちなみにコモドーンとナクビーの距離は、馬で半日ほどだとか。それなら、お母様に何かあっても、充分、駆けつけられるだろう。もっとも、お母様は亡くなったお父様と違って健康で、しかも隣近所の平民たちが使用人のように世話してくれたんだがね。

 パールは、日中はボジェナさんとか、ご近所さんの畑仕事を手伝ったりして、過ごした。オペイクス様が帰宅すると、一緒に食事して。

 要するに、万事、落ち着いてきたわけだ。おそらくパールも、笑顔が増えたと思うよ。

 さて、そんな頃に、だ。オペイクス様の生活に、ちょいと変化があった。ビナシス家の党首に呼ばれて、コモドーン城に行ったんだよ。

 前にも言った通りツッジャム城やメレディーン城ほどではないが、地方の要衝にふさわしい大きさだったんだろう。『ナクビーの町に比べれば充分、都会だった』とオペイクス様は、おっしゃっていたねえ。

 上役に連れられてコモドーン城に入ったのは、日没後だったとか。オペイクス様は、そのままビナシス家の晩餐に招かれた。ご党首は、またまた上機嫌だったようでね。同席した部下たちにオペイクス様を紹介し、あれこれとご馳走を勧めた。

 では、なぜビナシス家の党首は機嫌が良かったのか。それは、党首がオペイクス様を呼んだ理由でもあるのだが。なんと、王陛下からお呼びがかかったんだよ。ほかならぬヨランドラ国王だ」

 えっ、と私は声が出てしまった。「お、王様が出てきたの?」

「ふふ、あの時の私らも、やっぱり驚いたもんだよ。王様なんて、話に聞くだけで、直にお見かけするなんて考えられないからね。

 ビナシス家党首が言うには、ペレガミ家打倒の一揆の話をお聞きになって、王陛下が感心しきりなんだとか。終いには『オペイクス本人から直に話を聞きたい』とおっしゃったらしい。で、王陛下からビナシス家党首に命令が下った。『オペイクスなる者をアガスプス宮殿に連れてまいれ』と。

 その辺りの事情を、ビナシス家党首は満面の笑みでオペイクス様に話したそうだ。党首本人は『何年かぶりの謁見が叶う』と浮き足立っていたらしい。

 その晩餐には、オペイクス様の弟さんも給仕役として出入りしていたんだが。ビナシス家党首はわざわざ呼び止めて、こんなことを言ったとか。『どうも、そなたは兄に反発しておるようだが、少しは見直してやれ。いや、誇りに思うが良い』

 その上で他の部下たちに向かっては、こんなふうに言うのさ。『そなたらも、オペイクスを見習って励むのだぞ』

 それで、妬みや恨みを買うのではないか、とオペイクス様は、ひやひやしたそうだ」

「オペイクス自身は嬉しかったのかな?」私は思わず聞いてしまう。

「そうやって聞くってことは、予想がついてんだろ。嬉しくなかったそうだ。パールを残して遠出しなきゃならないから、できれば遠慮したかった、と。宮殿で拘束されたら、パールを一人にする時間がどれくらいの長さになるのか、見当もつかないじゃないか。

 とは言え、そんな気持ちを顔に出すようなオペイクス様でもない。そんなんじゃ貴族家にお仕えなんて務まらないし、パールも養っていけないよ。

 オペイクス様は、とにかく恐縮して『身に余る光栄です』とビナシス家党首に頭を下げた。かつ、遠回しに遠慮してみた『私ごときが王宮に上がってよろしいのでしょうか』と。

 当然、無駄な抵抗でね。ビナシスは笑い出した。『良いも何も、ほかならぬ王陛下からのご命令ではないか。我らは喜んで、お応えするのみよ』とね」

「うーん、やっぱり逆らえないか。つくづく、ありがた迷惑よねえ」と私はオペイクスの代わりに、ぼやいてしまう。

 これに対して、セピイおばさんは、ため息をつく。私の反応を笑うのではなく、ため息。あまり良い予感がしない。

「これで晩餐は済んで、オペイクス様はナクビーに帰った、と言いたいところだが。その前に、余計なおまけがついた。ビナシス家の党首は、帰るオペイクス様を城門まで見送るのはいいんだが、その際にパールのことを尋ねたよ。

 オペイクス様はドキリとしたが、それを顔を出さないように気をつけて答えた。彼女はペレガミ家の屋敷で奉公していた元女中の一人で、一揆の際にオペイクス様が保護した事。ゆくゆくは妻として迎える、そのつもりで一緒に暮らしている事、など。そして、改めて主君であるビナシスに許可を求めた。

 聞き終えたビナシスは『ふーん』と言いながら、顎に手をやって、首をかしげた。

『許可するのは構わんが。オペイクスよ、あの女は平民であろう。あの程度の女なら、貴族の娘に幾らでも居るぞ。

 そなたさえ良ければ、俺が周辺の貴族たちに話をつけてやろう。どうだ、オペイクス』

 これを聞かされて、オペイクス様は泣きたい気持ちになったそうだ。

 しかし、それをこらえて、オペイクス様は主君であるビナシスの前にひざまずいた。

『平に、平にご容赦ください、ご党首様。私は生来の臆病者。その私がペレガミ家を打倒できたのは、あの人がいたからです。あの人が私に勇気を持たせてくれたのです。あの人なくしては、私はビナシス家のお役に立つ事もできません。何とぞ、何とぞお許しください』

 オペイクス様は必死でお願いしたんだろう。その甲斐あってか、ビナシス家の党首は折れてくれた。『そこまで言うなら、好きにするが良い』とね。

 で、オペイクス様はそそくさと帰ったが、もちろんパールに、この話は聞かせなかったそうだ」

 うーん、と私は思い切り唸った。予感が的中しても、嬉しくない。

「何が『あの程度』よ。逆に、ビナシスに『お前は、その程度か』って言ってやりたいわ」

 私の腹立ちに、セピイおばさんの反応は薄かった。「まあ、同感だね」という言葉に元気が無かった。


「さて、そのコモドーン城での晩餐から一週間くらいしてから、かねえ。ビナシス家党首の一行がオペイクス様を迎えに来たよ。コモドーン城からアガスプス宮殿に向かうと、ちょうど、その通路上にナクビーの町が在るんだとか。

 オペイクス様はパールを、例のボジェナさんの家族に預けた。事前に、その一家に頼んでいたんだろうよ。

 そしてオペイクス様自身は、ビナシス家から馬を借りて騎乗し、党首を中心とした隊列に加わった。で、集落や山谷を幾つも越えて、このヨランドラ国の都アガスプスに入った。

『さすがに都の街並みの方が、メレディーンの城下町よりも、やや広く感じた』とオペイクス様は思い出していたね。

 それまでナクビーとコモドーンしか知らなかったオペイクス様は、都の通りを騎馬で進みながら、やたらキョロキョロしてしまった、と。で、一緒に隊列を組んでいる騎士から注意されて、兵士たちから笑われたそうだ。

 しかし都の街並みで驚くくらいは、まだいい方かもしれないよ。宮殿の門をくぐって、建物に入ったら、進む度にお仲間が減っていくんだ。『そなたらは、ここで待て』『そなたはここに居よ』なんて、党首が部下たちを止めて。ついさっきオペイクス様を笑った連中が足止めを喰らって、オペイクス様はどんどん宮殿の奥に連れて行かれる。最後は、コモドーン城の騎士たちの代表格であるお偉いさんまでが、党首ビナシスとオペイクス様の剣を預かって、退がっていった。

 王の間の入り口で、とうとうオペイクス様と党首ビナシスの二人だけになったよ。このヨランドラ国の中心である都アガスプス。さらに、その中心とも言える、王の間。オペイクス様は『自分が石になって固まるんじゃないか』と心配したとか。

 オペイクス様より慣れているはずのビナシス家ご党首様は、何の助言もしてくれなかったようだし。まあ、澄ました顔して、本人も緊張していたのかもね」

 そこだけはいい気味だ、と私も思う。

「と言うわけで、ついに謁見だ。宮殿の兵士に促されて王の間に入ると、オペイクス様は『イッ』と声をもらして、立ち尽くしたそうだ。正面に王陛下らしき方が居られるだけでも緊張するのに、何と、両側に重臣たちも居並んでいたのさ。

 オペイクス様は自分の目を疑った。見た事も無い紋章衣のお偉方。しかし噂に聞いた紋章と一致していたから、ある程度は理解できた。

 玉座のそばの男が、武器に絡んだ蛇の紋章衣だったので、第一の名家シャンジャビの者と分かる。党首か幹部かまでは分からなくても、充分、驚きだよ。

 その反対側には、長すぎる蛇の紋章衣と、頭だけ大きな蛇の紋章衣。ナモネア家とマーチリンド家だ。どちらも旧名家だよ。もしかしたらマーチリンド家の方は、ビッサビア様のお父様かお兄様だったのかもしれないね。

 その他、色違いの二匹の蛇が絡み合っているのは、おなじみリブリュー家。

 そして、鎌首が何本も上がっているヒュドラの紋章が、ヌビ家。

 そう。この謁見の場には、当時のご党首様、後にオペイクス様の主君となるアンディン様も同席されていたのさ。もちろん、この時のオペイクス様は知る由も無かったがね」

「はー」私は思わず、声が出てしまった。「こうやって、関係が繋がっていくのね」

「ふふ、あんたを見て、今、思い出した。オペイクス様がこの謁見の場面を話した時に、シルヴィアさんがあんたと同じような反応をしたよ。そうだ、今のあんたより顔を輝かせていたねえ」

「えっ、何で」

「それが分からなくて、私も唐突な振る舞いに思えたよ。

 って、ちょいと脱線してしまったか。

 謁見の話に戻すと、王の間に居たのは、蛇の紋章衣だけじゃなかった。前に話したのを覚えているかい?二匹の蟹のビマー家。三つ首飛竜のチャレンツ家。のこぎり鮫がズエビ家、とか言ったかねえ。つまり、大トカゲのビナシス家と同等の中級貴族たちも、けっこう居たわけさ。

『いずれも雲の上の人と思っていた方々ばかりだった』とオペイクス様は、おっしゃっていたが。私らから見ても、そうだよ。

 オペイクス様は、そんな雲の上の方々に話をするよう、進行役の役人から命じられた。

 もう、話すしかないよ。オペイクス様は、ひざまずいてから話し出した。ペレガミ家に対して起こした一揆の話を。

 まずは、元領主ペレガミがオペイクス様や平民たちに行なった理不尽な振る舞い、暴力について。ただし、パールの名前は伏せた。『女中で妾にされた者が居たり、平民の妻や娘で乱暴された者が居たり』とだけ言って、ぼかした。

 続いて、オペイクス様がペレガミ家の屋敷を出入り禁止になって、痛めつけられた体の療養と剣の稽古に専念するしかなかった事。この辺りからペレガミ家に対する反乱を考えるようになり、同様の怒りを持つ平民たちと密かに話し合っていた、という事情にした。分かるだろ。オペイクス様は嘘をついたんだ。平民たちが主導して一揆を起こしたのではなく、自分を首謀者とするためにね。

 そうやって、あれこれ気を回して、気をつけながら、オペイクス様は話したんだが。聞いている王陛下の方は不意に、進行役の役人に何か小声で言いつけた。オペイクス様が話しながら不思議に思っていると、使用人や女中が五、六人ほど、足音もさせずに現れた。そして王陛下や重臣たちに盃を配って回る。王陛下はオペイクス様を見ながら早速、盃に口をつけた。

 これにはオペイクス様も『正直、嫌な気分になった』とおっしゃっていたよ。もちろん当時は顔に出さないように気をつけておられたんだろうけど。

 そして心の中で、自分に言い聞かせた。『これは自分の話し方が下手だからだ。王陛下は、そこを退屈に感じておられるのだろう。私や平民たちが受けた苦しみに関心が無い、わけではない』とね」

 う、うーん。私は、またしても唸る。この国の王様が・・・。期待したいのに。

 しかし私は口をはさまないでおいた。セピイおばさんも話を続ける。

「それから、いよいよ一揆の場面だ。オペイクス様は平民たちに一揆を起こさせ、自分自身は領主の救出に当たるふりをした。そうやって領主ペレガミを油断させて近づき、首をかく。ここでも多少の嘘が混ぜてあったんだが。

 オペイクス様がおっしゃるには『ようやく、ここで王陛下や重臣の方々が話に喰いついてきた』と。それまで反応が薄かった王陛下やお偉方が『ほお』とか声を出して。中には『やるではないか』なんて声も聞こえたとか。盃片手の姿とは言え、オペイクス様としては、やはり、ありがたい展開だよ。オペイクス様は胸を撫で下ろしたそうだ。

 その後、元領主ペレガミの首をピッチフォークに刺して掲げた事に話が及ぶと、オペイクス様とビナシスに近いところに居た重臣の一人が話に割り込んできた。『ビナシス殿。彼奴の晒し首を、わしも見たかったぞ』とか言って。同調する重臣が他にも一人、二人いて、ビナシスが適当に言葉を返す。

 捕まえた兵士二人を肛門から槍で串刺しにした話に至っては、はっきり笑い声が起こった。王陛下や重臣たちだけではないよ。王の間の隅に控えている使用人や女中たちも、忍び笑いになっていた。気がつくと、王の間で笑っていないのは自分だけ。自分の主君ビナシスも、隣りで笑い顔になっている。

 そこまで私らに話していて、オペイクス様は思い出した。『そうだ。あの時、アンディン様だけは笑っておられなかった。盃も持たず、私をじっと注視しておられた』と。それは、いいんだが。

 王陛下たちの様子に、オペイクス様は『冷めると言うか、心が寒々とするような思いだった』とおっしゃったよ。何が可笑しいんだ。何を笑っているんだ、この人たちは、と。オペイクス様は、腹が立つと言うより、全く理解できなかったそうだ。

 言っとくけど、オペイクス様は、べつにウケを狙って話していたわけじゃないよ。それどころか、自分や平民たちが、そしてパールのような女たちが受けた苦しみについて、知ってほしかった。酷い暴力に苛まれる者たちが存在するという事実を認識してほしかった。この国のまつりごとを担う人間として。

 自分が兵士たちを串刺しにしたのは、面白半分にやったのではない。パールや平民たちを怯えさせてまで実行してみせるような、おふざけなんか無い。やらずにはいられない怒りがあったからだ。

 それが、それが・・・この人たちにとっては笑いの種に過ぎないのか。まつりごとを司る、この人たちにとっては。

 気がつくと、主君ビナシスが注意してきた。『何を惚けておるのか。続きをお話ししろ』

 オペイクス様はハッとして、王陛下に向かって一度、頭を下げた。『失礼しました』と。

 それから一揆の話を再開した。やがてビナシス家が駆けつけて、自分を含む一揆勢をなだめて、寛大な処分を下した、という話だよ。その事に関して、目の前の王陛下と、すぐ隣りに居る自分の主君ビナシスに礼を言って、話を締めくくった」

「うーん」私は唸る。唸りたくないのに、唸ってしまう。さっきから、こればっかりだ。

「面白くない展開だねえ、プルーデンス。話を聞いていた私らも、面白くなかったよ。せっかくオペイクス様とパールが暮らし始めたってのにね。イリーデやブラウネンも、ぶつくさ言っていたっけ。

 でも、よく考えるんだよ、プルーデンス。これが、どういうことなのか。要するに、オペイクス様は伽を申しつけられたのさ」

「と、とぎ?」

「面白い話、興味深い話をする芸のこと。

 気の利いた道化師なんかだと、軽業だけでなく、そういう話術でも稼ぐんだ。

 下級の貴族が、主君とか上位の貴族に対して話すこともある。上手くいけば、そのお偉いさんに気に入られて、ご褒美を頂けたり、要職にありつけたりもするよ。ウケなければ、叱られるか、最低でも馬鹿にされて、赤っ恥だがね。

 他には、女が寝床で男の相手をすることを遠回しに言う場合にも、この言葉を使うねえ。夜伽って」

「で、オペイクスが伽を申しつけられたって、まっ、まさか、王様は退屈しのぎに話をさせたってこと?」

 私は途中から、声が裏返ってしまった。セピイおばさんは深く、うなずく。

「そ、そんな」私は、それっきり絶句してしまう。

「プルーデンス。驚くのは、まだ早いよ。

 その後、進行役の役人がオペイクス様に対する質問を受け付けたので、重臣たち何人かがそれぞれ気になった事を尋ねた。オペイクス様は、その一つひとつに真面目に答える。

 それが済むと、今度は王陛下から直々にお言葉があった『オペイクスとやら、大儀であった』とね。ありがたい事だが、そのやり取りの間もお偉方は、お酒を嗜んでおられたらしい。

 それでも、もうすぐお開きになって解放されるだろう、とオペイクス様は安心しかけたよ。その時だ。王陛下に『兄上』と呼びかけて近づく御仁が現れた。紋章衣の蛇の巻き方が違っていたから、王弟様の一人だろう、とオペイクス様も推測した。

 その王弟様は、兄である王陛下に断りを入れてから、オペイクス様に話しかけたんだ。

『実に興味深い話だったぞ、オペイクスとやら。しかも、よく戦った。わしは感心したゆえ、娘の一人をそなたにやろうと思う。どうだ、オペイクス。わしの娘婿にならんか』

 オペイクス様は自分の耳を疑った。王家の娘を自分の妻に?聞き間違いかと思って、答えられないでいたが、目の前の王弟様は笑みを浮かべて、オペイクス様を見ておられる。

 オペイクス様は慌てて平伏した。『お許しください、王弟様。私ごときでは、王弟様の娘婿など、とても務まりません。しかも、私めはご覧の通りの醜男。姫様を悲しませるだけであります。どうか、どうか、ご再考くださいませ』

 そして床に額をつけるまでした。オペイクス様はパールの存在を口走りそうになったのを、すんでのところで呑み込んで、こらえたのさ。

 それはいいが、相手は王族だ。お断りしようにも、さじ加減が難しいよ。それは、ビナシスどころじゃない。オペイクス様は『王弟様や王陛下の気分を害したかもしれない』と心配して、なかなか顔を上げられなかった。体も震えてきたとか。

 すると、だ。オペイクス様の頭上、周囲から、くすくす笑い声が聞こえてきた。と言うより、笑い声が王の間に充満したみたいになった、と。

 事態を理解できなかったオペイクス様は、思わず許可も待たずに、顔を上げた。そして王の間を見回す。王族も居並ぶ重臣たちも、役人や使用人たちまで笑っていた。

 笑っていないのは、やはりアンディン様。

 と、もう一人、すぐそばに居る、主君ビナシスだ。先ほどまで機嫌がよかったはずなのに、いつの間にか険しい顔になっている。

 そのうち、蛇ではない紋章衣の者から、こんな言葉が投げかけられた。『作法の指導が行き届いていないようですな、ビナシス殿』

 ビナシスはそれに返事しないで、代わりに舌打ちした。

 すっかり困惑したオペイクス様は、主君ビナシスから、指示とか、何らかの助け舟を出してもらえないか、と顔を覗く。しかし、当のビナシスは、オペイクス様と目を合わせようともしない。

『王弟陛下、ならびに王陛下。私めの家来が大変、失礼いたしました。ただ今、ズエビ殿がご指摘した通り、これ全て、主君たる私めの不手際にございます。申し訳ございませぬ。

 この者が王弟陛下の娘婿にふさわしくない事は、先ほどの言葉の拙さから、充分ご理解いただけたでしょう。どうぞ、姫様の婿には、弁舌の才も持ち合わせた者をお選びくださいませ』

 ビナシスは低い声で言い尽くして、王族たちに頭を下げた。

 対して王弟様は、にやけ顔のままだ。

『そう怒るな、ビナシス。無欲で謙虚、忠実な男ではないか。そのような者が自分の手勢に加わっている事を自慢に思うが良い』

 このありがたいお言葉にも、くすくす笑いか広がったとさ」

「お、おばさん」私は口をはさまずには、いられなかった。「オペイクスの返答のどこがまずかったの。私、全然分からないんだけど」

「私もオペイクス様からこの話を聞いた時は、分からなかったねえ。そしてオペイクス様自身も、当時は分からなかった。

 先にその問題だけ話すと、その後オペイクス様が模範解答を教わるには少々、時間がかかったよ。

 まず、主君ビナシスには聞けなかった。『そんなことも分からんのか』なんて余計に叱られかねないからね。

 そこでオペイクス様は、コモドーン城の騎士たちの代表格であるお偉いさんに目をつけた。都から帰って、少し日が経った頃だよ。オペイクス様は、党首ビナシスが居ない時を見計らって、恐る恐る教えを乞うた。オペイクス様も覚悟していた事だが、お偉いさんは憐れみと蔑みの混ざった眼差しを向けてきたよ。それでもオペイクス様は喰い下がって、お願いした。

 そこまでして得た模範解答は、大体こんな感じだったようだ。

『やっ、これは、ありがたきお言葉。されど姫様をお迎えするとなれば、私めには、まだまだ実績が足りませぬ。なお一層の武勲を立ててご覧に入れます。それゆえ、王弟陛下の娘婿の候補として、ぜひとも、この私めをご記憶にお留め置きくださいませ』

 お偉いさんとしては『俺がお前の立場なら、そう言う』と。

『そもそも、お前は自分を売り込んでいない。お前は王の間に通されていながら、自分が置かれた状況を分かっとらんのだ。王族の方々に主張できるという、せっかくの機会だぞ。それを得たのに、お前は遠慮するばかり。それでは王弟陛下は、お前に何も期待できんではないか。面白くも何ともない話よ』とか解説も付けて。

 おそらく、お偉いさんは、せせら笑っていたんだろうよ。オペイクス様は大人しく礼を言って、退がったそうだ」

 私は、まず絶句した。それでも、何とか考えをまとめて絞り出した。

「そ、そんなの、思いつくわけないじゃない。事前に答えを用意しておけってこと?だったらビナシスやお偉いさんが、それこそ事前にオペイクスに教えてあげないと。それとも、言われなくても気づかなければいけないの?そんなの、宮殿に行き慣れていないと無理よ」

「まあ、無理だね。王弟様が必ず娘婿の件を口にするとは限らないし。

 とは言え、このお偉いさんは解答を教えてくれただけ、まだいい方かもね。コモドーン城では、オペイクス様たちが王族に謁見した話が広まると、オペイクス様に対する陰口が増えたらしい。『卑屈な奴』とか『機転が効かない』とかね。同僚である騎士や兵士、使用人たちが好き勝手に評論したわけさ。当時はナクビーでビナシス家の役人を補佐していたオペイクス様にも、陰口が伝わってきたほどだよ」

 むうう。私は面白くないと思う。まったく、どいつもこいつも簡単に人を馬鹿にして。


「ちょいと先走ったが、話をアガスプスの宮殿に戻すよ。

 王弟様のありがたいお言葉の後、ようやく会はお開きになった。オペイクス様たちを好きなだけ揶揄い、適当にあしらって帰すのさ。

 オペイクス様は呆然としたまま、ふらふらとビナシス家党首について行くだけ。『その後、宮殿の方々とどんなやり取りをしてから宮殿を出たのか、よく覚えていない』とおっしゃっていたよ。

 それでもオペイクス様がはっきり覚えていたのが、宮殿を出た後の主君ビナシスの態度さ。中に入るまではご機嫌だったくせに、出てきた途端にオペイクス様を突き放したんだよ」

「突き放す?」

「ビナシスは、こう言ったんだ。『自分たちは先に帰る。そなたは、せっかく都に来たのだ。ゆっくり遊んでから帰って来るがいい』

 自分たちってのは、オペイクス様以外の全員だよ。ビナシス家の従者や兵士たちは馬を引いて来て、党首が騎乗するのを手伝う。行きがけにオペイクス様が借りた馬にも、兵士の一人が乗った。

 それを見てオペイクス様も、自分が置き去りにされる事に気づいた。愕然としながらも、オペイクス様は何とか主君ビナシスに尋ねた。『あ、遊ぶとは?自分は、どうやって帰ればよいのでしょう』

 すると、ビナシスは馬上から声を荒げたよ。オペイクス様も薄々覚悟していたんだがね。

『先ほど王弟陛下から褒美の金をいただいたではないか。それなら女郎屋で遊んでも、馬車を雇う分くらい残るわ。いちいち言わすな。世話の焼ける』

 その言葉に、オペイクス様はハッとして、懐を探って、それを取り出した。金貨か銀貨が数枚入っていそうな重みの小袋。そういえば、という気になりかけたが、オペイクス様は自分が王弟様にお礼申し上げたか、思い出せなかった。

 そんなオペイクス様を放っておこうと、ビナシスは馬を走らせる。それでオペイクス様は慌てて呼び止めようと思った。

 が、別の声が飛んで来て、ビナシスを止めてくれたよ。『お待ちください、ビナシス様。我が主君、アンディン・ヌビが貴殿に一つ、お頼みしたい事があると申しております』

 オペイクス様が声の主に振り向くと、従者や兵士たちを引き連れたアンディン様が歩いて来られるところだった。

 続けてビナシスに目を戻すと、ビナシス家一行の馬の前に紋章衣の者が三、四人ほど飛び出して道を塞ぐ。ヒュドラの紋章衣。アンディン様の従者たちだよ。

 馬上でビナシス家党首の顔が引きつるのが、オペイクス様にも見えた。『ヌ、ヌビ様。何用ですかな』

 ビナシスは一応、馬から降りようと腰を浮かせたが、アンディン様はそれを止める。『ビナシス殿、どうぞ、そのままで。私は、そちらのオペイクス君をお借りしたいのだ』

 これに対して、ビナシスの返事は、こんな感じだ。『ああ、此奴ですか。ちょうど当家の用事が済んで、此奴には、都で少し遊んで来い、と勧めておったところです。どうぞ、存分にお使いください』

 そしてオペイクス様に目を向けて『聞いての通りだ。ヌビ様のお相手をしろ。くれぐれも失礼の無いようにな。これ以上、俺に恥をかかせるなよ』と来た。

 で『自分たちは帰路を急ぐから』とかアンディン様に言い訳して、ビナシスは部下たちと、そそくさと馬を進めて、居なくなった。

 ビナシス家一行が起こした土埃の中に取り残されて、オペイクス様は呆然としたとか。

 そんなオペイクス様に、アンディン様は和やかに声をかけてくださったよ。『さて、オペイクス君。場所を替えて、酒でも酌み交わそう。私は君の話を、もっと聞きたい』と。

 オペイクス様は恐縮した。当時のオペイクス様もヌビ家の評判を耳にしていたからね。旧名家のナモネアやマーチリンドを追い越して、シャンジャビ家に追いつかんばかりに、勢力を増していた。

 話を聞きたいとは、ありがたいお言葉だよ。しかしオペイクス様は緊張する、と言うよりも警戒した。つい先ほど、王弟様に揶揄われたばかりだ。この急成長した貴族家のご党首も、自分に悪意を持って近づいて来たのでは。そんなふうに身構えたのさ。

 そもそもオペイクス様は、早くナクビーに戻りたくて仕方なかった。残してきたパールが心配でね。

 そんなこんなでオペイクス様は、何とお答えすべきか分からず『あの、その』を小声で繰り返すばかりになった。

 そしたらアンディン様は、顔色も変えずに和やかなままで、こう、おっしゃったとか。

『どうも都合が悪かったようだな。では、君の話を聞かせてもらうのは、また次の機会に延期しようか』

 オペイクス様は、これを聞いて、もう正直に言うしかないと思った。一揆の際に保護した女性が居る事。彼女が心配で一刻も早く、住んでいるナクビーに戻りたい事をね。

 するとアンディン様は、オペイクス様に問うた。『足は、どうするつもりなのか』と。

 オペイクス様は、ついさっきビナシスから教わったやり方をお答えした。つまり、王弟様からいただいた褒美の金で馬車を雇うという計画だよ。

 対してアンディン様はオペイクス様に、少し待つように言った。そして従者たちと何やら相談していた。数秒して結論が出ると、アンディン様はそれをオペイクス様に話した。

『我が従者たちの中に、コモドーン城までの道を知る者が居る。君の住むナクビーとは、コモドーンの近郊じゃないのかね。ならば、王弟陛下からの報奨金をわざわざ使うこともない。我が従者たちに君を、そのナクビーまで送らせよう。馬車に乗りたまえ。ナクビーに近くなったら、君が道案内をしてやってくれ』

 オペイクス様は一瞬、この提案を理解できずに立ち尽くした。で、また『あの、その』となるのだが、アンディン様は、そんなオペイクス様にお構いなしに、従者たちにさらなる指示を出す。従者たちは馬車を一台、オペイクス様の前に寄せてきたよ」

 私は、ほーっと息をついた。「さすがアンディンね。頼りになるわ」

 セピイおばさんが、ククッと笑った。

「シルヴィアさんが似たようなことを言っていたねえ。もっとも、シルヴィアさんは敬語だったが。

 とにかくオペイクス様は、アンディン様の従者たちに促されて、馬車に乗った。

 と、乗り込む時に、御者がアンディン様に何か耳打ちするのが見えた。されたアンディン様の方もニヤリとする。『よろしい、許可する。オペイクス君を送り終えたら、馬車は打ち捨てても良い』なんてお言葉も聞こえた。

 オペイクス様としては、ありがた過ぎる展開だが、訳が分からない。それでも急いで馬車の窓を開けて、オペイクス様はアンディン様に礼を言ったよ。何度もね。

 アンディン様は、こう返したとか。『また会おう。その時こそ君の体験を聞かせてくれ』

 アンディン様が言い終わると、今度は御者台からの声が割り込んで来た。『お客様。馬車の中で、しっかり、おつかまりくだされ。たった今、ご党首様から『馬車を飛ばして良い』とのお許しをいただきました。相当、馬車が揺れますが、ご容赦願います』

 その御者も笑みを浮かべていた事が気になったが、オペイクス様は、とりあえず大人しく従って、馬車の中に戻った。

 そして馬車が動き出したよ。オペイクス様とアンディン様の出会いも、ここで一旦、お開きだ。

 事前に言われた通り、馬車は大いに揺れて、なかなか大変だったそうだ。オペイクス様は馬車の中で、自分の体を突っかい棒のように強ばらせてみたり、窓を開けて窓枠を掴んだり。

 そんな調子で小一時間ほどした頃か。馬車の外が、にわかに騒がしくなった。馬車を先導している従者が声を張り上げて、人払いしているらしい。『ヌビ家の馬車であるっ。道を開けよ』なんて怒鳴り声が、前の方から聞こえたとか。

 と、さらに数秒ほどして、今度は窓の向こうに別の従者が現れた。馬を寄せて来たんだよ。『お客様、どうぞ後ろをご覧あれ。先ほど、あなた様の主君一行を追い抜きましたぞ』

 オペイクス様は窓から顔を出して、見たよ。馬車の後方で、見覚えのある紋章衣の一団が小さくなっていた。白地に緑の生き物。ビナシス家の一行さ」

「ふふっ、そういういたずらだったのね。トカゲのお殿様も、いい気味だわ」

「ああ、私らも聞いていて嬉しかったねえ。イリーデやブラウネンも、はしゃいでいたし。シルヴィアさんも言っていたよ。『アンディン様が話の分かるお方って言うのは、こういう事なのよ』って。

 三人の反応を見て、オペイクス様も微笑んでいたよ。私は私で、そんなオペイクス様の様子に内心、ホッとしたもんさ。

 で、あんたも、もう予想がついているだろうが、馬車はぐんぐんナクビーに近づいた。オペイクス様も、事前にアンディン様から言われた通り、御者に道を教えた。

 そして元ペレガミ家の屋敷、その時はビナシス家の出先機関になっていた建物の前に、馬車は止まった。行く時は二泊になるか、三泊になるか、それすらも予想がつかなかったのに、オペイクス様は都から日帰りで戻って来られたんだよ。深夜になっていたとは言え、オペイクス様は『夢でも見ているんじゃないか』と開いた口が塞がらなかったとさ。

 屋敷からは、ビナシス家が派遣した上役が飛び出して来た。突然現れた馬車が掲げている紋章を使用人から知らされて、慌てたんだよ。

 驚いている役人をよそに、馬車の御者や従者たちはオペイクス様に言った。『では、これで私どもは失礼します。どうか、我らが主君との約束をお忘れなきよう』

 馬車から降りたオペイクス様は、すぐ、そのそばにひざまずいて、頭を下げた。『もちろんです。このご恩は忘れようにも、一生、忘れられません。何とかして、ヌビ家の城にお伺いする段取りをつけます。そしてヌビ家ご党首様にも直接、お礼申し上げます』

 すると、従者の一人が笑って答えた。『段取りの件は、ご心配なく。いずれ主君は我々に、あなた様をお迎えに上がるよう申しつけるでしょう。その時まで、どうぞ、お元気で』

 という感じで、ヌビ家の者たちは、何の屈託も無い笑みでオペイクス様に手を振って、帰って行った。

 ビナシス家の役人は口をぱくぱくさせて、オペイクス様に事情を尋ねるのに時間がかかったそうだよ」

「よかった。後はパールね」

「ああ。オペイクス様は役人に、都でのアンディン様たちとのやり取りを話し終えると、すぐさまパールを迎えに行った」

 そこでセピイおばさんの言葉が途切れた。ちょっとだけ。私は、ん?と思う。


「いつも世話になっているボジェナさんの家では、パールを含め、一家全員が寝床に着いていたらしい。

 オペイクス様の声を聞くと、パールは飛び出して来て、オペイクス様に抱きつきそうになったよ。でもボジェナさんの一家の手前、すんでのところで踏みとどまって、挨拶だけにした。『よく戻ってくださいました』と。

 オペイクス様は軽く抱き寄せてから、ボジェナさんたちに礼を言った。

 そして王弟様からいただいた褒美袋から貨幣を一枚、取り出して渡した。それが金貨だったもんだから、ボジェナさんたちは『ヒッ』と言ったっきり、固まってしまったんだと。

 オペイクス様は小声で言った。『どうか納めていただきたい。そして誰にも知られないように。しっかり保管して、ここぞという時に使ってください』

 ボジェナさんの一家の、孫たちはともかく、大人たちは震え出したよ。それでオペイクス様は彼らを安心させるために、王弟様からいただいた事を説明しなきゃならなかった。 

 散々遠慮するボジェナさんたちだったが、パールからも頼まれて、ようやく受け取ってくれたよ。もっとも、お返しのつもりか、二人にパンを持たせたりしてね。

 さて二人は小屋、じゃなかった、オペイクス城に戻った。パールだけ晩ご飯を済ませていたから、オペイクス様も貰ったパンで食事した。パールもオペイクス様のために、水差しから盃に水を注いであげたりしてね。

 オペイクス様も、やっと気持ちが落ち着いたよ。それをそのまま言葉にして、パールに伝えた。『やっぱり私は、あなたと居るのが一番だ』と。

 パールは頰を染めて、小声でオペイクス様に尋ねた。『でもオペイクス様は都に行って来られたのでしょう。私では、都や宮殿の方々には敵いませんわ』と。

 オペイクス様は笑って、首を横に振った。『あんなところ、緊張するだけで、ありがたくも何ともなかった。もう、こりごりだよ。

 それに比べて、あなたがどれほど私を幸せにしてくれている事か』

 オペイクス様は口説くとか、お世辞を言うとかじゃなく、本当に心からそう思って、言ってしまったそうだ。

 すると、パールはポロポロと涙をこぼして、オペイクス様にすがりついてきた」

 セピイおばさんの話が、また途切れた。それどころか、とうとう葡萄酒の皮袋を後ろの陰から引っぱり出して、自分で盃に注いだ。で、一気にあおる。

「おばさん」

 私が呼びかけても、セピイおばさんは答えずに首を横に振る。問うな、ということだろうか。

「オペイクス様は自分でおっしゃったよ。『いい気になっていた』と。パールは自分の言葉に感激して泣いているのだ。たまには私も、気の利いた事を言えるじゃないか。なんて得意になっていたと。照れ臭さがあってもね。

 しかし、そんな気持ちも、長くは続かなかった。続いたのは、パールの泣き声と涙。パールはオペイクス様の胸元に顔を埋めて、一向に泣き止まない。さすがに長すぎないか、とオペイクス様も気になり出したよ。そうなると、もう食事どころじゃない。

 オペイクス様は、できるだけ、そおっとパールに尋ねた。『ど、どうかしたのかな』

 パールは『何でもありません』と答える。でも、やっぱりまだ、しゃくり上げる。

 オペイクス様は喰い下がった。『何か、嫌なことがあった?私が居ない間に、誰か、あなたに嫌な思いをさせたのでは』

 オペイクス様が尋ねている途中で、パールは首を横に振った。激しく、何度も。

『何でもないんです。それより』

 パールはオペイクス様の手を取って、自分の乳房を触らせる。服の上からとは言え、自分で強く押しつけるんだよ。一瞬、痛みを感じたのか顔を歪めるまでして。

 オペイクス様は慌てて、自分の手を引き離した。そして『自分のスケベ心になんか合わせなくていい』と繰り返し説明したんだが。

 パールは、それでも首を横に振る。『あなたがそんな人じゃない事は分かってます。でも私にお返しできることは、これしか』

 オペイクス様は『待った』と、あえてパールの言葉を遮った。そして、そのお返しという考え方をやめるよう、パールに提案した。自分の方こそ、彼女に勇気をもらい、お返しすべきである、と。しかしパールは首を横に振る。

 そこでオペイクス様は、少し話をそらそうと考えた。『逆に、あなたから私にしたい事は?あなたから私に触れるとしたら』

 パールは、しばらくオペイクス様を見つめた。そして、またオペイクス様の胸元に顔をつけた。

 オペイクス様は彼女の髪を撫でる。

 パールは顔を上げて、オペイクス様の唇や首に口づけした。

 きっとオペイクス様は、優しく微笑んであげたんだろうね。『これは私も嬉しい。そうだ、こうしよう』とか言って、服を脱いで上半身裸になった。パールも慌てて服を脱ごうとしたが、オペイクス様はその手を止めて、寝床に連れていく。オペイクス様が先に横たわって、パールを乗せた。パールを受け止め、そっと抱きしめながら、彼女の髪を撫でた。

 パールはオペイクス様の上で顔を上げた。

『私は、こうしていても良いのですか』

 オペイクス様は即答した。『いい。むしろ、してほしい』そして聞き返した。『嫌かな?』と。

 パールは、また涙をポロポロこぼして、オペイクス様の胸元を濡らし、首を横に振った。

『こうしていたい。ずっと、こうして』

 その後パールは、はっきり声を上げて泣いた。泣きじゃくった。オペイクス様の腕の中で。しばらく、そうやってパールは泣き続けたんだ」

 セピイおばさんは、ため息をはさんだ。すごく重たいものに聞こえた。

 私も一言はさみたかった。と言うか、その場に居たら、二人に何か声をかけてあげたい、と思う。そう思って、気がついた。たとえ、その場に居たとしても、私は何も言えなかっただろう。泣いている二人に、私は何も言ってあげられない。そうだ。

「オペイクスも泣いていたのね」

「そうだよ。私らに話しながら、静かに泣いていた。そしてパールを慰めていた、その時も泣いていたに違いないよ。後で、そんな推測をシルヴィアさんとしたもんさ。

 オペイクス様は例によって、自嘲してねえ。『自分は馬鹿だった。調子に乗っている場合じゃなかった。パールがあんなに泣いて苦しんでいたのに。

 私は、いつだって、そうだ。彼女が泣いて、初めて気づく。彼女が泣かないと、私は気づかない』

 聞いていた私ら四人は、何も言えなかった。オペイクス様に声をかけられなかったんだよ」

 セピイおばさんは、また息をついた。

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